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第六話,その後の事

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 青みがかった尖晶石に金剛石。藍玉、藍晶石に灰簾石。

「……こっちか? いや、こちらか……」

 一つずつ摘み上げては私の瞳と見比べて、クラド殿下は考え深げにしていらっしゃいます。

 口を差し挟むことさえ躊躇われる真剣さですが、

「……あの」

 私はおずおずと口を開きました。

「宝石なら、私はもう頂いた魔石で十分なのですが……」

 私が今帯びている剣の柄には、強力な魔力を凝縮した魔石が嵌め込まれて輝いています。クラド殿下とは異なり、私は魔剣や魔導具といったものが好きです。体格や体力に劣るなら、道具に頼るのは恥ではない、勝てばいいのだ、という主義です。だからこの魔石を頂いて、本当に満足している、はずなのですが……

「遠慮するな。好きだろう」
「……何がです?」
「魔石も好きだが、実は宝石も好きだろう? それに、本当のところを言えば……」

 ぎしりと音を立てて、クラド殿下は椅子の上で背中を伸ばし、そのまま首を巡らして、部屋奥のテーブルに視線を投げられました。

 賑やかな侍女たちが群がって、机の上に衣装箱を積み上げています。大小さまざまな箱に、小さな宝飾品のケースの数々。その中身は私も見ているのですが、なかなか身につける勇気が奮い起こせないもの。クラド殿下から贈られたドレスや靴、ベールやケープ、ピンやブローチといったものです。

「あれも、興味が無いわけではないんだろう。着てみたいんだろう? 違うのか」
「……」

(くっ)

 私は内心で歯軋りしました。

 クラド殿下の仰るとおりです。ずっと男装のまま、無骨な護衛騎士の姿で通してきましたが、だからこそ、姫君のような格好に憧れがあるのです。クラド殿下の前では、そんな態度は微塵も見せていなかったはずなのですが。

(何故バレたのだ……)

「……何か、身につけたくない理由でもあるのか?」

 クラド殿下はうっすらと眉を顰められました。

 その表情に不快げなものはなく、ただ私を案じておられるご様子です。何か嫌なことでもあったのか? とお顔に書いてあります。

「いえ、ただ、私は……」

 私は唾を呑み込みました。

「クラド様が、『脳内お花畑は嫌だ』と仰っておられたので」
「お前は、脳内お花畑じゃないだろう」
「……お花畑なんです。浮かれていて、地に足がついていないみたいで……ドレスなんて着たら尚更です。宝石を貰ったら……ますます、花畑ですから。私はクラド様に嫌われたくはないので……」

 私は俯きました。

「……」

 沈黙が続きました。

 あまりに静まり返っているので、どうしたのだろう? と流石に疑念を覚えて視線を上げると、

「はぁ、どうしろというんだ……私の『運命』が健気で可愛過ぎるんだが」

 クラド殿下は両手で顔を庇っていらっしゃいました。

 隠れていない耳の先が赤くなって、ふる、ふる、と震えていらっしゃいます。

(えっ、こんな反応、想定してない)

 かと思うと、

「よし、権力だ。こんな時こそ権力を行使しよう」

 唐突に真顔になって、ガバリと顔を起こされました。

「は? 権力ですか?」
「そうだ。強制的に私の着せたいものをお前に着せる。何か問題はあるか?」
「……驚くほどに、ないです」

 そう、問題はないのです。

 殿下が私に着せたいものを、私も着たい。利害は一致しています。

「流石は私の『運命』だな」

 クラド殿下はにこりと微笑まれて、その笑顔はかつて、幼少期に私と木剣を叩き交わした後、私の手をぎゅっと握って、「見つけたぞ! お前は私と一緒に来るんだ」と仰られた時の顔を思い起こさせました。……思えば幼少の頃から戦闘狂で、迷うという事がないお方でした。

 私はちゃんと隠していたのに。殿下が私を見つけ出したのだから仕方がない。

 私がそうやってクラド殿下に全ての責任を負いかぶせても、クラド殿下はきっと、目を細めて楽しそうに笑って下さることでしょう。ずっと近くから見て、知っていましたが、私の「運命」は、そういう人なのです。
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