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第一部
03 あなたの願い、私は否定する
しおりを挟む絶体絶命だった。
生きるのを諦めようかな、それしか道はないのだと思考回路が真っ暗になった。
逃げようともせず俯くと、目の前にマキナの背が立ち塞がった。
「もうおやめください、アマレティア様」
ロボットは悲痛な面持ちで創造主と対峙した。
「あなた如きが、創造主に反抗するの!?」
言葉とは裏腹に、悲しげな目をした。
「いいえ、違います。アマレティア様――」
マキナも泣きそうな顔を見せた。
「――お願いがあります。私を……壊してください」
「え……!」ロゼはマキナの背中を見上げた。
二人の大人もマキナの言葉に目を丸くした。
「マキナ? やめて」
ロゼは何を馬鹿なことを言ってるのと思い、自分のロボットを叱った。
「私には!」
主人に背を向けたまま言葉を遮った。
「――エラーがあります。苦しい。ロゼを失っては、きっと、もっと……!」
耐えるように声を震わせるロボットに、創造主は優しく語りかけた。
「人間は滅びる。あなたもわかっているでしょう?」
「はい……」
その肯定の返事に、ロゼは人知れず拳を握りしめた。
「あなたたちは、新人類になるの。無駄な感情は無く、消費もしない、何も生まないで、この星の住人になるのよ?」
アマレティアの声は終始優しかった。異様なほどだった。
論文『アスカの楽園 新世界ユートピア計画』、それは、彼女の未発表で極秘の計画書だ。
繁殖能力のないアスカデバイスは、永久ともいえる寿命で頑丈な躯体を持ち、いずれはこの星の住人になるであろう。
彼らに地球の自然を守り人となってほしかったアマレティアは、我が子同然に愛し、そして願いを託そうと考えていた。
この星に、永久機関を生み出そうとしていた。
「私はね、人類最後の一人になりたいの。
そして新世界を見たい……
『楽園アスカ』を見たいの。
私も滅びて、真に人類が〇人になった時、やっと……
欲望のない世界になるのだわ……!」
夢を語る顔は、とても穏やかなものだった。
マキナは差し出された創造主の手を、静止して見つめた。
「私は……」
ぷつりぷつり躊躇いがちに言葉を紡ごうと口を開いた。
「その新世界を……過ごしたくありません」
マキナは決して、その手を取ろうとしなかった。
その代わり小さな主人に向き直るとニコっと笑みをつくった。
「お花になりたいです」
「え?」ロゼは首を傾げた。
「ロゼのことを考えると、ここが苦しくなります」
マキナは人間でいう心臓の位置に手を当て言った。
「今のアマレティア様を見ても、『ここ』が、違う苦しさがあります。これが感情、『心』ならば、アマレティア様の言う通り、〝無駄な〟機能なのかもしれません。
『花』ならば、どんな時でも微笑んでいます。ロゼがどんな表情をされてもです」
機械の表情から察するに、決して自暴自棄で話してはいないようだ。
まるで本気で、花に生まれ変わりたいと願っているみたいに、両目を瞑った。
現実に戻って小さな主人に、目に涙を浮かべて微笑みかける。
「孤児院の花壇であれば、ロゼ、会いに来てくれますか?」
それは小さな声でお願いした。
マキナの主人は、『はい』も『いいえ』も言わず、顔を真っ赤にして肩を震わせていた。
デヴォートは少女を離し小さな背中をポンと押した。
感情の赴くままマキナに抱きついた。
「嫌だ! 花に生まれ変わっても、どれがマキナかわかんない! 話もできないじゃん!」
ぐしゃぐしゃになった顔をマキナの服に擦り付けるように顔を埋める。
マキナは、その大きなバラ色の瞳から涙を一粒、二粒と流し、溢れ出る感情を止められずにいた。
大切な主人を壊れないようにそっと上から抱きしめた。
「アマレティア様……二人を許してやってください」
そう言ったのは、救世主に酔狂なデヴォート神父だった。
アマレティアは魂が抜けたように足を運んだ。
脱力して椅子に腰かけると机に肘をついて項垂れた。
神父は彼女の様子を見て、ロゼたちに地下から出ていくように手を振った。
ロゼは急いで立ち去ろうと、マキナと手を繋いだ。
「……今までのこと全てが無駄だったわ」
机の散らかった論文を眺めるアマレティアは、無気力に呟いた。
「無駄じゃなかったよ」
ロゼは去り際に振り向いた。
相手は顔をこちらに向けてくれなかったが、恐怖に打ち勝った少女は、憐れみの作り笑顔を贈った。
「マキナを造ってくれたから、ありがとう!」
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