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最終章
第31話 クロリスサイド:消えて
しおりを挟む牢屋から解放されて、もう1週間が経った。
屈辱的なことに、あれから私は色んな人から、冷たくあしらわれ続けていた。
なにか呪いでもかかっているの? そうとしか考えられない。
一体誰が? そういえば魔術師らしき人達がきてなにかしていった。
それともニーナ? あいつが、何かして呪いをかけたの?
いいえ、あんなお人よしが、呪いなんて人にかけられるわけがない。
分かるのよ。
きっと私のことは殺したいほど憎いでしょうけど、でもあいつに人を呪うことはできない。
そういう人間。
世の中には2種類の人がいる。
人を傷つけられる人と、傷つけられない人の2種類だ。
ニーナに人は傷つけられないはずだ。
助けてくれる人がいないから、夜は宿に泊まり、移動は乗車賃を払って馬車に乗る。
それ以外は歩いていたので、へとへとだった。
そうしてやっと私は、この1週間、目指していた場所についた。
「ようやく着いた。相変わらず、ぱっとしないわね」
たどり着いた場所は、私の生まれ育った家だ。
王都の隣の領にあるので、到着するのに1週間もかかってしまった。
変な呪いが掛かっているようだけれど、さすがに親から家を追い出されることはないだろう。
この近所には、子どもの頃から私のことを好きな人も沢山いるので、誰かは変な呪いが効かず、助けてくれるかもしれない。
早速家に入ろうとしたが、なにか違和感を覚えて、門にかけた手を止めた。
――おじいちゃま! 次はこれよ。
――あはは。シェリーメイは賢いな。
子どもの声!
おじいちゃまと呼ばれてデレデレになっているのは、私の父だ。
ということは、子どもの声は孫? お兄様に、いつの間にか子どもが生まれていたの??
「おい!」
固まっていた私の後ろから、咎めるように鋭い、男の声がかけられた。
振り向くと、そこには何年振りかに会う兄がいた。
「お兄様!」
兄は昔から私に甘い。
姉よりも私を、いつも優先してくれた。
姉にイジメられたと兄に報告すれば、いつも姉を怒って、殴って追い出してくれた。
「クロリス……お前今更なにをしに来たんだ。なんとかっていう子爵と結婚したんじゃなかったのか?」
「え……あの。それがその子爵、すごい期待外れで。お兄様こそ、ご結婚されていたのですか? さっきから子どもの声がします。お手紙で教えてくださればいいのに」
「俺の子じゃない」
「え? お兄様の子じゃないって……じゃあどこかから遊びにきているの?」
お兄様の子どもじゃないとしたら、誰か親戚の子だろうか。
それよりなぜ、兄はこんなふうに、厳しい顔をして私を睨みつけるのだろう。
「スーザンの子だ」
「お姉さまの!?」
まさか長年行方不明になっていたお姉さまが? どういうこと?
「今スーザンが、旦那さんと子供たちを連れてきて、滞在しているんだ。お前はしばらく帰ってくるな」
「そんな……酷いわお兄様」
これはいつもの同情を買うための演技じゃなくて、本心だった。
お姉さまがいるからって、どうして私が家に帰っちゃいけないの?
酷い! ズルい! いつもお姉さまばっかり!!
「お姉さまは、誰にも行き先を言わずに行方不明になっていたのではないのですか? 今更帰ってきたって、そんなのズルい!」
「お前から逃げるために、お母様にだけ連絡をとって、家から離れていただけだそうだ。お前も貴族に嫁にいくというし、もう何年も姿を見せないから、ようやく最近、子どもを連れて帰ってきてくれるようになったんだ。……俺も子どものころから、お前ばっかり贔屓をして、スーザンに申し訳ないことをしてしまった。反省しているんだ。とにかくお前は、スーザンに会わないようにしろ。オヤジ達も、孫に会えて喜んでいるんだから、水を差すな」
小さい頃から優しかった兄は、どこへ行ってしまったんだろう。
一緒になって姉をイジメていたくせに、自分だけ許されるつもり?
「ねえ。私お金がもうないの。今追い出されたら、泊る場所もなく、野垂れ死んでしまうかもしれないわ。お姉さまにそう言ってみてくれないかしら。お姉さまはお優しいから、さすがに妹がお金もなく困っているところを、追い出すなんてしないでしょう?」
「はあ? なんでだお前。聖女として勤めてたんじゃないのか。いいから、さっさとどっか行けよ」
「だからお姉さまに聞いてみてちょうだい」
世の中には、2種類の人間がいる。
人を傷つけることができる人と、できない人。
お兄様なんかは平凡な人だけど、自分の身を守るために、人を傷つけることもできるかもしれない。
だけどお姉さまに人は傷つけられない。
分かるの。
ニーナと一緒。
どんなに私が憎くても、私が野垂れ死ぬと分かっていて、見殺しになんてできない、お人よし。
「お姉さまが、妹を野垂れ死にさせたと知ったら、悲しむと思わない?」
お兄様が、悔しそうに唇をかんで迷っている。
家族なんだから、お姉さまがお人好しな事を、嫌というほど知っているんだ。
だから迷っている。
「っち。しばらく待っていろ」
「必要ないわ」
「スーザン!?」
玄関前で言い争っていたからだろうか。
気が付けば、お姉さまが玄関のドアから出てきて、静かに兄の後ろに立っていた。
会ったら怒鳴られるぐらいはするかと思ったけど、不気味なほど穏やかな表情だった。
「お姉さま! 会いたかったわ。ねえ聞いて酷いの! シレジア子爵様ったら……うぐぅ……」
私は、言葉を最後まで言うことができなかった。
お姉さまに、お腹を殴られて。
「…………うぅ……」
なにこれ痛い。痛い痛い痛い!!
これまで私を殴る人なんて、この世にいなかったのに!
それになんだか、殴られた瞬間、なにか力が吸い取られたような、不気味な感覚がした。
なにこれ!? 痛さが尋常じゃない!!
信じられない痛みに、その場にうずくまる。
女性が殴っただけなんて信じられないくらい、説明がつかないような痛み。
何が起こっているのか、分からない。
「消えて」
「お……ね……?」
目の前にいる、これは誰だろう。
お姉さまは、どうやっても、相手を殺したいほど憎くても、それでも人を傷つけられないくらい、お人よしのはずなのに。
「消えてクロリス。私の前から。私の人生から消えて。私の幸せを奪い尽くして、吸い尽くしてきたことはもうどうでもいい。だけど私の子ども達の幸せは、絶対に奪わせない。何一つ」
お人よしどころか、これほど冷たい目をする人間を、私は見た事がない。
ガン!!
またものすごい衝撃があって、私は気が付いたら地面に倒れ込んでいた。
蹴られた? 頭を? まさか、お姉さまがやったの?
頭がガンガンと痛む。
今度も、蹴られた瞬間、力が根こそぎ奪われるような、不思議な感覚がした。
頭の中がぐちゃぐちゃにかき回されているみたいに、痛い。
なにこれ! なんなのこれ!
「さあ、消えなさい。今すぐ。殺されたくなければ」
「ひ……ぃ……」
怖い。
殴られたお腹と、蹴られた頭が、割れているとしか思えないくらい痛い。
だけどそれを上回る恐怖に、私はフラフラと立ち上がる。
――本気だ。この人は本気で私を殺そうと思っている。
初めて人から向けられる殺意に、全身の震えが止まらない。
「た……たすけ……」
なんとかお金だけでもくれないかと、お兄様の方を見るけれど、視線をそらされる。
お姉さまが、また拳を握ったのが見える。
――これ以上殴られたら本当に死ぬ! 殺される!!
痛む頭とお腹を抱えるようにして、何とかして私は、その場から逃げ出した。
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