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【悲報その8】ヒロイン降格になりました
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実を言うと、事ここに至って。
ルクセルドが実力行使に出るなど、私は思ってもみなかったのです。
迂闊? 現実が見えていない? 確かに、これまでの出来事を振り返って見れば、斬られそうになったり、斬られそうになったり、実際に斬られたり、剣の鞘でつつかれたり、黒タイツを破られたり、無理矢理同衾させられたりと、全くロクなことになっていませんが、何故か私は、「ルクセルドは大丈夫」だと思っていたのです。
何故なのでしょう。
以前の品行方正なルクセルドとは違って、ひたすら暴走している今のルクセルドを見て、私は多分、言葉は悪いですが──
「所詮童貞」
「童貞=ヘタレ」
だと思ってしまったのだと思います。
自分も恋愛未経験者であることは、盛大に棚上に上げておくとして。
今のルクセルド相手だと、私の警戒心が上手く働かないのです。
生まれて初めて、優秀な義弟に対する劣等感に怯えることなく、「うちの義弟は本当に駄目な子ね」というお姉さん風を吹かせることが出来るようになったのです。義弟を見下す快感……根拠もないのに偉くなれたような喜び……これで私も立派なお姉さん(?)になれた……
──まあ、三日天下だったわけですけれど。
「……ルクセルド、これは何かしら」
「アスクィード家当主による承認済の義姉監禁許可書です」
「ピンポイント過ぎない?!」
どんな世界線なら、そんな許可書があり得るものでしょうか。
そもそも、お父様は何故そんなものに許可を出したのでしょう。
疑問が渦巻いている私の顔を見て、ルクセルドは今時見かけることのない、古式蒼然たる羊皮紙に記された書面を振って見せました。
そんな時でさえ、「俺は本当はこんなことに興味が無いですから」などと言いたげな表情をしているのが小憎たらしいというか、童貞ぽいというか、今の私にとっては思い切りこき下ろしてやりたくなる点です。
「この書面を得るために、義父上と一騎打ちをしてアスクィード家の当主の座を譲って頂きました」
「……は?」
「それと、こちらをどうぞ」
手が取られ、指先にするりと銀の環が通されました。
「指輪?」
「常時監視機能がついた魔道具です。一生外れません」
「怖っ」
私がドン引きしていると、ルクセルドは私の指を掴んだままの手に、もう一方の手を重ねて、ぎゅっと握り込んできました。
「……ルクセルド?」
「だから……義姉上は悪ですけど、俺がきちんと管理しますから」
「はい?」
「義姉上は黙って、俺に身を任せて……」
痩せ気味の頬が赤らんで、更に手がぎゅうぎゅうと締めつけられました。心なしか「はあはあ」という息遣いが聞こえそうな雰囲気で、義弟の顔が近付いてきたときの私の気分といったら……
まずは思考停止。
それからどっと血が通い始めて、目まぐるしく思考を巡らせ、一度は、「この愚弟めが」と一喝して跳ね除けてやろうかと思ったのですが(「立派なお姉さん」とは何だったのでしょう)、次に、「……まあいいか」という諦めが胸中を占めました。逃げるのが面倒臭いですし……本当に、どこまで行っても追い掛けてきそうなので……まあ所詮はルクセルドですし(見下し)
「?!」
ですが。
荒々しい仕草で、強張った手が私の襟元を掴み、左右に開いて白い肌が晒されたその瞬間、私はハッと我に返りました。
(──駄目!)
いけません!
このお話、年齢制限を掛けていないので、これ以上大人の展開になっては困るのです!
変身の際に生じるささやかな間隙を突いて、私は監禁部屋から飛び出しました。
久しぶりの外の空気が頬に冷たく当たりました。すっかり昏れなずんだ空。ルクセルドが私をどこに連れてきたのか分かりませんが、どうやらここは、深い森に囲まれた場所のようです。
どちらを見渡しても木々ばかり。影絵のように浮かび上がった枝葉が、風にさらさらと揺れ動いています。動揺し、息切れした私が、柔らかい下草の上に膝をついたとき、
「お前、無事だったのかにゃ」
「!」
聞き慣れた子猫の声が聞こえてきました。
顔を上げた私の膝に、いつものようにふにゅっと肉球が置かれます。その感触に、思わず涙が出てしまいそうな気分だったのですが、
「良かったにゃ。今日は、最後のお別れに来たのにゃ」
驚愕するような発言が聞こえました。
「え? 最後? お別れ?」
「お前も頑張っていたとは思うにゃ。でも、あんな粘着質な付き纏い男がくっついたヒロインなど、視聴者は必要としていないのにゃ。つまりお前はヒロインとして用済みにゃ」
視聴者って何?
と、問い掛けるまでもなく、
「さらばにゃ!」
言いたいことだけ言って、子猫はひらりと身を翻しました。
(えっ)
呆然と見送る私の耳に、遠く、「粘着弟に負けず、精々頑張れにゃ……!」という、励ましなのか何なのか分からない言葉が、風に乗って届きました。
「………どういうこと、でしょう」
息も絶え絶えの生き物のように、私は掠れた声を吐き出しました。
これは、何の悪夢でしょう。
背後から、カツン、コツン……と硬質な靴音が響き(ここ、森の中じゃありませんでしたっけ?)、何よりも聞きたくなかった声が低く、地獄の底から届くような響きで聞こえてくるのです。
「……義姉上」
「……ひえぇ」
【求む】この状況から逃げ出す方法【至急!】
誰か、誰か教えて下さい!
