38 / 49
第二部 後編
08 滑稽な逃走劇
しおりを挟む外へ出た四人は、朝の日差しを目一杯浴びながら坂道を下った。
「はあ? お前バカなんじゃねぇの?」
エリオは、ダグラスが出した手紙の内容を聞いて呆れた。
「え~? 彼の名は、この国の人なら……いや、世界中の誰もが知ってるだろ?」
わざととぼけて言った。
「そこじゃねぇ!」
端からポールは
「俺は探偵の方が。ミステリーの女王――」と自身の好みを言った。
「ポールっ、お前もか!」
エリオは一人で激昂していた。
「はぁ……ロゼ、寒いでしょ? これ着て?」
ダグラスはわざとらしく言って、自分の上着を脱いで渡した。
「ありがとう、ダグラス」
「話の途中だろ!」
一人でツッコミ役に徹するのも疲れてきた。
「はいはい。ユーモアだろ? まあ、これが、ロボットに伝わればだけど?」
そう言った彼の瞳は、狡猾に笑っていた。
「え……?」エリオは、その瞳を見て背筋が凍った。
町の景色は、冬なので少し物悲しい。
「ねえ。これから何処に行くの?」
ロゼは青年たちに質問した。
「とりあえず俺ん家かな。近いし」
とポールが答えてくれた。
「ふうん。やった」
少女は小さくガッツポーズをした。
その邪気の無い反応にポールはほっとした。
ロゼは「こんなこと、昔もあったな」と思い出し笑みをこぼした。
「あの時は、マキナが――」
と頭でそんな昔話を考えながら、不意に後ろを振り返った。「あ……マキナ?」
「何!?」
「は?」
「ええ?」
三人の青年たちも一様に振り返って確認した。
確かにはるか後方に、少女の所有するロボットが追いかけてきているのが見える。
ダグラスは、作り笑いをした。
「はははー、どうやら、君の〝王子様〟が、君を取り返そうと、追って来たみたいだね~?」
「ダグ、そんなこと言ってる場合か! ロゼ、逃げるぞ!」
エリオは咄嗟に少女の手を握って、そのまま走り出した。
赤毛の青年に手を繋がれて、勝手に頬を赤くした。
尚、後ろを向いたままのダグラスは作った笑顔が張り付いていた。
「そうだな。〝クララ〟を攫ったネズミたちは、懸命に逃げるとしよう」
危機的状況なのに、それを楽しんでいるようだ。
「速く! 追いつかれるぞ!」
「うん!」
ロゼはこの状況が少し楽しいと感じた。
それは内緒だ。
ポールも無言で懸命に走った。
ダグラスは余裕そうに
「あーあ、バレちゃった。案外早かったな。なんでだろ」
と独り言を皆に聞かせていた。
「お前が! 余計なことしたからだよ、バカが! 捕まったら怒られるぞー!」
「エリオ? 遅かれ早かれ、厳重注意は免れないんだよ? だって俺ら――」
「ああ、誘拐だよ! わかってるわ、そんなの。黙って走れよ、ダグのバカ!」
「フン」
皆、マキナに追いつかれないように、全力で走った。
差が縮まるまで時間の問題だった。
「もう、誰だよ! やろうって言ったやつー!」
「エリオじゃん!」
と、彼は親友二人に珍しく(?)突っ込まれた。
「だあああ! うるせえ!」
と大声でかき消した。
その顔は赤らめていた。走ったから、だけではあるまい。
「アハハハ!」
「え、ロゼ?」
「ううん、ごめんなさい。でも私、楽しい!」
「え……――うわっ!」
エリオは、突然後ろに引っ張られた。
四人は立ち止まった。
「マキナ!」ロゼは、彼の服を掴むロボットの名を叫んだ。
「はい」ロボットは涼しげな表情のまま答えた。
「あー、掴まったー」
棒読みで、少女の手を離した。両手を上げ、降参を示した。
「あーあ。これで〝怪盗〟もお縄か。あっけなかったな、エリオ?」
「ダグ……お前もだろ……」
「そうだね?」
ロボットに首根っこ掴まれる絵が滑稽だ。
「なんでそんなに余裕そうなんだ」
エリオは心の声がそのまま漏れてしまったが気にしない。
それよりも走り疲れて、もはや親友に怒る元気もなかった。
ポールはどうしていいかわからず息を潜めた。
ロゼは気まずそうに目を泳がせ、言い訳を必死に考えていた。
「マキナ。あの、私ー……」
見上げれば、至って変わらぬ表情で見つめてくる純粋無垢なロボットと目が合った。
「えーっと……これは、ね?」
掴んでいたものをパッと解放して、大切な主人に向き直った。
「ロゼ」
「ひゃい!」緊張して声が上ずってしまった。
「ロゼ、何処へ行くのでしょう?」
「えー……っと?」
エリオたちに目配せしても、苦笑いされるだけだった。
ロボットは構わず、ロゼに詰め寄った。
「急いでいるのですね?」
「う、うん? たぶん?」
「では急がなくては。行きましょう、ロゼ」
「えっ、マキナ?」
人間たちはロボットの言動に目を丸くした。
本人は至って真面目で
「どうしました? ロゼ。ほら、あなたたちも。一緒に行くのでしょう?」
ときょとんとした顔で振り返った。
「えっ、俺ら――」
エリオは言い淀んだ。隣に目配せして訴える。
「ねえマキナ? 私たちを怒らないの? 連れ戻したりしないの?」
主人の質問はロボットには理解しかねた。
マキナは小首を傾げている。
「もういいからさ――」
しびれを切らしたダグラスが口を開いた。
「――とりあえず、ポールん家に行こうよ」
「あ、ああ、そうだな」
叱られずに済んで、人間たちは一時ほっとした。
当初の計画には無かったがマキナを連れて、ゼファー宅を訪問することにした。
1
「創発のバイナリ」の続編、公開中です。
「IO--イオ」
◆あらすじ◆あれから五年の月日が経った。ロボットと人間、その境は徐々に曖昧に。ロゼと仲間らは「イオ」と名乗る青年ロボットと出会う。ロボットを取り巻く社会情勢の変化に彼らは立ち向かう!
「IO--イオ」
◆あらすじ◆あれから五年の月日が経った。ロボットと人間、その境は徐々に曖昧に。ロゼと仲間らは「イオ」と名乗る青年ロボットと出会う。ロボットを取り巻く社会情勢の変化に彼らは立ち向かう!
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
廃線隧道(ずいどう)
morituna
SF
18世紀末の明治時代に開通した蒸気機関車用のシャチホコ線は、単線だったため、1966年(昭和41)年に廃線になりました。
廃線の際に、レールや枕木は撤去されましたが、多数の隧道(ずいどう;トンネルのこと)は、そのまま残されました。
いつしか、これらの隧道は、雑草や木々の中に埋もれ、人々の記憶から忘れ去られました。
これらの廃線隧道は、時が止まった異世界の雰囲気が感じられると思われるため、俺は、廃線隧道の一つを探検することにした。

グレーゾーンディサイプルズ
WTF
SF
ある日親友を惨殺されたかもしれないと連絡がある。
遺体は無く肉片すら見つからず血溜まりと複数の飛沫痕だけが遺されていた。
明らかな致死量の血液量と状況証拠から生存は絶望的であった。
月日は流れ特務捜査官となったエレンは日々の職務の中、1番憎い犯人が残した断片を探し、追い詰めて親友であり幼馴染がまだこの世に存在していると証明することを使命とし職務を全うする。
公開分シナリオは全てベータ版です
挿絵は自前
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

感情を失った未来、少年が導く人間らしさを取り戻す冒険の旅
ことのは工房
SF
未来の地球は、技術が進化しすぎて人類の生活がほぼ全て機械によって管理されています。しかし、AIが支配する世界において、感情や創造性を失った人々は、日々の生活をただ無感動に繰り返すだけの存在となっています。そんな中、ある少年が目を覚まし、心に残る一つの奇妙な夢に導かれながら、未知の世界へと旅立つ決意を固めます。その旅の途中で、彼は「人間らしさ」を取り戻すための鍵を握る謎の存在と出会います。
この物語は、機械による支配と人間らしさを求める冒険を描き、AIと人間の関係性、感情、自由意志といったテーマを探求します。

関西訛りな人工生命体の少女がお母さんを探して旅するお話。
虎柄トラ
SF
あるところに誰もがうらやむ才能を持った科学者がいた。
科学者は天賦の才を得た代償なのか、天涯孤独の身で愛する家族も頼れる友人もいなかった。
愛情に飢えた科学者は存在しないのであれば、創造すればいいじゃないかという発想に至る。
そして試行錯誤の末、科学者はありとあらゆる癖を詰め込んだ最高傑作を完成させた。
科学者は人工生命体にリアムと名付け、それはもうドン引きするぐらい溺愛した。
そして月日は経ち、可憐な少女に成長したリアムは二度目の誕生日を迎えようとしていた。
誕生日プレゼントを手に入れるため科学者は、リアムに留守番をお願いすると家を出て行った。
それからいくつも季節が通り過ぎたが、科学者が家に帰ってくることはなかった。
科学者が帰宅しないのは迷子になっているからだと、推察をしたリアムはある行動を起こした。
「お母さん待っててな、リアムがいま迎えに行くから!」
一度も外に出たことがない関西訛りな箱入り娘による壮大な母親探しの旅がいまはじまる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる