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第一部
03 私を救ってくれるのは、いつだって……
しおりを挟む恐怖に足がすくみ動けないでいると目の前に影が現れた。
「ロゼ!」
「マキナ!」
それはロゼが一番よく知っているロボットの姿だった。
マキナは少女の両手を掬い上げて満面の笑みを見せてくれた。
「ロゼ、私の愛おしい人」
恥ずかしげもなく言ってみせた。
創造主はあり得ない事態に体が硬直した。
「何故? リセットしたはず!」
「すみません。修復に時間が掛かってしまいました」
創造主に背を向けたまま話した。
アマレティアは狼狽えた。
「修復? メモリーにはロックを施したはずよ!」
目の前の出来事が信じられず困惑が感じられた。
メイド型ロボットは、ゆっくり振り向くと優しい口調で、自身の創造主に対し次のように言葉を述べた。
「創造主アマレティア様。私が、愛するロゼを忘れるはず、ありません」
それを聞いた創造主は目を剥いて激怒した。
狂ったように
「アイ? 愛ですって!? マキナ! ロボットが感情を持つだなんて、そんなこと、許されないのよ! 意味がないの!!」
と叫ぶように、母が子に言い聞かすように意見を述べた。
マキナは無表情の瞳に淡い光を灯した。
「意味はあります、アマレティア様。自分以外に関心が持てます」
ここまで言って、小さな主人の顔を愛おしそうに見た。
「相手を、もっと知りたくなります」
と言うと心から微笑んだ。
アマレティアは声を出さずに発狂した。
やがて気が狂いそうになりながら自分の生み出したロボットを説得し始めた。
「ダメダメダメダメ!! ロボットは、与えられた役割をこなすだけでいいの! 感情なんて必要ないのよ!!」
「アマレティア様……」
マキナの彼女に向ける今の感情は『憂い』だった。
創造主はマキナの両肩に手を乗せた。
憂いに似た慈悲のある表情で、バラ色の瞳と自身の黒色の両目を真っ直ぐ合わせた。
「感情を持つだなんて、破滅の道。人類は、己の感情で滅びる運命なのだから。あなたたちロボットが、感情を持ってしまったら……――」
肩を掴む手が一層強さを増した。
表情を失くした暗い声で呟き始めた。
「あなたには不具合はなかった。私のプログラムは完璧。エラーがあるとしたら……」
答えにたどり着いたのか、不意に顔を上げた。
「あなたの存在ね!」
突然マキナを突き飛ばし、彼女の主人であるロゼに襲いかかった。
ロゼは悲鳴を上げ逃れようとした。
「痛い!」
「痛いのも人間だからよ。可哀想ね」
子供が大人の力に敵うわけもなく、あっけなく捕まってしまった。
掴まれた腕に彼女の爪が食い込んで痛みが生じた。
アマレティアは力任せに、いたいけな少女を手繰り寄せた。
「そうだわ。あなたもロボットにしてあげましょう!」
「なんですって!」
ロゼは恐怖した。
デヴォートとマキナは救世主様に手出しができないでいた。
おろおろと手をこまねいていた。
何だか悲しくなった十二歳の心だった。
「ロボットが、何で動いているか知ってるかしら?」
アマレティアは問うた。
「水でしょ! 馬鹿にしないで」
気丈に振る舞うロゼに対し、大人な彼女は不敵に笑った。
「それは燃料。まあ、厳密に言えば――『太陽光』と『地球の空気』と『水分』によって化学反応を起こし、稼働しているのだけどね――」
と余裕しゃくしゃくに教鞭を執った。
彼女は、偉大な発見に魅了されていた。正しく自己陶酔していた。
「〝アスカ〟はね――人間の脊髄でできているの」
アマレティアは自分の研究成果に誇りを持っていた。
「脊髄。人間……!」
真実を知った少女は背筋が凍りついた。
全身の血の気が引き、まるで自分の血が水色に変化したように身の毛がよだった。
「命令を素早く伝達する装置が必要だったの」
ロボット創始者はいかにも平然と言ってのけ、生きた人間を自分の手元に引っ張る。
「人間を、殺したの……?」
ロゼは震え声で言った。
相手は目を丸くし「馬鹿な子」と呟いてきた。
「私が殺さずとも素材はいくらでも手に入ったわ。戦時中だったもの!」
ロゼは渾身の力で払いのけ、死体損壊者から出来うる限りの距離を取った。
アマレティアは「ふぅ……」と小さくため息をつくと緑の黒髪を掻き上げた。
「あなたのことも殺さないわ。死ぬまで閉じ込めてあげる。うふふ、ロボットと違って食べなければ生きていけないものね、愚かな人間は」
何故か余裕そうな表情を少女に見せてきた。
ロゼは恐怖の対象から目を背けず後ろに下がった。
突如、背中にボンと何かが当たってはっとした。
「デヴォート、よくやったわ」
ロゼは後ろにいた神父にぶつかったようで、すぐさま捕らえられてしまった。
「お許しください。世界平和のために」
神父は軽々しく祈っている。
ロゼは絶望した。
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