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第1話 押し付けられた聖女
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「どういうことだバトラー。婚約者の聖女が到着しただと? その話はとっくに断ったはずだ」
「はい、シリウス様。確かにお断りのお手紙を、王宮へと届けたと使者から報告を受けています。何か手違いがあったのかもしれません。ただちに問い合わせをいたします。……それで、来てしまった聖女様はどういたしましょうか」
「追い返せ」
「この雪の中を?」
「どうせ豪華な馬車に乗って、使用人たちに囲まれて快適に旅してきたんだろう? そのまま来た道を戻らせるだけのことだ」
「……聖女様はここまで、お一人で旅をしてこられたご様子ですよ」
「…………なんだって?」
そこで初めて俺は、執務室の机の上に置かれた書きかけの書類から目を離し、バトラーの顔を見た。
いつも通り眉一つ動かさない冷静な表情を想像して話していたが、バトラーの顔は、予想に反して、俺を咎めるかのように眉を寄せ、眼鏡の奥の目を細めてこちらを見ていた。
「おや、やっと興味を示していただけましたか」
今、なんと言った? この魔物も跋扈する辺境伯領の、しかも冬に。
聖女の力があるとはいえ、隣の領地から、女が一人で旅してきたと言ったのか?
「なんだって、聖女なんていう身分の令嬢が、そんなことになっているんだ」
「さあ、なんででしょうねぇ。なにやら訳アリのご様子ですが。お会いになられますか?」
お会いになられますか? と、一応言葉は質問になっているが、実質バトラーからはそれ以外の答えを拒絶するかのような圧が放たれている。
バトラーは父の代からの側近で、忙しい両親に代わって殆ど育ててもらった兄のような存在だから、こういう時は頭が上がらない。
「クソッ。なんなんだ……」
「今聖女様には、お風呂に入って、冷えた身体をゆっくりと温めていただいております。聖女様のお支度が整いましたらお呼びいたしますので、そのおつもりでお待ちください」
バトラーに有無を言わさずそう宣言されて、俺は途方に暮れたのだった。
*****
俺の家、レングナー家は、代々誰からも嫌がられる、魔物の跋扈する辺境の伯爵領の領主だ。
数年前に父上が魔獣に殺され、後を追うように母上が病気で亡くなって以来、急いで跡継ぎを作れと、色んな人から数多の女性を紹介されてきた。
魔獣の森の防衛線であるレングナー伯爵領の家系が途絶えては大変だと、なんと国王からも何度もせっつかれる始末だ。
紹介された女は、ほとんどが金だけが目当てだった。
会話をしているうちに、結局は誰もが手を変え品を変え、自分は王都で離れて暮らすから、魔獣を退治することで王から支給される報償だけを寄越せという内容のことを言ってきた。
曰く、離れて暮らすのは寂しいから、贈り物をしてくれだとか、自分は実家で暮らすのだから生活費として事業を援助しろだとか。
そしてそんな事を言う女たちの顔には、「こんな男と結婚するなんて嫌で嫌で仕方がないけれど、お金のために我慢します」と書かれているのだ。
――もううんざりだ! なんで離れて暮らす、ほとんど会ったことのない女の為に、命がけで稼いだ金を垂れ流さなくてはいけないんだ? そんなことするぐらいなら、一緒に戦ってくれる兵士達に、少しでも多く配るに決まっているだろう。
魔物が発生する森が近いこの領土――レングナー伯爵領の兵士達には色々な出自の者がいる。
いつ死ぬか分からない、危険と隣り合わせで魔獣と戦おうというのだから、居場所のない荒くれものが多い。
もちろん、代々この領で生まれ育ち、一緒に守り続けてくれるような家系の者も半分くらいいるが。
金目当ての荒くれものや、領地で生まれ育った兵士はある意味割り切っていて、粘り強い。
無理に武功をたてようとはせず、周囲と協力し合い、長年に渡って自分の仕事をこなし続けてくれる。
しかし金がなく、家族や恋人や、誰かのために、命を賭けて稼ぎに来るような若者もひっきりなしに領地に来る。
そういう者達はできるだけ実戦から外した部署に回すのだが、それでもなぜだか負傷率――死亡率が高いのだ。
元から命を金に換えるつもりでこの領地に来るのだろう。
自分が死んだあと、莫大な弔慰金で、大切な誰かを助けるために。
日々そんな血のにじむ思いをしてまで守っているこの領の報奨金をかすめ取ろうとする女たちのことは、俺には魔獣よりも醜悪に見えた。
女の皮を被った魔獣だ。
見た目で分かりやすいぶん、魔獣の方がまだ可愛いくらい。
今度の女は、隣のザカリアス領――うちの領地と同じく、魔物の森に隣接した伯爵領だ――出身の聖女だという。
うちの領は兵士たちが命がけで魔獣と戦ってきたのに対して、隣の領地はなぜだか貴重な聖女が生まれやすく、いつの時代でも4~5人はいる。
そこでザカリアス領では聖女が魔獣を浄化したり、結界を作っている。
そして兵士たちがその聖女を守るという手法で、魔獣に対処しているらしい。
確か今ザカリアス領にいる聖女は、5人だったはず。
今回紹介された女は、話によればその中で一番力の弱い聖女らしいが、それでも貴重な聖女であることには変わりない。
そんな女をこちらの領地へ寄越すなんて、よからぬことを考えているに決まっているだろう。
「シリウス様。聖女サラ様のお支度が整いました。お呼びしてもよろしいですか」
「チッ。入れ」
家で休んでいてまで、女という魔獣と対峙しなくてはならないのかと考えると、気が滅入る。
これからどうやって領地から追い出そうかと考えながら、俺は重いため息をついた。
「はい、シリウス様。確かにお断りのお手紙を、王宮へと届けたと使者から報告を受けています。何か手違いがあったのかもしれません。ただちに問い合わせをいたします。……それで、来てしまった聖女様はどういたしましょうか」
「追い返せ」
「この雪の中を?」
「どうせ豪華な馬車に乗って、使用人たちに囲まれて快適に旅してきたんだろう? そのまま来た道を戻らせるだけのことだ」
「……聖女様はここまで、お一人で旅をしてこられたご様子ですよ」
「…………なんだって?」
そこで初めて俺は、執務室の机の上に置かれた書きかけの書類から目を離し、バトラーの顔を見た。
いつも通り眉一つ動かさない冷静な表情を想像して話していたが、バトラーの顔は、予想に反して、俺を咎めるかのように眉を寄せ、眼鏡の奥の目を細めてこちらを見ていた。
「おや、やっと興味を示していただけましたか」
今、なんと言った? この魔物も跋扈する辺境伯領の、しかも冬に。
聖女の力があるとはいえ、隣の領地から、女が一人で旅してきたと言ったのか?
