上 下
15 / 28
番外

可哀想な兎はクッションをあてがわれる

しおりを挟む
 私はこれまで、それなりに頑張ってきたと思う。

 女王であるからには、頑張っただけでは意味がない。国を富ませ、人々を幸せにするには成果が全てだ。甘えなど入り込む余地はない──

 でも、言いたい。私、結構頑張ってきたわよね?

 注:敗北間近






「これは珍しい。陛下が現実逃避しておられるとは」
「……」

 背後から聞こえてくる宰相の声に、私は両手で顔を覆い隠したまま無視を決め込んだ。

(誰のせいだ、誰の)

 宰相が心の闇全開で、私に「二度と椅子から立ち上がらせない」発言をしてきたところまでは良かった。いや全然良くはないけれど、ある意味これまでの延長線上というか、宰相ならやるかもしれない、という想定の範疇だったので、私も多少震えるだけで済んだのだ。

 問題は、その後だ。

「お分かり頂けますかな、ジュリオ公子」

 目を丸くして見ているジュリオ公子に対して、宰相が全力で喧嘩を売り始めたのである。

「四六時中陛下にお座り頂くとなると、相応の体格と筋力が必要となります。座らせたまま各所にお運びし、日常の些事をお手伝いするにも、元を辿れば体格に恵まれていることが前提でございます。それを思えば公子は……」

 ほっそりした少年の身体に視線を走らせ、嫌味ったらしく言葉を切る。

 小姑か!

 座らせたまま運ぶとか、座らせたまま日常の些事を手伝うとか、何を言っているのか、宰相が何を想定しているのか、考えるとちょっと背筋が冷たくなることは沢山あるけれど放っておくとして、とにかく今は何よりも、

(十歳児に全力で喧嘩を売る男……恥ずかしい!!)

 大人げないにも程がある。

 見ているだけで、羞恥に身が引き裂かれそうだ。

 椅子になると精神年齢が低下するというか、思考が極端になるというか、とにかく悪影響しか無いのかもしれない。

 そして、羞恥心に震える限界を試されるような修羅場のど真ん中に、宰相と公子、見守る人々の視線を浴びて居座らされている私。この状況では耐えられない。できれば全力で逃げ出して、現場から最大限の距離を取り、私とは何一つ関係がありませんという顔をしていたいのに、宰相が絶対に離してくれないのだ。

 ちなみに、私が立ち上がれないのは、宰相が両腕を私の腰の辺りに置いてがっちり固定しているためで、私は狭すぎる肘置きのついた椅子に座ったら抜け出せなくなった間抜けな人間、みたいな状態にされている。……この椅子、ひょっとして不良品なのでは?

(無理……逃げたい……)

 普段の私は、いかに公衆の面前で宰相に辱められていようと、女王の矜持プライドにかけて真っ直ぐに背筋を伸ばしているのだけれど。

 もはや構ってはいられない。

(十歳児と宰相……十歳児と喧嘩……見たくない)

 顔を両手で覆い、背中を丸めて縮こまって、私は恥ずかしさのあまりぷるぷると震えていた。

「……おい、ユリウス。陛下がすっかり、さめざめと不幸を嘆く可哀想な兎ちゃんになってるぞ。お前が陛下なら何でもいいとしたって、これは流石に良心に堪えないのか」

 傍らから、半ば呆れたような、半ば案じるような声が掛かった。

 「ふむ」と低く息を吐く音がして、ユリウスが答えた。

「私に良心のようなものがあるかどうかは知らんが、卿の言うとおりだな。不憫な兎ちゃんは愛らしいものだが、不幸な兎ちゃんは見るに忍びない」
「ねえ、貴方たち、大真面目なやり取りをしてるのに『兎ちゃん』とか真顔で言うの止めてくれない?」

 私は顔を覆ったまま苦情を入れた。

 そして当たり前のように無視された。

「だったら何とかしろ、宰相閣下」
「分かっている。きちんと手を打つとも」

 ……ねえ、私たちの関係は「主従」だったわよね? いつの間にか「主従(下克上)」に変わっていたりする?

 困惑と混迷を深める私には構わず、宰相が手を上げて小間使いを招き寄せた。何やらボソボソと言葉を交わしているようだが、何を命じているのか、私の耳には届かない。

 それから少しして、どこかから舞い戻ってきた小間使いが、ユリウスにふんわりした丸いものを手渡した。

 クッションだ。やや薄めで小さく、薄桃色で、可愛らしくフリルで縁取ってある。

「陛下、少々失礼致します」

 その声と共に、軽く身体が持ち上げられ、私のお尻にクッションがあてがわれた。そのまま再び宰相の腿の上に降ろされて、流石に驚いて顔を上げる。

「え?」
「これで宜しいですかな、陛下」
「え?」

 クッションが何? 何だというの?

 首を巡らせて見上げた宰相の顔はいつもの鉄面皮だけれど、眉間の皺はいつもより深く刻み込まれて見えた。苦渋の判断をした、あまりに私が不幸そうだったから……そうでなければクッションなど認めないというのに……と顔に書いてある。

(は?)

「……宰相。まさか、これで私が幸せになると?」

 クッションを与えられて?

 苦々しい返答が返ってきた。

「致し方ございません。陛下の御心をこれ以上沈ませるわけにも参りませんでしたので」

 それでクッションをあてがった? 兎にクッション?

 そして何故「最大限の譲歩をした」みたいな態度なの?

 目を白黒させながら周囲を見渡すと、レルゲイト将軍は「うんうん、お似合いですな」と納得の面持ちだし、ジュリオ公子は「僕がまだ小さいから……」と項垂れているし(可哀想)、見守っている人々の間にはどこか「丸く収まって良かった」みたいな空気が流れ始めていた。

(いや、何一つ解決してないわよ?!)

 どういうことなのか。

 私には全く分からない(数十回目)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】気づいたら異世界に転生。読んでいた小説の脇役令嬢に。原作通りの人生は歩まないと決めたら隣国の王子様に愛されました

hikari
恋愛
気がついたら自分は異世界に転生していた事に気づく。 そこは以前読んだことのある異世界小説の中だった……。転生をしたのは『山紫水明の中庭』の脇役令嬢のアレクサンドラ。アレクサンドラはしつこくつきまとってくる迷惑平民男、チャールズに根負けして結婚してしまう。 「そんな人生は嫌だ!」という事で、宿命を変えてしまう。アレクサンドラには物語上でも片思いしていた相手がいた。 王太子の浮気で婚約破棄。ここまでは原作通り。 ところが、アレクサンドラは本来の物語に無い登場人物から言い寄られる。しかも、その人物の正体は実は隣国の王子だった……。 チャールズと仕向けようとした、王太子を奪ったディアドラとヒロインとヒロインの恋人の3人が最後に仲違い。 きわめつけは王太子がギャンブルをやっている事が発覚し王太子は国外追放にあう。 ※ざまぁの回には★印があります。

破滅の未来を知ってしまった悪役令嬢は必死に回避しようと奮闘するが、なんか破滅が先制攻撃してくる……

日向 葵
ファンタジー
 突如襲い掛かる衝撃に私は前世の記憶を思い出して、今いる世界が『恋愛は破滅の後で』というゲームの世界であることを知る。  しかもそのゲームは悪役令嬢を500人破滅に追いやらないと攻略対象と結ばれないという乙女ゲームとは名ばかりのバカゲーだった。  悪役令嬢とはいったい……。  そんなゲームのラスボス的悪役令嬢のヘンリーである私は、前世の記憶を頼りに破滅を全力で回避しようと奮闘する。  が、原作ゲームをプレイしたことがないのでゲーム知識に頼って破滅回避することはできない。  でもまあ、破滅イベントまで時間はたっぷりあるんだからしっかり準備しておけば大丈夫。  そう思っていた矢先に起こった事件。その犯人に仕立て上げられてしまった。  しかも濡れ衣を晴らさなければ破滅の運命が待ち構えている。  ちょっと待ってっ! ゲームの破滅イベントが起こる前に破滅イベントが起こったんですけどっ。  ヘンリーは次々に襲い掛かる破滅イベントを乗り越えて、幸せな未来をつかみ取ることができるのか。  これは破滅回避に奮闘する悪役令嬢の物語。

モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します

みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが…… 余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。 皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。 作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨ あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。 やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。 この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。

クラヴィスの華〜BADエンドが確定している乙女ゲー世界のモブに転生した私が攻略対象から溺愛されているワケ〜

アルト
恋愛
たった一つのトゥルーエンドを除き、どの攻略ルートであってもBADエンドが確定している乙女ゲーム「クラヴィスの華」。 そのゲームの本編にて、攻略対象である王子殿下の婚約者であった公爵令嬢に主人公は転生をしてしまう。 とは言っても、王子殿下の婚約者とはいえ、「クラヴィスの華」では冒頭付近に婚約を破棄され、グラフィックは勿論、声すら割り当てられておらず、名前だけ登場するというモブの中のモブとも言えるご令嬢。 主人公は、己の不幸フラグを叩き折りつつ、BADエンドしかない未来を変えるべく頑張っていたのだが、何故か次第に雲行きが怪しくなって行き────? 「────婚約破棄? 何故俺がお前との婚約を破棄しなきゃいけないんだ? ああ、そうだ。この肩書きも煩わしいな。いっそもう式をあげてしまおうか。ああ、心配はいらない。必要な事は俺が全て────」 「…………(わ、私はどこで間違っちゃったんだろうか)」 これは、どうにかして己の悲惨な末路を変えたい主人公による生存戦略転生記である。

異世界で世界樹の精霊と呼ばれてます

空色蜻蛉
ファンタジー
普通の高校生の樹(いつき)は、勇者召喚された友人達に巻き込まれ、異世界へ。 勇者ではない一般人の樹は元の世界に返してくれと訴えるが。 事態は段々怪しい雲行きとなっていく。 実は、樹には自分自身も知らない秘密があった。 異世界の中心である世界樹、その世界樹を守護する、最高位の八枚の翅を持つ精霊だという秘密が。 【重要なお知らせ】 ※書籍2018/6/25発売。書籍化記念に第三部<過去編>を掲載しました。 ※本編第一部・第二部、2017年10月8日に完結済み。 ◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。

冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています

朱音ゆうひ
恋愛
恋人に浮気された果絵は、弁護士・颯斗に契約結婚を持ちかけられる。 颯斗は美男子で超ハイスペックだが、冷血弁護士と呼ばれている。 結婚してみると超一方的な溺愛が始まり…… 「俺は君のことを愛すが、愛されなくても構わない」 冷血サイコパス弁護士x健気ワーキング大人女子が契約結婚を元に両片想いになり、最終的に両想いになるストーリーです。 別サイトにも投稿しています(https://www.berrys-cafe.jp/book/n1726839)

落ちる恋あれば拾う恋だってある

秋葉なな
恋愛
「今からキスしちゃうかもよ?」 意地悪な笑みを浮かべて私の手を引くこの人からはどうにも逃げられない。 「君を好きでいることもだめなの?あいつに取られる前に強引にでも俺のものにすればよかった」 そんなことを言われたら奥手な私は落ちるしかありません。 恋愛に戸惑う地味OL × イケメン観葉植物リース会社社員

侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw

さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」  ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。 「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」  いえ! 慕っていません!  このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。  どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。  しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……  *設定は緩いです  

処理中です...