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第一部
03 救世主であり創造主
しおりを挟む少女とメイド型ロボットが地下室から消えると、デヴォートは気力を失くしたヒューマノイドロボット・アスカデバイスの生みの親にそっと寄り添った。
無音の空間に二人、ぽつりと存在している。
「アマレティア様」
デヴォートは彼女に触れることも無く呟いた。
「ハ、アハハ……」
アマレティアは気の抜けた笑い声をあげた。
「アマレティア、様?」
デヴォートは戸惑って再び創始者の名前を呼んだ。
「はぁ……うふふ。昔のことを思い出していたの。狂ったんじゃないわよ? うふ」
「は、はあ」
困惑するデヴォートをしり目にアマレティアはコンピュータの電源を落とした。
「ふぅ……あなた、私の命令に逆らったわね?」
「あっ、いえ」
「うふふ、『心』があるんだものね。仕方ないわ……」
「は、はい……?」
アマレティアは背もたれに深々と腰掛けた。
デヴォートは恐る恐る質問を投げかけた。
「アマレティア様? どうして、ロボット……いえ、〝アスカたち〟をお造りに? 始めから左様な、大々的なことを?」
アマレティアは少し間をおいて「違うわ」と言ってボレロを拾いに立ち上がった。
「造ったきっかけは――……ふぅ。もう、覚えてないわね」
神父は答えを期待していたので、拍子抜けして肩を落とした。
「――でも」
アマレティアは何か思い当たる節があるようで
「友達が、欲しかったのかも。何でも話せて、自分の全てを認めてくれるような――……」
と言ったきり、口を閉ざした。
「……彼女たちのような、ですかな?」
デヴォートは無遠慮に口にした。ロゼとマキナを思い浮かべて言ったのだった。
アマレティアはそれには答えず、二人が立ち去った地下室の扉を眺めていた。
デヴォートには、それが肯定を示しているのだと思えた。
「どこで間違えたのかしら……やはり、人の姿をとらせたのが間違いだったのかしらね」
「そうでしょうか? お言葉ですが、人の姿だからこそ、得られたものもあるのではないでしょうか」
「うーん……」
創始者はため息混じりに唸るだけだ。
「人に共感しやすいのは、やはり人だと、私は思います」
「あら、動物だって優しいわよ? 時に、人に寄り添って。コンパニオン・アニマルだって時に人間以上に心配してくれるわ」
「これはこれは、失礼」
二人は控えめに笑い合った。
「アマレティア様にとっては、人の形をした愛玩動物といったところですかな?」
彼女は目を丸くしてフッと笑い「そうね」と呟いた。「そうかもね」と言ってボレロに袖を通した。
「アマレティア様? どこか、出掛けるんですか?」
アマレティアはデヴォートに振り返り、吹っ切れたように生き生きをとした表情を見せた。
「ええ、少し。ねえデヴォート、私、ここを畳むわ。留守の間、頼むわね」
「ええ!? アマレティア様!! どちらに? どれくらいの期間でしょう?」
慌てるデヴォートに、アマレティアは些細なことのように手を払った。
「墓参りと……それと、世界を見に、よ」
「せ、世界?」
神父は空けるのは数日ではないなと思い肩の荷が重くなったのを感じた。
「私の落とし子たちの様子を見にね?」
「落とし子だなんて……皆、あなたの申し子であると、私は考えます」
「やめてよ……私は神様じゃないの」
扉に手をつく創造主は、物悲しそうに俯いた。
「あなたのお蔭で、今も幸せに暮らしていける人がおります。あなた様が、無念に亡くなられた方々に、再び光の中を謳歌できる体を与えてくださった」
創造主であり救世主である彼女は静かに、神父の言葉に耳を傾けた。
「あなたに感謝している人間は、確実にあります。ですのでどうか――」
それに続く言葉を掛けるのは流石に野暮だろうと、デヴォートは黙った。
黙って聞いていたアマレティアは、振り向かずに
「ありがとう。話せてよかった。昔を思い出せて、楽しかったわ」
と言った。その声色はどこか憂いを感じさせた。
「アマレっ――」
「あの世に行くのは早いと言われた時、私の〝何か〟は確実に死んだ。居ても居なくてもどちらでもいいと言われた時より、はるかに残酷に思えた」
「何のことです……?」
「フン。昔のことよ……誰かさんは研究に没頭する私の場所を、牢獄と揶揄したけれど、私にとってそこは――……まるで難攻不落の城塞だったわ。誰も寄せ付けない、私だけの城。大切な箱庭のようなものだった」
出ていくかと思われた彼女は、独り語りで、自分の半生に思い浸っているようだった。
神父は彼女を咎めたりせず、静かに懺悔を聞く本物の神父のように耳を傾けた。
「あの子たちの誕生は、確かに奇跡だった。死人を使ったとは言え、甦ったとは違う。別人なの。死んだ人は起き上がらないし、帰ってこないのよ……」
デヴォートは静かに頷いた。
「私がしたことは、禁忌に触れたことだと思う?」
不意に問われたデヴォートの目が泳いだ。
正直どちらとも言えないのが彼なりの答えだ。
デヴォートが答えず、口の中でもごもごしていると、アマレティアは扉に手を掛けた。
「コムンクエ・ヴァーダノ・レ・コーセ・サロ――……あっ!!」
神父は大声を出した。しかし言い終わらぬ内に口を閉じてしまった。
アマレティアは、その台詞に驚いて振り返った。
彼は真っ直ぐ彼女を見た。そして再び口を開いた。
「……私は、過去を変えることはできないと考えます。しかし――……! あなたのしたことを、責め立てる人がもし仮に現れたとしても、私は――私こそが! アマレティア様の最後の味方になりたいと、常々思っておるのです」
雑念のない声で、思いの丈を伝えた。
デヴォートの稀に見る真剣な眼差しに、アマレティアは釘付けになった。
二人は決して互いの目を離さなかった。
無音が耳の奥を痛くした。
「お一人がお好きなのは知っています。しかし、万が一、寂しくなったら、またここへ、いらしてください」
デヴォートは丁寧にお辞儀した。
アマレティアは視線のみを動かして、デヴォートの所作を見た。
顔を上げて、満面の笑みをつくった。
そして別れの言葉を言う。
「いってらっしゃい、アマレティア様。そしてまたいつか、〝おかえりなさい〟を、この私に言わせてくださいね」
その心の内は雨色だった。
そう言われて顔を背けた。そして二度と振り返ることはない。
「ええ、是非。行ってくるわ……今日は、あのカレー屋さんにでも行こうかしら。あそこの店主が亡くなって、今は業を継承した〝ロボット〟がやりくりしているわ。味の再現はもう完璧。あの温もりも――所有者に寄り添ってきた彼だからできうる芸当なのね」
精一杯、茶目っ気に話したと思う。
「……デヴォート。いつか、また」
別れの挨拶を言った。
ロボット創始者は、最後に顔も見せずに扉を開け、地下室に神父だけを残して立ち去った。
「はい。アマレティア様……」
デヴォートは、彼女が去った後も、形作った笑顔を絶やさなかった。
自分の頬に熱いものが伝うのも気にせず、閉まった扉に手を振り続けた。
机のコンピュータの画面が、パッと点された。先程アマレティアによって消されたはずのそれが、なぜか映し出された。画面にはマキナの骨組みと思われるスケルトン画像が描かれており、胸の中心部がほんのりバラ色に染まっていた。
第一部 終
イラスト題『大切なもの』
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