最低最悪のクズ伯爵

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空白の5年間

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 エルトマン侯爵邸に滞在していて分かったのは、やはりエリスは人気者だということだった。

 ただし令嬢からだけではなくて、あらゆる人にだ。
 特に子ども達からの人気は絶大だった。

 滞在している貴族たちは、普段は仕事をしたり、家族でゆったりと過ごしたりと思い思いの生活を送っていた。
しかし週に2回は、主にエルトマン侯爵の提案で、集まってお茶会やゲーム、スポーツなどのイベントを開いて交流している。

 滞在中、部下たちがひっきりなしに仕事を持って出入りしているような者もいるが、イベント時には、ほとんどの貴族が無理をしてでも出席していた。

 ……当初そこまでしてエルトマン侯爵邸に滞在する必要があるか? と思っていたセドリックだったが、しばらく侯爵邸に滞在しているうちにその考えを改めた。
家族のようにとまではいかないけれど、同じ屋敷で親密な時間を過ごして交流を深めるというのは、なかなかない貴重な機会だ。
滞在者同士で商談が成立することもあるし、話の流れで更に知り合いを紹介することもある。
領地に残って仕事を回してくれているカミールには悪いが、しばらくこの生活を送るのも悪くない。


そして子供もレオの他に、2つの家族に合計4人いた。
それぞれ7歳と5歳、5歳と3歳の兄妹だ。
2歳のレオより大分年上だけれど、声を掛けてくれて一緒に遊んでくれるようになった。
愛嬌があって可愛らしいレオは、お兄さんお姉さんたちによく可愛がられていた。



「エリス―今日はかくれんぼをして遊びましょう」
「オッケー、ライラちゃん。またすぐ見つけちゃうからね」
「私すごい隠れ場所を見つけたんだから。今日は見つからないわ」

 エルトマン邸宅の裏に広がる広大な敷地で、子ども達が元気に遊んでいる。
 ガーデンパーティーが出来るように、広大な芝生が広がっているが、その周辺は木陰ができるように、計算されて木が植えられている。
 小さくて、子どもが遊ぶのに丁度いいような小川まである。
 見たところ、自然にある川を利用して整備したもののようだ。
 かなり離れたところに森が見えるが、その森までもエルトマン侯爵邸の一部だと言うのだから、ものすごい広さだ。
 その森で狩猟も楽しむことができるらしい。


 今日は週に1度は開催される、外でのお茶会だ。
 芝生に整然とテーブルが並べられて行われいる。
 5歳の女の子、オルトハラ伯爵夫妻の娘のライラちゃんが、エリスと遊べるのが嬉しくてたまらないというように、興奮して頬を染めている。

「えー! エリス、剣の稽古をみてくれる約束は?」
「今日はレオ君もいるから、一緒にかくれんぼしようぜ。昼食の後に、やりたいやつは剣の特訓だ」
「やった!」

 子ども達と一緒に走り回って遊んでくれるエリスは、本当に大人気だった。
 レオも見た事がないくらいの笑顔で、「キャー!!」とはしゃいで、喜んでいる。
 エリスや他の子ども達と遊んでいると、みるみるうちに走るスピードが速くなっていっている気がする。
 これではこれから、スカートをはいたユリアが、もう追いつけなくなるかもしれない。

「……エリス様一人で子ども達と遊んでもらって、なんだか悪いわ」

 離れたテーブルからその様子を見ていたユリアが、立ち上がるとエリスに声を掛けにいった。

「良いから良いから。ユリアちゃんは座ってなって。スカートが汚れちゃうよ」

 エリスのそんな言葉が風に乗って運ばれて聞こえてくるが、ユリアは引き下がらずに、子ども達と一緒に遊ぶことにしたらしい。
 大好きなエリスと、更に大好きなお母様までもが一緒になって遊んでくれることになって、レオは大はしゃぎしている。

 レオの右手をエリスが、左手をユリアが握っているのを見て、まるで幸せな親子の姿に見えてしまう。




「セドリック様」
「ああ、こんにちはオルトハラ伯爵夫人」

 一緒に遊んでいる子ども達、7歳と5歳の兄妹の親であるオルトハラ伯爵夫人が、その時セドリックに話しかけてきた。
 
 少し声をひそめている声の調子から、セドリックはあまり人に聞かれたくない話をするのだろうかと思った。

 オルトハラ伯爵夫人はセドリックよりも年上だが、とても可愛らしい少女のような雰囲気をしていた。
 いつもニコニコと穏やかに微笑んでいて、見ていると元気が出てくる人だ。
 彼女がいると、どんな場でも雰囲気がよくなる。
 ご主人であるオルトハラ伯爵も似たような雰囲気をしていた。
 きっとそんなところを気に入られて、エルトマン侯爵と仲良くしているのだろう。

「いつもレオと遊んでいただいて、ありがとうございます。お姉さんとお兄さんができたみたいで、とても喜んでおります」
「まあこちらこそ。レオ君とっても可愛くて、うちの子達もずーっと一緒に遊んでいたいと言っているくらいなんですよ。あの……ところで、お話しておきたいことがあるんです」
「なんでしょう」

