1 / 6
第一話,運命の姫君
しおりを挟む
柘榴石、翠玉、紅玉、真珠、金剛石。
「……これはどうだ? 贈り物に相応しいのではないか?」
一つ一つの宝石が納められたベルベットの窪みから、青みがかった金剛石を摘み上げて、クラド王子殿下が仰られました。
私は首を振って答えました。
「殿下。殿下の『運命の姫君』は、ピンクブロンドの髪に、金の瞳をしていらっしゃるそうですよ」
「ピンクブロンドの髪……どんなだ」
想像できん、と呟きながら、王子は宝石を元の座に戻す前に、ふと、空に透かすように掲げられました。一瞬ですが、宝石と私と見比べる仕草をなさったような気がします。
「……殿下?」
私が釣り上がり気味の青い目を瞬かせると、王子は肩を竦め、疲れたような息を吐き出されました。
「『運命の姫君』とはいうが……全く私のところに情報が入らんのは何故だ? 齢は16、髪はピンクブロンド……他に何かないのか?」
「それは、深窓の姫君でいらっしゃるそうですから……」
「いくら引き篭もっていようが構わんが、絵に描いた相手と結婚はできん。結婚式には、本人自ら出てきて貰えるのだろうな?」
無造作に宝石を取り上げて、いじけたように弄んでおられます。
(随分と、焦れていらっしゃる)
さもありなん、です。
クラド王子殿下の「運命の姫君」が、宮廷占術師によって告げ知らされたのが一ヶ月前。慌ただしく輿入れの準備が進んでいますが、殿下自身、一度も姫君とは相見えず、絵姿の一枚も送られては来ません。
運命の姫君とは、王族直系の男子には必ず存在する、深い繋がりで結ばれた女性であり、決して断ち切れない愛を抱く相手なのだそうです。ゆえに、この国の王のほとんどは後宮を持ちません(例外はありますが)。クラド王子殿下もまた、いずれ運命と出会うのだからと、今までろくに女性を近付けることもなさいませんでした。
(いや、殿下の場合、単に無関心なだけかもしれないが……)
クラド王子は武に秀でた方です。
王族だからといって、張りぼての武勇というわけではありません。10代の初めから、21になられた今まで、幾度となく戦場の最前線に出られ、魔物と対峙し、命を張って来られた生粋の武人なのです。戦の高揚を好まれ、きらびやかな夜会などは忌避されて、女性たちの香水とお喋りは頭が痛くなると仰います。
(見た目は十分に「王子様」でいらっしゃるのに……)
今も、色とりどりの宝石を見下ろしていらっしゃる、その眉間には深い皺が寄せられていますが、その上にはさらさらと真っ直ぐなプラチナブロンドの額髪がかかって、その皺を覆い隠しています。その髪を無造作に靡かせて、黒馬に跨って戦場に斬り込みながら、「エルカ! 100人斬るぞ、競争だ!」と私に呼び掛けて来られた時は、王子なのか鬼神なのかと疑い……いえ、脱線してしまいました。
そう、王子は武を好まれる。
ゆえに、まだ幼少のみぎり、辺境の護りの一員である我が家にいらっしゃって、遊びのように木剣を叩き交わした私を気に入られ、側近として据え置かれているのです。でなければ、下級騎士の娘である私が、王子の傍近くに侍ることなど出来ません。
女であり、殿下の真の「運命の姫君」である私が。
もっとも、クラド殿下はその事実のどちらもご存知ではありませんが。
「……これはどうだ? 贈り物に相応しいのではないか?」
一つ一つの宝石が納められたベルベットの窪みから、青みがかった金剛石を摘み上げて、クラド王子殿下が仰られました。
私は首を振って答えました。
「殿下。殿下の『運命の姫君』は、ピンクブロンドの髪に、金の瞳をしていらっしゃるそうですよ」
「ピンクブロンドの髪……どんなだ」
想像できん、と呟きながら、王子は宝石を元の座に戻す前に、ふと、空に透かすように掲げられました。一瞬ですが、宝石と私と見比べる仕草をなさったような気がします。
「……殿下?」
私が釣り上がり気味の青い目を瞬かせると、王子は肩を竦め、疲れたような息を吐き出されました。
「『運命の姫君』とはいうが……全く私のところに情報が入らんのは何故だ? 齢は16、髪はピンクブロンド……他に何かないのか?」
「それは、深窓の姫君でいらっしゃるそうですから……」
「いくら引き篭もっていようが構わんが、絵に描いた相手と結婚はできん。結婚式には、本人自ら出てきて貰えるのだろうな?」
無造作に宝石を取り上げて、いじけたように弄んでおられます。
(随分と、焦れていらっしゃる)
さもありなん、です。
クラド王子殿下の「運命の姫君」が、宮廷占術師によって告げ知らされたのが一ヶ月前。慌ただしく輿入れの準備が進んでいますが、殿下自身、一度も姫君とは相見えず、絵姿の一枚も送られては来ません。
運命の姫君とは、王族直系の男子には必ず存在する、深い繋がりで結ばれた女性であり、決して断ち切れない愛を抱く相手なのだそうです。ゆえに、この国の王のほとんどは後宮を持ちません(例外はありますが)。クラド王子殿下もまた、いずれ運命と出会うのだからと、今までろくに女性を近付けることもなさいませんでした。
(いや、殿下の場合、単に無関心なだけかもしれないが……)
クラド王子は武に秀でた方です。
王族だからといって、張りぼての武勇というわけではありません。10代の初めから、21になられた今まで、幾度となく戦場の最前線に出られ、魔物と対峙し、命を張って来られた生粋の武人なのです。戦の高揚を好まれ、きらびやかな夜会などは忌避されて、女性たちの香水とお喋りは頭が痛くなると仰います。
(見た目は十分に「王子様」でいらっしゃるのに……)
今も、色とりどりの宝石を見下ろしていらっしゃる、その眉間には深い皺が寄せられていますが、その上にはさらさらと真っ直ぐなプラチナブロンドの額髪がかかって、その皺を覆い隠しています。その髪を無造作に靡かせて、黒馬に跨って戦場に斬り込みながら、「エルカ! 100人斬るぞ、競争だ!」と私に呼び掛けて来られた時は、王子なのか鬼神なのかと疑い……いえ、脱線してしまいました。
そう、王子は武を好まれる。
ゆえに、まだ幼少のみぎり、辺境の護りの一員である我が家にいらっしゃって、遊びのように木剣を叩き交わした私を気に入られ、側近として据え置かれているのです。でなければ、下級騎士の娘である私が、王子の傍近くに侍ることなど出来ません。
女であり、殿下の真の「運命の姫君」である私が。
もっとも、クラド殿下はその事実のどちらもご存知ではありませんが。
13
お気に入りに追加
280
あなたにおすすめの小説
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?
112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。
目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。
助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。
人生の全てを捨てた王太子妃
八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。
傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。
だけど本当は・・・
受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。
※※※幸せな話とは言い難いです※※※
タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。
※本編六話+番外編六話の全十二話。
※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。
双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ
海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。
あぁ、大丈夫よ。
だって彼私の部屋にいるもん。
部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。
男爵令息と王子なら、どちらを選ぶ?
mios
恋愛
王家主催の夜会での王太子殿下の婚約破棄は、貴族だけでなく、平民からも注目を集めるものだった。
次期王妃と人気のあった公爵令嬢を差し置き、男爵令嬢がその地位に就くかもしれない。
周りは王太子殿下に次の相手と宣言された男爵令嬢が、本来の婚約者を選ぶか、王太子殿下の愛を受け入れるかに、興味津々だ。
白い初夜
NIWA
恋愛
ある日、子爵令嬢のアリシアは婚約者であるファレン・セレ・キルシュタイン伯爵令息から『白い結婚』を告げられてしまう。
しかし話を聞いてみればどうやら話が込み入っているようで──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる