最低最悪のクズ伯爵

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離縁してくれと言われたので離縁しましたが

第4話 自分が可愛いと思っている痛いオジサンがいるんですって

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ユリアと離縁して5年後、ケヴィンは少し着古した服で、とあるパーティーに参加していた。プラテル伯爵家には今余計なお金は全くないが、無理をしてでもパーティーに参加しなくてはならない事情がある。


会場に入ったケヴィンは、さっそく久しぶりの人物の顔を見つけて喜んだ。


「アルバート!!」
「おう。ケヴィンじゃないか。久しぶりだな。仕事が忙しくてあまりパーティーに顔出してないんだって?」
「あ、ああ。まあね。」



ユリアから離縁され、ほぼすべての仕事を担っていたカミールが辞めてから、5年。プラテル伯爵家は、意外にも見た目上は以前と変わらぬ状態を保っていた。


ハウケ家から一方的に契約破棄された共同事業の違約金が莫大だったことで、首の皮一枚繋がったのだ。

更にいよいよ仕事を押し付ける相手がいなくなって、ケヴィンがさすがに必死になって仕事をしだしたこと。そして以前からケヴィンを可愛がってくれていた仲間に強引に助けてもらったりで、なんとか回している。

――――両親の浪費は止まらず、内情は赤字だらけなのだが。


「アルバートこそ、最近全然見かけないじゃないか。」
「ああ、最近うちに赤ちゃんが生まれてさ。仕事ならともかく、遊びにいくどころじゃなくなって。」

「赤ちゃん!あれうるさくて大変だよね。」

アルバートもきっと、あの赤ちゃんの不愉快な泣き声に悩まされていることだろう。やっと分かってもらえると、ケヴィンの顔に笑みが浮かぶ。

「本当にな、夜あんなに泣くなんて知らなかった。心配になるよな。いつもは奥さんと赤ちゃんと3人で一緒に寝ているんだけど、本当に奥さんが大変そうだから、たまには俺が見るよって言って、1人でゆっくり寝てもらったりしてな。大変だよ。」




「・・・・・・・・・・一緒に寝てる?アルバートが?」

「ああ。高位貴族でもない、しがない子爵家だし。通いの子守りを雇っているくらいだからな。どうせミルクとかすぐにあげなきゃいけないから、同じ部屋にベビーベッドを置いているんだ。それにあんなにちっちゃい赤ちゃん、いつどうなるか心配で、本当に目が離せないよ。あ、そっか。ユリアは実家で赤ちゃん育ててたから、ケヴィンは通いで世話してたんだっけ?」


ケヴィンと会話しながら、アルバートはなぜかキョロキョロと会場を見渡している。
何かを探しているのだろうか。ケヴィンはそんなアルバートの様子に気が付かない。

「う、うん!ユリアが寂しがって、両親と一緒にいたいって言ってたからね!!」
「ふーん。でもまさかユリアとケヴィンが本当に離縁するなんてな。」
「義理の父と、そりが合わなくてさ。」
「ハウケ伯爵、優しそうな人格者なのにな。まあ会う合わないってあるよな。・・・あ!いた、モリッツだ。ごめんな、ケヴィン。モリッツと話したいことあって、今日のパーティーにきたんだ。あいつの子どもが小さいときに、すごく評判の良いガヴァネスに当たったらしくて、紹介してほしくて。じゃあな!!」



それだけを言うと、アルバートはそそくさと行ってしまった。なんとなく、早く会話を切り上げたがっていたように感じてしまうのは、考えすぎだろうか。
昔ケヴィンを可愛がってくれていて友人たちは、最近では冷たくなり、あまり構ってくれなくなった。




気持ちを切り替えて、ケヴィンは今日のパーティーに来た目的を果たすことにする。

社交の時期が始まったばかりの今。王宮での社交界デビューを終えたデビュタントたちのほとんどが毎年招かれる、恒例の大貴族のパーティー。慣れない様子でいる者が何人か見て取れる。それがケヴィンの狙いだ。





会場を見渡す。
世話焼きそうな、しっかりしてそうな子にするか?

