上 下
9 / 11
番外編

桃色スライムな修羅場 下

しおりを挟む
「浮気でないというなら、なぜ指を噛ませたのかな? 私ですら、君の指を噛んだことはないというのに」
「知らねえよ!!!」

 俺は渾身の突っ込みを入れた。

 本当に知らない。俺の指がなんだと? 噛みたかったのか? 今までそんな素振り見せなかったじゃねえか!

 大体いつも好き勝手してるくせに、今更何を言ってるんだ。噛みたくなったなら勝手に噛んでろよ!

 ……とは、言えない。

 空気がめちゃくちゃ重いのである。重力に異変が起きてるとしか思えない重さで、俺の口が自然に閉じた。魔王としてはこんなこと言いたくないが……命の危険を感じる。

 漲るばかりの殺気だ。半分は俺を襲ったモリーに向けられてるみたいだが、もう半分は俺に向けられているらしい。

(なんでだよ?!)

 グギギ、と首を回してレオンハルトを見た。正気じゃない量の瘴気が感じられる。元勇者とは思えない、滴るような闇の深さだ。思わず涙目になってしまった俺を見て、レオンハルトが困ったようにふ、と笑った。殺気が途切れて、重たい空気が雲散霧消する。

「……すまない。君があまりに無防備なもので、少し腹が立った」
「少し、で重力捻じ曲げんな。それに今、俺って別に危機じゃなかったよな? 桃色スライムの攻撃力って1か2だよな、巨大化しても俺の防御魔法を貫通できないし」
「無防備と言ったのはそこじゃない、簡単に指を噛ませるなという話だ」
「まだそこにこだわるのかよ?! 面倒くさいな!」

 こんなのが王様やってるんだが。人類の未来は大丈夫か?

「そんなに俺の指が噛みたいっていうなら、今すぐその口に突っ込んでやろうか? 拳ごとだけどな!」
「……ふふ」

 その顔に指を突き付けて啖呵を切ると、レオンハルトが笑った。口元は吊り上がっているが、暗い熱の篭った目が無表情に俺を見下ろす。ゾ、と全身の毛が逆立った。

「……君はまだよく分かっていないようだが。そこも含めて愛しい」

 おい、それ、愛しい相手に向ける目付きじゃないぞ。

「「ま、魔王さま~! 魔王さまを苛めるやつは許さないのです」」

 床の上から、か細い声が上がった。レオンハルトに斬られて分裂してしまったモリーが、ぷよぷよと揺れながら必死に足元に纏わりついてくる。

「モリー……お前、こんなに増えて」

 二十匹ぐらいいるだろうか。ここまで分裂すると、さすがに世界征服は望まないらしい。いつものモリーのサイズだ。
 問題は、全部同じモリーの目をしていて、全部同時にしゃべってることだが。

 どうすんだこれ? 本当に桃色スライム保護区を作るしかないのか?

「……君のペットのスライムか。そういえば、見覚えがあるな」
「「モリーはずっとずっと前から、魔王さまと一緒なのです! 魔王さまをお守りしてきたのです~!」」

 お前ら、さっき、俺から魔力を吸い尽くして世界征服する気満々じゃなかったか。

 とは、言わない。所詮魔物の思考なのである。忠誠心も愛情もあるにはあるが、人間が思うようなものじゃない。明日になってモリーがもっといい餌をくれる相手に乗り換えてたとしても、俺は別に驚かない。

「ふむ。ずっと魔王さまと一緒だった、か」

 レオンハルトが何かを考え込むような仕草をした。

 俺が止める間もなく、ひょい、と手を伸ばしてモリーを一匹拾い上げる。シャーッ! と威嚇されたし噛まれてもいるようだが、まるで意に介してないようだ。

 反応したのはモリーの方で、レオンハルトの魔力を噛んで、一瞬、ゼリー質の体がぐんにゃりした。

「な……なんで、こんな凄い魔力」
「お、おい、モリー、しっかりしろ、大丈夫か」
「魔王さまより凄い……」

 おい!!!!

 乗り換えられても驚かない、だけど、よりによってレオンハルトかよ!

 しかも、可愛いペットに回復してもらったはずの自尊心を木っ端微塵にされるというおまけつき。この世は地獄か。レオンハルトが作った地獄だけど。

「この一匹は、私が責任を持って預かろう。ちゃんと世話をするから安心してくれ」
「おい、レオンハルト……」
「同じシェルディエンカファンだ、きっと仲良くできるだろう」

 レオンハルトが微笑みながら踵を返す。その背後で、モリーたちが飛び上がり、縋りつき、「魔力!」「モリーにも魔力頂戴!」「レオさま!」「モリーにも! モリーばっかりずるい~」とか口々に叫んでるのは見なかったことにした。






 その後、城内で、俺の治めていた時代には見たこともないような毒々しい魔力に溢れた桃色スライムを見かけるようになったのだが、それはともかく。

 俺にはもっと気になることがある。

「おい、レオンハルト」
「どうした、我が妃殿?」
「お前な、俺が妃っていうなら、なんで俺がお前の部屋に入れないんだよ! しかも、なんでモリーは入れるんだよ!!」

 理不尽である。納得がいかない。

 誰も入れないというならともかく、モリーは入れるのに俺は駄目、というのは何なんだ。いっそ屈辱的ですらある。

「……君には見せられないものがある」
「何だよ?」
「……その話はまた今度にしよう」

 珍しく歯切れが悪いし、俺と目を合わせようともしない。これは、本当にヤバいものがあるのか……?

「魔王さま、レオさまの部屋は本当に凄いんですよ~」

 レオンハルトの書き物机の上でぷるぷるしていたモリーが、俺に向かって間延びした声を上げた。

「レオさまの部屋なのに、魔王さまの匂いしかしないんです~」
「……ほほう?」

 俺の匂いしかしないレオンハルトの部屋? 俺は生まれ変わってから一回たりとも立ち入ったことがないんだが?

 ……どういうことだ?

 俺が首を傾げていると、レオンハルトがモリーに向かって微笑んだ。

「……モリー。今度は二十年分の記憶を明け渡して貰うとするか」
「ひゃ~。いつもより魔力沢山貰える~」
「お前ら何やってんの? 俺のいないとこでどんな遊びをしてるんだ?」




 その後、俺はグリュードから、「レオンハルトが他者の記憶を根こそぎ奪って自分のものにする魔術を完成させたらしい」と聞いて、「あいつ本当に元勇者かよ?! もはや黒魔術師じゃねえか!」と呻いたのだが。

 その本当の意味が分かった頃には、時すでに遅し。俺はレオンハルトから、ことあるごとに100年ぐらい前の思い出話をほじくり返されたりして、「怖すぎんだろ!」と頭を抱えることになったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】高潔な貴方との思い出を忘れたくないから

雪野原よる
恋愛
※変態(R15)注意!  まだ少年のような主君を守って、女騎士は魔の山での一夜を戦い抜いた。その思い出を胸に、十年後──少年は想像を絶する方向に成長していた。「なんでこうなった」   ■13歳→23歳と成長する過程で何か大きく間違えた青年に戸惑う女騎士の話です。  ■とことん下品なギャグ、深刻なシリアス詐欺、極端なキャラ崩壊、強引すぎるハッピーエンド。特に涎描写が酷いのでお気を付け下さい。

ゲームの序盤に殺されるモブに転生してしまった

白雲八鈴
恋愛
「お前の様な奴が俺に近づくな!身の程を知れ!」 な····なんて、推しが尊いのでしょう。ぐふっ。わが人生に悔いなし! ここは乙女ゲームの世界。学園の七不思議を興味をもった主人公が7人の男子生徒と共に学園の七不思議を調べていたところに学園内で次々と事件が起こっていくのです。 ある女生徒が何者かに襲われることで、本格的に話が始まるゲーム【ラビリンスは人の夢を喰らう】の世界なのです。 その事件の開始の合図かのように襲われる一番目の犠牲者というのが、なんとこの私なのです。 内容的にはホラーゲームなのですが、それよりも私の推しがいる世界で推しを陰ながら愛でることを堪能したいと思います! *ホラーゲームとありますが、全くホラー要素はありません。 *モブ主人のよくあるお話です。さらりと読んでいただけたらと思っております。 *作者の目は節穴のため、誤字脱字は存在します。 *小説家になろう様にも投稿しております。

【完結】聖女は辞めたのに偉そうな従者様につきまとわれてます

雪野原よる
恋愛
「田舎くさい小娘だな」 聖女として召喚されたとき、第二王子のオルセア様は、私を三十秒ほどひたすら見詰めた後でそう言った。以来、何かと突っ掛かってくる彼を、面倒くさいなあと思いながら三年間。ようやく聖女から引退して、自由になれたと思ったのに……  ※黒髪、浅黒肌、筋肉質で傲慢そうな王子(中身は残念)×腹黒クール、面倒くさがりな元聖女の攻防。  ※元聖女がひたすら勝ち続け、王子がたまに喘がされます(ギャグ)  ※五話完結。

【完結】2000歳を越える竜である父上と、偽竜と呼ばれる私のはなし

雪野原よる
恋愛
私の父上は最強の竜だ。齢2000歳を越すけれど、竜としてはまだ若く、人としての姿は10代の少年である。私は、見た目だけなら、とうとう父上の年齢を越してしまった。私は竜になれない偽竜王子で、母上の不貞によって生まれたただの人間で、実は男でもなく、それを父上に隠しているのだから仕方がない。でも、私はずっと、父上に憧れていた──  ◆全13話完結。シリアスと見せかけて、父上が全てをぶちこわします。シリアスは破壊するためにある。  ◆当社比でベタ甘です。

乙女ゲームの世界じゃないの?

白雲八鈴
恋愛
 この世界は『ラビリンスは恋模様』っていう乙女ゲームの舞台。主人公が希少な聖魔術を使えることから王立魔術学園に通うことからはじまるのです。  私が主人公・・・ではなく、モブです。ゲーム内ではただの背景でしかないのです。でも、それでいい。私は影から主人公と攻略対象達のラブラブな日々を見られればいいのです。  でも何かが変なんです。  わたしは主人公と攻略対象のラブラブを影から見守ることはできるのでしょうか。 *この世界は『番とは呪いだと思いませんか』と同じ世界観です。本編を読んでいなくても全く問題ありません。 *内容的にはn番煎じの内容かと思いますが、時間潰しでさらりと読んでくださいませ。 *なろう様にも投稿しております。

なんでそんなに婚約者が嫌いなのかと問われた殿下が、婚約者である私にわざわざ理由を聞きに来たんですけど。

下菊みこと
恋愛
侍従くんの一言でさくっと全部解決に向かうお話。 ご都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】猫を膝に乗せて私は物語を編む 〜このまま静かに一人で老いていこうと思っていましたが、宝物を見つけました

雪野原よる
恋愛
三十代、嫁き遅れ。でも、私は独り(+愛猫)で幸せに暮らしている。わずらわしい他人の言葉なんて聞かなくても、私の心の中には私だけの王国が在るのだから。──そう思っていた私の前に、全身に傷を負った一人の男が現れた。  ※一万字程度の短くて山谷のないシンプルな話です。全5話完結。

おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 サロン勤めで拘束時間は長く、休みもなかなか取れずに働きに働いた結果。 貯金残高はビックリするほど貯まってたけど、使う時間もないまま転生してた。 そして通勤の電車の中で暇つぶしに、ちょろーっとだけ遊んでいた乙女ゲームの世界に転生したっぽい? あんまり内容覚えてないけど… 悪役令嬢がムチムチしてたのだけは許せなかった! さぁ、お嬢様。 私のゴットハンドを堪能してくださいませ? ******************** 初投稿です。 転生侍女シリーズ第一弾。 短編全4話で、投稿予約済みです。

処理中です...