ルクセルドが実力行使に出るなど、私は思ってもみなかったのです。
迂闊? 現実が見えていない? 確かに、これまでの出来事を振り返って見れば、斬られそうになったり、斬られそうになったり、実際に斬られたり、剣の鞘でつつかれたり、黒タイツを破られたり、無理矢理同衾させられたりと、全くロクなことになっていませんが、何故か私は、「ルクセルドは大丈夫」だと思っていたのです。
何故なのでしょう。
以前の品行方正なルクセルドとは違って、ひたすら暴走している今のルクセルドを見て、私は多分、言葉は悪いですが──
「所詮童貞」
「童貞=ヘタレ」
だと思ってしまったのだと思います。
自分も恋愛未経験者であることは、盛大に棚上に上げておくとして。
今のルクセルド相手だと、私の警戒心が上手く働かないのです。
生まれて初めて、優秀な義弟に対する劣等感に怯えることなく、「うちの義弟は本当に駄目な子ね」というお姉さん風を吹かせることが出来るようになったのです。義弟を見下す快感……根拠もないのに偉くなれたような喜び……これで私も立派なお姉さん(?)になれた……
──まあ、三日天下だったわけですけれど。
「……ルクセルド、これは何かしら」
「アスクィード家当主による承認済の義姉監禁許可書です」
「ピンポイント過ぎない?!」
どんな世界線なら、そんな許可書があり得るものでしょうか。
そもそも、お父様は何故そんなものに許可を出したのでしょう。
疑問が渦巻いている私の顔を見て、ルクセルドは今時見かけることのない、古式蒼然たる羊皮紙に記された書面を振って見せました。
そんな時でさえ、「俺は本当はこんなことに興味が無いですから」などと言いたげな表情をしているのが小憎たらしいというか、童貞ぽいというか、今の私にとっては思い切りこき下ろしてやりたくなる点です。
「この書面を得るために、義父上と一騎打ちをしてアスクィード家の当主の座を譲って頂きました」
「……は?」
「それと、こちらをどうぞ」
手が取られ、指先にするりと銀の環が通されました。
「指輪?」
「常時監視機能がついた魔道具です。一生外れません」
「怖っ」
私がドン引きしていると、ルクセルドは私の指を掴んだままの手に、もう一方の手を重ねて、ぎゅっと握り込んできました。
「……ルクセルド?」
「だから……義姉上は悪ですけど、俺がきちんと管理しますから」
「はい?」
「義姉上は黙って、俺に身を任せて……」
痩せ気味の頬が赤らんで、更に手がぎゅうぎゅうと締めつけられました。心なしか「はあはあ」という息遣いが聞こえそうな雰囲気で、義弟の顔が近付いてきたときの私の気分といったら……
まずは思考停止。
それからどっと血が通い始めて、目まぐるしく思考を巡らせ、一度は、「この愚弟めが」と一喝して跳ね除けてやろうかと思ったのですが(「立派なお姉さん」とは何だったのでしょう)、次に、「……まあいいか」という諦めが胸中を占めました。逃げるのが面倒臭いですし……本当に、どこまで行っても追い掛けてきそうなので……まあ所詮はルクセルドですし(見下し)
「?!」
ですが。
荒々しい仕草で、強張った手が私の襟元を掴み、左右に開いて白い肌が晒されたその瞬間、私はハッと我に返りました。
(──駄目!)
いけません!
このお話、年齢制限を掛けていないので、これ以上大人の展開になっては困るのです!
変身の際に生じるささやかな間隙を突いて、私は監禁部屋から飛び出しました。
久しぶりの外の空気が頬に冷たく当たりました。すっかり昏れなずんだ空。ルクセルドが私をどこに連れてきたのか分かりませんが、どうやらここは、深い森に囲まれた場所のようです。
どちらを見渡しても木々ばかり。影絵のように浮かび上がった枝葉が、風にさらさらと揺れ動いています。動揺し、息切れした私が、柔らかい下草の上に膝をついたとき、
「お前、無事だったのかにゃ」
「!」
聞き慣れた子猫の声が聞こえてきました。
顔を上げた私の膝に、いつものようにふにゅっと肉球が置かれます。その感触に、思わず涙が出てしまいそうな気分だったのですが、
「良かったにゃ。今日は、最後のお別れに来たのにゃ」
驚愕するような発言が聞こえました。
「え? 最後? お別れ?」
「お前も頑張っていたとは思うにゃ。でも、あんな粘着質な付き纏い男がくっついたヒロインなど、視聴者は必要としていないのにゃ。つまりお前はヒロインとして用済みにゃ」
視聴者って何?
と、問い掛けるまでもなく、
「さらばにゃ!」
言いたいことだけ言って、子猫はひらりと身を翻しました。
(えっ)
呆然と見送る私の耳に、遠く、「粘着弟に負けず、精々頑張れにゃ……!」という、励ましなのか何なのか分からない言葉が、風に乗って届きました。
「………どういうこと、でしょう」
息も絶え絶えの生き物のように、私は掠れた声を吐き出しました。
これは、何の悪夢でしょう。
背後から、カツン、コツン……と硬質な靴音が響き(ここ、森の中じゃありませんでしたっけ?)、何よりも聞きたくなかった声が低く、地獄の底から届くような響きで聞こえてくるのです。
「……義姉上」
「……ひえぇ」
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