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番外編
桃色スライムな修羅場 下
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「浮気でないというなら、なぜ指を噛ませたのかな? 私ですら、君の指を噛んだことはないというのに」
「知らねえよ!!!」
俺は渾身の突っ込みを入れた。
本当に知らない。俺の指がなんだと? 噛みたかったのか? 今までそんな素振り見せなかったじゃねえか!
大体いつも好き勝手してるくせに、今更何を言ってるんだ。噛みたくなったなら勝手に噛んでろよ!
……とは、言えない。
空気がめちゃくちゃ重いのである。重力に異変が起きてるとしか思えない重さで、俺の口が自然に閉じた。魔王としてはこんなこと言いたくないが……命の危険を感じる。
漲るばかりの殺気だ。半分は俺を襲ったモリーに向けられてるみたいだが、もう半分は俺に向けられているらしい。
(なんでだよ?!)
グギギ、と首を回してレオンハルトを見た。正気じゃない量の瘴気が感じられる。元勇者とは思えない、滴るような闇の深さだ。思わず涙目になってしまった俺を見て、レオンハルトが困ったようにふ、と笑った。殺気が途切れて、重たい空気が雲散霧消する。
「……すまない。君があまりに無防備なもので、少し腹が立った」
「少し、で重力捻じ曲げんな。それに今、俺って別に危機じゃなかったよな? 桃色スライムの攻撃力って1か2だよな、巨大化しても俺の防御魔法を貫通できないし」
「無防備と言ったのはそこじゃない、簡単に指を噛ませるなという話だ」
「まだそこにこだわるのかよ?! 面倒くさいな!」
こんなのが王様やってるんだが。人類の未来は大丈夫か?
「そんなに俺の指が噛みたいっていうなら、今すぐその口に突っ込んでやろうか? 拳ごとだけどな!」
「……ふふ」
その顔に指を突き付けて啖呵を切ると、レオンハルトが笑った。口元は吊り上がっているが、暗い熱の篭った目が無表情に俺を見下ろす。ゾ、と全身の毛が逆立った。
「……君はまだよく分かっていないようだが。そこも含めて愛しい」
おい、それ、愛しい相手に向ける目付きじゃないぞ。
「「ま、魔王さま~! 魔王さまを苛めるやつは許さないのです」」
床の上から、か細い声が上がった。レオンハルトに斬られて分裂してしまったモリーが、ぷよぷよと揺れながら必死に足元に纏わりついてくる。
「モリー……お前、こんなに増えて」
二十匹ぐらいいるだろうか。ここまで分裂すると、さすがに世界征服は望まないらしい。いつものモリーのサイズだ。
問題は、全部同じモリーの目をしていて、全部同時にしゃべってることだが。
どうすんだこれ? 本当に桃色スライム保護区を作るしかないのか?
「……君のペットのスライムか。そういえば、見覚えがあるな」
「「モリーはずっとずっと前から、魔王さまと一緒なのです! 魔王さまをお守りしてきたのです~!」」
お前ら、さっき、俺から魔力を吸い尽くして世界征服する気満々じゃなかったか。
とは、言わない。所詮魔物の思考なのである。忠誠心も愛情もあるにはあるが、人間が思うようなものじゃない。明日になってモリーがもっといい餌をくれる相手に乗り換えてたとしても、俺は別に驚かない。
「ふむ。ずっと魔王さまと一緒だった、か」
レオンハルトが何かを考え込むような仕草をした。
俺が止める間もなく、ひょい、と手を伸ばしてモリーを一匹拾い上げる。シャーッ! と威嚇されたし噛まれてもいるようだが、まるで意に介してないようだ。
反応したのはモリーの方で、レオンハルトの魔力を噛んで、一瞬、ゼリー質の体がぐんにゃりした。
「な……なんで、こんな凄い魔力」
「お、おい、モリー、しっかりしろ、大丈夫か」
「魔王さまより凄い……」
おい!!!!
乗り換えられても驚かない、だけど、よりによってレオンハルトかよ!
しかも、可愛いペットに回復してもらったはずの自尊心を木っ端微塵にされるというおまけつき。この世は地獄か。レオンハルトが作った地獄だけど。
「この一匹は、私が責任を持って預かろう。ちゃんと世話をするから安心してくれ」
「おい、レオンハルト……」
「同じシェルディエンカファンだ、きっと仲良くできるだろう」
レオンハルトが微笑みながら踵を返す。その背後で、モリーたちが飛び上がり、縋りつき、「魔力!」「モリーにも魔力頂戴!」「レオさま!」「モリーにも! モリーばっかりずるい~」とか口々に叫んでるのは見なかったことにした。
その後、城内で、俺の治めていた時代には見たこともないような毒々しい魔力に溢れた桃色スライムを見かけるようになったのだが、それはともかく。
俺にはもっと気になることがある。
「おい、レオンハルト」
「どうした、我が妃殿?」
「お前な、俺が妃っていうなら、なんで俺がお前の部屋に入れないんだよ! しかも、なんでモリーは入れるんだよ!!」
理不尽である。納得がいかない。
誰も入れないというならともかく、モリーは入れるのに俺は駄目、というのは何なんだ。いっそ屈辱的ですらある。
「……君には見せられないものがある」
「何だよ?」
「……その話はまた今度にしよう」
珍しく歯切れが悪いし、俺と目を合わせようともしない。これは、本当にヤバいものがあるのか……?
「魔王さま、レオさまの部屋は本当に凄いんですよ~」
レオンハルトの書き物机の上でぷるぷるしていたモリーが、俺に向かって間延びした声を上げた。
「レオさまの部屋なのに、魔王さまの匂いしかしないんです~」
「……ほほう?」
俺の匂いしかしないレオンハルトの部屋? 俺は生まれ変わってから一回たりとも立ち入ったことがないんだが?
……どういうことだ?
俺が首を傾げていると、レオンハルトがモリーに向かって微笑んだ。
「……モリー。今度は二十年分の記憶を明け渡して貰うとするか」
「ひゃ~。いつもより魔力沢山貰える~」
「お前ら何やってんの? 俺のいないとこでどんな遊びをしてるんだ?」
その後、俺はグリュードから、「レオンハルトが他者の記憶を根こそぎ奪って自分のものにする魔術を完成させたらしい」と聞いて、「あいつ本当に元勇者かよ?! もはや黒魔術師じゃねえか!」と呻いたのだが。
その本当の意味が分かった頃には、時すでに遅し。俺はレオンハルトから、ことあるごとに100年ぐらい前の思い出話をほじくり返されたりして、「怖すぎんだろ!」と頭を抱えることになったのだった。
「知らねえよ!!!」
俺は渾身の突っ込みを入れた。
本当に知らない。俺の指がなんだと? 噛みたかったのか? 今までそんな素振り見せなかったじゃねえか!
大体いつも好き勝手してるくせに、今更何を言ってるんだ。噛みたくなったなら勝手に噛んでろよ!
……とは、言えない。
空気がめちゃくちゃ重いのである。重力に異変が起きてるとしか思えない重さで、俺の口が自然に閉じた。魔王としてはこんなこと言いたくないが……命の危険を感じる。
漲るばかりの殺気だ。半分は俺を襲ったモリーに向けられてるみたいだが、もう半分は俺に向けられているらしい。
(なんでだよ?!)
グギギ、と首を回してレオンハルトを見た。正気じゃない量の瘴気が感じられる。元勇者とは思えない、滴るような闇の深さだ。思わず涙目になってしまった俺を見て、レオンハルトが困ったようにふ、と笑った。殺気が途切れて、重たい空気が雲散霧消する。
「……すまない。君があまりに無防備なもので、少し腹が立った」
「少し、で重力捻じ曲げんな。それに今、俺って別に危機じゃなかったよな? 桃色スライムの攻撃力って1か2だよな、巨大化しても俺の防御魔法を貫通できないし」
「無防備と言ったのはそこじゃない、簡単に指を噛ませるなという話だ」
「まだそこにこだわるのかよ?! 面倒くさいな!」
こんなのが王様やってるんだが。人類の未来は大丈夫か?
「そんなに俺の指が噛みたいっていうなら、今すぐその口に突っ込んでやろうか? 拳ごとだけどな!」
「……ふふ」
その顔に指を突き付けて啖呵を切ると、レオンハルトが笑った。口元は吊り上がっているが、暗い熱の篭った目が無表情に俺を見下ろす。ゾ、と全身の毛が逆立った。
「……君はまだよく分かっていないようだが。そこも含めて愛しい」
おい、それ、愛しい相手に向ける目付きじゃないぞ。
「「ま、魔王さま~! 魔王さまを苛めるやつは許さないのです」」
床の上から、か細い声が上がった。レオンハルトに斬られて分裂してしまったモリーが、ぷよぷよと揺れながら必死に足元に纏わりついてくる。
「モリー……お前、こんなに増えて」
二十匹ぐらいいるだろうか。ここまで分裂すると、さすがに世界征服は望まないらしい。いつものモリーのサイズだ。
問題は、全部同じモリーの目をしていて、全部同時にしゃべってることだが。
どうすんだこれ? 本当に桃色スライム保護区を作るしかないのか?
「……君のペットのスライムか。そういえば、見覚えがあるな」
「「モリーはずっとずっと前から、魔王さまと一緒なのです! 魔王さまをお守りしてきたのです~!」」
お前ら、さっき、俺から魔力を吸い尽くして世界征服する気満々じゃなかったか。
とは、言わない。所詮魔物の思考なのである。忠誠心も愛情もあるにはあるが、人間が思うようなものじゃない。明日になってモリーがもっといい餌をくれる相手に乗り換えてたとしても、俺は別に驚かない。
「ふむ。ずっと魔王さまと一緒だった、か」
レオンハルトが何かを考え込むような仕草をした。
俺が止める間もなく、ひょい、と手を伸ばしてモリーを一匹拾い上げる。シャーッ! と威嚇されたし噛まれてもいるようだが、まるで意に介してないようだ。
反応したのはモリーの方で、レオンハルトの魔力を噛んで、一瞬、ゼリー質の体がぐんにゃりした。
「な……なんで、こんな凄い魔力」
「お、おい、モリー、しっかりしろ、大丈夫か」
「魔王さまより凄い……」
おい!!!!
乗り換えられても驚かない、だけど、よりによってレオンハルトかよ!
しかも、可愛いペットに回復してもらったはずの自尊心を木っ端微塵にされるというおまけつき。この世は地獄か。レオンハルトが作った地獄だけど。
「この一匹は、私が責任を持って預かろう。ちゃんと世話をするから安心してくれ」
「おい、レオンハルト……」
「同じシェルディエンカファンだ、きっと仲良くできるだろう」
レオンハルトが微笑みながら踵を返す。その背後で、モリーたちが飛び上がり、縋りつき、「魔力!」「モリーにも魔力頂戴!」「レオさま!」「モリーにも! モリーばっかりずるい~」とか口々に叫んでるのは見なかったことにした。
その後、城内で、俺の治めていた時代には見たこともないような毒々しい魔力に溢れた桃色スライムを見かけるようになったのだが、それはともかく。
俺にはもっと気になることがある。
「おい、レオンハルト」
「どうした、我が妃殿?」
「お前な、俺が妃っていうなら、なんで俺がお前の部屋に入れないんだよ! しかも、なんでモリーは入れるんだよ!!」
理不尽である。納得がいかない。
誰も入れないというならともかく、モリーは入れるのに俺は駄目、というのは何なんだ。いっそ屈辱的ですらある。
「……君には見せられないものがある」
「何だよ?」
「……その話はまた今度にしよう」
珍しく歯切れが悪いし、俺と目を合わせようともしない。これは、本当にヤバいものがあるのか……?
「魔王さま、レオさまの部屋は本当に凄いんですよ~」
レオンハルトの書き物机の上でぷるぷるしていたモリーが、俺に向かって間延びした声を上げた。
「レオさまの部屋なのに、魔王さまの匂いしかしないんです~」
「……ほほう?」
俺の匂いしかしないレオンハルトの部屋? 俺は生まれ変わってから一回たりとも立ち入ったことがないんだが?
……どういうことだ?
俺が首を傾げていると、レオンハルトがモリーに向かって微笑んだ。
「……モリー。今度は二十年分の記憶を明け渡して貰うとするか」
「ひゃ~。いつもより魔力沢山貰える~」
「お前ら何やってんの? 俺のいないとこでどんな遊びをしてるんだ?」
その後、俺はグリュードから、「レオンハルトが他者の記憶を根こそぎ奪って自分のものにする魔術を完成させたらしい」と聞いて、「あいつ本当に元勇者かよ?! もはや黒魔術師じゃねえか!」と呻いたのだが。
その本当の意味が分かった頃には、時すでに遅し。俺はレオンハルトから、ことあるごとに100年ぐらい前の思い出話をほじくり返されたりして、「怖すぎんだろ!」と頭を抱えることになったのだった。
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