29 / 49
第二部 前編
06 合縁奇縁の夜
しおりを挟むふと足元を見ると、ハンカチが落ちている。黒い青年はスッと拾い上げた。
「うんー? 落し物か? ダグ」
その動作を見ていた親友が言った。
「ああ、多分」
青い鳥の刺繍が入ったハンカチだ。
「ん……今の人に訊いてくる!」
と言って走り出すダグラスを、エリオとロゼは見送った。
運良く目当ての女性はまだ広場におり、数メートル先を歩いていた。
イルミネーションの中で見失う前にと、その後ろ姿に声を掛けた。
「待ってください、マダム!」
先程のご婦人は直ぐに立ち止まってくれた。
青年から例のハンカチを受け取ると
「まあ、ありがとう! 誠実そうな方に拾われて、このハンカチも喜んでいることでしょうね」
と感謝を口にした。
「誠実って、俺は――……っ」
その続きは、苦虫を噛み潰したよう顔で自分の胸に問いただした。
「好青年ね。さっきぶつかってしまった彼にも、よろしくね。オウヴォアー」
マダムは去っていった。
「彼……?」
取り残された青年は、あの女性が、全て見えた上で自分たちをそう捉えたのだと悟った。
青年と別れたマダムは、階段を登り切った場所に、お迎えの人を見つけた。
真っ当な燕尾服で出迎える男性は、すらっとしていて、上品なマダムにお似合いの、品のいい佇まいだった。
服と同じ黒の手袋を付けた手で、慣れた手つきで婦人をエスコートした。
数十メートル程離れた場所、更には電飾の逆光が邪魔をして顔や年齢は判別できないが、白髪だろうということはダグラスにも見て取れた。
雪のような真っ白な頭髪がぼんやり反射していた。
燕尾服を着こなした白髪の紳士は、目の悪い婦人に腕を差し出した。
「さっきの――……お知り合いかな?」
「いいえ、初めてお会いしたムッシュだわ。これを、拾ってくれたのよ?」
ハンカチを見せながら、差し出された腕に手を通した。
「へぇ。良い人に巡り合えたんだね」
「ええ。この青い鳥が、導いてくれたのかしら」
そう言って、愛おしそうに青い鳥が描かれたハンカチを見つめた。
石階段を慎重に下りる。
「僕がエスコートしているとはいえ、段差には気を付けてよ?」
「ええ、大丈夫よ」
紳士は婦人の腕をしっかりホールドし、一段一段を彼女のペースに合わせて下る。
「……ところで、どうだった?――バレエは」
「楽しかったわ。あなたも観られたら、きっと気に入るわよ」
マダムはとても嬉しそうだ。
「あは、それは残念。僕は温かい自宅で、あなたの感想をじっくり聞くとするよ、お母さん」
二人の後姿を遠目に見ていたダグラスの元に、エリオとロゼが合流した。
「おーい、ダグ」
「お……エリオ」
その声色はまだ少し気が抜けたものだった。
「渡せたか?」
「ああ、うん」
もう一度振り返ったが、既に婦人らの姿は無かった。
不思議な出会いだった。
不思議な女性だったと思った。
ロゼたちも、帰りの階段を下るため歩き出した。
階段に差掛って、ダグラスは親友の名を口にした。
「エリオ、掴まって?」
「お、おう……」
お言葉に甘えて、親友の肩に控えめに手を置いた。
「私も支えてあげる!」
少女はエリオの腕に掴まった。
エリオとロゼの指が触れ合って静電気が発生した。
「イタッ! おい、ロゼ。静電気が」
「我慢してよ。私も痛かったあ!」
おかしな言い合いを聞いたダグラスは、口をぐっと結んで笑いを我慢した。
エリオはゲッソリな面持ちとなって、ロゼを腕にぶら下げた。
「支えるっつーかあ……しがみついてるだけじゃ――」
「文句言わないのー」
凍り付くような石階段、青年たちは慎重に下りた。
両側からくっ付かれて歩きにくさを感じながら、温もりと心にゆとりも同時に得たエリオだった。
0
「創発のバイナリ」の続編、公開中です。
「IO--イオ」
◆あらすじ◆あれから五年の月日が経った。ロボットと人間、その境は徐々に曖昧に。ロゼと仲間らは「イオ」と名乗る青年ロボットと出会う。ロボットを取り巻く社会情勢の変化に彼らは立ち向かう!
「IO--イオ」
◆あらすじ◆あれから五年の月日が経った。ロボットと人間、その境は徐々に曖昧に。ロゼと仲間らは「イオ」と名乗る青年ロボットと出会う。ロボットを取り巻く社会情勢の変化に彼らは立ち向かう!
