0と1の感情

ミズイロアシ

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第二部

04 人の心ってのは複雑で

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 ロボットは人間と同じ食事は必要ないので、マキナを外で待たせていた。臭いも付くのも気になったのも理由の一つだ。

「ロゼ!」

 主人を見つけると子犬のように喜んで寄ってきて、いつものようにロゼの隣に位置する。

「ほんと仲良いな」
 エリオは二人の様子を見て呆れて笑った。

 ダグラスは改めて町の様子をぐるりと見上げた。

「戦争の爪痕も忘れて、町はすっかり綺麗になったよな……」
と隣の彼に言った。

「まあな。俺も、昔が良かったとか言いたいわけじゃねぇよ」
と答えが返ってきた。

「俺らが物心ついた時から世界は十分おかしかった。まあ、今思えば、だけど」
「そうだな」

「世界の在り方は変わる。その時々で正義ってのは右にも左にも振るもんだよ」

 ロゼは、なんだか難しい話をしているなと思った。

 ポールも二人に混じる。
「情報操作も激しかったね。正に『レッド・ヘリング』って感じだったよ」

「赤い……ヘリング?」

 ロゼには余計にちんぷんかんぷんだった。

 ダグラスはクスリと笑った。
「そうだね。けど、ポールはミステリの読み過ぎ」と目を細めて、楽しげに言った。

「ま。的は射てるんじゃね?」
とエリオも口角を上げて言った。

 ロゼは最大五つ上の青年たちの会話には難解だと感じつつ、同時に憧れも芽生えた。

「ごちそうさま」とダグラスはロゼに礼を言った。

 これで因縁はチャラ、もうお別れと誰もが思った時だった。

「また、会えるかな」

 ロゼが言った言葉は純粋過ぎた。

「えっ」エリオは驚いた。

 ダグラスは困り顔で「ん~とねぇ、ロゼ」と言葉に詰まる。

「エリオたち、嫌なの?」

「や……嫌じゃねぇけど」

 エリオは澄んだ空色の瞳に見つめられ、逃げるように両隣の友人と顔を合わせた。

「ロゼは――」ポールが発言した。「――俺たちのこと怖くないの?」

「ええ? なんで?」

「なんでって……」とエリオは呟いた。

 ポールは屈んで、ロゼと視線を合わせた。

「見知らぬ人について行っちゃ駄目とか、聞いたことない?」
「んー? お兄さんたち、知らない人じゃないじゃん」
「えへへ、そうかもだけど」

「俺らが怪しい人とか、思わないわけ?」

 少女の頭上からダグラスの声が聞こえた。

「――悪い人かもよ?」

 そう言った彼は、瞳の奥まで漆黒に染めた。

「そんなことないよ!」
 ロゼはダグラスを見上げて反論した。

「っ……は?」
「だって……だってさ――」

 青年たちは、少女の言葉を待った。不思議と気持ちはとても穏やかだった。

「優しいし、財布返してくれたし……私の我儘聞いてくれたし――」

「それはっ――」

 エリオが言いかけたのをダグラスが止めた。

 ロゼは言葉を紡ぎ出すように、照れて小さな声になって言った。

「――……お友達だって、思ってるよ?」

「ロゼ……!」エリオは目を見開いた。

 自分の発言が余りにも恥ずかしかったのか、小さな女の子は体をもじもじさせた。

 ダグラスはそんないじらしい様子にクスリと笑みがこぼれて、彼女の目の前に屈んだ。自分の気持ちを打ち明けようと、少女と目を合わせ微笑んだ。

「君に会えて良かった。俺にも、まだ人の心があったんだなって錯覚してしまうよ……」
 ロゼが首を傾げるのを見て
「アハハ……カレーごちそうさま。俺らは、君のためにも、もう会わない方が良いと思うよ?」
と言うとスッと立ち上がってエリオと肩を並べた。

「なんで……?」

「ロゼは――もう少し、怒った方が良いよ? 許しちゃいけないことだって、この世には沢山あるんだからね?」

 とダグラスは穏やかな口調で言った。

「んじゃ、そういうことだから」
 エリオは手を振って、ロゼに背を向けた。
「俺らあっちだから」

 エリオに続きダグラスも
「ポール、ロゼを孤児院まで送ってやれよ。ご近所だろ?」
と言うと、エリオについて行った。

「あ、うん」

 ポールはロゼを見下ろした。

 頭頂部だけが見える。

 ロゼがどんな表情で彼らを見送ったかわからないが、特に知りたくもないなと思ってしまった。
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