0と1の感情

ミズイロアシ

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第二部

05 眠る庭先で

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 晩秋の花壇にロゼとマキナはいた。デヴォート神父に相談したら、是非植えてほしいとのことだった。二言返事で了承を得た。

 マキナは、青年たちの思いやりの篭った球根を袋から丁寧に取り出した。

「春に芽が出るの?」
という少女の陽気な声が隣から聞こえた。

「はい。これがチューリップ、こちらのもシラーという花です。クロッカスもありますよ」

 淡々とした声、しかし主人のロゼにはその声は揚々と聞こえていた。

「へえ! 何色に咲くの?」

「あ……」球根を両手に、突然フリーズした。
「マキナ?」

「すみません、ロゼ。全て、混ざってしまって、どれが何色か、ああ、わからなくなりました」

 感情表現豊かに、明らかに肩を落として落ち込んでいる。

「あっ、落ち込まないで、マキナ。うん、お楽しみにしておけばいいじゃない」

 ロゼはすっかり気落ちしたロボットを励ますように、肩を擦ってあげた。

 しゅんとしてしまったマキナを、ロゼはいじらしく思えた。「マキナってば、可愛い」と独り言を呟いた。

「シラーは、青い花、なのですが……」

 そう言って、大小様々な球根を見比べるロボット――マキナは、主人の声も耳に入らぬようだった。

 ロゼはロボットに植え方の教えを乞うた。
 色は定かでないが、種類の判別はできそうだった。

 春先の孤児院の景色を想像して、花壇をレイアウトしてみた。

 最後の球根に「綺麗に咲いてね」と願いを込めて、土を被せて完成だ。

「ふう。これで終わり?」
「うふふ、次は水やりです」

 マキナの手にはホースが握られていた。

 水やりが終わるまで、ロゼは休憩しようと段差に腰掛けた。

 こうやってマキナの姿を客観的に見るのは、とても新鮮だ。

 ダークチェリーで染めたような艶のある長髪が後ろでまとめられている。
 よく見るとそれは、まるで八重咲きの花の形になっていた。

「良かった良かった」
デヴォートは濡れた花壇を目にし
「ほうほう。これは、春先が楽しみだ」
と嬉しそうに言った。

「……神父様、何かあったの?」

 ロゼの問いにデヴォートは驚いた。

「どうして、そう思うんだね?」

「うーん。なんとなく? 何だか最近、元気ないかもって思ったの」

「そうか……ロゼくんは鋭いねえ」

 神父は、隣に座る孤児の頭を優しく撫でた。
 ロゼは興味ありげに大人を見つめ返した。

「アマレティア様がね……」

 ロゼはその名を聞いて自然と体が反応を示した。
『緊張』を神父に悟られやしないか、更にドキドキした。

「実は……旅立たれてしまってね」
「え……?」

 なにやら重たい雰囲気を察した。こんなにどんよりとした神父を、少女は初めて見た気がした。

「もうこの町からいなくなってしまわれたんだ」

「あ……そう、なのですかー、はー」
「アマレティア様は自由なお方だからね。ここにいるもいないも変わらないのだけどね」
「寂しいんですか?」
「うん……そうだね」

 神父は遠い秋空を見上げた。
「君はアマレティア様を怖い人だと思っているだろうけど――」

 ロゼはビクッと急に背筋を伸ばし、姿勢を正して座り直した。

「いえっ、そんなことは!」

「――いいや、いいんだよ。それが正常な判断だ」

 それを聞いて、ロゼの肩の力が抜けていった。

「ああ見えて、決して強くない方だよ。そして――……〝私たち〟を、誰よりも愛しておられる方だ」

 冷たい秋風が、二人の隙間を縫って通った。

 そしてロゼは、風になびく髪を手櫛でといた。

 神父は何処か遠くを見ているようで何処にも焦点を合わせてなどいなかった。

「私は、そんなアマレティア様を慕っているんだ。アスカデバイスの母だ。彼女無しで、斯様なヒューマノイドは生まれなかった。人の心を持ったロボットはね」

「神父様もそう思うの?」

「ああ。マキナたちには、確かに〝魂〟が宿っている」

 神父は何度も深く頷きながら話してくれた。

 視線を前に向ければ、茶色の花壇に水をやるマキナがいる。
 とても生き生きして見えた。
 春を夢見て、土の中で眠る球根同様、何色に咲くか楽しみに待つ彼女は、生きている。

 ロゼと神父はそう思ったし、信じた。

「マキナー」立ち上がって自分のロボットを呼んだ。

 水ホースを片付けたマキナは振り返り、二人の元へ駆けつけた。

 神父はロボットに飲み水を渡した。

 彼女は両手で受け取ると

「ありがとうございます、デヴォート神父。あなたも水分補給はいかがですか?」

と主人以外にもちゃんと気配りができることをアピールした。

 ロゼは自分の手元を見た。
「あ、ジュース飲んじゃった」

「いいんだよ。私はこの水を頂こう」

 三人は花壇を眺めるようにして並んで腰かけた。

「時代が移り変わっても、自然の風景というのは、いつ見てもいいねえ」

 神父は黄昏た。
 時の移ろいの中で息をしている。
 その尊さと喜びを噛みしめていた。

 孤児院の敷地内に生える木々は、沢山の紅や黄色の葉を風に乗せて飛ばしている。

「私、秋好き」
「うふふ、ロゼは食いしん坊ですから」
「その分動いてますぅ」

 女子二人はキャッキャッと笑った。

「マキナぁ、またパンプキンパイ作ってね?」

と、子どもの権限を存分に使っておねだりした。

「はい! もちろん喜んで!」

 マキナは顔の横で両手を合わせた。

 神父は顎に手を当てて
「ふうむ。畑を作るのもいいなあ」と呟いた。

「畑!?」
 ロゼは跳び上がった。

「嬉しいかね?」
「はい!」
「ハハハ! 子どもたちとやってみるのもいいかもしれない」

 マキナも頷いて
「はい。食費の節約にもなります」
と冷静に、神父の提案に賛成した。

「うむ。温室を建ててみるのも、どうだろう?」

「温室?」ロゼが聞き返した。「マキナ、どう思う?」

 温室と聞いてマキナの目が輝いた。

「ロゼ。私は……欲しいです。嬉しいです。夢みたいです。デヴォート神父!」

 デヴォートは優しく微笑んだ。
「温室は業者に頼むとして、畑は――来年からにしようかな」

「はい、そうですね」

 ロボットも嬉しそうだ。夢の広がる話に花が咲いた。

 孤児院の景色も徐々に変わり始めていた。

「あ……」
 真っ赤に紅葉した葉が一枚、マキナの手元に舞い降りた。

「わあ、綺麗……!」
 覗き込んだロゼが声を上げた。

「モミジだねえ。上品な赤だ」

とデヴォートが言った。

 マキナはその葉をつまみ上げて眺めた。

 その瞳は何故か愁いを帯びていた。

「それは、敷地内にある記念樹のだ。ほらあそこ」

 デヴォートが指さす方向に、湾曲した枝を伸ばす優雅な赤い樹木が植わっている。

「オーナーが持って来たんだ。孤児院に建て替えた記念にね」

「アマレティア様が?」

 ロゼの問いに神父は頷いて返した。

 少女はもう一度、紅い樹を眺めた。
「ここ以外では見ない木だわ」

「そうだね。これは彼女のお母様の母国に自生しているそうだよ」
「へえ! 素敵ね!」

 記念樹のモミジは、枝を風に揺らしながら赤い葉をひらひらと宙を躍らせていた。




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