悪役令嬢は楽しいな

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ベアトリス編

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「うーん。完全に迷ってしまったわ」

 初めて招待された王宮で、初めて見るような植物や建物が珍しくて観察しているうちに、すっかり迷ってしまった。
 私はまだ子供だから侵入者扱いはされないだろうけれど、誰もいない初めての場所は怖い。

 遠くの方でお茶会のざわめきが聞こえてくるのに、その方向になかなかたどり着けない。
 どうやら声が風に流されているようで、さっきと聞こえてくる方向が違っていた。


「すみませーん! 誰かいませんか!? 迷いましたー!」

 もう恥ずかしいとか言っていられないので、大きな声で叫んでみる。
 きっと王宮の警備の人とか、そういう人が少なくともいるはずだ。


「はーい。君は今日のお茶会に招待されてきた子?」

 意外な事に、私の叫びに答えてくれたのは、私と同じくらいの年齢の、まだ7~8歳くらいの小さな男の子だった。
 勝ち気な表情で、珍しい黒髪が、なんだか特別な感じで格好よかった。
 今日の主役の王子様もちょうどこのくらいの年齢だから、同年代の子どもが集められているのだろう。
 かくいう私も、年齢のわりに賢いという理由で、王子の話し相手にと呼ばれて、ここにいる。



「そうなの。私が「リハツ」だから、第一王子の話し相手に良いだろうって。だけどその王子様は、お茶会をサボっていて、まだ会えていないのだけど」
「……へえ、そうなんだ」
「なんでも、次々紹介される子どもに会うのが嫌になっちゃって、逃げ回っているんですって。でも少し気持ちわかるわよね。知らない子と急に会わされて、さあ仲良くしなさいなんていわれても、困るもの。自分の友達くらい、自分が一緒にいて、好きな相手がいいわよ」
「うん。そうなんだ」
「今日は色んな子がいっぱい来ているから、王子様もお茶会にきてみたらいいのに。それで自分が一緒にいたいと思う子を、見つければいいのだわ」
「そうするよ。……君は何ていう名前なの?」
「私はベアトリス。ガルトナー伯爵家の一人娘よ」
「ベアトリスって言うんだね。幸せを運ぶ名前だ」


 自分の名前のことをそんな風に素敵に褒めてくれて、私は舞い上がるほど嬉しかった。
 その男の子は、手を繋いで、お茶会の会場まで親切に案内してくれた。
 だけど途中で見た事がない建物や美術品、動植物を見るたびに立ち止まって、あれは何、これは何という私に付きあって、全部説明してくれながらだったので、会場に着くころにはもう既に、お茶会は終わりかけだったけれど。

 
 それが私の、小さい頃の忘れられない思い出。


*****





 そして私、ベアトリス・ガルトナー伯爵令嬢がエディット・アーノン侯爵令嬢と親友になったのは、9歳の時、一緒に王宮に招かれて行儀作法や勉強を教わるようになったことが始まりだった。

「なぜ私が王宮に通わなければならないのですか? お父様」
「ああ。エディット・アーノン侯爵令嬢のことは知っているな?ベアトリス」
「はい、もちろんです」
「彼女がユリウス王子の婚約者になるだろうと言われているのだけどね。とても優秀な方だけれど、少し気弱なところもあるそうだ。そこで年齢の割にしっかりしていて成績優秀な君が、エディット嬢と一緒に王宮に招かれて、婚約者……将来の王妃として必要な教養を、一緒に学べることになったんだ。君は我がガルトナー伯爵家の誇りだよベアトリス。父親として、これほど嬉しいことはない。エディット嬢をしっかりと補佐するんだよ」
「ありがとうございます! お父様」


 つまり私は、王宮に通って王妃教育を受けるエディット・アーノン侯爵令嬢と一緒に勉強をして、フォローして補佐する役割を仰せつかったということだろう。
 将来の王妃の学友となれば、出世と栄誉は約束されているも同然だ。
 そして私の出身家であるガルトナー伯爵家も、ユリウス王子の代までは安泰ということだ。

「光栄です。そのお役目、見事果たしてご覧にいれます」
「うん。期待しているよ、ベアトリス」


 そうして9歳の私は、王宮に招かれ、エディット嬢と引き合わされた。
何度かお茶会でお見掛けしたことはあるけれど、今まで雲の上の存在のお姫様だと思っていたので、ゆっくりお話をしたのはその時が初めてだった。
噂に聞いていた通り、エディットは正義感が強くて優秀で、少しお話しただけで、私たちはすぐに仲良くなった。

王宮に通いながら、マナーや教養を身に着ける日々。
学ばなければならないことの量は膨大だったけれど、エディットと一緒なら楽しくて、辛い事など一つもなかった。
私たちは毎日一緒に過ごして、王宮以外でも、いつも一緒にいるようになった。
月に1、2回はユリウス王子やそのご友人達と交流機会もあったし、年に2、3回は王様や王妃様に拝謁することもあった。
私はエディットのオマケだったけど、王宮に通う生活は得難い経験がいっぱいだった。

 一緒に学んでいる普段のエディットは、勉強もマナーも詩も音楽も、全て完璧だったけれど、王様に挨拶をしたり、ピアノを大勢の前で披露する時など、彼女は緊張して震えてしまって、実力を発揮できないようだった。
 落ち込むエディットを抱きしめて励ますのは、いつも親友である私の役目だ。


「またやってしまったわ、ベアトリス。私はいつも肝心なところで失敗してしまうの」
「落ち込まないで、エディット。誰だって王様の前では緊張するわ」
「でもベアトリスは緊張しないじゃない」
「私は生まれてから一度も緊張したことがない、特異体質ですから。一緒にしてはいけないわ」
「まあ、羨ましい」


 ある日のちょっとしたお茶会で、大人たちがエディットにピアノを弾いてみせろと言ってきた。
 エディットのアーノン侯爵家とは派閥の違う貴族たちで、彼らはエディットが失敗することを期待して、いきなり無茶な要望をすることがあるのだ。
 ちなみに私も無茶ぶりされて演奏したことはあるけれど、そういう時は逆に燃えてしまう性質なので、今までで最高の出来という演奏をして、大好評を博してしまった。
 それ以来、ほとんどお声はかからなくなった。
 また新しい曲を習得したので、是非お茶会で皆様に披露したいのに。


「ねえ、エディット。ではもし次に、誰かにいきなりピアノを演奏するように言われた時のために、二人で弾けるように日ごろから連弾の練習をしておかない? 二人でなら、きっと楽しく弾くことができると思うの」
「まあ、いいの? 私、ベアトリスと一緒なら、きっと緊張しないで弾けると思うわ」
「では決まりね!」


 それから数か月後、また王様やお妃さまが参加なされる大きなお茶会で、エディットの運命が変わる事件が起きてしまった。

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