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第二部 前編
06 バレエ「くるみ割り人形」
しおりを挟む劇場内は更に暗く、エリオは眼鏡を取り出した。
「あれ? 眼鏡なの?」
子供のロゼは純粋な心で言った。
「え、まあな……暗い所は見え辛くてな」
「へえ……」
「ガキの頃から。医者には夜盲症だろうってさ」
「ヤモウ?」
「いわゆる鳥目ってヤツだよ」ダグラスが言った。
「暗闇にどうも弱くって、急な明かりも辛え時もあるし」
「無理すんなよ?」
親友に優しく言われ「ああ」と短く返事をした。
自分たちの席をどうにか見つけられた。
ロゼを座席の中央寄りに座らせ、エリオが一番端に座ろうとした。
「そこでいいの?」と彼の親友が訊いた。
「うん? ああ。お前の方が、こういうの好きだろ?」
「ん、まあ……でも、音楽はお前の方が」
「ここでも変わんねえって」
眼鏡越しに笑って、彼に向かって〝シッシッ〟というジェスチャーをした。
「わかった……」
ダグラスは大人しくロゼの隣に腰掛けた。
「ロゼは、さあ……」
早速、隣に座る少女に声を掛けた。
「バレエがお好みで?」
「ううん、初めて観るよ。ポールの家で見つけて、素敵だなあって思ってたら、ポールが予約入れてくれたの」
「へぇ。ポールがねぇ……」
「クラシック?――っていうのも教えてくれたよ。バレエにもその音楽が使われているんだってー!」
「うふふ、そうだね。チャイコフスキー「くるみ割り人形」か。懐かしいな」
「ダグラスは観たことあるの?」
「バレエでは初めて観るよ。俺らはクラシック音楽が好きだから」
「俺ら?」
「そ。ポールとか、ここにいるエリオとかね?」
「そうなの!」
飛び上がるくらいに前屈みになり、ダグラスに訊き返した。
ゼファー宅で聞いた音楽を思い出して、胸がときめいた。
「じゃあ! 二人もバッハを聞くの?」
「ん? ああ、ポールが好きだったな。俺は――……ショパンが好みかな。ピアノのね、「幻想即興曲」が好きなんだけど……」
「ピアノ……!」
「エリオも答えてやれば?」
「んー? あー……俺はー、ベートーヴェンかなあ。「運命」とか、エリーゼとか。でもクラシックよりは、バンドの方が肌に合うけどな。ポップスもよく聞くし、アニソンとかが好きだけどなー」
「へえ……! 色んな曲があるんだね」
「ああ、今度家で――あ……」
エリオが喋るのを止めると、二人もそれ以上は言わなかった。
三人の沈黙のまま、丁度、舞台の幕が上がった。
青年二人は気持ちを切り替えて、舞台に視線を移した。
舞台の景色は、ロゼの想像を遙かに上回っていた。
お人形さんのような踊り子が、くるりくるりと回りだした。
ポールに聞いていた通り、舞台の近くで音楽隊が生演奏している。
大勢の踊り子たちが、軽快な曲に合わせて物語を紡いでいく。
ロゼは、ダンサーの体の柔らかさには大層驚いた。
体重を微塵も感じさせないで、まるで羽根のように軽々と跳んでみせていた。
バレエ「くるみ割り人形」は、主人公の少女と兵隊姿のくるみ割り人形を巡る話だ。
ポールとの予習のお蔭もあって、セリフが一切ないのに何を伝えたいのかロゼは直ぐにわかった。
舞台美術と、優雅な踊り、音楽で一つの芸術作品なのだと実感した。
登場人物のドロッセルマイヤーさんがとても怪しい人物だと思ってしまったのは、子ども心のご愛嬌だ。
本当は主人公クララにくるみ割り人形をプレゼントする人物である。
主人公がくるみ割り人形を受け取るシーンに、ロゼは既視感を覚えた。
しかしながら音楽は、ロゼが大変お気に召すものであった。短い曲の集合体のようで、常にワクワクさせた。
主人公クララを演じる女性はとても可愛らしかった。
白っぽい衣装に身を包み、まるで小鳥のようにふわりふわりと舞い踊った。
どうしてつま先立ちで歩けるのか、ロゼは不思議に思った。
クララが魔法の世界に誘われていくのと同じように、ロゼも舞台の魔法の虜となった。
第一幕が終わって、ダグラスがロゼに声を掛けた。
「内容は追えてる?」
「うん! 予習してきたから」
「流石」
第二幕が開け、クララが王子と旅に出ると、ロゼの気持ちもまた、世界を旅する気分になった。お菓子の国だなんて、夢のようだった。
お菓子の国はカラフルで、花の楽園にも見えた。「マキナが喜びそ……」
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「創発のバイナリ」の続編、公開中です。
「IO--イオ」
◆あらすじ◆あれから五年の月日が経った。ロボットと人間、その境は徐々に曖昧に。ロゼと仲間らは「イオ」と名乗る青年ロボットと出会う。ロボットを取り巻く社会情勢の変化に彼らは立ち向かう!
「IO--イオ」
◆あらすじ◆あれから五年の月日が経った。ロボットと人間、その境は徐々に曖昧に。ロゼと仲間らは「イオ」と名乗る青年ロボットと出会う。ロボットを取り巻く社会情勢の変化に彼らは立ち向かう!
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