【求む】武人な義弟が爽やかに笑いながら斬りかかってきた時の対処法

雪野原よる

文字の大きさ
上 下
3 / 9

【悲報その3】姉弟仲、雲行きが怪しい

しおりを挟む
 話は、ちょっとだけ前に遡ります。


 悪に堕ちてしまった私は、正義の武人である義弟ルクセルドに正体を見抜かれ、ざっくりさっくり斬られそうになっていました(「仮面を着けていれば誰にもバレない」とは何だったのでしょうか)。

 その時です。可愛らしい子猫の声が、耳に飛び込んできたのは。

 私を悪の道に誘い込んだ悪の子猫、悪の秘密結社ワルモノドンのマスコットキャラクターの声です。

「変身を解くのにゃ!」
「えっ?」
「変身を解いて一般人のふりをすれば、こいつは罪のない女性を斬ったサイコパスということになるにゃ」
「な、なるほど!」

 どっちにしても斬られる運命が回避できていないのですが、その時の私は切羽詰まっていたので、子猫の言うことに従ったのです。

「変身オフ!」

 眩い光が、私の全身を包み込みました。

「なっ!」

 義弟が驚きの声を上げるのが聞こえました。

 身に纏っていたひらひらした「ヒロイン戦闘服」が光の粒子となって溶けて、宙を舞い、眩く輝きながら再度構築されていきます。そして、もともと身に着けていた地味なドレスとなって収束するまで……

「ま、待て! は、裸だと?!」
「え?」

 裏返った声に、私はぎょっとして目を見開きました。

 た、確かに! 変身する前後は、何も身に着けていない状態になります。眩い光に誤魔化されてはいますが、見ようと思えば見える……かもしれません。しかし一般常識(?)として、変身中の身体をじっくり見るなんて、気付いてもやってはいけないことなのではないでしょうか。何か見えてしまったとしても、気付かないふりをするのが正しいことだと思うのです。

 しかし、その正しさは、アスクィード家の正義と相容れないものだったようです。

「くっ、これだから悪は……! 天下の公道で、誰にでも見られる可能性がある場所で、何の躊躇いもなく肌を晒すとは……あ、義姉上はまさしく毒婦だ!」
「毒婦」

 そこまで言われてしまうとは。

「み、見ないで下さい! 貴方が見なければいいでしょう、ルクセルド!」
「見まいとしても目に飛び込んでくるんだ! 何か怪しい術でも使っているのではないだろうな?! 人を誘惑して悪に堕とす奸婦め!」

 その時代がかった言い回しより、心底、義弟が動揺してしどろもどろになっている事実のほうが気になります。

「これ以上犠牲を広げる前に、閉じ込めて封じてくれる!」

 その時のルクセルドの顔といったら、鬼気迫る、というものでした。

 うっかり、その勢いと迫力に押し負けて、私はろくな抵抗も出来ず。あれよあれよという間に縛り上げられ、暗い小屋の中に監禁されてしまったのです。






(思い返してみても……おかしな流れだったわ……)

 目隠しの布の下で、私は遠い目をして思いを馳せました。

 何が何だか分かりません。それに、これからどうなってしまうのでしょう。ルクセルドの考えていることがさっぱり分からないので、予測の立てようもないのです。

「……義姉上」

 喉を詰まらせたような囁き声が聞こえました。

 思いのほか、近い。私はびくっと身体を震わせました。

 義弟の長い指が、結ばれた縄の上をそっと辿っているようです。目が見えないせいで、感覚が過敏になっているのかもしれません。その指が微かに震えているのが感じ取れて、私の中の緊迫感がひしひしと高まりました。

「……いつかは、こうなる気がしていましたよ。以前からずっと、義姉上はとてつもない悪の気配を漂わせていましたから」
「あ、悪の気配?!」

 とんでもない話です。

 目立たず、おとなしく、退屈にして平凡。つまり、そういう意味では貴族令嬢の鑑、とまで言われてきた私です。悪の子猫にそそのかされるまで、どんなに凡庸な日々を送ってきたことか。

「義姉上がうろうろと、出くわす男どもを片っ端から誘惑して、悪の道に迷い込ませているのを見るたびに、いつこの人を断罪してやろうかと思っていました」
「ゆ、誘惑?!」

 さっきから、私には不釣り合いな言葉ばかり聞こえるのは何故でしょうか。

 義弟は、私を何だと思っているのでしょう。

「わ、私はそんなことしないし出来ません……んっ!」

 腹回りに巻かれた縄の一本がピンと引かれて、私は息を詰めました。

「……よくもまあ、そんな嘘がつけますね。俺を嘲笑っているんですか?」
「そ、そんなことしない……わ!」

 また別の縄が引かれます。

 ふるふる震える私の耳朶をそっとなぞって、義弟の冷たい声が囁きました。

「戯言は結構です。今後は義姉上のことは俺が見張りますので、義姉上は何も考えなくていい」
「み、見張るって……」
「俺が側についていますから。今後は、義姉上がいかに男どもを誘惑したくとも、そうはいきませんよ」
「……」

 誘惑など、していないのですが……

 そう訴えたくとも、全く通用しそうにありません。

 そして、縛られた私のごく近く、息遣いが伝わってきそうな距離に、新たな檻を作るかのように身を寄せてくる義弟……この状況、いろんな意味で、大丈夫なのでしょうか……?

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私の義弟が病み過ぎていて私にしか止められない

雪野原よる
恋愛
王子殿下はおっしゃいました。──「これは婚約破棄しても仕方がないな」  ※軽いコメディのつもりでしたが、想像以上に酷い内容になりました。

「俺が君を愛することはない」じゃあこの怖いくらい甘やかされてる状況はなんなんだ。そして一件落着すると、今度は家庭内ストーカーに発展した。

下菊みこと
恋愛
戦士の王の妻は、幼い頃から一緒にいた夫から深く溺愛されている。 リュシエンヌは政略結婚の末、夫となったジルベールにベッドの上で「俺が君を愛することはない」と宣言される。しかし、ベタベタに甘やかされているこの状況では彼の気持ちなど分かりきっていた。 小説家になろう様でも投稿しています。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

【完結】婚約者とのお茶の時に交換条件。「 飲んでみて?」

BBやっこ
恋愛
婚約者との交流といえば、お茶の時間。客間であっていたけど「飽きた」という言葉で、しょうがなくテラスにいる。毒物にできる植物もあるのに危機感がないのか、護衛を信用しているのかわからない婚約者。 王位継承権を持つ、一応王子だ。継承一位でもなければこの平和な国で、王になる事もない。はっきり言って微妙。その男とお茶の時間は妙な沈黙が続く。そして事件は起きた。 「起こしたの間違いでしょう?お嬢様。」

【完結】離縁など、とんでもない?じゃあこれ食べてみて。

BBやっこ
恋愛
サリー・シュチュワートは良縁にめぐまれ、結婚した。婚家でも温かく迎えられ、幸せな生活を送ると思えたが。 何のこれ?「旦那様からの指示です」「奥様からこのメニューをこなすように、と。」「大旦那様が苦言を」 何なの?文句が多すぎる!けど慣れ様としたのよ…。でも。

義姉さんは知らない

こうやさい
恋愛
 殿下に婚約を破棄され家に戻ってきた義姉に、家を継がせるために家族から引き離され養子にされた血の繋がらない義弟は何を思うのか――。  はっきり言って出オチです(爆)。  婚約破棄なら恋愛カテゴリでいいんだよね? って事でまたです。深く考えずに読んで下さい。  余話はセルフパロディーです。本編のイメージ及び設定を著しく損なう可能性があります、ご了承ください。  しかし婚約破棄ネタにするわりには「ざまぁ」が足りない気がする。

【完結】聖女は辞めたのに偉そうな従者様につきまとわれてます

雪野原よる
恋愛
「田舎くさい小娘だな」 聖女として召喚されたとき、第二王子のオルセア様は、私を三十秒ほどひたすら見詰めた後でそう言った。以来、何かと突っ掛かってくる彼を、面倒くさいなあと思いながら三年間。ようやく聖女から引退して、自由になれたと思ったのに……  ※黒髪、浅黒肌、筋肉質で傲慢そうな王子(中身は残念)×腹黒クール、面倒くさがりな元聖女の攻防。  ※元聖女がひたすら勝ち続け、王子がたまに喘がされます(ギャグ)  ※五話完結。

乗っ取られた家がさらに乗っ取られた。面白くなってきたので、このまま見守っていていいですか?

雪野原よる
恋愛
不幸な境遇の中で廃嫡され、救い出されて、国王の補佐官として働き始めた令嬢ユーザリア。追い出した側である伯爵家が次々と不幸に見舞われる中、国王とユーザリアの距離は近付いていき……  ※このあらすじで多分嘘は言っていない  ※シリアスの皮を被ったコメディです  ※これで恋愛ものだと言い張る

処理中です...