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第Ⅵ章 導火線
終わりを唱う鐘の音
しおりを挟むフレイヤが宣言してから三日後、反ロボットの波は勢いを増していた。
人々は、魔法が解けたかのように、所有するロボットを次々と手放した。
人間そっくりの機械人形なぞ、なんて気味が悪いのだろう!
「パパ! やだ、連れてかないで!」
「駄目よ。これはパパじゃないの、ロボットなのよ!」
母親と思しき女性は我が子からロボットを引き離した。
「ロボットでもパパだよお!」
「離しなさい! これは父親の代わりだっただけ。パパはいないの!」
パパと呼ばれるロボットは反ロボット主義者に引き渡された。
「どうして……幸せな日々を送っていただけなのに……どうして?」
気力を失くしたロボットは、最後にそう言い残して、易々と連れ去られてしまった。
町のそこら中で、このような非道な行いが繰り広げられている。
ロゼたちが避難する山小屋にはその騒ぎはまだ耳に届いてはいない。
また別の魔の手が迫ってきていることにさえ気づかずにいた。
「あっ……と」
ロゼは使っていた鉛筆を床に転がした。
「あっ。ありがとう、イオくん」
「はい――……絵を、描いていたんですか?」
水色の色鉛筆を持ち主に手渡した。
「は!? 見ないでよ~」
描き途中の紙を両手で隠した。
「ふふ。どうして? とてもいい絵だと思うけど」
イオは歩けるほどまでに回復していた。
「どうしても! 恥ずかしいし」
「あはは、ロボット相手に? んー、僕らロボットが絵を描いたら全部写真みたいになってしまうから、ロゼの絵はとってもいいと思うよ?」
「えっ、それって私の絵が下手ってことー?」
「ち、違うよ。そんなこと思ってもみないよ」
イオはロゼに詰め寄られて参っていた。
「何してるの?」
「あ、ダグラス」
ダグラスは「イオ」と返事の意味合いで名を呼び、自然と顔が綻んだ。
「ロゼが絵を描いているんだ」
「絵を?」
ダグラスは二人に近寄った。
「う、うん」
ロゼは嫌々ながら描きかけの絵を見せた。
「へえ。花?」
「うん、そう」
ロゼは懐かしむように言った。
「マキナのね、温室で育ててる花。名前はわかんないんだけど、こんな感じだったなあって」
「そ、か……」
辛気臭い空気になった。
「ただいま戻りました」
自分の畑に戻っていたリーベラが帰ってきた。
手に野菜を抱えている。
今は丁度エリオとポールも、母と共に必需品を得るために町に戻っている最中だ。
残った者でリーベラを迎えた。
メイド型ロボットのドルチェがリーベラから野菜を受け取ろうとしたところ、町の鐘が鳴り始めた。
「ん、もうこんな時間?」
ロゼが時計を確認しようと顔を上げた。
鐘の音はゴーンゴーンと音色を奏でた。
野菜が床に転げ落ちた音がした。
その方を見ると、ドルチェとリーベラが頭を押さえて呻いていた。
「ぅくっ」
「イオ!?」
やはり彼も頭を押さえて苦しがった。
「あ、頭に響く……っ」
元凶は鐘の音のようだ。
別室からクレオを心配するアントニオ爺の声が聞こえた。
音が止むとロボットたちの頭痛は治まり、ドルチェたちは落ち着いた。
ダグラスは、未だ息が上がっているイオの背中を擦った。
突然イオの動きがピタリと止まったかと思うと、次の瞬間、彼は床に倒れてしまった。
「イオ!」
青年ロボットは床で尋常でないくらい苦しみだした。
自分の体を抱いて悶えた。
ダグラスは、唸るイオを抱きかかえた。
ドルチェたちを介抱していたロゼは、急いで水を持ってきた。
しかしイオは首を横に振って拒絶した。
「もう……手遅れ、なんだよ」
ロゼは茫然と立ち竦んだ。
「どういう意味だ!」
ダグラスは声を荒げた。
イオは短く鼻で笑うと
「壊れる……」と言った。
彼女の手からコップが滑り落ちた。
床が濡れてしまった。
ダグラスは近くのソファベッドへイオを運ぼうと、彼の腕を肩に掛けた。
横にならせても呼吸が激しい彼は薄目を開いて
「ごめん、っ……すまない」と言ってきた。
それなのでダグラスは、真剣になり過ぎて、無に近い表情で、こう言い返した。
「冗談言うな」
ゼェハァと呼吸をし、時折、全身が痛むのか悶えるように身をよじる。
口から言葉にならない苦しみが漏れ出た。
ダグラスは「痛むのか」と尋ねるが、彼は首を横に振った。
「うぅ、あぁ……ダグラスっ……」
かすかな声で自分の所有者の名を呼んだ。
服に掴みかかる腕は弱弱しく、力を振り絞って顔を近くに寄せた。
「イオ……」
震える白い手を取って彼の名を呼んだ。
「ダグラス、僕――」
荒く息を吐きながら訴えた。
「――こわれる」
と言ったイオに、ダグラスは怒鳴った。
「お前は死なない。ロボットは不死身だろ!」
「う、ん。ダグラス」
「なんだ?」
「ハァ、ハァ……っ、形あるもの、いつかは朽ち果てる、けど――」
彼の目じりに生まれた玉が光った。
「――壊れたく……死にたくないよ」
瞳から一筋のしずくが落ちた。
「もっと早くに知り合いたかった、っ。そうすればもっと……一緒にっ……うあぁ……」
彼は、また発作的な苦しさに苛まれた。
自ら躯体に指が食い込むくらい強く抱いて、叫び、苦痛に抗えた。
「イオっ!」
「アアッ! ダグラ、ス。僕は……っ、ハア、ハア……ぐっ。僕も、君をっ――……」
相手の頬に触れようとした手は、空を切って、だらんと力を失った。
腕に伝わるイオの感触が一瞬にして変わった。
まるで魂の抜けた人形になってしまった。
ダグラスが何度も呼びかけるが、反応はなかった。
『死』が頭をよぎる。
クレオがそれに近づき、彼の機能停止を確認した。
ロゼは己の口元を押えた。
ドルチェとリーベラは身を寄せ合って項垂れた。
永久不滅のロボットが死んだ。
「嘘だ……雨がっ、原因じゃなかったのかよ!」
ダグラスの表情が強張った。
山小屋に静けさが襲う。
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