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第二話,封殺される

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「お前はクラドの『運命』らしい。占術師が、そのように占った」

 数年前。御前に跪く私を見下ろしながら、国王陛下がそう仰られたとき。

 私の胸に広がったのは、熱い歓喜の想いでした。

(やっぱりそうだったんだ)

 私とクラド王子殿下の仲が、もっとも気安いものだった頃のことです。王宮に暮らしている以上、私は表向き、殿下に対して臣下の礼を取らねばなりませんでしたが、二人きりになると遠慮なく言葉を交し合い、冗談を飛ばし、絶えず笑い合って過ごしていました。喧嘩をすることすらあったのです。……今では想像もつかないことですが。

(私にとって、誰よりも大事な方だ。殿下も、私を特別にして下さっているような気がする)

 その「大事」と「特別」が男女の感情なのか、完全に男に入り混じって暮らしていた私にはいまいち分かりませんでしたが、それは後から考えることにして。

 運命。

 それが一つの答えのような気がしたのです。

 私たちの間に流れる感情の名前の一つは、これなのだと。

 しかし、国王陛下はザラザラと擦れるような御声で仰いました。

「クラドには、もっと力ある後楯との縁組が必要だ。お前のような下級騎士の娘、しかも男の振りをして生きてきた者など……」

 私を見下ろす陛下の眼差しは、侮蔑と嫌悪の色に満ちていました。

「クラドには、他に正式な『運命』を充てがう。高貴な身分の姫君をな」
「……」

 私は咄嗟に返事ができませんでした。

 国王陛下は例外的に、「運命」を持たないお方です。王妃様は「運命」ではないと公表され、他に第三妃までおられます。陛下はそもそも運命を信じていらっしゃらないとも、運命より国益を優先なさったとも言われますが、我々下々の者まで真相は伝わってきません。

(私は、「運命」なのに)

 それが国王陛下にとっては、私を嫌悪する理由なのです。

 一瞬、国王陛下に逆らうことを考えました。私の忠誠心はクラド殿下の元にあります。国王陛下を尊敬していたつもりでしたが、今ではそのような念に意味がないことは明らかです。クラド殿下の為に、私は何が出来るのか。足掻きもせずに、ただ引き離されるなどと──

「自分が『運命』であるなどと妄言を一言で洩らせば、親族もろとも地の灰となると心得よ」

 ……ああ、駄目だ。

 私はクラド王子殿下の「運命」である前に、ただの護衛騎士の一人に過ぎないのです。

 自分の無力さが、氷が突き刺さるように胸に沁みてきました。

「……畏まりました」

 私は地に這いつくばるように頭を下げ、必死に陛下の温情を乞い願うしかありませんでした。陛下は簡単に私をクラド殿下から引き離してしまえる。現に、そのとき、私を追放することを考えておられたようです。私はひたすら懇願して、「決して女であると明かさぬこと」「運命であると知らせぬこと」を条件に、クラド殿下の護衛騎士として留まることを許して頂けました。

 私が殿下の運命であると発覚した日。それは、私が殿下と子供時代からの気安さで親しく言葉を交わせた、最後の日だったのです。
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