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第三部

08 滑稽な逃走劇

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 外へ出た四人は、朝の日差しを目一杯浴びながら坂道を下った。

「はあ? お前バカなんじゃねぇの?」

 エリオは、ダグラスが出した手紙の内容を聞いて呆れた。

「え~? 彼の名は、この国の人なら……いや、世界中の誰もが知ってるだろ?」
 わざととぼけて言った。

「そこじゃねぇ!」

 端からポールは

「俺は探偵の方が。ミステリーの女王――」と自身の好みを言った。

「ポールっ、お前もか!」

 エリオは一人で激昂していた。

「はぁ……ロゼ、寒いでしょ? これ着て?」

 ダグラスはわざとらしく言って、自分の上着を脱いで渡した。

「ありがとう、ダグラス」

「話の途中だろ!」
 一人でツッコミ役に徹するのも疲れてきた。

「はいはい。ユーモアだろ? まあ、これが、ロボットに伝わればだけど?」

 そう言った彼の瞳は、狡猾に笑っていた。

「え……?」エリオは、その瞳を見て背筋が凍った。

 町の景色は、冬なので少し物悲しい。

「ねえ。これから何処に行くの?」

 ロゼは青年たちに質問した。

「とりあえず俺ん家かな。近いし」

とポールが答えてくれた。

「ふうん。やった」
 少女は小さくガッツポーズをした。

 その邪気の無い反応にポールはほっとした。

 ロゼは「こんなこと、昔もあったな」と思い出し笑みをこぼした。

「あの時は、マキナが――」

と頭でそんな昔話を考えながら、不意に後ろを振り返った。「あ……マキナ?」

「何!?」
「は?」
「ええ?」

 三人の青年たちも一様に振り返って確認した。
 確かにはるか後方に、少女の所有するロボットが追いかけてきているのが見える。

 ダグラスは、作り笑いをした。
「はははー、どうやら、君の〝王子様〟が、君を取り返そうと、追って来たみたいだね~?」

「ダグ、そんなこと言ってる場合か! ロゼ、逃げるぞ!」

 エリオは咄嗟に少女の手を握って、そのまま走り出した。

 赤毛の青年に手を繋がれて、勝手に頬を赤くした。

 尚、後ろを向いたままのダグラスは作った笑顔が張り付いていた。

「そうだな。〝クララ〟を攫ったネズミたちは、懸命に逃げるとしよう」

 危機的状況なのに、それを楽しんでいるようだ。

「速く! 追いつかれるぞ!」

「うん!」
 ロゼはこの状況が少し楽しいと感じた。

 それは内緒だ。

 ポールも無言で懸命に走った。

 ダグラスは余裕そうに

「あーあ、バレちゃった。案外早かったな。なんでだろ」

と独り言を皆に聞かせていた。

「お前が! 余計なことしたからだよ、バカが! 捕まったら怒られるぞー!」
「エリオ? 遅かれ早かれ、厳重注意は免れないんだよ? だって俺ら――」
「ああ、誘拐だよ! わかってるわ、そんなの。黙って走れよ、ダグのバカ!」
「フン」

 皆、マキナに追いつかれないように、全力で走った。

 差が縮まるまで時間の問題だった。

「もう、誰だよ! やろうって言ったやつー!」

「エリオじゃん!」

と、彼は親友二人に珍しく(?)突っ込まれた。

「だあああ! うるせえ!」

と大声でかき消した。
 その顔は赤らめていた。走ったから、だけではあるまい。

「アハハハ!」
「え、ロゼ?」
「ううん、ごめんなさい。でも私、楽しい!」
「え……――うわっ!」

 エリオは、突然後ろに引っ張られた。

 四人は立ち止まった。

「マキナ!」ロゼは、彼の服を掴むロボットの名を叫んだ。

「はい」ロボットは涼しげな表情のまま答えた。

「あー、掴まったー」
 棒読みで、少女の手を離した。両手を上げ、降参を示した。

「あーあ。これで〝怪盗〟もお縄か。あっけなかったな、エリオ?」
「ダグ……お前もだろ……」
「そうだね?」

 ロボットに首根っこ掴まれる絵が滑稽だ。

「なんでそんなに余裕そうなんだ」

 エリオは心の声がそのまま漏れてしまったが気にしない。
 それよりも走り疲れて、もはや親友に怒る元気もなかった。

 ポールはどうしていいかわからず息を潜めた。

 ロゼは気まずそうに目を泳がせ、言い訳を必死に考えていた。

「マキナ。あの、私ー……」

 見上げれば、至って変わらぬ表情で見つめてくる純粋無垢なロボットと目が合った。

「えーっと……これは、ね?」

 掴んでいたものをパッと解放して、大切な主人に向き直った。

「ロゼ」

「ひゃい!」緊張して声が上ずってしまった。

「ロゼ、何処へ行くのでしょう?」

「えー……っと?」
 エリオたちに目配せしても、苦笑いされるだけだった。

 ロボットは構わず、ロゼに詰め寄った。

「急いでいるのですね?」
「う、うん? たぶん?」
「では急がなくては。行きましょう、ロゼ」
「えっ、マキナ?」

 人間たちはロボットの言動に目を丸くした。

 本人は至って真面目で

「どうしました? ロゼ。ほら、あなたたちも。一緒に行くのでしょう?」

ときょとんとした顔で振り返った。

「えっ、俺ら――」

 エリオは言い淀んだ。隣に目配せして訴える。

「ねえマキナ? 私たちを怒らないの? 連れ戻したりしないの?」

 主人の質問はロボットには理解しかねた。

 マキナは小首を傾げている。

「もういいからさ――」

 しびれを切らしたダグラスが口を開いた。

「――とりあえず、ポールん家に行こうよ」

「あ、ああ、そうだな」

 叱られずに済んで、人間たちは一時ほっとした。

 当初の計画には無かったがマキナを連れて、ゼファー宅を訪問することにした。
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