3 / 8
【悲報その3】姉弟仲、雲行きが怪しい
しおりを挟む
話は、ちょっとだけ前に遡ります。
悪に堕ちてしまった私は、正義の武人である義弟ルクセルドに正体を見抜かれ、ざっくりさっくり斬られそうになっていました(「仮面を着けていれば誰にもバレない」とは何だったのでしょうか)。
その時です。可愛らしい子猫の声が、耳に飛び込んできたのは。
私を悪の道に誘い込んだ悪の子猫、悪の秘密結社ワルモノドンのマスコットキャラクターの声です。
「変身を解くのにゃ!」
「えっ?」
「変身を解いて一般人のふりをすれば、こいつは罪のない女性を斬ったサイコパスということになるにゃ」
「な、なるほど!」
どっちにしても斬られる運命が回避できていないのですが、その時の私は切羽詰まっていたので、子猫の言うことに従ったのです。
「変身オフ!」
眩い光が、私の全身を包み込みました。
「なっ!」
義弟が驚きの声を上げるのが聞こえました。
身に纏っていたひらひらした「ヒロイン戦闘服」が光の粒子となって溶けて、宙を舞い、眩く輝きながら再度構築されていきます。そして、もともと身に着けていた地味なドレスとなって収束するまで……
「ま、待て! は、裸だと?!」
「え?」
裏返った声に、私はぎょっとして目を見開きました。
た、確かに! 変身する前後は、何も身に着けていない状態になります。眩い光に誤魔化されてはいますが、見ようと思えば見える……かもしれません。しかし一般常識(?)として、変身中の身体をじっくり見るなんて、気付いてもやってはいけないことなのではないでしょうか。何か見えてしまったとしても、気付かないふりをするのが正しいことだと思うのです。
しかし、その正しさは、アスクィード家の正義と相容れないものだったようです。
「くっ、これだから悪は……! 天下の公道で、誰にでも見られる可能性がある場所で、何の躊躇いもなく肌を晒すとは……あ、義姉上はまさしく毒婦だ!」
「毒婦」
そこまで言われてしまうとは。
「み、見ないで下さい! 貴方が見なければいいでしょう、ルクセルド!」
「見まいとしても目に飛び込んでくるんだ! 何か怪しい術でも使っているのではないだろうな?! 人を誘惑して悪に堕とす奸婦め!」
その時代がかった言い回しより、心底、義弟が動揺してしどろもどろになっている事実のほうが気になります。
「これ以上犠牲を広げる前に、閉じ込めて封じてくれる!」
その時のルクセルドの顔といったら、鬼気迫る、というものでした。
うっかり、その勢いと迫力に押し負けて、私はろくな抵抗も出来ず。あれよあれよという間に縛り上げられ、暗い小屋の中に監禁されてしまったのです。
(思い返してみても……おかしな流れだったわ……)
目隠しの布の下で、私は遠い目をして思いを馳せました。
何が何だか分かりません。それに、これからどうなってしまうのでしょう。ルクセルドの考えていることがさっぱり分からないので、予測の立てようもないのです。
「……義姉上」
喉を詰まらせたような囁き声が聞こえました。
思いのほか、近い。私はびくっと身体を震わせました。
義弟の長い指が、結ばれた縄の上をそっと辿っているようです。目が見えないせいで、感覚が過敏になっているのかもしれません。その指が微かに震えているのが感じ取れて、私の中の緊迫感がひしひしと高まりました。
「……いつかは、こうなる気がしていましたよ。以前からずっと、義姉上はとてつもない悪の気配を漂わせていましたから」
「あ、悪の気配?!」
とんでもない話です。
目立たず、おとなしく、退屈にして平凡。つまり、そういう意味では貴族令嬢の鑑、とまで言われてきた私です。悪の子猫にそそのかされるまで、どんなに凡庸な日々を送ってきたことか。
「義姉上がうろうろと、出くわす男どもを片っ端から誘惑して、悪の道に迷い込ませているのを見るたびに、いつこの人を断罪してやろうかと思っていました」
「ゆ、誘惑?!」
さっきから、私には不釣り合いな言葉ばかり聞こえるのは何故でしょうか。
義弟は、私を何だと思っているのでしょう。
「わ、私はそんなことしないし出来ません……んっ!」
腹回りに巻かれた縄の一本がピンと引かれて、私は息を詰めました。
「……よくもまあ、そんな嘘がつけますね。俺を嘲笑っているんですか?」
「そ、そんなことしない……わ!」
また別の縄が引かれます。
ふるふる震える私の耳朶をそっとなぞって、義弟の冷たい声が囁きました。
「戯言は結構です。今後は義姉上のことは俺が見張りますので、義姉上は何も考えなくていい」
「み、見張るって……」
「俺が側についていますから。今後は、義姉上がいかに男どもを誘惑したくとも、そうはいきませんよ」
「……」
誘惑など、していないのですが……
そう訴えたくとも、全く通用しそうにありません。
そして、縛られた私のごく近く、息遣いが伝わってきそうな距離に、新たな檻を作るかのように身を寄せてくる義弟……この状況、いろんな意味で、大丈夫なのでしょうか……?
