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第二部 前編
04 言葉にして初めて見えるもの
しおりを挟むポールは言われた通り、孤児院の門前まで送った。
ロゼは、彼を少しでも引き止めたくて、なかなか「さようなら」を言うのを躊躇った。まずは送ってくれたお礼をしなくてはならない。
「ありがとう、ポール。本当に近所に住んでるの?」
「あーそうだよ。庭付きの一軒家。じいちゃんと二人でね」
「へえ、そうなんだ!」
ロゼはすこし興味が湧いた。
「ニワトリとか飼ってるから、少し騒がしいけど」
「いいなあニワトリ!」
「へへ、ミニブタもいるよ?」
「そうなの! 可愛い?」
「可愛いよ。今度見に来る?」
「いいの! あ、でも……」
「ん?……――ああ、エリオとダグラスね」
ロゼは俯いて頷いた。
先程、彼らに言われた「もう会わない」という言葉が頭をよぎった。
ポールは、そんな少女に「あの二人なら、大丈夫だと思うよ?」と元気づけた。
「え?」
「ダグラスが、ああ言ったのは……たぶん、君に負い目があったからだよ」
「そんなの、いいのに」
俯いたまま喋った。
「うん。君はそう言うよね」
ポールは縁石に座り込んだ。ロゼがそれに倣って縁石に腰掛けるのを確認すると
「君がもう良くても、ダグラスたちにとってはまだ――……自分のことが許せないんだと思う」
とゆっくり言い聞かすように言った。
「自分?」
「うん。そういう俺も、まだ反省中」
ポールはニコッと笑った。
ロゼは笑えなかった。
「仲直りしたのに」
「そうだね」
ロゼは正面を向いた。
「……私、わかんない」
「そうだよね……」
彼も正面を見て言った。
晩秋の枯葉が、道路にカラカラと転がった。
「寒くはない?」
と気遣ってくれるポールに、ロゼは
「大丈夫」
と言って返した。
まだ一緒にいたいという気持ちは、二人とも同じだ。
「……時間がたてば、お友達になれる?」
ロゼはポールの顔を見て言った。
彼は顔を歪ませた。少し唸ると
「俺は――エリオたちもだけど――もう友達だよ」
と言った。
「え……!」
ロゼの瞳が、希望に揺れた。
「ダグラスもあんなこと言って、絶対嬉しかったんだから。ロゼに友達だって言われてさ」
「本当?」
「絶対そう! そう……俺たち、戦争の時からの付き合いだよ? 間違いないよ。エリオも、素直じゃないんだから」
ポールは二人の親友を思い描いて、思い出し笑いをした。
「いつになったら、自分を許せるようになるの……?」
ロゼは不安要素を口にした。
「うーん……」
ポールはまた悩んでしまった。
困らせるつもりはなかったのだが、勢いで訊いてしまった。
ゆっくりでもいい。
彼の返答を待った。
「そうだねえ……これは、答えにはならないのかもだけど」
言葉を選びながら、ゆっくりと話し始めた。
「初めて、君に会った時――」
エリオとダグラスは戦前からの親友で、ポールは二人とは避難所で初めて出会った。
それからはいつも三人で行動してきた。
戦時中も戦後の過酷な境遇も共に歩んできた。
生き残るのに必死だった。
ちょっとの盗みくらい、ご愛嬌と思っていただきたい。
あの日、マキナといるロゼが、メイドを連れた裕福な娘にみえたそうだ。
仲良く歩いているのが余りにも自然で、マキナがロボットだとは思わなかったらしい。
落とした財布を見て確信に変わり、魔が差してしまったとのことだった。
「――神父さんが来て、君が孤児だと知った時、末恐ろしかった。自分たちはなんてことしたんだって」
声こそ穏やかだったが、膝の間で両手拳がぎゅっと固く結ばれていた。
ロゼは心配そうに彼を見た。
「ロゼは孤児だった。裕福だなんてとんでもない! 真逆の存在じゃないか!」
自分たちのしたことに心の底から憤っているようだった。
「誰相手でも、あんなことしちゃあいけないんだけどさ。戦争で何もかも奪われた人に対して、奪う行為をしたことが、どうしても……情けなくて」
ポールは顔を上げた。
「きっとダグラスたちも同じ気持ちだ」
ロゼは彼の言ったことは全部本当で、全部本心なんだと思った。
そして「やっぱり良い人たちだ」と確信した。
頭を抱えた人の隣で、不謹慎なのは承知で、ロゼの口角は上がりっぱなしになった。
道端で長話してしまったと、ポールが「帰るよ」と切り出した。
何となく寂しそうなロゼに「今度、家来てね」と笑顔で言った。
すると、花開くような笑顔が返ってきた。
「え、本当に? うん! 行く行く!」
「うん! 俺はエリオたちとは違うから。負い目はあるけど――……それでロゼを遠ざけても、ロゼは悲しむだけでしょ?」
「うん」可憐な花が少し萎れた。
「だよねー。うん、やっぱりそうだった!」
ポールは自宅の住所をロゼに教えて、手を大きく振って帰っていった。
ロゼは生きる楽しみが一つ増えたようで、跳ねるように孤児院の敷地へ入った。
「ロゼ」
「んー? なあに、マキナ」
「楽しそうですね」
「ん? そお?」
ロゼは試すように言った。
「はい。スキップ、していました。それは楽しい時、心が弾む時、するものですね?」
「うふふ、そうだね! ね、マキナもするー?」
ロゼはマキナと手を繋いで引っ張るようにスキップするのだった。
「おおう! ロゼっ、危ないですよ!」
ロボットは手を繋がれて、テンポが掴みにくいのか、ぎこちなく主人についていった。
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「創発のバイナリ」の続編、公開中です。
「IO--イオ」
◆あらすじ◆あれから五年の月日が経った。ロボットと人間、その境は徐々に曖昧に。ロゼと仲間らは「イオ」と名乗る青年ロボットと出会う。ロボットを取り巻く社会情勢の変化に彼らは立ち向かう!
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◆あらすじ◆あれから五年の月日が経った。ロボットと人間、その境は徐々に曖昧に。ロゼと仲間らは「イオ」と名乗る青年ロボットと出会う。ロボットを取り巻く社会情勢の変化に彼らは立ち向かう!
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