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空白の5年間
④
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セドリックがエリスの指定した人気のない中庭に着いた時、エリスは既に汗だくになっていた。
かなり前から一人で鍛錬をしていたことがうかがえる。
「悪い、エリス。遅れたか?」
「よ。おはようセドリック。遅れてないよ、ちょうどいい時間だ。一人での鍛錬を終えて、そろそろカカシが欲しいと思っていたところ」
どうやらエリスは、もっと早くに起きて、一人で鍛錬をしていたらしい。
騎士学校を目指していた10代の頃ならともかく、20も後半になる今でもこれほど本格的に自己鍛錬をしているのかと驚いた。
「……俺はなにをすればいい?」
「この剣を構えて、立っていてくれ」
エリスがそう言って投げてよこした剣は、練習用に刃先を潰した物だった。
言われた通りに、正面に向けて剣を構える。
小さい頃に、ほんの少しだけ習った時のことを思い出しながら。
「お、そうそうそんな感じ。じゃあしっかりと握って立っていろよ」
エリスはそう言うと、突っ立ったまま構えを変えないセドリックに向けて、さっそく色々な角度から剣を打ち込みはじめた。
顔や脇ギリギリに突くこともあれば、セドリックが構えている剣に当てることもある。
セドリックが慣れていないことを考慮してか、剣に当てる時もピタリと止めて、ほとんど衝撃が掛からないようにしている。
その剣技はとても正確で、美しかった。
剣が体にぶつかるかもしれないという懸念はすぐに消え去り、セドリックは特等席で、その綺麗な剣の軌跡を眺め続けた。
「……お前さ、剣が自分に当たるかもとか、思わないの? こんなに動かないヤツ、初めてみたよ。まあその方がやりやすいけど」
どのくらい時間が経っただろうか。
気が付けばエリスが剣を下ろし、セドリックにそう言った。
カカシのように突っ立って、エリスが自由に剣を振るうのをボーっと見ていたので、本当に時間の感覚がよく分からない。
結構な時間、ただ見ていた気がする。
「思わなかったな。太刀筋が安定してとても綺麗だったので、安心して見ていられた」
「……そうか」
正直に感想を述べると、エリスはなぜか少し苦しそうな表情で、だけど無理やり笑って見せた。
「えりしゅー! えりしゅ、おいでー!!」
突然の可愛らしい声に驚いて、声のした方向……セドリックのちょうど真後ろを振り返ると、庭の片隅に置かれて可愛らしいテーブルに、ユリアがレオを抱っこして座っていた。
いつの間に来ていたのか、全く気が付かなかった。
「えりしゅ! かっこい~」
きっと先ほどまでの鍛錬を見ていたのだろう。
レオは頬を赤く染めて、大興奮していた。
「レオ君! 見にきてくれたのか~。うんうん、ありがとうな。君はなかなか見る目がある」
先ほどの苦々しい表情を微塵も感じさせず、いつものヘラヘラとした笑顔に戻ったエリスが、レオの方へ向かう。
ユリアに地面に降ろされたレオが、トテトテとエリスに向かって歩き出したので、エリスはその場にしゃがんでレオが到着するのを待ち構えた。
レオがその広げられた腕の中に、勢いをつけて飛び込む。
エリスはレオを危なげなくしっかりと抱きとめて、ギューギューと抱きしめていた。
森の中で困ってきた時に助けてくれた時は、レオハルトはずっと寝ていて知らないはずなのに、エリスはすっかり、レオのヒーローになっているようだった。
「よし! じゃあそろそろ朝食の時間かな。付き合ってくれてありがとうな、セドリック」
「いや。こちらも楽しかったよ」
「そう言ってくれると助かる。明日も頼めるか?」
「もちろん」
