創発のバイナリ

ミズイロアシ

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第二部 前編

06 劇場の残り香

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 クララが夢から覚めてしまって、幕が下りた。

 ロゼの夢の時間も終わりを告げた。

 生まれて初めて観た舞台は大満足に終わった。

 一つ不満があるとしたら、主人公の夢だったというオチだ。
 人形の王子と踊れたことを夢にされては、なんだか悲しく感じた。夢じゃなくて現実が良いと、頭で考えて頷いた。

 劇場は拍手喝采で包まれた。

 ロゼが隣を見ると、エリオ、ダグラスも、拍手を送っていた。

 余韻に浸りながら、三人は劇場を後にした。広場を歩きながら感想を言い合った。

「ステキだった~。夢みたいだった」

 二人の真ん中を歩くロゼが言った。

「ロゼが喜んでくれて良かった」ダグラスが儚く笑った。

「ポールに感謝しないと。あと二人にも」両隣の彼らの顔を交互に見た。

「あぁ、俺らは……」

 声を暗くした彼に代わってエリオが発言した。
「感謝ねー……つっても、たまたま居合わせたってだけじゃん。ポールは寝坊だろ。ふぁあ~……」

 そんな彼も大きなあくびが出た。

 夜会服の男女がぞろぞろと会場を去るのに混ざって、三人の靴音も石畳に響いた。

「主人公役の人、綺麗だった……!」
 ロゼは思い出したように言った。

「そうだね。なんかロゼみたいだったね」

とダグラスが言うと、ロゼは面食らって

「えっ。そう?」と答えた。

「ロボットを連れてるところが、ね?」

 その例えは腑に落ちたようで花が咲いたようにパッと笑顔を見せた。そして

「あ! じゃあ、人形の王子様は――」

とダグラスを煽り、

息を合わせ

「マキナ」

と同じ言葉を言った。

 その後の笑みも同時にこぼれた。

「フ、じゃあ俺らは、さながらネズミの王一派ってところか」
 二人の会話にエリオが混ざった。

「言えてるな」
 ダグラスは友人の自虐的な台詞に同調して微かに笑った。

「えー、なんでー?」

 ロゼは純粋な瞳で、二人を見上げた。

「なんでって……」エリオは返答に困った。

「ロゼは、好きなシーンとかなかったの?」

 ダグラスは自然な流れで話題を変えるのが得意だ。まんまとロゼは、劇の内容を脳内で再生した。

「うーん、と。クララが王子様と踊ってるところかな~。でも夢だったんだね」

「ふふっ、夢ならば良かった……――こともあるもんだよ?」
「うん? どういうことなの? ダグラス」
「ロゼには難しかったかな?」

「夢オチなんて、擦られたもんだが。現実と夢と分けられているから、奇跡の時間ってなるんじゃね?」
 エリオは下を見ながら言った。
「覚めちゃ、もったいねえと思っても……短い間だから、良い思い出にでもしておけるんじゃん?」

「うーん」と唸るロゼを二人の青年は穏やかな心地で見つめた。

「でもま、夢と受け取るのも人それぞれっつーか」
「えっ? あれ、夢じゃないの?」
「そう受け取ってもいんじゃねっていう話。ロゼが信じるなら、それでもいいじゃねぇか」

 エリオの言葉に、ロゼの瞳は輝きを増した。

 彼が普段と違う格好だからか、魅力が増して見えた。

 それは相手にとっても同じで、小さな女の子から目が離せなくなった。

 突如、エリオは左肩に衝撃を感じて立ち止まった。

「おっと。ああ俺、よそ見してたから――申し訳ない、ご婦人」
「いいえ。私の方こそ、ごめんなさいね、ムッシュ。片目を失明してしまって、よく他人に迷惑を掛けるのよ」

 清らかな声で謝罪を口にする女性は、気弱そうで、線が細く、病弱そうに見えた。

「迷惑だなんて、そんな」

 よろけた女性を支えながら、決して他人事でないなと思った。

 白髪混じりのグレーの髪を綺麗に結い上げた老婦人は、お似合いのシックなドレスに身を包んで、とても上品なマダムといった印象を受けた。
 バレエ観劇も慣れたものだろう。

「おばあちゃんは一人で観たの?」
 ロゼが訊いた。

「ええ。あなたたちもバレエを? とても良い公演だったわね。子連れで観るのに、とても最適で。良かったわね、マドモワゼル?」

「え、ええ」とロゼは躊躇いがちに頷いた。

「良いご両親ね、お父さんたちと観れて。オウヴォアー、マドモワゼル。さて、お迎えはどこかしら」

 別れの挨拶を言って、マダムは下りの石階段がある方へさっさと歩いて行ってしまった。

「オウヴォアー……」
 残された三人は、茫然と立ち尽くした。

「お父さんって。大分目え悪いなあ、あのお婆さん」

とエリオが口を開いた。声色に呆れを感じさせた。

 ロゼも「うーん」と返事とも唸りとも受け取れる声を上げ、そして

「私って……そこまで赤ちゃんに見える?」

と訊いた。ダグラスを見上げ、返事を待った。

「えっ。んー……幼くは、見えるかもね?」
「そうなんだー!!」

 ダグラスは、気落ちするロゼに苦笑いするも、「両親」と言われたことが気になってしまい、彼女には配慮無い返事になってしまった。
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