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第一話,運命の姫君

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 柘榴石、翠玉、紅玉、真珠、金剛石。

「……これはどうだ? 贈り物に相応しいのではないか?」

 一つ一つの宝石が納められたベルベットの窪みから、青みがかった金剛石を摘み上げて、クラド王子殿下が仰られました。

 私は首を振って答えました。

「殿下。殿下の『運命の姫君』は、ピンクブロンドの髪に、金の瞳をしていらっしゃるそうですよ」
「ピンクブロンドの髪……どんなだ」

 想像できん、と呟きながら、王子は宝石を元の座に戻す前に、ふと、空に透かすように掲げられました。一瞬ですが、宝石と私と見比べる仕草をなさったような気がします。

「……殿下?」

 私が釣り上がり気味の青い目を瞬かせると、王子は肩を竦め、疲れたような息を吐き出されました。

「『運命の姫君』とはいうが……全く私のところに情報が入らんのは何故だ? 齢は16、髪はピンクブロンド……他に何かないのか?」
「それは、深窓の姫君でいらっしゃるそうですから……」
「いくら引き篭もっていようが構わんが、絵に描いた相手と結婚はできん。結婚式には、本人自ら出てきて貰えるのだろうな?」

 無造作に宝石を取り上げて、いじけたように弄んでおられます。

(随分と、焦れていらっしゃる)

 さもありなん、です。

 クラド王子殿下の「運命の姫君」が、宮廷占術師によって告げ知らされたのが一ヶ月前。慌ただしく輿入れの準備が進んでいますが、殿下自身、一度も姫君とは相見あいまみえず、絵姿の一枚も送られては来ません。

 運命の姫君とは、王族直系の男子には必ず存在する、深い繋がりで結ばれた女性であり、決して断ち切れない愛を抱く相手なのだそうです。ゆえに、この国の王のほとんどは後宮を持ちません(例外はありますが)。クラド王子殿下もまた、いずれ運命と出会うのだからと、今までろくに女性を近付けることもなさいませんでした。

(いや、殿下の場合、単に無関心なだけかもしれないが……)

 クラド王子は武に秀でた方です。

 王族だからといって、張りぼての武勇というわけではありません。10代の初めから、21になられた今まで、幾度となく戦場の最前線に出られ、魔物と対峙し、命を張って来られた生粋の武人なのです。戦の高揚を好まれ、きらびやかな夜会などは忌避されて、女性たちの香水とお喋りは頭が痛くなると仰います。

(見た目は十分に「王子様」でいらっしゃるのに……)

 今も、色とりどりの宝石を見下ろしていらっしゃる、その眉間には深い皺が寄せられていますが、その上にはさらさらと真っ直ぐなプラチナブロンドの額髪がかかって、その皺を覆い隠しています。その髪を無造作に靡かせて、黒馬に跨って戦場に斬り込みながら、「エルカ! 100人斬るぞ、競争だ!」と私に呼び掛けて来られた時は、王子なのか鬼神なのかと疑い……いえ、脱線してしまいました。

 そう、王子は武を好まれる。

 ゆえに、まだ幼少のみぎり、辺境の護りの一員である我が家にいらっしゃって、遊びのように木剣を叩き交わした私を気に入られ、側近として据え置かれているのです。でなければ、下級騎士の娘である私が、王子の傍近くに侍ることなど出来ません。

 女であり、殿下の真の「運命の姫君」である私が。

 もっとも、クラド殿下はその事実のどちらもご存知ではありませんが。
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