セドリックは恩人であるエリスの頼みなのだから、もとから滞在中はずっと、鍛錬に付き合うつもりだった。
しかし実際に早起きをして、静かな庭で、エリスの剣技を眺めているのは、思っていた以上に楽しかった。
頼まれなくても、毎日付き合ってもいいと思えるぐらいに。
――俺ももう少し早い時間にきて、ちょっと体を動かそうかな。
浮かれてそんなことを考えてしまうくらいには。
「今夜はエルトマン侯爵が、君たちの歓迎パーティーを開いてくれるんだってな。もう旅の疲れはとれたか?」
「ああ。昨日丸一日ゆっくり休んだからな。レオも元気そうだ」
「あい!」
いつのまにか、しゃがんだエリスの膝に座り込んでいるレオが、嬉しそうに足をバタバタとさせながら答えた。
どこまで会話の意味が分かっているのだろう。
セドリックは、レオは大人の会話を、意外と全部分かっているような気がしていた。
「それじゃあ、また今夜。じゃあな、レオ」
「えりしゅ、バイバイ」
「うん、バイバイ」
そう言うとエリスは、颯爽とその場を去っていった。
朝食は、基本的にはそれぞれのゲストに用意された部屋に運ばれる。
ユリアとレオは、ハウケ伯爵夫妻と同じ部屋だ。
部屋と言ってもリビングもあれば、寝室もいくつある続き部屋のゲストルームになっている。
セドリックは一人用の個室を用意してもらった。
一人用の部屋は同じ階に集まっているので、同じく一人部屋のエリスの部屋が自分の部屋と意外と近い事は、昨日のうちに確認済だ。
そしてなんとエリスだけでなく、エリスの家族であるケーヴェス子爵夫妻とその嫡男も、このエルトマン侯爵邸に滞在しているという。
子爵夫妻と嫡男であるエリスの兄は、同じゲストルームに滞在しているらしい。
エリスだけが、一人で個室に泊まっていた。
――ケーヴェス子爵も、今日の歓迎パーティーに来るのだろうか。
出会った日に、森の中を馬で進みながら、親父がクソだと言ったエリスを思い出して、少し気になってしまったセドリックだった。
かなり前から一人で鍛錬をしていたことがうかがえる。
「悪い、エリス。遅れたか?」
「よ。おはようセドリック。遅れてないよ、ちょうどいい時間だ。一人での鍛錬を終えて、そろそろカカシが欲しいと思っていたところ」
どうやらエリスは、もっと早くに起きて、一人で鍛錬をしていたらしい。
騎士学校を目指していた10代の頃ならともかく、20も後半になる今でもこれほど本格的に自己鍛錬をしているのかと驚いた。
「……俺はなにをすればいい?」
「この剣を構えて、立っていてくれ」
エリスがそう言って投げてよこした剣は、練習用に刃先を潰した物だった。
言われた通りに、正面に向けて剣を構える。
小さい頃に、ほんの少しだけ習った時のことを思い出しながら。
「お、そうそうそんな感じ。じゃあしっかりと握って立っていろよ」
エリスはそう言うと、突っ立ったまま構えを変えないセドリックに向けて、さっそく色々な角度から剣を打ち込みはじめた。
顔や脇ギリギリに突くこともあれば、セドリックが構えている剣に当てることもある。
セドリックが慣れていないことを考慮してか、剣に当てる時もピタリと止めて、ほとんど衝撃が掛からないようにしている。
その剣技はとても正確で、美しかった。
剣が体にぶつかるかもしれないという懸念はすぐに消え去り、セドリックは特等席で、その綺麗な剣の軌跡を眺め続けた。
「……お前さ、剣が自分に当たるかもとか、思わないの? こんなに動かないヤツ、初めてみたよ。まあその方がやりやすいけど」
どのくらい時間が経っただろうか。
気が付けばエリスが剣を下ろし、セドリックにそう言った。
カカシのように突っ立って、エリスが自由に剣を振るうのをボーっと見ていたので、本当に時間の感覚がよく分からない。
