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第一部
03 またゼロから
しおりを挟むアマレティアはマキナを自身の研究室へ連れ込んだ。
「ここは?」
マキナは躊躇せず足を踏み入れた。
「研究室――あなたが生まれた場所」
アマレティアはそれだけ言うと特殊な椅子にマキナを座らせた。
窓のない部屋だが、アマレティアの趣味であるクラシックがかかっており、防音効果のせいか、よく響いていた。
「うーんと、所々汚れてるけど、目立った外傷はなし……――」
マキナの肌を綺麗にふき取りながら隅々までチェックする。
「――……で、あれば内部?」
独り言をブツブツ言いながらコンピュータを操作し始めた。
ロボットの躯体と接続させ、マキナの稼働を一時停止させた。
マキナは瞳孔の白い光を失って、眠るように俯いて静止した。
作業開始だ。
「異常はどこに? メモリー? それとも……」
凝った首を回しながら、画面に映る設計図を見ていく。
画面には複雑なプログラミングの羅列、ロボットのスケルトン画像が映し出された。
「はあ……プログラムからやり直しかしら」
眠るマキナの横顔を見て困り顔で笑みを漏らした。
雑多に積み上がった書類の頂点に、論文のタイトル『アスカの楽園 新世界ユートピア計画』と書かれている。
アマレティアの未発表論文だった。
数時間待っても、マキナは一向に戻って来なかった。
ロゼは同じ孤児院の友人からマキナとアマレティアを院内で見たとの情報を聞き、孤児院内を探し回った。
「マキナー。マキナどこー?」
しかしどの部屋にも見当たらず、深いため息が出た。
「どこにもいない……ねえマキナ。私、マキナがいないと」
目頭が熱くなるのを感じながら本棚に手を掛けて体重を乗せる。
突如、がくんと音がして装置が動き出すと本棚の向こうに通路が現れた。
余りに突然の出来事に、ロゼの涙も引っ込んだ。
「何なの!?……でも、マキナがいるかもしれない!」
ロゼは自分の直感を信じ、恐怖の暗闇通路に足を忍ばせた。
一歩踏み出せば、自然と勇気が出て、走り出す小さな背中の後押しになった。
暗闇にロゼの足音と恐怖に震える吐息が木霊した。
アマレティアは、ヴィヴァルディ作曲の協奏曲・四季より「秋」をバックミュージックにし、PC画面と格闘していた。
「これで……どうかしら」
マキナの起動スイッチを遠隔に押してロボットを目覚めさせた。
「〝こ・ん・に・ち・は〟」
この国の言語でない、馴染ない発音の言葉を発し、眠るロボットに聞かせた。
マキナはパチリと両目を開け、創始者を瞳に映した。
アマレティアは動かぬ人形を真っ直ぐ見つめた。
「動作確認をしたいの。あなたの名前は?」
「こんにちは、私はマキナ。あなたは、私の創造主アマレティア様です」
マキナは以前より更に無機質な声色で、とびきり明るく答えた。身振り手振りも完璧だ。
「うふふ、そうよ」
アマレティアは満足そうに微笑んだ。質問を続けよう。
「あなたの役割を教えて?」
「はい、アマレティア様」
マキナは素直に頷いた。
「私に与えられた役割は『ケア』と『援助』、人間のお世話をし、補助することです」
「そうよ。あなたは何のためにあるのか、わかっているわね?」
「はい。ご主人様のご機嫌を覗い、〝負の感情〟を起こさせないようにするため、です」
マキナは正面を向いたまま、淡々と答えた。
創造主はとても満足げに口角を上げた。
「そうよ、そうよ。じゃあ反対に禁じられた行為は、何?」
「はい。〝人間にストレスを与えてはいけない〟です」
「そうよ! 暴力なんてもっての外! 愚かな人間共と同じになってしまうのだから!」
アマレティアは鬼の形相となって、空想の人間に向かって怒りを露わにし、空を睨み付けた。
「マキナ!」
呼び声と同時にロゼは研究室へ飛び込んだ。
「良かったっ、無事で……」
息を切らして大好きなロボットに近づいた。
「あなた!?」
叫ぶような声を上げたアマレティアは明らかな敵意をロゼに向けた。通信機械を取り出して
「ネズミが忍び込んだわ! 早く追い出して!」
と金切り声で通話相手に訴え、一方的に通話を切った。
ロゼは自分のロボットに寄り添った。
「マキナ、早く帰ろう? ねえ」
猫なで声でせがんだ。しかしロボットはいつも通りの反応を示さない。
ロゼは不安になった。
「マキ、ナ?」
もう一度、無反応のロボットに呼びかけた。
クラシックは、いつの間にか「冬」に切り替わっていた。
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