30 / 48
空白の5年間
③
しおりを挟む
『セドリック・ハウケ様
昨夜はありがとうございました。
セドリック様にお声を掛けていただけなかったら、私は今頃どうなっていたことでしょう。
運命の神様が、あなたと出会わせてくれた幸運に感謝をしながら、今お手紙を書いています。
あなたは他の人と揉める可能性を恐れる事もなく、私を助けて下さいました。
社交界での噂など気にせず、紳士として家まで送り届けて下さいました。
本当に、素晴らしい方です。
あなたの切れ長の瞳や、私に向けていただいた暖かな優しい笑顔、頬にかかる優しいダークブロンドの髪。
目を閉じると浮かんできてしまうので、眠れぬ夜を過ごしています。
あと100回思い出した頃、ようやく東の空から日が昇ることでしょう。
今度是非お礼をさせてください。
リクサ・ルガーより、心からの感謝と愛を込めて』
*****
夜会のあった次の日の朝、大量のアガパンサスの花と一緒に届いた手紙を、ルガー家の使者の目の前で、さっさと開封して読む。
「やあ、アガパンサスの見事な花束ですね。花言葉はたしか『恋の訪れ』に『ラブレター』」
優秀過ぎる執事カミールは、さすがに花言葉まで完璧にマスターしているらしい。
プラテル伯爵から引き抜いて以来、ちょうどいいからと俺専用として働いてもらっている。
「それでは失礼いたします」
「イヤちょっと待て」
使命を果たして帰ろうとするルガー家の使者を引き留める。
カミールがすかさずレターセットを差し出してくれたので、その場で『いえいえ、紳士として、困っている令嬢になら誰にでもする、当然のことをしたまでですから。お気になさらず』と書いて、使者に渡す。
「くれぐれも、お気になさらず。このお花でお礼は十分ですと、ルガー夫人にお伝えください。くれぐれも」
そう念を押して手紙を押し付けると、使者は引きつった笑顔で受け取って、去って行った。
「正直申し上げて、セドリック様がそこまで女性を遠ざける理由が分かりません。ユリア様はハウケ家から出ての再婚をお望みなんですよね。セドリック様も、他の方とデートの一回や二回なされても、ユリア様に止める権利はないのではないですか」
今は俺専属の執事となったカミールは、プラテル伯爵家で働いていた頃から一緒に仕事をしていたこともあり、ハウケ伯爵やユリアよりも、俺を優先してくれるところがある。
それは嬉しいけれど、俺よりもどこの誰とも知らない再婚相手を探してくれ言うユリアに対して、少し怒っているようなところがある。
「止める権利なんてないさ。……止めてくれるなら嬉しいけどな」
「なぜそこまでセドリック様がユリア様のことをお好きなのか、分かりません。ルガー夫人、一度夜会で助けたからといって、これからも女性お一人で子爵家を切り盛りされるのはさぞかし大変でしょう。可哀そうではないですか」
カミールが遠慮なく、ポンポンと厳しい意見を言ってくる。
一緒に仕事をしているうちに、遠慮をしていては効率的に話が進まないと考え、思ったことはそのままどんどん言ってくれと頼んだのは俺だ。
既に主従と言うよりも、仕事の相棒として頼りにしている。
別にユリアにも、ハウケ伯爵にも女性と出掛けるのを止められていない。
止めてなんてくれない。
ただ俺が、王都で化粧の匂いのする女性とデートをする時間よりも、あのハウケの領地でユリアやレオと、木陰で寝転がってお弁当を食べたり、追いかけっこをしたり、釣りをする時間が眩しすぎて、楽しすぎて、早くあそこへ帰りたいだけ。
例えいつかユリアが出ていってしまうとしても、それまではせめて、家族としてでも良いから、できるだけ一緒の時を過ごしたいだけだった。
昨夜はありがとうございました。
セドリック様にお声を掛けていただけなかったら、私は今頃どうなっていたことでしょう。
運命の神様が、あなたと出会わせてくれた幸運に感謝をしながら、今お手紙を書いています。
あなたは他の人と揉める可能性を恐れる事もなく、私を助けて下さいました。
社交界での噂など気にせず、紳士として家まで送り届けて下さいました。
本当に、素晴らしい方です。
あなたの切れ長の瞳や、私に向けていただいた暖かな優しい笑顔、頬にかかる優しいダークブロンドの髪。
目を閉じると浮かんできてしまうので、眠れぬ夜を過ごしています。
あと100回思い出した頃、ようやく東の空から日が昇ることでしょう。
今度是非お礼をさせてください。
リクサ・ルガーより、心からの感謝と愛を込めて』
