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後編
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「リリィ、今度の夜会には、君も王子妃として出席して欲しいんだ。何しろ、君という見世物がいるだけで経済効果が数段違う。君だって、猫たちに豪華なご飯を食べさせたいだろう?」
「出ます」
猫たちの為なら仕方ない。
思いっきり「見世物」と言われているけど。
これが私と王子だけの問題で、猫が絡んでいなかったとしたら、私だって遺憾の意ぐらい表明したと思う。でも、猫ちゃんに豪華なご飯を食べさせるため、と言われてしまったら、当然断ることなんて出来ない。
「最高に稼ぎましょう、レト様。猫ちゃんをむくむくと太らせましょう!」
「うん、愚民どもからたっぷり絞り取ろうね。暴動が起きない程度に」
レトガルド王子が天使のように微笑みながら、真っ黒なことを仰る。
最近、冗談なのか何なのか、王子の発言がますます邪悪なことになってきている。
でも、構わない。猫ちゃんを幸せに出来る人材であれば、どんなにお腹が真っ黒な人でも私的には問題ないのだ!
「はい!」
「……リリィは本当に、猫のためなら何でも出来るよねえ」
握った拳を突き上げる私を見ながら、王子は半ば呆れたような溜息を洩らした。
「まあ、お陰で逃走される心配もなく、こうして王宮で囲っておけるからいいのだけれど」
「忙しすぎて、そんなことを気にしている余裕なんて無いですから。104匹の猫ちゃんを全員、完璧に幸せにしてあげないといけないんですよ?! 104匹……なんて無謀……でも、無謀だなんて言ってられない、そこに猫ちゃんがいるなら、四の五の言わずにやることをやるしかないんです」
「もはやどんな問題発言をしても問題にならないとは。よしよし、かっこいいよ、リリィ」
完全に舐められているような気もするが、そんなことはどうでもいい。
王宮にて、104匹の猫ちゃんに囲まれてから数ヶ月。
私が言い出した婚約破棄の回数と同じ分だけ、猫ちゃんを連れてくるなんて、なんて恐ろしい王子なの……! 偏執的過ぎない?! と震え上がるべきだったのだけれど、連れて来られた猫ちゃんたちの境遇をじっくり聞いてみれば、捨てられて飢えていたり、悪い繁殖販売所の人間に閉じ込められていたりと、どれも辛い環境から助け出された猫ばかりで。その事実を知って、私はくるっくるに手のひら返しをした。
これだけの猫ちゃんを助けられるなんて、王家の権力は最高。私も王族になりたい。
レトガルド王子に対する気持ちだってそうだ。その方が私の感情に響くからと、彼がわざわざ可哀想な猫ちゃんばかり集めたのだとは知っているけれど、私のことをよく知っているからこそ、敢えて血統書付きの猫を連れて来たりはしなかったわけで。
(王子の思惑はどうであれ、それだけの数の猫ちゃんが助かったわけだし)
だから、王子に言われた時、私はすんなりと頷いた。
「じゃあ、そろそろ結婚しようか、リリィ」
「はい、宜しくお願いします」
主に、猫ちゃんの食い扶持をお願いします!
なんといっても、104匹。それだけの数を養っていくのも大変だ。食物連鎖ピラミッドの頂点である王族だからこそ、猫ちゃんを養うお金にも困らないのだけれど、それが原因で暴動が起きて、国が滅びでもしたらやっぱり養えなくなってしまう。
それに、問題はまだまだある。1日が104時間あったとしても、1匹あたり1時間しか割けないのだ。猫ちゃんは、猫ちゃん専属の猫奴隷を必要とする生き物だ。これでは到底、彼らにとって良い環境とは言えない。
というわけで、私は猫ちゃんたちの新たな飼い主を探すことにした。王子と二人で夜会に出ては、心の優しそうな、なおかつお金の余っていそうな貴族を見つけては猫ちゃんを売り込む。一度、相手が猫ちゃんにメロメロになってしまえば、そこからは同じ猫奴隷同士分かり合えたし、そのついでに社交界に様々な猫ブームを巻き起こして、国の経済も浮揚する……なんてことも起きた。
夢中で走り抜けた数ヶ月後。
104匹の猫ちゃんは残り3匹となって、私は心ゆくまで猫奴隷生活を満喫している。
「リリィ、君宛ての手紙だよ。凄い数だね」
使用人が銀の盆に載せた手紙の山を持って、うやうやしく頭を下げている。
夜会を終えた後だ。レトガルド王子は脱ぎかけていた手袋をそのままにして、何気なく山の上から封書を取り上げ、差出人の名に目を走らせた。
なお、ここにあるのは政略的な手紙ばかりで、そういったものは夫婦一緒に内容をあらためることにしているので、見られて困るものはない。私個人宛ての手紙は、私の侍女が受け取って自室に運んでくれるのだ。
「リリィもすっかり、社交界の花になってしまったね。歴代王子妃の中でも、最も影響力が強いとまで言われているよ」
「……私、そんな野心は無かったんですけど」
「そうだね。君は猫たちに豪華なご飯を食べさせたかっただけだし。でも、お陰で猫たちがまるまる肥えているんだから、そのぐらいの犠牲は払って良かったと思うだろう?」
「ええ、そうね」
完全に同意して頷く私の指には、白い焔のように燦めく金剛石の指輪が光っている。レトガルド王子の妃となる際に与えられた国宝だ。
「まあ、猫たちは便利……いや、非常に価値ある生き物だから、目くじら立てることもないけどね。君は本当に人気者だから、僕もよく心配になるよ」
王子の冷たい指が私の顎に触れて、軽く持ち上げた。
物柔らかな美声が告げる。
「リリィ、君が僕以外の相手に目移りするとか、離婚したいとか言い出したら、その1回ごとに1匹、猫を増やすからね。気を付けてね」
「えっ、酷い」
私は衝撃を受けた。
幾ら猫ちゃんに引っ掻かれようと、無視されようと、踏み付けられようと全然気にならないけれど、猫ちゃんは存在しているだけで凶悪な可愛さなのだ。人類が逆らえるわけがない。
「今が適正な数だと思うので……また増えたら大変だわ」
想像するだに恐ろしい。
でも。
「私は絶対に浮気しないし、レト様以外要らないから大丈夫」
「リリィ……猫しか眼中にないからこその台詞とは言え、ぐっと来るな……」
そう、私はこの暮らしに満足している。
猫こそ全て、なのだから!
(終わり)
「出ます」
猫たちの為なら仕方ない。
思いっきり「見世物」と言われているけど。
これが私と王子だけの問題で、猫が絡んでいなかったとしたら、私だって遺憾の意ぐらい表明したと思う。でも、猫ちゃんに豪華なご飯を食べさせるため、と言われてしまったら、当然断ることなんて出来ない。
「最高に稼ぎましょう、レト様。猫ちゃんをむくむくと太らせましょう!」
「うん、愚民どもからたっぷり絞り取ろうね。暴動が起きない程度に」
レトガルド王子が天使のように微笑みながら、真っ黒なことを仰る。
最近、冗談なのか何なのか、王子の発言がますます邪悪なことになってきている。
でも、構わない。猫ちゃんを幸せに出来る人材であれば、どんなにお腹が真っ黒な人でも私的には問題ないのだ!
「はい!」
「……リリィは本当に、猫のためなら何でも出来るよねえ」
握った拳を突き上げる私を見ながら、王子は半ば呆れたような溜息を洩らした。
「まあ、お陰で逃走される心配もなく、こうして王宮で囲っておけるからいいのだけれど」
「忙しすぎて、そんなことを気にしている余裕なんて無いですから。104匹の猫ちゃんを全員、完璧に幸せにしてあげないといけないんですよ?! 104匹……なんて無謀……でも、無謀だなんて言ってられない、そこに猫ちゃんがいるなら、四の五の言わずにやることをやるしかないんです」
「もはやどんな問題発言をしても問題にならないとは。よしよし、かっこいいよ、リリィ」
完全に舐められているような気もするが、そんなことはどうでもいい。
王宮にて、104匹の猫ちゃんに囲まれてから数ヶ月。
私が言い出した婚約破棄の回数と同じ分だけ、猫ちゃんを連れてくるなんて、なんて恐ろしい王子なの……! 偏執的過ぎない?! と震え上がるべきだったのだけれど、連れて来られた猫ちゃんたちの境遇をじっくり聞いてみれば、捨てられて飢えていたり、悪い繁殖販売所の人間に閉じ込められていたりと、どれも辛い環境から助け出された猫ばかりで。その事実を知って、私はくるっくるに手のひら返しをした。
これだけの猫ちゃんを助けられるなんて、王家の権力は最高。私も王族になりたい。
レトガルド王子に対する気持ちだってそうだ。その方が私の感情に響くからと、彼がわざわざ可哀想な猫ちゃんばかり集めたのだとは知っているけれど、私のことをよく知っているからこそ、敢えて血統書付きの猫を連れて来たりはしなかったわけで。
(王子の思惑はどうであれ、それだけの数の猫ちゃんが助かったわけだし)
だから、王子に言われた時、私はすんなりと頷いた。
「じゃあ、そろそろ結婚しようか、リリィ」
「はい、宜しくお願いします」
主に、猫ちゃんの食い扶持をお願いします!
なんといっても、104匹。それだけの数を養っていくのも大変だ。食物連鎖ピラミッドの頂点である王族だからこそ、猫ちゃんを養うお金にも困らないのだけれど、それが原因で暴動が起きて、国が滅びでもしたらやっぱり養えなくなってしまう。
それに、問題はまだまだある。1日が104時間あったとしても、1匹あたり1時間しか割けないのだ。猫ちゃんは、猫ちゃん専属の猫奴隷を必要とする生き物だ。これでは到底、彼らにとって良い環境とは言えない。
というわけで、私は猫ちゃんたちの新たな飼い主を探すことにした。王子と二人で夜会に出ては、心の優しそうな、なおかつお金の余っていそうな貴族を見つけては猫ちゃんを売り込む。一度、相手が猫ちゃんにメロメロになってしまえば、そこからは同じ猫奴隷同士分かり合えたし、そのついでに社交界に様々な猫ブームを巻き起こして、国の経済も浮揚する……なんてことも起きた。
夢中で走り抜けた数ヶ月後。
104匹の猫ちゃんは残り3匹となって、私は心ゆくまで猫奴隷生活を満喫している。
「リリィ、君宛ての手紙だよ。凄い数だね」
使用人が銀の盆に載せた手紙の山を持って、うやうやしく頭を下げている。
夜会を終えた後だ。レトガルド王子は脱ぎかけていた手袋をそのままにして、何気なく山の上から封書を取り上げ、差出人の名に目を走らせた。
なお、ここにあるのは政略的な手紙ばかりで、そういったものは夫婦一緒に内容をあらためることにしているので、見られて困るものはない。私個人宛ての手紙は、私の侍女が受け取って自室に運んでくれるのだ。
「リリィもすっかり、社交界の花になってしまったね。歴代王子妃の中でも、最も影響力が強いとまで言われているよ」
「……私、そんな野心は無かったんですけど」
「そうだね。君は猫たちに豪華なご飯を食べさせたかっただけだし。でも、お陰で猫たちがまるまる肥えているんだから、そのぐらいの犠牲は払って良かったと思うだろう?」
「ええ、そうね」
完全に同意して頷く私の指には、白い焔のように燦めく金剛石の指輪が光っている。レトガルド王子の妃となる際に与えられた国宝だ。
「まあ、猫たちは便利……いや、非常に価値ある生き物だから、目くじら立てることもないけどね。君は本当に人気者だから、僕もよく心配になるよ」
王子の冷たい指が私の顎に触れて、軽く持ち上げた。
物柔らかな美声が告げる。
「リリィ、君が僕以外の相手に目移りするとか、離婚したいとか言い出したら、その1回ごとに1匹、猫を増やすからね。気を付けてね」
「えっ、酷い」
私は衝撃を受けた。
幾ら猫ちゃんに引っ掻かれようと、無視されようと、踏み付けられようと全然気にならないけれど、猫ちゃんは存在しているだけで凶悪な可愛さなのだ。人類が逆らえるわけがない。
「今が適正な数だと思うので……また増えたら大変だわ」
想像するだに恐ろしい。
でも。
「私は絶対に浮気しないし、レト様以外要らないから大丈夫」
「リリィ……猫しか眼中にないからこその台詞とは言え、ぐっと来るな……」
そう、私はこの暮らしに満足している。
猫こそ全て、なのだから!
(終わり)
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