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前編
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「レトガルド王子殿下、婚約を破棄して下さい」
今日こそ、絶対。
婚約を破棄してみせるわ。
そう気合いを入れてかかるのは、これが初めてではない。私がこうしてレトガルド王子に婚約破棄をお願いするのは104回目なのだけれど、常に、毎回、全力で気迫を込めて頑張っている。
王子が「忘れな草の色」と言って下さった青い目に力を込めて。絶対に、退かない! 破棄してくれるまで不退転ですから! と、念を込めて頑張っているのだけれど。
今のところ、状況はかんばしくない。
「うーん……そうだねえ」
王子ののんびりした声が返ってきた。
光差す窓際に、すらりとした長身を預けるようにして佇んでいた王子様は、さっきからぼうっと窓の外を眺めていて、私の話を聞いているのかいないのか、夢うつつのような表情だったのだけれど、ようやく興味を惹かれた、とばかりに私の方をちらりと見た。
単にぼうっとしているだけなのに、夢うつつ、とかいう形容詞が出てくる辺りが凄いわ。
見た目の問題なのだと思う。ふんわりした金の糸を集めたような髪。瞳は単なる青ではなくて、太陽が水平線に溶けた瞬間を切り取ったみたいな複雑な紫や金の光が入り混じった青(結局、何色なの?)。やや細面の、白皙の美貌に、引き締まった体躯はじゃらじゃらと重たげな王家の正装も優美に着こなして、全く重さを感じさせない。
完全無欠の王子様。もしくは、子供時代に夢中になった絵本に出てくるような、理想の王子様。
勿論、実際には理想の王子様なんて実在しないもので。
つまり、レトガルド殿下の完璧な見た目は外面だけ。中身はそれなりに、人間らしく欠点がお有りになる。
欠点がある人間に、完璧な外見を与えたら。
結果は最悪だ。
「ふわぁ……なんで? 婚約破棄したいの?」
「殿下の後ろにぞろぞろと、常時30人ぐらいの女性がついて歩くのが嫌です」
「え、焼き餅?」
「違います。同類だと思われたくないんです」
「同類? まさか。僕は、王子という幻想と顔の良さだけでどこまで人を食い物にできるか実験しているだけなのに。君は僕の婚約者だから、食い物になんかしないよ。まさに他と一線を画している。自信を持って」
「言葉に振ってあるカナがおかしいですし言い回しも何かおかしい。王子じゃなくて悪徳下っ端詐欺師か何かなのでは?」
「それっぽいことを言っておけば皆騙される、それがこの世の真理なんだよ。そもそも王族っていうのはそういうものだろう? 国民のために粉骨砕身する賢王とか、幻想の最たるものだよね。そんな国王、歴史上一人として実在したためしがないし。実際は国民なんて奴隷だから戸籍制度と徴税で死ぬまで搾り取るし、貴族は一度でも働いたら『下々の者みたいに労働するなんて、どんな罪を背負って生まれてきたんだ』と言われるから意地でも働かないしね。正直、他国が王制廃止に向かってるのって正しい進化だと思うよ」
「うぐ……ここぞとばかりに王制の闇をちらつかせるなんて」
話を続ける意欲が削がれるじゃないですか……あれ?
(何の話だったっけ?)
「……王子。適当な話で煙に巻くのは止めて下さい」
あやうく私も乗せられてしまうところだった。
そう、このとおり。
この王子様は腹黒だ。
いや、王族なんて全員腹黒だし、その上、無垢で残酷で傲慢な人たちだ。「王は神に選ばれしもの、生まれながらの貴種」みたいなことを平然と言えるし、本気で信じ込んでもいる。その中で、「その辺の山賊のボスが金と権力を得て、レースと宝石で着飾るようになった裔が、この国の王族だからね」などと、さらりと言えてしまうレトガルド王子の方が正気に思える……いや、そうじゃなくて。
(そんなこと考えてる場合じゃなかった)
私は、ムウッと抗議の意を込めて王子を睨んだ。
不敬だ! と切り捨てられてもおかしくない状況だけれど、王子はそんな人ではない。お互い、人前では取り繕うけれど、二人きりの時は本音しか言わない。何しろ、幼少期に婚約者として引き合わされてからというもの、もう15年来の付き合いだ。
もはや、兄妹みたいなものだ。王子は腹黒だけど基本的には私に甘い気がするし、私も王子に好感を持っている。人として。あくまでも人として。
恋愛感情はどうしたって? 結局のところ、私たちの婚約は政略的なものなので、友情や共犯意識めいたものが育っただけで御の字だと思う。
「王子が嫌ってわけじゃないんです。そういう個人的な好悪の話じゃなくてですね」
私たちの友情(仮)の為に、私は断りを入れておくことにした。
「自分が王族になるのだけは耐えられません。レトガルド殿下が次代の国王にお成りになるのだとしたら、なおさらです。ここ数代、真っ当な死を迎えられた王なんていらっしゃらないじゃないですか」
「ああ、先々代は◯◯死。その前は◯◯で✕✕だったかな? 自業自得と言えばそうなんだけど、◯△なんて惨たらしすぎるよね。そういえば最近、王城に新たな幽霊が彷徨うようになったと評判だよ」
「王族になったら、そんな伏せ字ばっかりの会話を平然としなきゃいけないなんて、嫌すぎる……!」
「リリィ、しっかりして。実を言えば、君には話してないけど、真実はもっと酷い話だらけなんだ。もっと沢山話して聞かせようか? そのうち麻痺して、きっと何も感じなくなるよ」
「嫌ーーーッ」
私は両耳を掌で覆って首を振った。
「婚約破棄して下さい……っ」
そして、レトガルド王子は「ははは」と爽やかに笑い、「破棄するわけないじゃないか」と無慈悲に仰る。
そんなやり取りが今回も続く、はずだったのだけれど。
今日こそ、絶対。
婚約を破棄してみせるわ。
そう気合いを入れてかかるのは、これが初めてではない。私がこうしてレトガルド王子に婚約破棄をお願いするのは104回目なのだけれど、常に、毎回、全力で気迫を込めて頑張っている。
王子が「忘れな草の色」と言って下さった青い目に力を込めて。絶対に、退かない! 破棄してくれるまで不退転ですから! と、念を込めて頑張っているのだけれど。
今のところ、状況はかんばしくない。
「うーん……そうだねえ」
王子ののんびりした声が返ってきた。
光差す窓際に、すらりとした長身を預けるようにして佇んでいた王子様は、さっきからぼうっと窓の外を眺めていて、私の話を聞いているのかいないのか、夢うつつのような表情だったのだけれど、ようやく興味を惹かれた、とばかりに私の方をちらりと見た。
単にぼうっとしているだけなのに、夢うつつ、とかいう形容詞が出てくる辺りが凄いわ。
見た目の問題なのだと思う。ふんわりした金の糸を集めたような髪。瞳は単なる青ではなくて、太陽が水平線に溶けた瞬間を切り取ったみたいな複雑な紫や金の光が入り混じった青(結局、何色なの?)。やや細面の、白皙の美貌に、引き締まった体躯はじゃらじゃらと重たげな王家の正装も優美に着こなして、全く重さを感じさせない。
完全無欠の王子様。もしくは、子供時代に夢中になった絵本に出てくるような、理想の王子様。
勿論、実際には理想の王子様なんて実在しないもので。
つまり、レトガルド殿下の完璧な見た目は外面だけ。中身はそれなりに、人間らしく欠点がお有りになる。
