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第一部
01 孤児院のオーナー
しおりを挟むそんな思い出も忘れてすくすくと成長したロゼは、マキナのお蔭もあってか、他の孤児たちとも遊びはじめ、友達も増えた。
十二歳になったロゼの心は、戦争の傷はもうすっかりと癒えていた。
どんな時もマキナと一緒に過ごした。朝から晩までロボットを従えていた。
ロゼはマキナが大好きだったし、マキナもそれに答える。
「マキナ! 一緒に遊ぼう!」
「はい」
「マキナ、大好き!」
「はい、私もロゼが大好きです」
ロボットの無機質な返答でも、幼いロゼは愛情を十分に得ていると自覚していた。
自分に愛の言葉をかけてくれるなら、たとえ感情が篭っていなくてもいいんだと、無意識に諦めていたからかもしれない。
主人が「好きだ」と伝えれば、ロボットは「好きだ」と返してくれる。
それはプログラミングされたものだということは、十二歳にもなれば何となくわかったきた。
それでもこのロボットにすがるのをやめられない。寂しさと孤独を埋めてくれるのはマキナしかいない。
――ロゼは幸せだった。
今日も二人でチェスをする。
ロゼはマキナに今の一度も勝てた試しがない。それでもめげずに挑戦し続けた。
当然マキナが勝つ。しかしロボットは勝っても喜ばない。
だからといって勝負に手加減もしない。
どうしたら勝てるかのプロセスに従い無駄なく攻めて、あっさりとキングを追い詰める。
無慈悲で無感情な一手を遠慮なく指す。しかしその所作は、清々しいまでに美しくもあった。
きっとロゼがマキナに勝てたとしても、マキナは勝つ時と変わらぬ態度であろう。
それでもロゼが負け続けてもマキナに挑むのは、悔しさもあるが、ロボットに一泡吹かせたいという願望があったからだ。
どんな時も顔色一つ変えない人間そっくりの物体の顔が歪むのを想像した。
マキナはいつも穏やかで微笑みを絶やさない。
ロゼを起こす時も、
ロゼに食事を出す時も、
ロゼに待たされても、
ロゼに好きだと言う時も、
表情はいつも同じ無表情だ。
ロゼはマキナに叱られたことはない。
勿論叱られるような悪戯をしたことはない。嫌いな食べ物を残しても何とも言われない。
心配もされない。
夜更かししようとすると「消灯です」と言って、作業的にベッドへ運ばれる。
でもまあ、真っ暗な孤児院で何かしようとも思わないのだから、マキナに従う他ない。
全く何をしても変わらないのだ。
でもそれがマキナだ。ロゼがマキナを好きなのは心から本当のことだ。
「マキナ、好き」
とロゼが言えば
「はい。私もです」
と答えが返ってきて、大きな体で優しく抱きしめてくれるのは事実だからだ。
ある日の午後、ロゼがマキナといつものチェスで遊んでいると、大広間に孤児院の家主デヴォート神父が現れた。
「さあさあ皆、注目ー。今日は、オーナーが視察に見えました。拍手で迎えるように!」
神父は上機嫌で拍手している。
ロボットたちは素直に拍手して答えた。
子どもたちはそれにつられて拍手し始めた。
ロゼも渋々手を叩いてオーナーの到着を待つことにした。
オーナーはヒールの音をコツコツと響かせて子どもたちの待つ大広間に入ってきた。
「ごきげんよう、哀れな子どもたち」
きびきびとした眼鏡の中年女性だ。
年齢は、神父と同じ四十歳くらいだろう。
孤児院のオーナー、アマレティア様だ。
ロボット創始者である彼女は、自然に囲まれた小さな田舎町を拠点にしている。
その中の大きな教会を、可哀想な戦争孤児のために、孤児院に生まれ変わらせた。
今、人々に必要なのは、宗教ではない、効率的な慈善活動だ。それが彼女のポリシーだった。
デヴォート神父は、神父の仕事なんてほとんどしたことがない。
ここも教会としては機能しておらず、形だけの教会と神父なのだ。
デヴォートは神父という肩書が気に入ってわざわざ名乗っているに過ぎない。
愛用のモノクルも、きっと恰好だけに過ぎないのだろう。
子どもたちの間では、彼を揶揄う絶好のネタにされていた。
ところでロゼのロボットも片眼鏡を着用しているのだが、ロゼ曰く
「マキナのはブリッジもテンプルもあって、レンズも大きくて可愛いの! チェーンのチャラチャラもないんだから」
だそうだ。
「それにマキナの方が、背も高いんだし!」
という情報も付け加えておく。
「私のサルサも!」
「ファドちゃんのことも忘れないで!」
孤児たちは自分専用のロボットが本当にお好きなようだ。
話を戻すと「神父って、白内障だったら眼鏡にするか、さっさと手術したらいいのにねー。そうは思わない?」
と本人のいないところでこそこそ話をするのが子どもの共通の趣味のようなものだ。
神父には気の毒だが、どうやら本格派モノクルの良さは、現代の子どもには難しいらしいな。
何のためなのか白衣を身に纏っているアマレティアは、一人の少女に近づいた。
座っている子どもに目線を合わせるわけでもなく
「あなたも、私のヒューマノイドロボット・アスカデ――……あーつまり、ロボットを使っているのね!」
と声を高くして言った。
金色の眼鏡に金色の眼鏡チェーンと、見ている人には目が痛いギラつく見た目をしている彼女は、白衣の下に赤いスカートと、随分と派手好きらしい。
「あ、はい……」
その少女――ロゼはテンポの悪い返事をしてしまった。
しかしアマレティアは、子どもは眼中にないようで、その隣にいるマキナをじっと舐め回すように見ている。
デヴォートは、アマレティア様が隣へ戻ってくると、子どもたちを集めてお話を始めた。
「皆も知っているように! アマレティア様は、戦争で疲弊した人々をお救いした御方! 皆のお家――この孤児院をおつくりになさった。残された者たちの希望の光!」
高揚して話す神父に対して、子どもたちは退屈なのを我慢して聞いていた。
そうこうしていると、アマレティアがデヴォートに続くように演説を始めた。
「今では〝彼ら〟含めロボットの数は現人口とほぼ同じ、いいえそれ以上!
一切無駄な働きをしないロボットさえあれば!
この星の資源は戻って来るでしょう」
と、ほとんど子どもたちの顔を見ず言い切った。
『一切無駄な働きをしない』という部分をいやに強調していた。
隣で話を聞いていたデヴォート神父は感動して拍手している。
「素晴らしい! 皆、拍手を! さあ、さあ、さあ!」
アマレティアのこと崇拝しているのは、こちらのデヴォートが格別にというわけではない。
この世――『人の心』を支えているのは彼女が生み出したロボットさんであり、ロボットに『救済』された人々は皆、彼女を『救世主』と持てしているのだから仕方がない。
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