――――いや、やっぱり慣れずにおどおどしている子のほうが良い。


パーティーに馴染めない様子で、1人でキョロキョロしている若い女の子を見つけると、ケヴィンは狙いを定めて歩き出した。




そう。今日ケヴィンが無理をしてでもこのパーティーに来た目的は、結婚相手を見つけるためだった。


まさかのユリアに離縁を了承された時、ケヴィンのほうは既に離縁届にサインをしてしまっていた。レオの泣き声がウザかったケヴィンは、深く考えずにレオをハウケ家に引き渡すように書類を整えてしまっていた。

その書類をカミールが持ち出していて、あっという間に王宮に届けを出されてしまったのだ。


――――あの話し合いの次の日、離縁状が出されるのは早くても王宮が開く朝だろう思って、止めようとケヴィンは朝から、門の前で待ち構えていた。

しかしいくら待ってもユリアもセドリックもカミールもこないので、やっぱりユリアは離縁をする気なんてないのだと安心して屋敷に帰ったその夜、離縁を認める旨の書状が王宮から届いたのだ。

なんてことはない、単純にケヴィンが顔を知らないハウケ家の使用人が、ユリアの代わりに離縁状を提出していただけのことだった。


ケヴィンは離縁の無効を申し立てたが、離縁をしたいと言い出したのがケヴィン、離縁状を作ってサインをしたのもケヴィンだと判明すると、司法官から3分で追い返された。いくら本気ではなかったと言っても取り合ってくれない。




・・・・最近、仲の良かった友人達は、大きくなってきた子どもを連れて一緒に狩りをしたりして楽しそうだ。ケヴィンも一緒に連れて回って遊ぶ子どもが欲しくなってきていた。
それに、プラテル伯爵家の後継者も必要だし、仕事を手伝ってくれる人も欲しい。


――――新しい奥さんが必要だった。












「やあ、こんにちは。飲み物を探しているのかな?」
先ほど目を付けた女の子に歩み寄って話しかける。
ケヴィンが上目遣いで顔を近づけると、純朴そうな女の子の頬が赤く染まる。
「あ、あの・・・。」

――――思った通り、男慣れしていないようだ。あまり可愛い子じゃないけれど、垢ぬけて可愛い女の子は一人で歩いていないので、仕方ない。この子でいくか。



「あっちにね、とっても美味しいお酒があったよ。飲みやすくて僕も好きなんだ。一緒に行こ?」
「私、家族を待ってて・・・・。」


意外にも軽く断られるが、このくらいなら少し押せば大丈夫だろう。

「ちょっとだけ、飲み物を取りに行くだけだよ。ね?」

ニコリと笑いながら女の子の手を取る。女の子が慌てて手を引っ込めようとするのを、ニコニコ笑いながら強く引き留める。
「こ、困ります。」
「うん、じゃあ行こう!」





「すみません、うちの妹の手を離していただけません?」

もう少しで連れ出せそうという時に、気の強そうな女性の声が邪魔をする。妹?…この子の姉か。家族を待っていると言うのは、本当だったのか。


「ああ、この子のお姉さん?妹さんが飲み物の場所が分からなくて困っている様子だったから、案内しようと思っていたんだ。」

気が強くてしっかりしている女の子も、ケヴィンは好きだった。よくケヴィンを可愛がってくれるからだ。
そして単純に、ケヴィンの好みだった。
――――妹よりも可愛いし、姉のほうでもいいかもしれない。


「手を離してください!!!」



ケヴィンが失礼にも内心そんなことを考えていると、姉のほうに大声を出されてしまう!

――――なんて子だ!パーティー会場で叫ぶなんて、レディーとして恥ずかしくないのか!?

「あ、ああゴメンね。案内しようと思っただけなんだーあははー。」

何があったのかと注目する周囲に向けて、ケヴィンも慌てて大きめの声で言い訳をする。
「それじゃあね。」

急いでそそくさとその場を離れる。大きいパーティー会場なので、人ごみに紛れてしまえばちょっとした騒ぎなんて、すぐに忘れ去られるだろう。








「もう!自分が可愛いと思っている、デビューしたばかりの女の子狙いの痛いオジサンが毎年現れるって、注意していたでしょう?なんで移動したの。」
「ゴメンなさいお姉様。本当に飲み物を探していたの。・・・・いい年して上目づかいなの気持ち悪かったー。でもあれでも伯爵家の当主なんでしょう?なんで皆避けているの?」
「伯爵家って言っても借金だらけよ。しかも以前、生れたばかりの赤ちゃんと奥さんを追い出したことがあるらしいの。」
「まあ、最悪。」


残された女の子2人が、そんな会話をしていることに気が付きもしないで。









さて、気を取り直して他の子を・・・・と会場を見渡すケヴィンの腕を、誰かが力強くガシリと掴む。


「アルバート!」
驚いて振り向くと、そこにいたのは先ほど分かれたばかりのアルバートだった。なぜか怖い真剣な顔をして、ケヴィンを見てくる。

「どうしたんだい?なんだか顔が怖いよ。」


いつもケヴィンを可愛がって、ふざけて頭を撫でてくれていたアルバートの顔が怖い。こんな顔、初めてみた。


「ケヴィン、さっきの見てたんだけど。」
「あ!あれはさー。困っているみたいだから声掛けてあげただけなんだけど。失礼しちゃうよねー。」


ぷんぷんと頬を膨らませる。
「・・・・・ケヴィン、そういうの、もう止めておけ。」
「え?そういうのって?」
分からないというように、コクリと首をかしげてみせるケヴィン。


「そういうのだよ。頬を膨らませたり、首傾げてみせたり。上目づかいとか。」
「ええー、僕そんなことしてる?」


そう言ってごまかしながら、少し焦るケヴィン。なぜアルバートが急にそんなことを言うのか、訳が分からない。


「もうお前も良い年だしさ。ちょっとキツイよそれ。10代までがギリギリだって。もうすぐお前も30なんだからさ。」
「・・・・なんのことかなぁ。」


「ほら、もうその言い方がさ。・・・・・・すげえ言いにくいんだけど。もうお前可愛くないんだよ。な?昔の仲間も一応付き合っているけどさ。自分の子どもの方が100倍も可愛いのに、オジサンの上目づかいなんて可愛いわけがないんだって。」
「・・・・・・・・・・・え。」


ユリアが出て行ってからも、なんとか保っていたケヴィンの自信が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる。
特に可愛がってくれて、お前はずっとこのままでいろって言っていたアルバートにまさか、まさかこんなことを言われるとは。


「本当は、言いたくなかったんだけどさ。言ってやるのが最後の友情だと思ってさ。・・・・なんか悪かったな。じゃあな!」
「最後のって・・・・え、ちょ・・・アルバート。」




アルバートはそう言うと、あっさりと去って行ってしまった。向かう先にはモリッツを始めとして、若い頃にケヴィンとも仲良かった友人達がいる。

ケヴィンだって、以前はその中にいた。あの中に入っていたはずだった。
でも最近はなにか見えない壁のようなものができていて、あの中に入れない。入ってもいつの間にかはじき出される。


――――だって、皆子どもの話とか、僕の分からない話ばかりだから―――。



他に誰か、まだケヴィンに優しくしてくれる人は―――――。



キョロキョロと周囲を見渡すと、ケヴィンの様子を伺っていた人たちが、スッと視線をそらして、散らばっていく。ケヴィンを中心に、ぽっかりと空間が出来てしまう。


そんなバカな。いつから?いつから、こんなことに――――。

誰からも可愛がられて、しっかり者で美人なユリアと結婚して、皆からお似合いだって言われて、仕事も全部やってくれて、すぐに子どもも生まれて―――――――。



全てが上手くいっていたのに、どこから。いつからこんなことになってしまったのか。




ホールの中心、ぽっかりと空いた空間で、ケヴィンは長い間、一人で立ちつくしていた。




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