最低最悪のクズ伯爵

kae

文字の大きさ
上 下
45 / 48
空白の5年間

⑨やり残し

しおりを挟む
 今年の社交シーズンもとっくに終わっているので、そろそろユリアやセドリック、ハウケ伯爵夫妻とも、自分たちの領へ帰る時期を相談するようになってきた。
 他のゲストも、帰る日程が決まりつつあるらしい。
 
 ユリアは、この生活がもうすぐ終わる事を、少し寂しいと思っていた。

エルトマン侯爵邸は、さすがというほど広く、30人以上が常に滞在しているというのに、本当にのびのびと過ごすことができた。
それだけの人数が滞在していると言うのに、使用人たちは隅々まで、ゲスト一人一人が快適に過ごせるように、いつも気を配ってくれていた。


屋敷の前庭には豪華な花壇や見事な噴水があり、来客の目をまず一番に楽しませてくれるようになっている。
またいくつか静かな中庭もあり、皆自由にお茶を楽しんだり、読書をしたり、子どもを遊ばせることもできる。
エリスとセドリックが早朝鍛錬をしている場所も、この中庭のうちの一つだ。
裏には更に遠くまで敷地が広がっていて、ガーデンパーティー用の芝生、小川、奥に行くと森までがある。

屋敷の中にもパーティーホールを始め、応接間、談話室、図書室、ビリヤードルームなどがあり、ゲストはいつでも自由に使用することができた。



ユリアは滞在中、オルトハラ伯爵夫人であるアリスと仲良くなり、毎日のように一緒に過ごすしていた。
子ども同士も仲が良いので、大人同士で示し合わせなくても、子どもが勝手に遊ぶ約束をしてしまう。
セドリックやオルトハラ伯爵は、なにやら意気投合して、今後互いの領で取引しようと相談をしているらしい。
ハウケ家はオルトハラ家と相性が良いのかもしれない。


雨の日は図書室で本を読んだり、ビリヤードルームやお互いのゲストルームで、子ども達と遊ぶ。
子ども達を誰か――ハウケ伯爵夫妻とか、セドリックや、使用人など――に見てもらって、オルトハラ伯爵夫人と二人でゆっくりとお菓子を食べる日もある。

晴れの日は芝生や木陰で毎日のようにピクニックをしたし、見事な花を見ながら散歩をしたりした。
暑い日には小川で水遊びや釣りもできる。

 一緒に過ごすのはオルトハラ伯爵夫人とだけではない。


 ハウケ伯爵夫妻は時間があればユリアや孫のレオと遊びたがったし、セドリックやオルトハラ伯爵が、狩りの練習だと言って、森へ子ども達を連れ出す日もあった。
ユリアはその計画を聞いた時、セドリックが狩りを教えることなんてできるのかしら? と疑問に思ったのだが、オルトハラ伯爵や、一緒に付いていってくれたエリスのおかげで、無事に子ども達と狩りの真似事ができたらしい。


晴れた日にレオが早起きをしたら、エリスとセドリックの早朝鍛錬を見に行くのも忘れない。
ハウケ伯爵が作ってくれた、小さな小さな木剣に布を巻いたものを持って行って、レオも一緒になって素振りなどをしている。
エリスはレオがセンスが良いと言って、褒めてくれる。
最近はセドリックまで、朝一緒になって身体を鍛え始めたらしい。

子どもの頃は、苦手な運動をするよりもその時間を勉強に回した方が効率が良いなどと言っていた従兄だが、意外と力持ちで体力もあるのだと感心した。
身体を動かすのも悪くないなと言って頑張っている姿を見るのは、面白かった。



このうちのいくつかのことはハウケの屋敷でもできるだろうが、やはりエリスやオルトハラ夫人などの親しい友人達と過ごせる楽しさとは別だろう。
まるで夢のように、楽しい日々だった。



……ちょっとそこに置いておいたハンケチや髪飾りなどが、たまに見当たらなくなることがある以外は。



*****



 その日もユリアは、オルトハラ伯爵夫人と二人で、子ども達と一緒に遊んでいた。
 

 5歳の女の子、ライラちゃんはすっかりレオのお姉さん気取りだ。
レオもライラちゃんにすっかり懐いて、いつも付いて回っている。

 そして7歳のお兄ちゃん、シリル君にもまた別の意味で懐いている。
 オルトハラ兄妹とレオとの3人で遊んでいると、7歳のシリル君がリーダーになる。
 レオは大人のいうことよりも、リーダーであるシリル君のいう事のほうをよく聞くようになっていて、その様子がとても可愛らしく、微笑ましい。


「おいレオ! そっちに行きすぎると川があるからな。こっちで遊ぼうな」
「あい!」

今日もレオは、シリル君の言うことに、気持ちの良い返事を返している。


「まあシリルったら。すっかりお兄さん気取りでいばっちゃって。ゴメンなさいね、ユリア様」
「アリス様、とんでもございませんわ。あちらに川があることを教えてくれて、注意してくれたんですもの。本当に、シリル君とライラちゃんにはたくさん遊んでもらって、心から感謝しております」
「こちらこそ。シリルもライラも、すっかりレオ君に夢中なの。毎日のように誘いに行ってしまって、ご迷惑ではございませんか?」
「まさか。とっても嬉しいです! レオも喜んでいます」


 子ども達は、今日は小川の近くまで行って、お花摘みをすることにしたようだ。
 3人で夢中になって、花を集めている。
 先日花冠を作っていたので、それをまた作るつもりだろう。

 シリル君とライラちゃんはすぐに大量の花を集めているけれど、レオは少ししか摘めない。
 しかもまだ蕾のものを選んでしまったようだ。
茎も短くて、花冠にするのは向いてなさそうだ。
 だけどレオはその短くて、まだつぼみの花を「どうじょ」と言ってライラちゃんに差し出した。
お花を差し出されたライラちゃんは、とっても嬉しそうに受け取って「レオ君、ありがとう」と言って受け取ってくれる。

 レオは嬉しくて仕方がないというふうに、ライラちゃんの後をついて回っている。

――もしかしたら、レオの初恋かしら? なんて。さすがにまだ早いわね。

 ユリアがそんな事を考えていた時。


「そういえばユリア様、もうすぐ領にお帰りになるんですって?」

 オルトハラ夫人がそう言った。

「そうなんです。とても寂しくなるのですが」
「本当に。仲良くなれた分、お別れが寂しくなるわね」

 そういうアリス様も、もうすぐ、ハウケ家よりも早くに、もう帰る事が決定している。

「お手紙を書くわ。また是非一緒に遊びましょう。オルトハラ領にもいつか遊びに来てちょうだい。社交シーズンに王都で会うのも良いかしら」
「ええ是非! 私からもお手紙を書きますね。それにまた、来年もエルトマン侯爵が皆さんを招待したいと仰られていたわ」
「まあ! エルトマン侯爵様、さすがね」

 いくら貴族と言えど、これだけの人数を、長期間おもてなしし続けるのは大変なことだ。
 当然のことながら、滞在費などは一切受け取ってくれない。
 

「まだ数日あるもの。目いっぱい楽しみましょう。やり残したことはないかしら?」

 アリス様にそう言われて、ユリアはこれまで行ってみたいと思っていた部屋があることを思い出した。

「あ、そうだわ。エルトマン侯爵が集められている美術品の展示室、滞在中に一度は見たいと思っていたの。子どもがいると中々行けなくて」
「そうね。私も見た事がないわ。主人は見せていただいたそうだけど、とても素晴らしかったって。普通の部屋の4部屋分もの広さで、そのすべてに絵画や彫刻、宝石や昔のドレスまで見れるんですって」
「まあ! 楽しみだわ。ではアリス様。今度子ども達を誰かに頼んで、一緒に展示室、見に行きませんか? 確かエルトマン侯爵にお願いすれば、使用人の方が部屋を開けてくださると聞いたわ」
「ふふ、賛成よ。早速頼んでみましょう」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

拝啓 私のことが大嫌いな旦那様。あなたがほんとうに愛する私の双子の姉との仲を取り持ちますので、もう私とは離縁してください

ぽんた
恋愛
ミカは、夫を心から愛している。しかし、夫はミカを嫌っている。そして、彼のほんとうに愛する人はミカの双子の姉。彼女は、夫のしあわせを願っている。それゆえ、彼女は誓う。夫に離縁してもらい、夫がほんとうに愛している双子の姉と結婚してしあわせになってもらいたい、と。そして、ついにその機会がやってきた。 ※ハッピーエンド確約。タイトル通りです。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

亡国公女の初夜が進まない話

C t R
恋愛
嘗て公女だったシロールは、理不尽な王妃の命令で地下牢に閉じ込められていた。 彼女が投獄されている間に王国は帝国に攻め込まれ、滅亡した。 地下から救い出されたシロールに、帝国軍トップの第三皇子が命じた。 「私の忠臣に嫁いでもらう」 シロールとの婚姻は帝国軍の将軍である辺境伯の希望だと言う。 戦後からひと月、隣国へと旅立ったシロールは夫となった辺境伯ラクロと対面した。 堅物ながら誠実なラクロに、少しずつシロールの心は惹かれていく。 そしてめくるめく初夜で二人は、――――? ※シリアスと見せかけたラブコメ ※R回→☆ ※R18よりのR15 ※全23話 ■作品転載、盗作、明らかな設定の類似・盗用、オマージュ、全て禁止致します。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...