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第二部 後編
08 夕焼けの街
しおりを挟む唐突にエリオは退屈そうにあくびをした。
「お前のほうが――」
ダグラスは自然な表情を親友に向けた。
「――寝た方が良いんじゃない?」
「うん? お前は眠くねぇのか?」
「ま、そうだね。でもここにいるよ」
「なんで……」
「なんでって――……っ、〝抜け駆け〟は許さない、絶対に……!」
その声は今までで一番小さく、そして鋭い。視線は何故かロゼを向いていた。
「抜け駆け? はあ? な、何言ってんの?」
「ふふ、ロゼの絵の完成、エリオだけが見届けるなんて、ズルいんじゃない?」
既にいつもの調子に戻っていた。「頭に肘置いたの、まだ怒ってんのかー?」とエリオは思った。
「ダグラス! そんなに楽しみにしてくれたの?」
少女は嬉しくて、とても嬉しくて筆を止めた。そんなことを言われたのは初めてだったのだ。
「いやいや、こいつの冗談――」
奴が言い終えない内に肩をぶつけて、食い気味に
「楽しみだよ? 当たり前だろ」と言った。
エリオは呆れかえった。
「はぁぁぁ……お前ねぇ」
〝小さな絵描きさん〟は俄然やる気になった。
鉛筆を持つ手に力が入る。
「よーし、描き上げるぞー」
もう勝手にしろよとエリオは思った。
「はあーあ、俺、戻るわー」
飽きてしまったのか、彼はあくびをしながら山小屋内へ戻って行ってしまった。
「エリオったら、もう」
ふくれっ面の彼女に、残った彼は
「まあまあ、あいつも疲れてんだろ?」
と言って聞かせた。
太陽が傾き、頂上から見える全てのものは赤色に染まりつつあった。
「わあ、きれい! 夕焼けだ。ねえ、ダグラス、見てる?」
「ん。ああ、そうだね……」
「うん――……ん、どうしたの? なんでそんな顔――」
悲しい顔するのかとは、聞けないくらい、彼は悲愴な顔で町を眺めていた。
「っ、ああ。ごめんね……夕暮れ、綺麗だよね」
「うん……きれい、だと思う、けど」
「ああ。そうだよな……」
「ダグラス?」
彼の目には何が見えているんだろう。
町を望む横顔は、単純に感動による愁いを帯びている、というわけではなさそうだ。
いくら知り合ったばかりの相手でもそれくらい感じ取れた。
そうロゼは思った。
「……思い出すんだよ、この景色……見てるとね」
彼は重い口を開けた。
「八年前……町に上がった戦火を逃れて、どうにか駆け上がったのがこの山で……ね?」
「えっ」
「ここで、眼下に広がる……燃え盛る町を見た」
彼の声は淡々としていた。まるでおとぎ話を聞かせるみたいに、つらつらと話し出した。
「もういいよ! そんな辛い話。ダグラスがかわいそう」
「いいから聞いて? ロゼ、聞いてほしい……!」
少し強めに言われた。彼の口から出た幾度の言葉で、おそらく初めて魂に突き刺さる声をしていたと感じた。
本気なんだとわかった。「う……うん」
眼下の夕暮れに染まる町を望んで、昔話を聞いた。
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