言葉の声

ずきんむすめ

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出会いの音

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  春に音があるのならどんな音だろう。小鳥がさえずる音、蜂が飛ぶ音。どちらも僕は聞いたことがないのだが。
  入学式に行く途中、そんなことを考えていた。今日は高校の入学式。僕みたいな人は聴覚障害者は特別支援学校に行くのだろうけれど、僕が入学するのは普通の学校。確か、都立桜川高校だった気がする。
  入学式での恒例、校長の長い話が始まっても聞こえない僕には関係ない。もっとも、全く聞こえないわけではない。補聴器を付ければなんとか聞こえるが、はっきりとは聞こえない。だから、興味のないことは大抵聞こえてないフリだ。
  僕には友達ができるのか。ふと、そんなことを思った。みんなに変な目で見られないか。いじめられないのだろうか。先生は僕の耳の事情を知っている。しかし、みんなは知らないはずだ。考えれば考えるほど不安がつのる。どうしよう、どうしよう。どうしようどうしよう。どうしようどうしようどうしよう…
  そんなことを考えるうちに入学式は終わっていた。
  教室に入ると大抵席順が書かれている。僕は…一番後ろの窓側だ。この席は、授業中に当てられにくいし、なんといっても、人と関わることが少ない。胸をなで下ろして席に向かった。僕が座ると、突然前の席の子…確か吉里清香だったか…が急に後ろの僕を見て言った。
「確か山城謙也くんだったよね。私、吉里清香。よろしくね!」
  と言ってきた。その声がとてつもなく大きな声だったので、僕以外の何人かも驚いたみたいだった。僕はペコッとして、それ以上何もしなかった。さすがに彼女も諦めたようで、さっさと横の席の子に話しかけていた。
  教室のドアがガラッと開き、先生らしき人物が入って来た。その人物は教卓に上がり、黒板に「佐々木信重」と書いた。
「今日からこのクラスを担当する佐々木信重だ。よろしく」
佐々木先生…は、はっきりとした声で言った。この声なら、聞きやすい。でも、今問題なのはそこではない。僕にとって問題なのは、この後の自己紹介だ。僕は上手には喋れない。だから、さっそく変な人だと思われてしまうかもしれない。入学式の時に感じた不安が残っている。どうしよう、どうしよう…
「それでは、自己紹介をする」
先生の言葉を合図に鼓動が速くなる。
「と、言いたいところだが時間がないので、この紙に名前と、誕生日、趣味、一言を書いてくれ」
先生の言葉に僕はキョトンとした。いや、僕だけではない。前の吉里さんまで、キョトンとしていた。
「紙を配るぞー」
そう言い、先生は紙を配りはじめた。みんな、言う通りに書いている。僕は特に書きたいことはなかったので、ありきたりなことを書いた。前の吉里さんは真面目にかいている。みんなに言えるようなものを持っているなんて、羨ましいと思った。そして、少し、ほんのすこしだけ胸が痛んだ。 
  みんなが書き終わると、先生は回収しながら、今日はもう解散だということを告げた。僕はさっさと帰りの支度をした。すると、吉里さんが何人かと話す声が聞こえた。吉里さんの声は大きい。だから、僕でも良く聞こえる。でも、今回は聞こえてほしくなかった。吉里さん達を見ていると胸が痛む。理由はわかっていたが、わかりたくなかった。羨ましいのだ。みんなと普通に話せるなんて。普通に笑えるなんて。僕には永遠に手に入れられない「普通」を持っているなんて。きっと吉里さんはもう二度と話しかけてはくれないだろう。僕に話しかけてもつまらないから。僕にとってもその方が好都合だ。
  みんなより早く教室を出たら、他のクラスはまだ終わっていないようだった。すごい小さな声が聞こえた。耳をすますと、自己紹介だった。時間がないのではなかったのか。じゃあなんで…僕だ、僕のせいだ。先生は僕が上手く喋れないことを知っている。だから、先生は僕がからかわれないように、いじめられないように守ってくれていたのだ。申し訳けなかった。でも、少し、ありがたかった。
  
  
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