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
廃線隧道(ずいどう)
morituna
SF
18世紀末の明治時代に開通した蒸気機関車用のシャチホコ線は、単線だったため、1966年(昭和41)年に廃線になりました。
廃線の際に、レールや枕木は撤去されましたが、多数の隧道(ずいどう;トンネルのこと)は、そのまま残されました。
いつしか、これらの隧道は、雑草や木々の中に埋もれ、人々の記憶から忘れ去られました。
これらの廃線隧道は、時が止まった異世界の雰囲気が感じられると思われるため、俺は、廃線隧道の一つを探検することにした。
「メジャー・インフラトン」序章1/ 7(太陽の季節 DIVE!DIVE!DIVE!ダイブ!ダイブ!ダイブ!)
あおっち
SF
脈々と続く宇宙の無数の文明。その中でより高度に発展した高高度文明があった。その文明の流通、移動を支え光速を超えて遥か彼方の銀河や銀河内を瞬時に移動できるジャンプ技術。それを可能にしたジャンプ血清。
その血清は生体(人間)へのダメージをコントロールする血清、ワクチンなのだ。そのジャンプ血清をめぐり遥か大昔、大銀河戦争が起こり多くの高高度文明が滅びた。
その生き残りの文明が新たに見つけた地、ネイジェア星域。私達、天の川銀河の反対の宙域だった。そこで再び高高度文明が栄えたが、再びジャンプ血清供給に陰りが。天の川銀河レベルで再び紛争が勃発しかけていた。
そして紛争の火種は地球へ。
その地球では強大な軍事組織、中華帝国連邦、通称「AXIS」とそれに対抗する為、日本を中心とした加盟国軍組織「シーラス」が対峙していたのだ。
近未来の地球と太古から続くネイジェア星域皇国との交流、天然ジャンプ血清保持者の椎葉清らが居る日本と、高高度文明異星人(シーラス皇国)の末裔、マズル家のポーランド家族を描いたSF大河小説「メジャー・インフラトン」の前章譚、7部作。
第1部「太陽の季節 DIVE!DIVE!DIVE!ダイブ!ダイブ!ダイブ!」。
ジャンプ血清は保持者の傷ついた体を異例のスピードで回復させた。また血清のオリジナル保持者(ゼロ・スターター)は、独自の能力を飛躍的に引き上げる事が出来たのだ。
第2次大戦時、無敵兵士と言われた舩坂弘氏をモデルに御舩大(ミフネヒロシ)の無敵ふりと、近代世界のジャンプ血清保持者、椎葉きよし(通称:お子ちゃまきよし)の現在と過去。
ジャンプ血清の力、そして人類の未来をかけた壮大な戦いが、いま、始まる――。
彼らに関連する人々の生き様を、笑いと涙で送る物語。疲れたあなたに贈る微妙なSF物語です。
本格的な戦闘シーンもあり、面白い場面も増えます。
是非、ご覧あれ。
※加筆や修正が予告なしにあります。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

感情を失った未来、少年が導く人間らしさを取り戻す冒険の旅
ことのは工房
SF
未来の地球は、技術が進化しすぎて人類の生活がほぼ全て機械によって管理されています。しかし、AIが支配する世界において、感情や創造性を失った人々は、日々の生活をただ無感動に繰り返すだけの存在となっています。そんな中、ある少年が目を覚まし、心に残る一つの奇妙な夢に導かれながら、未知の世界へと旅立つ決意を固めます。その旅の途中で、彼は「人間らしさ」を取り戻すための鍵を握る謎の存在と出会います。
この物語は、機械による支配と人間らしさを求める冒険を描き、AIと人間の関係性、感情、自由意志といったテーマを探求します。

関西訛りな人工生命体の少女がお母さんを探して旅するお話。
虎柄トラ
SF
あるところに誰もがうらやむ才能を持った科学者がいた。
科学者は天賦の才を得た代償なのか、天涯孤独の身で愛する家族も頼れる友人もいなかった。
愛情に飢えた科学者は存在しないのであれば、創造すればいいじゃないかという発想に至る。
そして試行錯誤の末、科学者はありとあらゆる癖を詰め込んだ最高傑作を完成させた。
科学者は人工生命体にリアムと名付け、それはもうドン引きするぐらい溺愛した。
そして月日は経ち、可憐な少女に成長したリアムは二度目の誕生日を迎えようとしていた。
誕生日プレゼントを手に入れるため科学者は、リアムに留守番をお願いすると家を出て行った。
それからいくつも季節が通り過ぎたが、科学者が家に帰ってくることはなかった。
科学者が帰宅しないのは迷子になっているからだと、推察をしたリアムはある行動を起こした。
「お母さん待っててな、リアムがいま迎えに行くから!」
一度も外に出たことがない関西訛りな箱入り娘による壮大な母親探しの旅がいまはじまる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる