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暑苦しい人
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そもそも、ブレイズ兄上は私の異母兄ということになっているが、実は異母兄ですらない。かつて子に恵まれなかった前王妃が、割と遠い縁戚関係を辿って迎え入れた養子、それが兄上である。
その後、前王妃が身罷ったために、父王は新たな王妃を娶った。そして私が生まれたせいで、ブレイズ兄上の王位継承権は引き下げられ、今では近縁の甥(8才)よりも下の第六位である。
大人たちの都合だけで引き取られ、散々教育され、途中で「やっぱり要らない」と放り出されたようなものだ。ブレイズ兄上は怒ってもいいと思う。
(実際、怒ってはいるんだけど……)
ブレイズ兄上の怒り方は、ちょっと普通じゃなかったりする。
私は毎日、従者なんだか崇拝者なんだか分からない連中をぞろぞろと従えて、王宮内をそぞろ歩いているんだけれど、そうすると高確率でブレイズ兄上に会う。
そして、喧嘩を吹っ掛けられる。
「今日も軽薄そのものだな、氷の王子」
嫌味たっぷりな声。
仁王立ちに腕組み、というポーズで、ブレイズ兄上が私の通り道に立ち塞がっていた。若干中ボスみがある。その背後にひょろりとした従者を二人従えているのがまた、「あらたな敵があらわれた!」感がすごい。
私の背後で、信者たちがざわめき立つ。(暑くなるから落ち着いて!)と心の中で呼び掛けながら、私はいつものクールな表情を保った。それでもビシビシと、四方八方から、敵意の眼差しがブレイズ兄上とその部下たちに突き刺さる。それでびくともしないブレイズ兄上はともかく、その腰巾着はちょっと怯えているのによく頑張っていると思う。多勢に無勢。実は私の方がラスボスなんじゃ?
だって、この王宮で、ブレイズ兄上の側に付くなんて、泥舟も泥舟。未来なんてどこにもない。
「軽薄? 私は人々の熱を鎮めて回っているだけですが?」
「それが軽薄だと言うのだ。王家の恩恵は易々と与えられて良いものではない。人には自分の足で立つ術を教え、その上でその高貴さを以て自然と敬服させよ、それが正しき王族というものだ」
歯軋りするのと同時に絞り出されるような、鎖に繋がれた魔獣のような怨念の篭った声音。これでもかと深く刻まれた眉間の皺。
私と対照的に肌が浅黒く、そして身体も大きく発達している。育ちがいいので立ち居振る舞いに粗はなく、言っていることだって正論。
でも……めちゃくちゃ暑苦しい!!
「うーん、難しいお話をなさいますね」
私は爽やかに微笑んで、ごく自然に魔法の涼風をブレイズ兄上に向けて吹かせた。と、ブレイズ兄上が勢いよく後ろに下がる。そして吼えた。
「へらへらするな! そして己が魔法を安売りするな。お前は正統なる次期王権の継承者なのだぞ、それに相応しい構えを持て。このままではお前は搾取されるばかりで、真の尊敬を得ることもできんぞ」
……お分かり頂けるだろうか?
ブレイズ兄上は絶対に私の冷気の恩恵を受けようとしない。涼しくしてあげようとしても、それを拒むのである。
それも、別に私が憎いから、という理由ではなくて(確実に恨まれてはいるだろうけど)王族たるものもっと毅然とせよ! みたいな理由で。
(大丈夫かな、この人)
この酷暑の時代、そんなに暑苦しくてやっていけるの?
お付きの二人が可哀想である。ブレイズ兄上への忠誠心ゆえ、ふらつく足を踏み締めて立っているけれど、額から滂沱と汗を流しているのが見える。今にも熱中症になりそうだ。冷やしてあげたい。
ブレイズ兄上の額にもちょっと汗の玉が浮いているけれど、この人の意地は暑さをも克服するらしい。
……いや、無理だよね。
精神論で温暖化がどうにかなるなら、今頃この世は常に20度の世界ですよ。
「兄上。せめて日陰に参りませんか?」
意味のない正論をぶつけられても、こちらとしては応えようがない。そもそもブレイズ兄上がそんな主義主張なのは、そうやって暑苦しく教育されてきたからである。
血筋的に劣ったところから連れてこられた繋ぎの王族、だから全力で正しき王族となれ! と洗脳まがいに教え込まれて、実際に性格的に暑苦しかったブレイズ兄上はそれを信じ込んでしまったのである。未だに、その主張を頑として枉げず、毎日出くわす妹に説教をかましちゃうぐらいに。
(これ以上無いくらい冷遇されてるのに……本人だって、それを自覚してないはずがないのに)
ブレイズ兄上は嫌われている。
この王宮内で、ブレイズ兄上に対する扱いは目に見えるほどに悪く、とても杜撰だ。支度金から居住宮、使用人の数、といったものだけではなくて、まず、ブレイズ兄上には重要な知らせが何一つ届かない。王族、貴族の会合にだって呼ばれない。兄上が夜会に呼ばれることがあるとしたら、物笑いの種にしてやろうという悪意の場だけだ。
貴婦人たちは扇の陰から冷ややかな流し目を送り、ひそひそと兄上を貶める噂を流す。かつて兄上に媚を売っていた連中はこぞって兄上を無視する。兄上が好んで通っている騎士団の訓練場は(兄上は趣味も暑苦しいので、鍛錬とか大好きなのである)──私はたまにしか見学にいかないが、地獄の様相なんじゃないかな。恐ろしいな……
そんな境遇で心が折れないブレイズ兄上に対して、私は……
その後、前王妃が身罷ったために、父王は新たな王妃を娶った。そして私が生まれたせいで、ブレイズ兄上の王位継承権は引き下げられ、今では近縁の甥(8才)よりも下の第六位である。
大人たちの都合だけで引き取られ、散々教育され、途中で「やっぱり要らない」と放り出されたようなものだ。ブレイズ兄上は怒ってもいいと思う。
(実際、怒ってはいるんだけど……)
ブレイズ兄上の怒り方は、ちょっと普通じゃなかったりする。
私は毎日、従者なんだか崇拝者なんだか分からない連中をぞろぞろと従えて、王宮内をそぞろ歩いているんだけれど、そうすると高確率でブレイズ兄上に会う。
そして、喧嘩を吹っ掛けられる。
「今日も軽薄そのものだな、氷の王子」
嫌味たっぷりな声。
仁王立ちに腕組み、というポーズで、ブレイズ兄上が私の通り道に立ち塞がっていた。若干中ボスみがある。その背後にひょろりとした従者を二人従えているのがまた、「あらたな敵があらわれた!」感がすごい。
私の背後で、信者たちがざわめき立つ。(暑くなるから落ち着いて!)と心の中で呼び掛けながら、私はいつものクールな表情を保った。それでもビシビシと、四方八方から、敵意の眼差しがブレイズ兄上とその部下たちに突き刺さる。それでびくともしないブレイズ兄上はともかく、その腰巾着はちょっと怯えているのによく頑張っていると思う。多勢に無勢。実は私の方がラスボスなんじゃ?
だって、この王宮で、ブレイズ兄上の側に付くなんて、泥舟も泥舟。未来なんてどこにもない。
「軽薄? 私は人々の熱を鎮めて回っているだけですが?」
「それが軽薄だと言うのだ。王家の恩恵は易々と与えられて良いものではない。人には自分の足で立つ術を教え、その上でその高貴さを以て自然と敬服させよ、それが正しき王族というものだ」
歯軋りするのと同時に絞り出されるような、鎖に繋がれた魔獣のような怨念の篭った声音。これでもかと深く刻まれた眉間の皺。
私と対照的に肌が浅黒く、そして身体も大きく発達している。育ちがいいので立ち居振る舞いに粗はなく、言っていることだって正論。
でも……めちゃくちゃ暑苦しい!!
「うーん、難しいお話をなさいますね」
私は爽やかに微笑んで、ごく自然に魔法の涼風をブレイズ兄上に向けて吹かせた。と、ブレイズ兄上が勢いよく後ろに下がる。そして吼えた。
「へらへらするな! そして己が魔法を安売りするな。お前は正統なる次期王権の継承者なのだぞ、それに相応しい構えを持て。このままではお前は搾取されるばかりで、真の尊敬を得ることもできんぞ」
……お分かり頂けるだろうか?
ブレイズ兄上は絶対に私の冷気の恩恵を受けようとしない。涼しくしてあげようとしても、それを拒むのである。
それも、別に私が憎いから、という理由ではなくて(確実に恨まれてはいるだろうけど)王族たるものもっと毅然とせよ! みたいな理由で。
(大丈夫かな、この人)
この酷暑の時代、そんなに暑苦しくてやっていけるの?
お付きの二人が可哀想である。ブレイズ兄上への忠誠心ゆえ、ふらつく足を踏み締めて立っているけれど、額から滂沱と汗を流しているのが見える。今にも熱中症になりそうだ。冷やしてあげたい。
ブレイズ兄上の額にもちょっと汗の玉が浮いているけれど、この人の意地は暑さをも克服するらしい。
……いや、無理だよね。
精神論で温暖化がどうにかなるなら、今頃この世は常に20度の世界ですよ。
「兄上。せめて日陰に参りませんか?」
意味のない正論をぶつけられても、こちらとしては応えようがない。そもそもブレイズ兄上がそんな主義主張なのは、そうやって暑苦しく教育されてきたからである。
血筋的に劣ったところから連れてこられた繋ぎの王族、だから全力で正しき王族となれ! と洗脳まがいに教え込まれて、実際に性格的に暑苦しかったブレイズ兄上はそれを信じ込んでしまったのである。未だに、その主張を頑として枉げず、毎日出くわす妹に説教をかましちゃうぐらいに。
(これ以上無いくらい冷遇されてるのに……本人だって、それを自覚してないはずがないのに)
ブレイズ兄上は嫌われている。
この王宮内で、ブレイズ兄上に対する扱いは目に見えるほどに悪く、とても杜撰だ。支度金から居住宮、使用人の数、といったものだけではなくて、まず、ブレイズ兄上には重要な知らせが何一つ届かない。王族、貴族の会合にだって呼ばれない。兄上が夜会に呼ばれることがあるとしたら、物笑いの種にしてやろうという悪意の場だけだ。
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