結構な時間、ただ見ていた気がする。
「思わなかったな。太刀筋が安定してとても綺麗だったので、安心して見ていられた」
「……そうか」
正直に感想を述べると、エリスはなぜか少し苦しそうな表情で、だけど無理やり笑って見せた。
「えりしゅー! えりしゅ、おいでー!!」
突然の可愛らしい声に驚いて、声のした方向……セドリックのちょうど真後ろを振り返ると、庭の片隅に置かれて可愛らしいテーブルに、ユリアがレオを抱っこして座っていた。
いつの間に来ていたのか、全く気が付かなかった。
「えりしゅ! かっこい~」
きっと先ほどまでの鍛錬を見ていたのだろう。
レオは頬を赤く染めて、大興奮していた。
「レオ君! 見にきてくれたのか~。うんうん、ありがとうな。君はなかなか見る目がある」
先ほどの苦々しい表情を微塵も感じさせず、いつものヘラヘラとした笑顔に戻ったエリスが、レオの方へ向かう。
ユリアに地面に降ろされたレオが、トテトテとエリスに向かって歩き出したので、エリスはその場にしゃがんでレオが到着するのを待ち構えた。
レオがその広げられた腕の中に、勢いをつけて飛び込む。
エリスはレオを危なげなくしっかりと抱きとめて、ギューギューと抱きしめていた。
森の中で困ってきた時に助けてくれた時は、レオハルトはずっと寝ていて知らないはずなのに、エリスはすっかり、レオのヒーローになっているようだった。
「よし! じゃあそろそろ朝食の時間かな。付き合ってくれてありがとうな、セドリック」
「いや。こちらも楽しかったよ」
「そう言ってくれると助かる。明日も頼めるか?」
「もちろん」
セドリックは恩人であるエリスの頼みなのだから、もとから滞在中はずっと、鍛錬に付き合うつもりだった。
しかし実際に早起きをして、静かな庭で、エリスの剣技を眺めているのは、思っていた以上に楽しかった。
頼まれなくても、毎日付き合ってもいいと思えるぐらいに。
――俺ももう少し早い時間にきて、ちょっと体を動かそうかな。
浮かれてそんなことを考えてしまうくらいには。
「今夜はエルトマン侯爵が、君たちの歓迎パーティーを開いてくれるんだってな。もう旅の疲れはとれたか?」
「ああ。昨日丸一日ゆっくり休んだからな。レオも元気そうだ」
「あい!」
いつのまにか、しゃがんだエリスの膝に座り込んでいるレオが、嬉しそうに足をバタバタとさせながら答えた。
どこまで会話の意味が分かっているのだろう。
セドリックは、レオは大人の会話を、意外と全部分かっているような気がしていた。
「それじゃあ、また今夜。じゃあな、レオ」
「えりしゅ、バイバイ」
「うん、バイバイ」
そう言うとエリスは、颯爽とその場を去っていった。
朝食は、基本的にはそれぞれのゲストに用意された部屋に運ばれる。
ユリアとレオは、ハウケ伯爵夫妻と同じ部屋だ。
部屋と言ってもリビングもあれば、寝室もいくつある続き部屋のゲストルームになっている。
セドリックは一人用の個室を用意してもらった。
一人用の部屋は同じ階に集まっているので、同じく一人部屋のエリスの部屋が自分の部屋と意外と近い事は、昨日のうちに確認済だ。
そしてなんとエリスだけでなく、エリスの家族であるケーヴェス子爵夫妻とその嫡男も、このエルトマン侯爵邸に滞在しているという。
子爵夫妻と嫡男であるエリスの兄は、同じゲストルームに滞在しているらしい。
エリスだけが、一人で個室に泊まっていた。
――ケーヴェス子爵も、今日の歓迎パーティーに来るのだろうか。
出会った日に、森の中を馬で進みながら、親父がクソだと言ったエリスを思い出して、少し気になってしまったセドリックだった。
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