 きた。
やはり内緒の話があるようだ。

「あのう、エリス様とユリア様が、その……とても親しい間柄になったという噂があるんです。噂というよりも、ケーヴェス子爵が勝手にそう触れ回っているだけなのだけれど。もう何回もケーヴェス子爵から、ユリア様がエリスさんに夢中だと聞かされていて。もちろんそれが本当のことならいいんですけれど。こうして何度か一緒に遊ばせていただいていると、それは違うのではないかしらと思って」

 ケーヴェス子爵、いつの間にそんなことを触れ回っていたのか。
 当然ながらセドリックにはそんな話をしてこない。
というかできるだけケーヴェス子爵に会うことを避けていたので、全く気が付かなかった。

セドリックの胸に、何とも言えない不快感が広がる。
怒りというほど強くない。
 汚い物を見てしまったような、そういう類の不快感に似ていた。

「何人か……例えばダルトン男爵夫妻はケーヴェス子爵と仲がよろしいようで、そのお話を信じてしまっているようなところがあるんです」
「……そうなんですか」

 きっとセドリックに話すかどうか、迷っていたのだろう。
 オルトハラ伯爵夫人と話す時、最近もの言いたげに、こちらに話しかけようか迷っている様子が何度かあった気がする。

「あんな風に、ユリア様とエリス様の2人でいたら、他にも信じてしまう人もでてきてしまうのではないかしら」

 言っていて心苦しいのか、普段はニコニコしているオルトハラ伯爵夫人は、珍しく伏目がちだ。
 セドリックがチラリと、離れたテーブルに座っているオルトハラ伯爵の方を見ると、夫人のことを優しい目で見守っている。
 きっとお二人で相談して、話してくれることにしたのだろう。

「お話していただいて、ありがとうございます。オルトハラ伯爵夫人に今話していただけなかったら、私はずっと気が付かないままだったと思います」
「……告げ口のようであまり気は進まなかったのですけれど。あまりに何度も話されるので」
「あなたの勇気に、感謝いたします」

 ユリアたちのほうを見ると、まだ3人で楽しそうに遊んでいる。
――これからはユリアに、あまりエリスに近づかないように、忠告をしよう。
セドリックはそう、決意した。


 エルトマン邸宅に帰ってから、ユリアに言おうか。
 いや、それともユリアが休憩をしにこのテーブルに戻ってきたら、早速今からあまり近づかないように言うか。

 そんなことを考えながら、セドリックは3人の様子を見るともなしに眺めていた。
 顔だけ木の影に隠していて、お尻が隠れていないレオを、気が付いていないフリをして大げさに探す演技をするエリス。
 その様子を見て、周りの子ども達は笑いをこらえている。
 ユリアはレオが可愛くて仕方がないという様子で、心の底から笑っていた。

 あれほど楽しそうなユリアを見るのは、いつぶりだろうか。


「……オルトハラ伯爵夫人」
「はい」

 同じ様子を、同じように隣で微笑みながら眺めていた夫人に話しかける。

「先ほどのお話をうかがって、私はユリアに、エリスと近づかないように忠告をしようかと思いました」
「……ええ」
「だけど気が変わりました」
「え?」


 新しい友人が沢山できて、楽しそうにはしゃぐレオ。
 そのレオを見て、心の底から幸せそうなユリア。

 この光景をなぜ、あのクソ親父なんかのために、邪魔をされないといけないのか。

「あんなやつが裏で何を言おうと、何も気にしないことにします」
「まあ!」

 せっかく忠告してくれたオルトハラ伯爵夫人には悪いが……と思いながら言った言葉に、なぜか夫人は目を輝かせた。
両手を頬にそえ、どう見ても喜んでいる様子だ。

「あら、でもセドリック様はよろしいの? その……ユリア様がもしも、エリス様と本当に親密になってしまっても」
「もしも本当にユリアがエリスを選んだなら、その時は祝福します。でも……」
「でも?」
「今度こそ、ユリアに私を選んでもらえるように、してみせます」
「まあ! まあまあまあ!」


 夫人がキャーっと楽しそうに小さく呟き、夫であるオルトハラ伯爵の方を振り返る。
 オルトハラ伯爵も、その婦人の興奮した様子を見て、仕方ないなというように、苦笑している。
 恐らく話が聞こえないように配慮してか、少し離れていてくれたオルトハラ伯爵が、もう良いだろうとばかりに、立ち上がってセドリックたちに近づいてきた。

「素敵! とても素敵だわセドリック様。エリス様も素敵だけれど、私は断然、セドリック様を応援しちゃう」
「おや、聞き捨てならないな」
 テーブルまで来たオルトハラ伯爵が、冗談めかしてながら話に加わる。

「あら、もちろん一番素敵なのはあなたよ? だけれど、ユリアさんとの恋は、絶対にセドリック様を応援しちゃう」
「おや、君がセドリック君に味方するなら、私もそうしようかな」

 そんな楽しそうな夫婦の会話に、自然と頬が緩んでしまうセドリック。
どうやら心強い味方ができたようだ。
 やはりこの屋敷に来たのは、正解だったかもしれない。

「心強い味方ができて、嬉しいです。偉そうに言いましたが、実はあまり自信がないので、応援していただけると助かります」


 ――なぜエルトマン侯爵は、あんなクソ親父たちをこの屋敷に招いたんだろう?

 そんな疑問が頭をよぎるが、そんなことは後で考えようと、セドリックは振り払う。
 せっかくのこの楽しい時間を、心から満喫するために。





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