「なんだって、聖女なんていう身分の令嬢が、そんなことになっているんだ」
「さあ、なんででしょうねぇ。なにやら訳アリのご様子ですが。お会いになられますか?」
お会いになられますか? と、一応言葉は質問になっているが、実質バトラーからはそれ以外の答えを拒絶するかのような圧が放たれている。
バトラーは父の代からの側近で、忙しい両親に代わって殆ど育ててもらった兄のような存在だから、こういう時は頭が上がらない。
「クソッ。なんなんだ……」
「今聖女様には、お風呂に入って、冷えた身体をゆっくりと温めていただいております。聖女様のお支度が整いましたらお呼びいたしますので、そのおつもりでお待ちください」
バトラーに有無を言わさずそう宣言されて、俺は途方に暮れたのだった。
*****
俺の家、レングナー家は、代々誰からも嫌がられる、魔物の跋扈する辺境の伯爵領の領主だ。
数年前に父上が魔獣に殺され、後を追うように母上が病気で亡くなって以来、急いで跡継ぎを作れと、色んな人から数多の女性を紹介されてきた。
魔獣の森の防衛線であるレングナー伯爵領の家系が途絶えては大変だと、なんと国王からも何度もせっつかれる始末だ。
紹介された女は、ほとんどが金だけが目当てだった。
会話をしているうちに、結局は誰もが手を変え品を変え、自分は王都で離れて暮らすから、魔獣を退治することで王から支給される報償だけを寄越せという内容のことを言ってきた。
曰く、離れて暮らすのは寂しいから、贈り物をしてくれだとか、自分は実家で暮らすのだから生活費として事業を援助しろだとか。
そしてそんな事を言う女たちの顔には、「こんな男と結婚するなんて嫌で嫌で仕方がないけれど、お金のために我慢します」と書かれているのだ。
――もううんざりだ! なんで離れて暮らす、ほとんど会ったことのない女の為に、命がけで稼いだ金を垂れ流さなくてはいけないんだ? そんなことするぐらいなら、一緒に戦ってくれる兵士達に、少しでも多く配るに決まっているだろう。
魔物が発生する森が近いこの領土――レングナー伯爵領の兵士達には色々な出自の者がいる。
いつ死ぬか分からない、危険と隣り合わせで魔獣と戦おうというのだから、居場所のない荒くれものが多い。
もちろん、代々この領で生まれ育ち、一緒に守り続けてくれるような家系の者も半分くらいいるが。
金目当ての荒くれものや、領地で生まれ育った兵士はある意味割り切っていて、粘り強い。
無理に武功をたてようとはせず、周囲と協力し合い、長年に渡って自分の仕事をこなし続けてくれる。
しかし金がなく、家族や恋人や、誰かのために、命を賭けて稼ぎに来るような若者もひっきりなしに領地に来る。
そういう者達はできるだけ実戦から外した部署に回すのだが、それでもなぜだか負傷率――死亡率が高いのだ。
元から命を金に換えるつもりでこの領地に来るのだろう。
自分が死んだあと、莫大な弔慰金で、大切な誰かを助けるために。
日々そんな血のにじむ思いをしてまで守っているこの領の報奨金をかすめ取ろうとする女たちのことは、俺には魔獣よりも醜悪に見えた。
女の皮を被った魔獣だ。
見た目で分かりやすいぶん、魔獣の方がまだ可愛いくらい。
今度の女は、隣のザカリアス領――うちの領地と同じく、魔物の森に隣接した伯爵領だ――出身の聖女だという。
うちの領は兵士たちが命がけで魔獣と戦ってきたのに対して、隣の領地はなぜだか貴重な聖女が生まれやすく、いつの時代でも4~5人はいる。
そこでザカリアス領では聖女が魔獣を浄化したり、結界を作っている。
そして兵士たちがその聖女を守るという手法で、魔獣に対処しているらしい。
確か今ザカリアス領にいる聖女は、5人だったはず。
今回紹介された女は、話によればその中で一番力の弱い聖女らしいが、それでも貴重な聖女であることには変わりない。
そんな女をこちらの領地へ寄越すなんて、よからぬことを考えているに決まっているだろう。
「シリウス様。聖女サラ様のお支度が整いました。お呼びしてもよろしいですか」
「チッ。入れ」
家で休んでいてまで、女という魔獣と対峙しなくてはならないのかと考えると、気が滅入る。
これからどうやって領地から追い出そうかと考えながら、俺は重いため息をついた。
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