【3章開始】刀鍛冶師のリスタート~固有スキルで装備の性能は跳ね上がる。それはただの刀です~

みなみなと

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魔獣激戦

記憶の果て

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 ダンズを筆頭にヤクモ達は、グールの群れを行動不能にして行く。噴き出す血は、鮮血とは程遠く非常にネットリとしていた。それは、牛乳に軽く火を通した時のような感じだろうか。刀に付いた血糊が故に中々払えない。

 これはヤクモにとっては差支えがないが、他の者たちはそうはいかない。斬れ味は必然的に衰え、体に掛る負荷は大きくなってゆく。

 連戦は間違いなく彼等の肉体に莫大な疲労感を与え──しかし、辛さを跳ね返すかのようにドワーフ達は鬨の声を轟かせ、グール達を狩ってゆく。もはや、斬るのではない。叩きおり潰す。怪力に身を任せたなりふり構わない打撃だ。

 だが、グールの動きを見止めるには十分すぎる殴打。

「おっし!てめえら、後ろに下がれ!!」

 ダンズの猛りがドワーフ達の声を掻き消す。

「りょうかいだぜ、ダンズさん!」
「うっしゃあ!!」
「分かりました!」

 指示に従い、ダンズの全身が見えるぐらいには後退し、刀は構えたまま警戒は怠らず、グール達を見る。

「さぁ、久々の大仕事だ。燃やし尽くせ──」

 大剣を両手で持ち、斜に構える。ダンズの可視化された闘気に呼応するかの如く、魔剣・炎嗡エンラは律動にも似た発光をし始めた。徐々に、徐々に大剣を包む白い闘気が紅に染まり、まるで炎を纏った大剣と化す。

 伝わる熱気は、工場で感じた熱量を遥かに超え、ダンズが立っている周囲の草は焦げ出した。

「…………」

 ダンズの腕の筋肉がより隆起した刹那。

炎嗡エンラ!!」

 勢いよく大剣を振るえば、灼炎が地面を燃やしながらグール達に襲いかかった。高熱はグールと言う体温が冷たい物に触れ、爆発音を轟かせると共に燃え広がる。

 簡単には消える事の無いであろう炎をみながら、ヤクモは魔剣の破壊力と美しさに見蕩れていた。

「ヤクモ殿!!」
「は、はい!」
「此処はもう大丈夫だ。リュカ殿の元に行かれるがいいぞ」

 ダンズの言葉に他のドワーフ達も賛同なのか、笑顔で頷いた。

「ありがとうございます」

 頭を下げ、ヤクモは馬に跨ると火柱が立った方角へ走らせる。リュカがヤクモ達の元に来てないって事は、まだ戦闘中の可能性が高い。あの魔法から派手な動きは見る事は出来なかったが、どうなってしまったのだろう。
 はやる気持ちを抑え、手網を強く握った。

 次第に何かが焼けたような臭いが強くなり始め、それが林の中から来ているものだとヤクモは理解する。馬の手網を縛り、刀の柄に手を添え警戒を厳に。且つ、足早に匂いの元へと向かった。

「リュカ……大丈夫か?」

 ヤクモが彼女の背を見て、いつもと違う雰囲気を感じたのは二十分程、歩いた頃だ。灰燼となったグール達の煤が舞う開けた場所で、リュカはたった一人座り込んでいた。まるで人形のように力無く、ただ呆然と何かを見詰めるように。今朝方まで、はだけた服のままフラつき歩き、勝気な笑みで翻弄していたリュカとは思えない。

「お……おお、少年。すまぬな」

 声には覇気がなく、目はうつろうつろしている。今にも消えてなくなりそうな。弱々しいだとか、儚げだとか、彼女の見せた姿は一言で、表現出来るものではなかった。

「ん?謝る必要はないよ。向こうも、リュカのお陰でだいぶ楽に片付いたしね」と、言いながら自然にヤクモは隣に座った。

「そうか……」
「うん、ありがとう」

 違う。そうじゃない。こんな事を今は言いたい訳じゃない。分かっているのに、言葉にならずに無言の時間だけが過ぎていく。

 リュカの性格だ。無言で居たなら、気を使ってしまう。作りたくもない笑顔を作って、したくもないおちゃらけをしてしまう。

 木々は沈黙を嫌うように葉を揺らし音を鳴らす。静かに。優しく。
 涼しい風が数回、髪を撫で少し強い風が背中をおした。

 ヤクモはゆっくりと深呼吸をしてから、口を開く。

「俺はリュカの仲間だよ」
「……うぬ」
「魔人だろうが、兵器だと言われようと。俺はリュカを知っている」

 きっと、全くお門違いな事を言っているんだろう。でも、聞き出すだけの語彙力が。そして、聞き出せたとしても、慰めるだけの経験が、自信がヤクモには無かった。

 だから、思いを伝える事しか出来ない。

「君は俺に違う世界を見せてくれた」

 借金に追われ、生きる意味も分からないまま、順風満帆の逆を行くような人生だった。仲間にも裏切られ、最後には家も失って。何もないヤクモに手を差し伸べてくれた。

 裏表がない明るい笑顔と共に──

「だから、俺も君に違う世界を見せたい」
「違う、世界?」
「うん。君が見る事の出来なかった世界を。フードの隙間から見る街並みではなく、ちゃんとした世界を。それまで、俺は絶対に傍に居るから。君を孤独ひとりになんかさせない」
「わっちは……わっちは」

 悲しく震えた声が鼓膜を揺すり、ヤクモは静かに頷いた。

「弱いんじゃ。結局、何も出来んかった。この力は、やはり命を奪うしか出来ぬ。……兵器なんじゃ。大切な者すら、守れぬ呪われた力なんじゃ」
「そんな事はないよ。俺は救われてる、君の存在に。俺の物語が、あの時、新たに始まったように──リュカ、君も今日から初めればいい。今度は、一人じゃなく二人で」

 一呼吸置いて。

「一人に出来なかった事を今度は二人でやればいい。一人で救えないなら二人で救う努力をしたらいい。だからさ、一緒に歩こう。リュカ」

 リュカはゆっくり、此処であった事を話し始めた。グールを操っていたネクロマンサーを見つけた事。そのネクロマンサーが嘗ての仲間だった事。様々な思い出話を。

 そして──初めて、仲間を自らの手で殺した事を。仲間意識が強いのは、数日しか接していないヤクモですら理解ができる。想像を絶する辛さだっただろう。

「ちょっと待って」

 一通りリュカの話を聞いて、だけれど言葉を思いつかずにいたヤクモの視線の先で何かがキラリと光る。立ち上がると、煤に塗れたソレを手で払い、リュカの前に持っていく。

「もしかしてこれは、そのフォルタさんて人の持ち物なんじゃ」

 手のひらに収まる程度のペンダント。高熱で焼かれた為、所々黒くなってるそれを見て、リュカは目を見開く。

「これは……これは……」

 震えた手で、リュカはゆっくり受け取る。

「じゃあ、俺は馬の場所で待ってるから。落ち着いたら戻っておいで」と、そっと肩に手を添えて言った。

 こっから先は、何も出来ることは無い。出来ることがあったとしても、すべきではない。だからこそ、ヤクモはこの場を後にした。二人の記憶を邪魔しないように。

 ──そして、この怒りを忘れぬ様に強く拳を握り、痛みとして体に刻んだ。
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