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4.発言が濃すぎます

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「おお、これは聖女様。一週間ぶりかな、元気にしておいでか」
「お久しぶりです、国王陛下。未だ、聖女と呼んで下さって、有難うございます」

 書物机で書き物をしていた国王陛下は、わざわざ立ち上がって、私を書斎に迎え入れてくれた。
 いつもにこにこと、笑みを絶やさない王様だ。優しげではあるが、突然、私に王子二人を選ばせたりしてくるし、考えていることがあまり読めない。

 嫌味を言いながらつきまとってくるオルセア様の考えも読めないし、婚約者だった第一王子はそもそも何も考えてなさそうにぼんやりしていたし、私の周りには、何を考えているか分からない連中ばかりだ。

 そんな連中に囲まれて生きた三年間で、私は一つのことを学んでいた。
 どうせ他人の考えなど読めない。だから、読もうなどと空回りせず、何はともあれ自分の言いたいことを言っておくべきなのである。

「今日は、オルセア様について、陛下にお尋ねしたいことがありまして」
「オルセアか。そういえば、今日は一緒に登城しなかったのかね? 今では聖女様の従者なのだから、付き従ってくるかと思ったが」
「家に置いてきました。今日は足腰立たないと思いますので」
「……聖女様、オルセアに一体何を?」
「回復魔法をかけただけです」
「回復魔法をかけたら、足腰立たなくなったのか?」
「そうなんです」

 国王陛下が首をひねっているが、私にも分からない。理由が分かるなら、誰か教えて欲しいものだ。

「それはそれとして。陛下、私はなぜ、オルセア様が私につきまとい……いえ、従者として仕えることになったのか、その理由が知りたいのです」
「理由? もちろん、オルセアが望んだからに決まっている」

 やっぱりそうなのか。私は内心、溜息をつく。

「王子が望めば、一介の庶民の従者になってもいいのでしょうか? そんなに簡単なものだとは思えないのですが」
「当然、普通はありえないことなんだけどもね。オルセアはいろいろ拗らせすぎていて、聖女様が手の届かないところに行ってしまったら自害しそうだったから」
「そこまで……だったんですか」
「嬉しくなさそうだね」
「好きな子にかえって悪戯する、周りがそれを微笑ましく見守る、とかいう構図が大嫌いなんです。嫌がらせは嫌がらせです。しかも、オルセア様は、私より七歳も年上じゃないですか。大の大人がそんなことを」
「あれは病気のようなものでね。五歳のときから罹患していたんだが、聖女様に会って、いきなり悪化したんだよ」
「……五歳児のころから、好きな相手に嫌がらせを?」

 完全にどん引きした目で尋ねると、「違う違う」と王様が手を振った。

「オルセアが五歳のとき、可愛がっていた猫がいてね。あまりに好き過ぎて、毎日餌を手ずからブレンドし、駆け上がれる木を用意し、離れたくないばかりに王宮から一歩も出ないほどだった」
「はあ」
「ところが、その猫が突然死んでしまってね……そのときのオルセアの目と言ったら、この世の絶望全てを煮詰めたみたいにどんよりしていたよ。『どんなに愛していても、こうして死に別れてしまうのですね。とうさま、僕はもう、こんな別れには耐えられません』とか言って」
「は、はあ」

 私は何を聞かされているんだ。

 可愛い盛りの五歳児の思い出がこれとか、改めてオルセア王子がおかしすぎて震撼するしかない。

 そんな私の心境はさておき、陛下は遠い目のままで続けた。

「それ以来、好きな相手ほど距離を置こうとするようになってね。特に親切だった侍女には嫁ぎ先を探して出て行かせるし、母親には一年に一回しか会わない。むしろ、苦手な相手ほど周囲に置くようになって、それはそれで、逆にいい結果となった。なにしろ、嫌いな相手からのおべっかに乗せられて高慢になる心配はないし、苦手な人材を上手く扱えてこその統治者だからね。だから、聖女様に会うまでは、冷静で公正な王子として名高かったんだが」

 国王陛下が、ふうっと溜息をつく。

「一度、私にも相談に来たことがあってね。今、君が立っているその場所に立って、絶望のあまり真っ青な顔をしていたな。ええと、その日の記録があるはずだが」

 私が見ていると、書物机の上に積み重なったノートをぺらぺらとめくり始めた。
 そっと表紙を盗み見ると、「国王日記:vol.259」と書いてある。巻数が多いな。

「そうそう、これだ。聖女様が現れて、一月ばかり経った頃だ。あまりに発言が濃か……興味深かったので、書き留めておいたんだ。読んでいいかね」

 訊ねておいて、私の返事を聞きもせず、王様はちょっと高めの声音を作って読み始める。
 ……いや、おかしい。オルセア王子の声はむしろ、かなり重たい低音だ。おかしいところは他にも沢山あるけど、状況は私に突っ込むことを許してくれない。

『父上。俺は正気を失いそうです。俺の評判全てを地に落としてもいい、いっそ命を引き換えにしてでも、と願っているのに、自分の口が発する言葉ひとつ、自由にすることが出来ないのです。あの天使のような姿を見るたび、跪いて、全てをお捧げすることをお許し下さい、と言おうと試みるのですが、なぜか俺の口から洩れるのは、つじつまも合わない憎まれ口ばかりで、』

「あー、国王陛下! 一度止めてもらってもいいでしょうか」

 それ以上聞いていられず、私は全力で遮った。

「おや、ここは絆されるところでは?」

 それ以前の問題だ。私は眉間に深く皺を刻んだ。

「濃すぎます。あまりに濃すぎて、ちょっと寒気がしました」
「だけど、聖女様に会って以来、オルセアはもうずっとこんな調子なんだよ」

 三年間も?

「重すぎる……」

 溜息をつく私を、面白そうに見やると、国王陛下は首を傾げた。

「それで、どうかな、聖女様? オルセアに救いはあるのかな?」
「今の気持ちを、正直に申し上げて宜しいですか?」
「ああ」
「拾った犬の犬種を間違えていたような気分です」

 一国の王子を形容するような言葉ではないけれど、このぐらい言ってしまっても許されるだろう。

「拾った場所に戻してきたいけど、迂闊に捨てるのもまずい、というか……」
「捨てるも拾うも、聖女様のお心次第で構わないよ。オルセアが腑抜けて帰ってきたら、城中で散々笑いものにしてやろう」

 酷い。何という容赦の無さなんだ。

 私も、オルセア王子が例えば泥沼に嵌って抜けられなくなっていたとしたら、指差して笑ってやりたいぐらいの悪意は持ち合わせているが、その後は何だかんだ言って助けてしまいそうな気がする。見捨てるのは気が咎める。それに、完全に叩きのめすのは良くない。今後、王子が再び失敗したときに、私が真っ先に笑ってやるだけの余地は残しておきたいのである。

「うーん、これもある意味、情というやつなんですかねえ」
「なんだか不穏な空気を感じるけれど、オルセアの冥福を祈っておくとするかね」
「だから、殺ったりしませんて」

 つっついて笑ったりはするつもりだけれど。
 
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