創発のバイナリ

ミズイロアシ@文と絵

文字の大きさ
上 下
17 / 49
第二部 前編

04 人の心ってのは複雑で

しおりを挟む
 
 

 ロボットは人間と同じ食事は必要ないので、マキナを外で待たせていた。臭いも付くのも気になったのも理由の一つだ。

「ロゼ!」

 主人を見つけると子犬のように喜んで寄ってきて、いつものようにロゼの隣に位置する。

「ほんと仲良いな」
 エリオは二人の様子を見て呆れて笑った。

 ダグラスは改めて町の様子をぐるりと見上げた。

「戦争の爪痕も忘れて、町はすっかり綺麗になったよな……」
と隣の彼に言った。

「まあな。俺も、昔が良かったとか言いたいわけじゃねぇよ」
と答えが返ってきた。

「俺らが物心ついた時から世界は十分おかしかった。まあ、今思えば、だけど」
「そうだな」

「世界の在り方は変わる。その時々で正義ってのは右にも左にも振るもんだよ」

 ロゼは、なんだか難しい話をしているなと思った。

 ポールも二人に混じる。
「情報操作も激しかったね。正に『レッド・ヘリング』って感じだったよ」

「赤い……ヘリング?」

 ロゼには余計にちんぷんかんぷんだった。

 ダグラスはクスリと笑った。
「そうだね。けど、ポールはミステリの読み過ぎ」と目を細めて、楽しげに言った。

「ま。的は射てるんじゃね?」
とエリオも口角を上げて言った。

 ロゼは最大五つ上の青年たちの会話には難解だと感じつつ、同時に憧れも芽生えた。

「ごちそうさま」とダグラスはロゼに礼を言った。

 これで因縁はチャラ、もうお別れと誰もが思った時だった。

「また、会えるかな」

 ロゼが言った言葉は純粋過ぎた。

「えっ」エリオは驚いた。

 ダグラスは困り顔で「ん~とねぇ、ロゼ」と言葉に詰まる。

「エリオたち、嫌なの?」

「や……嫌じゃねぇけど」

 エリオは澄んだ空色の瞳に見つめられ、逃げるように両隣の友人と顔を合わせた。

「ロゼは――」ポールが発言した。「――俺たちのこと怖くないの?」

「ええ? なんで?」

「なんでって……」とエリオは呟いた。

 ポールは屈んで、ロゼと視線を合わせた。

「見知らぬ人について行っちゃ駄目とか、聞いたことない?」
「んー? お兄さんたち、知らない人じゃないじゃん」
「えへへ、そうかもだけど」

「俺らが怪しい人とか、思わないわけ?」

 少女の頭上からダグラスの声が聞こえた。

「――悪い人かもよ?」

 そう言った彼は、瞳の奥まで漆黒に染めた。

「そんなことないよ!」
 ロゼはダグラスを見上げて反論した。

「っ……は?」
「だって……だってさ――」

 青年たちは、少女の言葉を待った。不思議と気持ちはとても穏やかだった。

「優しいし、財布返してくれたし……私の我儘聞いてくれたし――」

「それはっ――」

 エリオが言いかけたのをダグラスが止めた。

 ロゼは言葉を紡ぎ出すように、照れて小さな声になって言った。

「――……お友達だって、思ってるよ?」

「ロゼ……!」エリオは目を見開いた。

 自分の発言が余りにも恥ずかしかったのか、小さな女の子は体をもじもじさせた。

 ダグラスはそんないじらしい様子にクスリと笑みがこぼれて、彼女の目の前に屈んだ。自分の気持ちを打ち明けようと、少女と目を合わせ微笑んだ。

「君に会えて良かった。俺にも、まだ人の心があったんだなって錯覚してしまうよ……」
 ロゼが首を傾げるのを見て
「アハハ……カレーごちそうさま。俺らは、君のためにも、もう会わない方が良いと思うよ?」
と言うとスッと立ち上がってエリオと肩を並べた。

「なんで……?」

「ロゼは――もう少し、怒った方が良いよ? 許しちゃいけないことだって、この世には沢山あるんだからね?」

 とダグラスは穏やかな口調で言った。

「んじゃ、そういうことだから」
 エリオは手を振って、ロゼに背を向けた。
「俺らあっちだから」

 エリオに続きダグラスも
「ポール、ロゼを孤児院まで送ってやれよ。ご近所だろ?」
と言うと、エリオについて行った。

「あ、うん」

 ポールはロゼを見下ろした。

 頭頂部だけが見える。

 ロゼがどんな表情で彼らを見送ったかわからないが、特に知りたくもないなと思ってしまった。
しおりを挟む
「創発のバイナリ」の続編、公開中です。
「IO--イオ」
◆あらすじ◆あれから五年の月日が経った。ロボットと人間、その境は徐々に曖昧に。ロゼと仲間らは「イオ」と名乗る青年ロボットと出会う。ロボットを取り巻く社会情勢の変化に彼らは立ち向かう!「IO--イオ」
感想 0

あなたにおすすめの小説

廃線隧道(ずいどう)  

morituna
SF
  18世紀末の明治時代に開通した蒸気機関車用のシャチホコ線は、単線だったため、1966年(昭和41)年に廃線になりました。  廃線の際に、レールや枕木は撤去されましたが、多数の隧道(ずいどう;トンネルのこと)は、そのまま残されました。   いつしか、これらの隧道は、雑草や木々の中に埋もれ、人々の記憶から忘れ去られました。  これらの廃線隧道は、時が止まった異世界の雰囲気が感じられると思われるため、俺は、廃線隧道の一つを探検することにした。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

感情を失った未来、少年が導く人間らしさを取り戻す冒険の旅

ことのは工房
SF
未来の地球は、技術が進化しすぎて人類の生活がほぼ全て機械によって管理されています。しかし、AIが支配する世界において、感情や創造性を失った人々は、日々の生活をただ無感動に繰り返すだけの存在となっています。そんな中、ある少年が目を覚まし、心に残る一つの奇妙な夢に導かれながら、未知の世界へと旅立つ決意を固めます。その旅の途中で、彼は「人間らしさ」を取り戻すための鍵を握る謎の存在と出会います。 この物語は、機械による支配と人間らしさを求める冒険を描き、AIと人間の関係性、感情、自由意志といったテーマを探求します。

関西訛りな人工生命体の少女がお母さんを探して旅するお話。

虎柄トラ
SF
あるところに誰もがうらやむ才能を持った科学者がいた。 科学者は天賦の才を得た代償なのか、天涯孤独の身で愛する家族も頼れる友人もいなかった。 愛情に飢えた科学者は存在しないのであれば、創造すればいいじゃないかという発想に至る。 そして試行錯誤の末、科学者はありとあらゆる癖を詰め込んだ最高傑作を完成させた。 科学者は人工生命体にリアムと名付け、それはもうドン引きするぐらい溺愛した。 そして月日は経ち、可憐な少女に成長したリアムは二度目の誕生日を迎えようとしていた。 誕生日プレゼントを手に入れるため科学者は、リアムに留守番をお願いすると家を出て行った。 それからいくつも季節が通り過ぎたが、科学者が家に帰ってくることはなかった。 科学者が帰宅しないのは迷子になっているからだと、推察をしたリアムはある行動を起こした。 「お母さん待っててな、リアムがいま迎えに行くから!」 一度も外に出たことがない関西訛りな箱入り娘による壮大な母親探しの旅がいまはじまる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...