悪に堕ちてしまった私は、正義の武人である義弟ルクセルドに正体を見抜かれ、ざっくりさっくり斬られそうになっていました(「仮面を着けていれば誰にもバレない」とは何だったのでしょうか)。
その時です。可愛らしい子猫の声が、耳に飛び込んできたのは。
私を悪の道に誘い込んだ悪の子猫、悪の秘密結社ワルモノドンのマスコットキャラクターの声です。
「変身を解くのにゃ!」
「えっ?」
「変身を解いて一般人のふりをすれば、こいつは罪のない女性を斬ったサイコパスということになるにゃ」
「な、なるほど!」
どっちにしても斬られる運命が回避できていないのですが、その時の私は切羽詰まっていたので、子猫の言うことに従ったのです。
「変身オフ!」
眩い光が、私の全身を包み込みました。
「なっ!」
義弟が驚きの声を上げるのが聞こえました。
身に纏っていたひらひらした「ヒロイン戦闘服」が光の粒子となって溶けて、宙を舞い、眩く輝きながら再度構築されていきます。そして、もともと身に着けていた地味なドレスとなって収束するまで……
「ま、待て! は、裸だと?!」
「え?」
裏返った声に、私はぎょっとして目を見開きました。
た、確かに! 変身する前後は、何も身に着けていない状態になります。眩い光に誤魔化されてはいますが、見ようと思えば見える……かもしれません。しかし一般常識(?)として、変身中の身体をじっくり見るなんて、気付いてもやってはいけないことなのではないでしょうか。何か見えてしまったとしても、気付かないふりをするのが正しいことだと思うのです。
しかし、その正しさは、アスクィード家の正義と相容れないものだったようです。
「くっ、これだから悪は……! 天下の公道で、誰にでも見られる可能性がある場所で、何の躊躇いもなく肌を晒すとは……あ、義姉上はまさしく毒婦だ!」
「毒婦」
そこまで言われてしまうとは。
「み、見ないで下さい! 貴方が見なければいいでしょう、ルクセルド!」
「見まいとしても目に飛び込んでくるんだ! 何か怪しい術でも使っているのではないだろうな?! 人を誘惑して悪に堕とす奸婦め!」
その時代がかった言い回しより、心底、義弟が動揺してしどろもどろになっている事実のほうが気になります。
「これ以上犠牲を広げる前に、閉じ込めて封じてくれる!」
その時のルクセルドの顔といったら、鬼気迫る、というものでした。
うっかり、その勢いと迫力に押し負けて、私はろくな抵抗も出来ず。あれよあれよという間に縛り上げられ、暗い小屋の中に監禁されてしまったのです。
(思い返してみても……おかしな流れだったわ……)
目隠しの布の下で、私は遠い目をして思いを馳せました。
何が何だか分かりません。それに、これからどうなってしまうのでしょう。ルクセルドの考えていることがさっぱり分からないので、予測の立てようもないのです。
「……義姉上」
喉を詰まらせたような囁き声が聞こえました。
思いのほか、近い。私はびくっと身体を震わせました。
義弟の長い指が、結ばれた縄の上をそっと辿っているようです。目が見えないせいで、感覚が過敏になっているのかもしれません。その指が微かに震えているのが感じ取れて、私の中の緊迫感がひしひしと高まりました。
「……いつかは、こうなる気がしていましたよ。以前からずっと、義姉上はとてつもない悪の気配を漂わせていましたから」
「あ、悪の気配?!」
とんでもない話です。
目立たず、おとなしく、退屈にして平凡。つまり、そういう意味では貴族令嬢の鑑、とまで言われてきた私です。悪の子猫にそそのかされるまで、どんなに凡庸な日々を送ってきたことか。
「義姉上がうろうろと、出くわす男どもを片っ端から誘惑して、悪の道に迷い込ませているのを見るたびに、いつこの人を断罪してやろうかと思っていました」
「ゆ、誘惑?!」
さっきから、私には不釣り合いな言葉ばかり聞こえるのは何故でしょうか。
義弟は、私を何だと思っているのでしょう。
「わ、私はそんなことしないし出来ません……んっ!」
腹回りに巻かれた縄の一本がピンと引かれて、私は息を詰めました。
「……よくもまあ、そんな嘘がつけますね。俺を嘲笑っているんですか?」
「そ、そんなことしない……わ!」
また別の縄が引かれます。
ふるふる震える私の耳朶をそっとなぞって、義弟の冷たい声が囁きました。
「戯言は結構です。今後は義姉上のことは俺が見張りますので、義姉上は何も考えなくていい」
「み、見張るって……」
「俺が側についていますから。今後は、義姉上がいかに男どもを誘惑したくとも、そうはいきませんよ」
「……」
誘惑など、していないのですが……
そう訴えたくとも、全く通用しそうにありません。
そして、縛られた私のごく近く、息遣いが伝わってきそうな距離に、新たな檻を作るかのように身を寄せてくる義弟……この状況、いろんな意味で、大丈夫なのでしょうか……?
13
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説
【完結】私の義弟が病み過ぎていて私にしか止められない
雪野原よる
恋愛
王子殿下はおっしゃいました。──「これは婚約破棄しても仕方がないな」
※軽いコメディのつもりでしたが、想像以上に酷い内容になりました。
醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます
ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。
そして前世の私は…
ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。
とある侯爵家で出会った令嬢は、まるで前世のとあるホラー映画に出てくる貞◯のような風貌だった。
髪で顔を全て隠し、ゆらりと立つ姿は…
悲鳴を上げないと、逆に失礼では?というほどのホラーっぷり。
そしてこの髪の奥のお顔は…。。。
さぁ、お嬢様。
私のゴットハンドで世界を変えますよ?
**********************
『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』の続編です。
続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。
前作も読んでいただけるともっと嬉しいです!
転生侍女シリーズ第二弾です。
短編全4話で、投稿予約済みです。
よろしくお願いします。
魔力なしの私と魔術師を目指した少年
鍋
恋愛
私ディアナは転生者。
男爵家の双子の次女として生まれ、記憶を取り戻したのは7才
7才の神殿での魔力診査で、全くの魔力なしと判定された私は、男爵家の中で使用人と一緒に働くことになった。
一方長女のミネルヴァは魔力が多くて、両親に可愛がられていた。
ある日、母親の遣いで買い物に出掛けた私はバルドルと出逢う。
バルドルと過ごす時間は私にとって束の間の安らぎだった。
けれど彼は、ある日魔術師協会にその才能を見出だされ、引き取られた。
『国一番の魔術師になって迎えにくる』
約束の言葉を残して………。
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
もしもゲーム通りになってたら?
クラッベ
恋愛
よくある転生もので悪役令嬢はいい子に、ヒロインが逆ハーレム狙いの悪女だったりしますが
もし、転生者がヒロインだけで、悪役令嬢がゲーム通りの悪人だったなら?
全てがゲーム通りに進んだとしたら?
果たしてヒロインは幸せになれるのか
※3/15 思いついたのが出来たので、おまけとして追加しました。
※9/28 また新しく思いつきましたので掲載します。今後も何か思いつきましたら更新しますが、基本的には「完結」とさせていただいてます。9/29も一話更新する予定です。
婚約破棄、ありがとうございます
奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。
山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!
甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる