26 / 49
第二部 前編
06 待ち人
しおりを挟む十二月二十三日、良く晴れた日だ。
ロゼにとって、待ちに待ったこの日がやって来た。
バレエ公演「くるみ割り人形」の上演日、ポールが予約してくれたものだ。
夜の開演に先立って、日が沈んだ街にイルミネーションが順番に灯された。
星の化粧を施された劇場周辺には、夜会服を纏った紳士淑女がぞろぞろと集まってきていた。
石造りの荘厳な建物は、戦前からここに建っている。戦争の傷跡は残しつつも、修復され今も人々に愛される大劇場だ。
今日に限らず、人々に様々なショーを楽しませてきた。
ロゼは三人で決めた新品のドレスでコーディネートし、約束の場所に一人佇んでいた。
ここへ来るまではマキナに付き添いがあったのだが、頼み込んでロボットには帰宅してもらった。
不安そうな顔で、ポールとおじいちゃんを待った。
手袋を一時外し、コートのボタンを首元まで掛ける。寒さがほんの少しだけ防がれた代わりに、一人ぼっちの不安感がどことなく押し寄せてきた。
劇場へ向かう外の石階段に、二人の姿はあった。
一段上がる度に、履き慣れない革靴がつかつかと音を立てた。
「なあ、おい。なんでポールはー、突然バレエ見たいって言いだしたんだ?」
「……俺に言うなよ。エリオが直接誘われたんじゃなかった?」
そう、エリオとダグラスだ。
彼らはポールに呼び出されて公演会場へ出向いた。待ち合わせ場所へ真っ直ぐ向かっていた。
エリオは段差にゆっくり足を掛けながら、ため息をついた。
「はぁ。あいつ、こういうの直ぐ寝るじゃん?」
「うん、それには同意見だよ。劇なんて映像で観れば十分……」
吐いたため息が真っ白に染まった。
エリオが最後の一段に足を乗せた時だった。彼は「あっ!!」と言って足を踏み外した。
「っ……つ――ふぃ……悪い、ダグ」
間一髪でダグラスの肩に掴まったので事なきを得た。
「いいよ。お安い御用」
軽めの口調で流して、その後「本当に大丈夫か?」と念を押した。
「あ、おう。今、下見てなかったから」
と言って革靴を履き直した。肩を貸してくれた彼から離れて、自分の足で立った。
冷や汗をかいてしまったエリオは「もう一段あるかと思った」と心中で呟いて、平静を装って首を振った。目にかかる髪を指で払った。
その様子を、隣の彼は心配そうに見つめた。
「待ち合わせ場所、こっちだから」
「お、おう」
曖昧な返事をし、自分が行く先の石畳を見える範囲を確認してから歩き出した。
暫くして一歩先を歩くダグラスが立ち止まった。
「な、なに?」
エリオは急に立ち竦んだ友人の顔を見た。
「あれ……」と言って指した先に、白い人影が見える。
石畳の広場に、ぽつんと一人の少女がいた。
エリオは目を凝らした。
「ん? 誰? 知り合いか?」
「知り合いっていうか……」
「はあ?」
白い少女の正体はロゼだ。
こちらに気づいたようで、とてもおどおどしている。ふわふわのスカートが細かく揺れているのが見えた。
ダグラスは一息、呆れのため息をつくと仕方なく「ロゼ―」と彼女に声を掛けた。
「ええ!?」エリオはその名に驚愕した。
名前を呼ばれた少女は、手を振る青年の元へ慣れないパンプスで駆けた。
エリオは彼女が視認できる距離になると、信じられないと目を見開いた。
あの少女がいつもと違う格好をしていたから、尚のこと驚いた。
白いコートと手袋、白いドレスは所々に布製の薔薇が装飾され、背中にピンクのリボンが結んである。
「なんでいんだよ」
顔を合わせて早々、エリオはロゼに文句を言った。
「おい、エリオ」と友人を叱りつけて、ダグラスは少女にはいつもの優しそうな声色で
「こんばんは」と挨拶した。
エリオは横目で睨み付け渋々挨拶した。
「ぐぬぅ……こんばんはー」棒読みだった。
「こ、こんばんは……」
ロゼの挨拶も自然とぎこちなくなった。
ダグラスは困ったような笑顔を見せた。
「誰か待ってんのかな?」
「あの、ポールを」
「えっ」
「ポール? 俺らもだけど」
エリオは首を傾げた。
「……フッ。なるほどね」
黒髪の青年は鼻で笑って、意味深な顔で少女を見下ろした。
隣にいる友人は
「な、なに? どうしたんだよ。意味わかんね。変なダグー」
と言って、困惑を隠しきれていないようだ。
「劇場へ入ろうか、薔薇のお嬢さん?」
ダグラスは左手を差し出した。
ロゼはその手を迷わず取るが
「う、うん。でもポールを待たないと」
と不安を口にした。
「そうだなー」エリオはロゼに同調した。
ダグラスは肩をすくめて笑った後
「ポールは来ないよ」
と二人に言った。
「はあ?」
「エリオ? どうやら俺らは、今晩はこの子の保護者らしい」
見上げてくるロゼを左側に、友人は放置で、さっさと歩き出した。
「……どういうことだ?」
エリオは立ちすくんだままだった。
彼一人だけ状況を理解しているようで
「フフ、君と企んだのかな?」
とロゼを横目に言った。
「え?」
「その顔は……違うね」
「ポールとおじいちゃんは来ないの?」
「へぇ。そういうこと」
劇場方向へ歩き始める二人に、エリオは急いで追いつこうと小走りになった。
「どういうことだよ」
隣に追いつき、親友を問い詰めようと小声で話した。
ダグラスは耳打ちしてくる親友に対して、ニヤニヤと口角を上げた。
「さあ? ポールのイタズラに、ハメられたんじゃない?」
「んん? なに?」
「ロゼ、そのドレス、とってもお似合いだね」
親友は歩きながら話題を変えてきた。
「あ、ありがとう。二人も、とってもかっこいいわ」
ダグラスは「どうも」と短くお礼を言った。
綺麗な笑顔をつくると「慣れないけどね」と言って、ワイシャツのきっちりした首元に人差し指を入れた。
「ううん。全部真っ黒で、ダグラスに似合っているよ。大人っぽくて……素敵」
ドレスコードの『ド』の字も先日まで知らなかった少女は、彼らのカジュアルな仕立てを褒めた。
「エリオも……なんだかぁー、王子様みたい、うふふ」
「えっ、へっ……あ、お、お前も……綺麗だよ」
エリオはもの凄く動揺して、相手のことをよく見もしないで言った。その声はもの凄く小さかった。
赤くなった顔を彼女に悟られぬように、親友の影に潜んでしまった。
その隣で笑いを堪えていたのは親友だった。
「エリオも可愛いってさ。白いバラの妖精みたいだって」
「言ってねえ!」
隣から爆音で猛反論が来た。
「……言ってないんだぁ」
ロゼは、何故か残念がった。
「ああいやー……あーくそっ、ダグ! ややこしいことすんな!」
「アッハハハ! ごめんごめん!」
自分の揶揄いに完全敗北なエリオと、ドレスを褒められて頬を赤らめるロゼに挟まれて、とても楽しそうに笑った。
0
「創発のバイナリ」の続編、公開中です。
「IO--イオ」
◆あらすじ◆あれから五年の月日が経った。ロボットと人間、その境は徐々に曖昧に。ロゼと仲間らは「イオ」と名乗る青年ロボットと出会う。ロボットを取り巻く社会情勢の変化に彼らは立ち向かう!
「IO--イオ」
◆あらすじ◆あれから五年の月日が経った。ロボットと人間、その境は徐々に曖昧に。ロゼと仲間らは「イオ」と名乗る青年ロボットと出会う。ロボットを取り巻く社会情勢の変化に彼らは立ち向かう!
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
廃線隧道(ずいどう)
morituna
SF
18世紀末の明治時代に開通した蒸気機関車用のシャチホコ線は、単線だったため、1966年(昭和41)年に廃線になりました。
廃線の際に、レールや枕木は撤去されましたが、多数の隧道(ずいどう;トンネルのこと)は、そのまま残されました。
いつしか、これらの隧道は、雑草や木々の中に埋もれ、人々の記憶から忘れ去られました。
これらの廃線隧道は、時が止まった異世界の雰囲気が感じられると思われるため、俺は、廃線隧道の一つを探検することにした。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

感情を失った未来、少年が導く人間らしさを取り戻す冒険の旅
ことのは工房
SF
未来の地球は、技術が進化しすぎて人類の生活がほぼ全て機械によって管理されています。しかし、AIが支配する世界において、感情や創造性を失った人々は、日々の生活をただ無感動に繰り返すだけの存在となっています。そんな中、ある少年が目を覚まし、心に残る一つの奇妙な夢に導かれながら、未知の世界へと旅立つ決意を固めます。その旅の途中で、彼は「人間らしさ」を取り戻すための鍵を握る謎の存在と出会います。
この物語は、機械による支配と人間らしさを求める冒険を描き、AIと人間の関係性、感情、自由意志といったテーマを探求します。

関西訛りな人工生命体の少女がお母さんを探して旅するお話。
虎柄トラ
SF
あるところに誰もがうらやむ才能を持った科学者がいた。
科学者は天賦の才を得た代償なのか、天涯孤独の身で愛する家族も頼れる友人もいなかった。
愛情に飢えた科学者は存在しないのであれば、創造すればいいじゃないかという発想に至る。
そして試行錯誤の末、科学者はありとあらゆる癖を詰め込んだ最高傑作を完成させた。
科学者は人工生命体にリアムと名付け、それはもうドン引きするぐらい溺愛した。
そして月日は経ち、可憐な少女に成長したリアムは二度目の誕生日を迎えようとしていた。
誕生日プレゼントを手に入れるため科学者は、リアムに留守番をお願いすると家を出て行った。
それからいくつも季節が通り過ぎたが、科学者が家に帰ってくることはなかった。
科学者が帰宅しないのは迷子になっているからだと、推察をしたリアムはある行動を起こした。
「お母さん待っててな、リアムがいま迎えに行くから!」
一度も外に出たことがない関西訛りな箱入り娘による壮大な母親探しの旅がいまはじまる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる