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「これでも、悪いとは思っているんだよ。君が我儘で傲慢で、目の前の現実を見ようともしない典型的な貴族令嬢だったならともかく、幸か不幸か、あいにくと君はそうじゃないだろう?」
耳を塞いだ私の上に、レトガルド王子の声が降ってくる。
耳を塞いでいても聞こえる。逃げられない。
数多の女性たちを誑し込むために与えられたと言わんばかりの色香漂う美声が、今は心底憎たらしい。
「僕なりに、君を慣らそうと思ったんだ。王族っていうのは、鋼の心臓にびっしりと剛毛が生えてるぐらいじゃないと務まらないからね」
「そんなフサフサした心臓は嫌ですね……」
そうなる前に解放して下さい、と私が訴えると、王子の声の調子が変わった。
「……そんなに嫌なの?」
「嫌です」
「即答だね。迷う感情さえ無いのか……分かってはいるけどね」
「王子?」
「リリィ。僕はね。面白くない」
「え?」
予想外に重たいトーンに驚いて、私が顔を上げると、王子は冷ややかな顔で私を見下ろしていた。
いや、冷たい、というのは間違いかもしれない。冷酷、嫌悪、そういうのとは違って、これまで表面に貼り付けてきた優雅な王子の仮面が剥がれ落ちて、素の無表情が表れているだけだ。
だから、睨まれている、というわけではないのだけれど──人だと思って向き合っていたら、そこにあったのは人形の貌だった、とでもいうような、ゾッとするものを感じる。寒々とした感覚が、私の背中を滑り落ちた。
「……王子。顔が怖いんですけど」
「大丈夫、怖くない、怖くない。君が怖いのは王家の闇、君が嫌いなのは王族としての生き方。僕が怖い、嫌いってわけじゃない。そうでしょう?」
「そ、そうですね」
「良かった」
レトガルド王子はそこで、ようやくいつも通り、にっこりと微笑んだ。
……いや、いつも通りじゃない。目が笑ってない。
「君に怖がられていると思ったら、流石の僕も気に病むからね」
(こ、怖い)
あれ、王子って、こういう人だったっけ?
「何と言っても、君は僕が本音で話せる唯一の人だし、実の兄妹以上に通じ合える上に完全な他人だからね。愛する条件は揃っているよね」
「そ、そうですか?」
「そうなんだよ。だからリリィ、僕はこれまで104回も君に振られてきて、心底、つらかった」
鮮やかな色彩を宿す目が、私を見た。
「鬱屈が、溜まっているんだよ」
……不味い。
怖いし、不穏な風向きを感じる。
その場に竦んで、言葉を発することも出来ない私を見ながら、王子が手で何かの指示を送った。応接室の扉が開いて、何かを抱えた使用人たちが続々と入ってくる。
ケージだ。
何かの生き物が入る大きさのケージを、めいめいの使用人が抱えている。王子の前を通り過ぎて、私の周りに下ろしていく。1つ、2つ、3つ、4つ……
(お、多くない?)
一体幾つあるのだろう。私の周りを取り囲むように、柵を作るようにケージが並んでいくのを見て、私は顔を引き攣らせた。
「な、何のつもりですか、王子」
「さあ、まずは1匹ずつ対面といこうか」
王子がまた何かの指示を出すと、使用人の1人が膝をついてケージの入り口を開けた。そこから出てきたのは……
「にゃあ」
「ね、猫ちゃん!」
白黒の猫だ。毛足は長めだけれど、完全な長毛種というわけでもない、多分、雑種の猫だろう。眉の辺りにちょうど黒いシミ模様があって、困り眉みたいに見える。かわいい。
「か、かわいい……! この完璧ではないクシャッとした顔、まんまるな目、牛みたいな模様!」
私は絨毯の上に膝をついて、猫ちゃんを歓迎した。私が伸ばした指をふんふん嗅いで、「うーん、こいつと仲良くしてやろうか、どうしようかなー」などと考えていそうな猫ちゃんが、心を決めるまで待つ。
その間に、次のケージが開け放たれて、今度はふてぶてしい縞模様の猫が現れた。
「うわ、オヤジ顔の猫ちゃん! ニヒルな表情! 貫禄があって素敵!」
私が喜んでいるうちに、次々と新たな刺客(猫)が現れて、私の周りを取り囲んだ。
ほっそりした黒猫、マヌルネコのようなずんぐりした猫、ミミズクめいたサビ猫。保母さんのように優しく相手をしてくれる猫から、「寄るな! 触るな!」と警戒心マシマシの若い猫、甘えてくる仔猫に、遊び道具しか目に入っていないやんちゃな猫まで、種類も性格も様々だ。
どの猫ちゃんも個性豊かで、それぞれの可愛らしさがあって、とても目が離せない。全部いい。全員かわいい。
「リリィ、この猫だけど」
冷静な目で私を見ていたレトガルド王子が、ケージの奥でふるふる震えている猫を指し示して言った。
「悪質な飼育販売所で、人間たちに酷い目に遭わされてきたのを保護した猫なんだ」
「ああ、人間が愚かでごめん……! 一生かけて幸せにする!!」
「ふふ、リリィはもう、一生この部屋から出られないね。猫たちと離れられないから」
「猫様のためなら仕方ないね!」
こうして私は、王宮の一室に一生軟禁されることになりました。
めでたしめでたし。
(続く)
耳を塞いだ私の上に、レトガルド王子の声が降ってくる。
耳を塞いでいても聞こえる。逃げられない。
数多の女性たちを誑し込むために与えられたと言わんばかりの色香漂う美声が、今は心底憎たらしい。
「僕なりに、君を慣らそうと思ったんだ。王族っていうのは、鋼の心臓にびっしりと剛毛が生えてるぐらいじゃないと務まらないからね」
「そんなフサフサした心臓は嫌ですね……」
そうなる前に解放して下さい、と私が訴えると、王子の声の調子が変わった。
「……そんなに嫌なの?」
「嫌です」
「即答だね。迷う感情さえ無いのか……分かってはいるけどね」
「王子?」
「リリィ。僕はね。面白くない」
「え?」
予想外に重たいトーンに驚いて、私が顔を上げると、王子は冷ややかな顔で私を見下ろしていた。
いや、冷たい、というのは間違いかもしれない。冷酷、嫌悪、そういうのとは違って、これまで表面に貼り付けてきた優雅な王子の仮面が剥がれ落ちて、素の無表情が表れているだけだ。
だから、睨まれている、というわけではないのだけれど──人だと思って向き合っていたら、そこにあったのは人形の貌だった、とでもいうような、ゾッとするものを感じる。寒々とした感覚が、私の背中を滑り落ちた。
「……王子。顔が怖いんですけど」
「大丈夫、怖くない、怖くない。君が怖いのは王家の闇、君が嫌いなのは王族としての生き方。僕が怖い、嫌いってわけじゃない。そうでしょう?」
「そ、そうですね」
「良かった」
レトガルド王子はそこで、ようやくいつも通り、にっこりと微笑んだ。
……いや、いつも通りじゃない。目が笑ってない。
「君に怖がられていると思ったら、流石の僕も気に病むからね」
(こ、怖い)
あれ、王子って、こういう人だったっけ?
「何と言っても、君は僕が本音で話せる唯一の人だし、実の兄妹以上に通じ合える上に完全な他人だからね。愛する条件は揃っているよね」
「そ、そうですか?」
「そうなんだよ。だからリリィ、僕はこれまで104回も君に振られてきて、心底、つらかった」
鮮やかな色彩を宿す目が、私を見た。
「鬱屈が、溜まっているんだよ」
……不味い。
怖いし、不穏な風向きを感じる。
その場に竦んで、言葉を発することも出来ない私を見ながら、王子が手で何かの指示を送った。応接室の扉が開いて、何かを抱えた使用人たちが続々と入ってくる。
ケージだ。
何かの生き物が入る大きさのケージを、めいめいの使用人が抱えている。王子の前を通り過ぎて、私の周りに下ろしていく。1つ、2つ、3つ、4つ……
(お、多くない?)
一体幾つあるのだろう。私の周りを取り囲むように、柵を作るようにケージが並んでいくのを見て、私は顔を引き攣らせた。
「な、何のつもりですか、王子」
「さあ、まずは1匹ずつ対面といこうか」
王子がまた何かの指示を出すと、使用人の1人が膝をついてケージの入り口を開けた。そこから出てきたのは……
「にゃあ」
「ね、猫ちゃん!」
白黒の猫だ。毛足は長めだけれど、完全な長毛種というわけでもない、多分、雑種の猫だろう。眉の辺りにちょうど黒いシミ模様があって、困り眉みたいに見える。かわいい。
「か、かわいい……! この完璧ではないクシャッとした顔、まんまるな目、牛みたいな模様!」
私は絨毯の上に膝をついて、猫ちゃんを歓迎した。私が伸ばした指をふんふん嗅いで、「うーん、こいつと仲良くしてやろうか、どうしようかなー」などと考えていそうな猫ちゃんが、心を決めるまで待つ。
その間に、次のケージが開け放たれて、今度はふてぶてしい縞模様の猫が現れた。
「うわ、オヤジ顔の猫ちゃん! ニヒルな表情! 貫禄があって素敵!」
私が喜んでいるうちに、次々と新たな刺客(猫)が現れて、私の周りを取り囲んだ。
ほっそりした黒猫、マヌルネコのようなずんぐりした猫、ミミズクめいたサビ猫。保母さんのように優しく相手をしてくれる猫から、「寄るな! 触るな!」と警戒心マシマシの若い猫、甘えてくる仔猫に、遊び道具しか目に入っていないやんちゃな猫まで、種類も性格も様々だ。
どの猫ちゃんも個性豊かで、それぞれの可愛らしさがあって、とても目が離せない。全部いい。全員かわいい。
「リリィ、この猫だけど」
冷静な目で私を見ていたレトガルド王子が、ケージの奥でふるふる震えている猫を指し示して言った。
「悪質な飼育販売所で、人間たちに酷い目に遭わされてきたのを保護した猫なんだ」
「ああ、人間が愚かでごめん……! 一生かけて幸せにする!!」
「ふふ、リリィはもう、一生この部屋から出られないね。猫たちと離れられないから」
「猫様のためなら仕方ないね!」
こうして私は、王宮の一室に一生軟禁されることになりました。
めでたしめでたし。
(続く)
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