欠点がある人間に、完璧な外見を与えたら。
結果は最悪だ。
「ふわぁ……なんで? 婚約破棄したいの?」
「殿下の後ろにぞろぞろと、常時30人ぐらいの女性がついて歩くのが嫌です」
「え、焼き餅?」
「違います。同類だと思われたくないんです」
「同類? まさか。僕は、王子という幻想と顔の良さだけでどこまで人を食い物にできるか実験しているだけなのに。君は僕の婚約者だから、食い物になんかしないよ。まさに他と一線を画している。自信を持って」
「言葉に振ってあるカナがおかしいですし言い回しも何かおかしい。王子じゃなくて悪徳下っ端詐欺師か何かなのでは?」
「それっぽいことを言っておけば皆騙される、それがこの世の真理なんだよ。そもそも王族っていうのはそういうものだろう? 国民のために粉骨砕身する賢王とか、幻想の最たるものだよね。そんな国王、歴史上一人として実在したためしがないし。実際は国民なんて奴隷だから戸籍制度と徴税で死ぬまで搾り取るし、貴族は一度でも働いたら『下々の者みたいに労働するなんて、どんな罪を背負って生まれてきたんだ』と言われるから意地でも働かないしね。正直、他国が王制廃止に向かってるのって正しい進化だと思うよ」
「うぐ……ここぞとばかりに王制の闇をちらつかせるなんて」
話を続ける意欲が削がれるじゃないですか……あれ?
(何の話だったっけ?)
「……王子。適当な話で煙に巻くのは止めて下さい」
あやうく私も乗せられてしまうところだった。
そう、このとおり。
この王子様は腹黒だ。
いや、王族なんて全員腹黒だし、その上、無垢で残酷で傲慢な人たちだ。「王は神に選ばれしもの、生まれながらの貴種」みたいなことを平然と言えるし、本気で信じ込んでもいる。その中で、「その辺の山賊のボスが金と権力を得て、レースと宝石で着飾るようになった裔が、この国の王族だからね」などと、さらりと言えてしまうレトガルド王子の方が正気に思える……いや、そうじゃなくて。
(そんなこと考えてる場合じゃなかった)
私は、ムウッと抗議の意を込めて王子を睨んだ。
不敬だ! と切り捨てられてもおかしくない状況だけれど、王子はそんな人ではない。お互い、人前では取り繕うけれど、二人きりの時は本音しか言わない。何しろ、幼少期に婚約者として引き合わされてからというもの、もう15年来の付き合いだ。
もはや、兄妹みたいなものだ。王子は腹黒だけど基本的には私に甘い気がするし、私も王子に好感を持っている。人として。あくまでも人として。
恋愛感情はどうしたって? 結局のところ、私たちの婚約は政略的なものなので、友情や共犯意識めいたものが育っただけで御の字だと思う。
「王子が嫌ってわけじゃないんです。そういう個人的な好悪の話じゃなくてですね」
私たちの友情(仮)の為に、私は断りを入れておくことにした。
「自分が王族になるのだけは耐えられません。レトガルド殿下が次代の国王にお成りになるのだとしたら、なおさらです。ここ数代、真っ当な死を迎えられた王なんていらっしゃらないじゃないですか」
「ああ、先々代は◯◯死。その前は◯◯で✕✕だったかな? 自業自得と言えばそうなんだけど、◯△なんて惨たらしすぎるよね。そういえば最近、王城に新たな幽霊が彷徨うようになったと評判だよ」
「王族になったら、そんな伏せ字ばっかりの会話を平然としなきゃいけないなんて、嫌すぎる……!」
「リリィ、しっかりして。実を言えば、君には話してないけど、真実はもっと酷い話だらけなんだ。もっと沢山話して聞かせようか? そのうち麻痺して、きっと何も感じなくなるよ」
「嫌ーーーッ」
私は両耳を掌で覆って首を振った。
「婚約破棄して下さい……っ」
そして、レトガルド王子は「ははは」と爽やかに笑い、「破棄するわけないじゃないか」と無慈悲に仰る。
そんなやり取りが今回も続く、はずだったのだけれど。
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