*****
夜会のあった次の日の朝、大量のアガパンサスの花と一緒に届いた手紙を、ルガー家の使者の目の前で、さっさと開封して読む。
「やあ、アガパンサスの見事な花束ですね。花言葉はたしか『恋の訪れ』に『ラブレター』」
優秀過ぎる執事カミールは、さすがに花言葉まで完璧にマスターしているらしい。
プラテル伯爵から引き抜いて以来、ちょうどいいからと俺専用として働いてもらっている。
「それでは失礼いたします」
「イヤちょっと待て」
使命を果たして帰ろうとするルガー家の使者を引き留める。
カミールがすかさずレターセットを差し出してくれたので、その場で『いえいえ、紳士として、困っている令嬢になら誰にでもする、当然のことをしたまでですから。お気になさらず』と書いて、使者に渡す。
「くれぐれも、お気になさらず。このお花でお礼は十分ですと、ルガー夫人にお伝えください。くれぐれも」
そう念を押して手紙を押し付けると、使者は引きつった笑顔で受け取って、去って行った。
「正直申し上げて、セドリック様がそこまで女性を遠ざける理由が分かりません。ユリア様はハウケ家から出ての再婚をお望みなんですよね。セドリック様も、他の方とデートの一回や二回なされても、ユリア様に止める権利はないのではないですか」
今は俺専属の執事となったカミールは、プラテル伯爵家で働いていた頃から一緒に仕事をしていたこともあり、ハウケ伯爵やユリアよりも、俺を優先してくれるところがある。
それは嬉しいけれど、俺よりもどこの誰とも知らない再婚相手を探してくれ言うユリアに対して、少し怒っているようなところがある。
「止める権利なんてないさ。……止めてくれるなら嬉しいけどな」
「なぜそこまでセドリック様がユリア様のことをお好きなのか、分かりません。ルガー夫人、一度夜会で助けたからといって、これからも女性お一人で子爵家を切り盛りされるのはさぞかし大変でしょう。可哀そうではないですか」
カミールが遠慮なく、ポンポンと厳しい意見を言ってくる。
一緒に仕事をしているうちに、遠慮をしていては効率的に話が進まないと考え、思ったことはそのままどんどん言ってくれと頼んだのは俺だ。
既に主従と言うよりも、仕事の相棒として頼りにしている。
別にユリアにも、ハウケ伯爵にも女性と出掛けるのを止められていない。
止めてなんてくれない。
ただ俺が、王都で化粧の匂いのする女性とデートをする時間よりも、あのハウケの領地でユリアやレオと、木陰で寝転がってお弁当を食べたり、追いかけっこをしたり、釣りをする時間が眩しすぎて、楽しすぎて、早くあそこへ帰りたいだけ。
例えいつかユリアが出ていってしまうとしても、それまではせめて、家族としてでも良いから、できるだけ一緒の時を過ごしたいだけだった。
4
お気に入りに追加
360
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
王妃さまは断罪劇に異議を唱える
土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。
そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。
彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。
王族の結婚とは。
王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。
王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。
ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
拝啓 私のことが大嫌いな旦那様。あなたがほんとうに愛する私の双子の姉との仲を取り持ちますので、もう私とは離縁してください
ぽんた
恋愛
ミカは、夫を心から愛している。しかし、夫はミカを嫌っている。そして、彼のほんとうに愛する人はミカの双子の姉。彼女は、夫のしあわせを願っている。それゆえ、彼女は誓う。夫に離縁してもらい、夫がほんとうに愛している双子の姉と結婚してしあわせになってもらいたい、と。そして、ついにその機会がやってきた。
※ハッピーエンド確約。タイトル通りです。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる