30 / 49
第二部 前編
06 指示通りでは終われない
しおりを挟む真っ暗な町に雪降るような電飾で彩られた街路樹、このシーズンだけの特別な仕様は劇の続きのようで非現実を演出していた。
帰り道を人工的な燈に見守られながら、冷たい石畳を三人並んで歩いた。
孤児院に差し掛かると、門前にマキナが突っ立っている。
彼女の所有者ロゼはその存在に気づき急いで駆け出した。
「マキナ!」
と主人の声が聞こえて、ロボットは顔を上げた。
「ロゼ。おかえりなさい」
「どうしてここにいたの? 寒いじゃない……冷たっ!」
手袋を外したロゼは、マキナの手に触れた。氷のような冷たさに驚いた。
この町の冬はこの国の中でも比較的温暖な気候だが、十二月の夜は十二分に寒い。
「ごめんなさい、ロゼ」
「ううん、謝るのは私……てっきり、部屋にいるって、思ってた」
二人のやり取りを見ていたエリオは
「ずっと待ってたのか? 主人の帰りを、ここで」
と尋ねた。マキナが頷くと「まじかよ」と思わず声が漏れた。
「そういう決まりでもあるの?」
とダグラスも質問した。
「はい。基本的に外出はロボット同伴です。孤児院では子どものみでの外出は控えるよう言われています」
「そう」横目で親友を見た。
「広場ではこいつ一人でいたけどな……」
エリオはその時の様子を思い出した。
「あっ」とロゼはハッとした。
「それ……待合場所までは付いてきてもらったんだけど。ポールにロボットは劇場には入れないって聞いてたから、先に帰ってもらおうって、言ったんだけど……」
「はい、ロゼ。私は、こうして孤児院へ戻って参りました」
「う、うん」
「ロボットって、難しいね」
心から思ったことを、ダグラスが口にした。
「ああ、そうだな」エリオも同意した。
青年たちは、こうしたロボットを持つことは便利だが不自由を感じないのかと疑問に思った。
「でもま、マキナは人ではないから」
「え……うん。まあ、そう、なんだけど」
黒髪の青年の意見に若干、否かなり煮え切らないロゼだ。
ロボットとはいえ、人間の姿を取っているから、余計に気がかりになったのだ。
「私は大丈夫ですよ、ロゼ」
「え……」
少女の心が読めたのか、ロボットは話し始めた。
「多少環境が過酷でも、平気です。アマレティア様がお造りになられましたから」
「う、うん」
「それに、私は――」
ロボットは主人の手を持った。ロゼは、手の冷たさに体が震えた。マキナはそれに構わず、ロゼをじっと見つめた。
「――私は、ロゼを信じていますから」
「え?」
「ロゼは、きっと帰って来ます。しかし私一人で敷地内へ戻ると、デヴォート神父に、ロゼが叱られてしまいますからね。ですので、ここで待っていたというわけです」
バラ色の瞳が笑った。
「マキナ……!」
「はい。ロゼ、劇場はどうでしっ――!」小さな主人に飛びつかれた。
「ありがとう、マキナ!」
ロボットに抱きついたロゼは、彼女の耳元でそう囁いた。
傍観者の二人は顔を見合わせると肩をすくめる仕草をした。
少女とロボットの関係には、自分たちは部外者であることをよく理解していた。
ロゼは、青年二人に向き合った。
「今日は、ありがとう」
丁寧にお辞儀をする少女に、二人の青年は微笑みかけた。
ロゼはどこか寂しげに
「一緒に観れて、良かったよ」と言った。そして
「……さよなら」と手を振った。
この門をくぐれば、また日常へ戻ってしまう。二人ともこれでお別れなんだ、先程のバレエと同じように、まるで夢のような儚い出来事だったんだと、子どもの心を締め付けた。
「ロゼ。またね」
「えっ」
ダグラスの別れの言葉に、敏感に反応した。そして「うん!」と今度は元気に手を振った。
「またね! ダグラス、エリオも!」
「ああ。またな」
手を振り返してくれたのがとても嬉しくて、小さな心が晴れ渡った。
満足して後ろを振り向き、後ろで結んだピンクのリボンを揺らしながら、孤児院の門をくぐり抜けた。
0
「創発のバイナリ」の続編、公開中です。
「IO--イオ」
◆あらすじ◆あれから五年の月日が経った。ロボットと人間、その境は徐々に曖昧に。ロゼと仲間らは「イオ」と名乗る青年ロボットと出会う。ロボットを取り巻く社会情勢の変化に彼らは立ち向かう!
「IO--イオ」
◆あらすじ◆あれから五年の月日が経った。ロボットと人間、その境は徐々に曖昧に。ロゼと仲間らは「イオ」と名乗る青年ロボットと出会う。ロボットを取り巻く社会情勢の変化に彼らは立ち向かう!
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
廃線隧道(ずいどう)
morituna
SF
18世紀末の明治時代に開通した蒸気機関車用のシャチホコ線は、単線だったため、1966年(昭和41)年に廃線になりました。
廃線の際に、レールや枕木は撤去されましたが、多数の隧道(ずいどう;トンネルのこと)は、そのまま残されました。
いつしか、これらの隧道は、雑草や木々の中に埋もれ、人々の記憶から忘れ去られました。
これらの廃線隧道は、時が止まった異世界の雰囲気が感じられると思われるため、俺は、廃線隧道の一つを探検することにした。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

感情を失った未来、少年が導く人間らしさを取り戻す冒険の旅
ことのは工房
SF
未来の地球は、技術が進化しすぎて人類の生活がほぼ全て機械によって管理されています。しかし、AIが支配する世界において、感情や創造性を失った人々は、日々の生活をただ無感動に繰り返すだけの存在となっています。そんな中、ある少年が目を覚まし、心に残る一つの奇妙な夢に導かれながら、未知の世界へと旅立つ決意を固めます。その旅の途中で、彼は「人間らしさ」を取り戻すための鍵を握る謎の存在と出会います。
この物語は、機械による支配と人間らしさを求める冒険を描き、AIと人間の関係性、感情、自由意志といったテーマを探求します。

関西訛りな人工生命体の少女がお母さんを探して旅するお話。
虎柄トラ
SF
あるところに誰もがうらやむ才能を持った科学者がいた。
科学者は天賦の才を得た代償なのか、天涯孤独の身で愛する家族も頼れる友人もいなかった。
愛情に飢えた科学者は存在しないのであれば、創造すればいいじゃないかという発想に至る。
そして試行錯誤の末、科学者はありとあらゆる癖を詰め込んだ最高傑作を完成させた。
科学者は人工生命体にリアムと名付け、それはもうドン引きするぐらい溺愛した。
そして月日は経ち、可憐な少女に成長したリアムは二度目の誕生日を迎えようとしていた。
誕生日プレゼントを手に入れるため科学者は、リアムに留守番をお願いすると家を出て行った。
それからいくつも季節が通り過ぎたが、科学者が家に帰ってくることはなかった。
科学者が帰宅しないのは迷子になっているからだと、推察をしたリアムはある行動を起こした。
「お母さん待っててな、リアムがいま迎えに行くから!」
一度も外に出たことがない関西訛りな箱入り娘による壮大な母親探しの旅がいまはじまる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる