嫌われ聖女は魔獣が跋扈する辺境伯領に押し付けられる

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第5話 完全降伏

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 休暇中のはずのサラが、なぜ防壁の外で魔獣と戦っているんだ。

 サラはポツリと、自分一人だけを囲う小さな結界の中にいた。
 そうして、襲ってくるヤクルスを、1匹ずつ集中して、浄化魔法を掛けているようだった。

「ピュリフィケーション≪浄化≫!」「ピュリフィケーション!」「ピュリフィケーション!」


 夢中で戦っているようで、まだ俺達が来たことにすら気が付いていない。
 誰も見ていない、こんなところで、ただ一人だけ、戦い続けていたのか。

 商隊が防壁の中に逃げ込んできてから、俺たちが到着するまでの間の、少なくとも何十分も。

 さすがに疲れている様子で、サラの額からは汗が流れ落ち、肩で息をしている。
 しかし誰に助けを呼ぶわけでもなく――当然だ。誰もいないと思っているのだから――彼女はただひたすらに、浄化魔法を唱え続ける。


「ピュリフィ……!」
「サラ! もういい。もう大丈夫だ!!」
「……シリウス様!? なぜここに」

 なぜここに、はこちらのセリフだった。

「後は俺たちがやる。しばらく結界の中で待っていろ!」

 そう言いつつ、サラに群がるヤクルスを、剣で2匹いっぺんに切り裂いた。

 ギギャー!!


 サラに浄化されたヤクルスは無言で倒れていっていたが、剣で切り裂かれたヤクルスは断末魔の声を上げ、それを聞いた残りの仲間たちがギャースカ大騒ぎをし始める。

 ヤクルスは空を飛ぶことは厄介だが、それほどの素早さではない。剣も普通に貫通する。普段は魔獣の森奥深くに潜んでいるのもあって、危険度は低めの魔獣だ。
 防壁さえ越えられなければ、百戦錬磨の俺たちの隊の敵ではない。

 余裕の戦いではあったが、戦っている途中、俺はあることに気が付いた。
 どうやら周りの兵士達も気が付いたようで、少しざわついている。

 自分達がなにか、見えない結界に、守られていることに。

 こんなことができるのは、当然聖女であるサラだけだ。
 サラのほうをチラリと見ると、疲れている様子にも関わらず、最後の力を振り絞るようにして、俺達一人一人を結界で守ってくれている。


 ――クソ! あいつ、どこまでお人よしなんだ!!


 これが本当に演技なのか? いや、いくら演技しても、普段戦っていない奴がいきなり戦えるようにはならない。
 普段からこんな風に、サラは魔獣と戦っていたんだ。兵士たちを守りながら。一人で。
 それだけは疑いようがなかった。

 あっという間にヤクルスは残りの数を減らし、ほんの少し生き残った奴らは、ついに逃げ出していった。
 領地と逆方向へと逃げて行ったので、追う事はしない。
 例え1匹残らず魔獣を根絶させても、結局は魔獣は森から無数に発生するらしく、いなくなることはないと証明されている。
 


「サラ……」


 魔獣がいなくなった後、指示をしなくとも、バトラーを始めとした兵士たちが、粛々とヤクルスの解体を始めているので、俺は一人、サラの方へと歩いて行った。

 ちなみにヤクルスの皮は、靴や鞄の素材として売れる。
 丈夫で長持ちするし、水も弾く、人気素材だ。
 更に、年取ったヤクルスは体の一部の皮が石化したものもいて、その石部分は魔石として高額に取引されるのだ。


「シリウス様。助けていただいて、ありがとうございます」
「いつも……」
「……はい?」
「いつもこんなことをしていたのか? 一人だけで戦って、魔獣を浄化して」
「あ、はい」


 あっさりと、なんでもないことのようにサラは頷いてみせた。


「シリウス様には、屋敷に置いていただいて、とてもお世話になっておりますから。私は力が弱いから、これくらいのことしかできませんが」
「メイドとして屋敷で働いてくれているだろう。それで十分だ」
「そんな。勝手に押しかけたのは私のほうですから。メイドのお仕事も、まだまだ見習いで大したこともできなくて。それに……私が魔獣を倒す事で、少しでも助かる命があるかと思うと、じっとしていられなくて」


 ザカリアスが、我がレングナー伯爵領とその収入を狙ってサラを寄越したのは、誰がどう見ても明らかだ。
 サラ本人だって、俺を騙す気でいると考えるのが普通だろう。
 ザカリアスに利用されていても、サラ本人は良い人だなんて、信じるほうがどうかしている。
 信じてはいけないと、頭では分かっている。

 だけどサラが、こうして一人で魔獣を倒し続けてきたことは事実だ。
 

「お前はいつから、こうやって戦ってきたんだ?」
「いつから……そうですね。両親が魔獣に襲われて。……ザカリアス様のご親戚の家に引き取られてしばらく経ってからだから。5、6年前からでしょうか」

「そうか。長年頑張ったな。サラのおかげで救われた命は、今まで数えきれないほどあったはずだ。……もういいから。レングナー伯爵領は、聖女なんていなくても、十分戦っていけるんだ。もうお前は休んでていい」
「いいえ。弱いとはいえ、聖女の力を持っている者は多くありません。私にしかできないことがあるなら、できる限りのことをしたいのです。魔獣に襲われる人が一人でも少なくなるように。大切な人を奪われる人が、いなくなるように」
「俺がやるから」
「私もやります」
「……じゃあ俺達から離れた安全なところで、結界だけ張っていろ」
「……どうしてそのようなことをおっしゃるのですか? 私がどこで何をしていようと、レングナー伯爵様には関係ないじゃないですか。休みの日に魔獣を襲ってはいけないという法律もありませんし」
「そ、それは……」
「それは?」


 確かに言われてみれば、俺にはサラに何かを言う資格なんて、なにもなかった。
 サラと俺の関係を冷静に考えてみれば、ただのメイド見習いと、その屋敷の主人といったところか。

 主人なんだから、メイドの行動に口出しする権限はある……と言いたいところだが、休日に何をするかまで制限はできない。

 そこまで考えて、ふとある考えが頭にひらめいた。

「それは俺が、お前の婚約者だからだ」
「え?」


 サラが驚いて、ポカンと口を開けている。
 美人なのに、その飾らない素のリアクションが、とても可愛らしいと思った。



 ――もう負けだ。完全降伏だ。
 サラが俺を騙そうとしているのなら、完全にサラの勝ちだった。

「結婚のお話は、既に断られたとうかがっておりますが」
「国王に問い合わせしたところ、断りの手紙は届いていなくて、まだ破談になっていない。既に引き返せないところまで手続きは進んでいるらしい。だから俺とお前の今の関係は、婚約者だ」
「そんな……どうしましょう。申し訳ないわ」

 
 サラが本当に申し訳なさそうにしているので、少し罪悪感が湧いてくる。
 確かに強引に俺とサラを結婚させようとしている者達がいるようだが、引き返せないところまで手続きが進んでいるというのはでまかせだ。
 結婚許可証は送り付けられてきたものの、教会に提出しなければただの紙切れ。
 どうやら国王本人から命じられているようでもないので、無視していればまだやりすごせそうではある。

 ……ということは、サラには内緒にしようと思った。





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