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2-1 悪夢の王国が築かれている
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私が目覚めたのは、かつて、我々聖アウジェニスタ騎士団が本拠地としていたレジハ神聖都市、だと思っていたのだが。
どうやら、そうではないようだ。
「ここは一体、どこなんだ? ……この部屋は、見覚えがないな」
言いながら、寝台から降り立とうとして、ハッとした。まずは、一番緊急性の高い事案を片付けねばならぬようだ。
「おい、グラン、服だ」
私は露出狂ではない。ぶっきらぼうに命じて、小奇麗な服を用意させた。普通に、若い騎士が普段着にするような素朴なチュニックとズボンを持ってきたのは、予想外だが評価してやってもいい。こいつなら、もっとこう、ひらひらした服とか、露出度の高いものを持ってくるかと思っていたのだが……と、そこまで考えて、下着が用意されていないことに気付いた。
「……グラン、下着は?」
「私が用意しても宜しいのですか?」
……言質を取ろうとしているな、こいつは。
「……今はいい。後で、誰か他の奴に頼む」
「畏まりました」
あっさり引き下がったのは、これからしばらくの間、下着をつけていない私をあらゆる妄想、あらゆる角度から楽しむために違いない。……私も大概、グランの思考に慣れ親しみすぎている。不本意すぎる。
膝まで覆う長靴の紐をぐっと結び終えて、私は寝台から降り立った。降りた途端、ふらっとして、目眩のような感覚に襲われた。まさか百年以上、ずっと同じ寝台で眠っていたのか? そんなわけはないと思うものの、舫綱を解かれた舟のような頼りなさを感じる。
(早急に、鍛錬で身体を動かしてみないとな)
新品同様の身体、とグランは言っていたが。
鈍っている、というのとも少し違う。だが、すぐにはこの身体に馴染めそうもない。血が満ちていても、巡ることのない身体? 激しく動いた場合、心臓はどうなる? 汗や呼吸は?
「グラン、私の剣は?」
「ふむ。総長閣下に捧げた私の聖剣のことでしょうか」
「その聖剣じゃないしお前に捧げられた記憶もないぞ」
「いつでも捧げる覚悟です」
「おい、上品な顔で繰り出されるうすら寒い妄言はもういい。飽き飽きしたぞ。いいから剣だ。お前も私を変わらず総長と呼ぶ以上、非武装の総長なんてあり得ないと分かっているんだろうな?」
ここまで言って、ようやく私は武器を手に入れた。なんという苦に満ちた人生(不死者生)だろうか。
グランが持ってきたのは、飾り気はないが造りの良い長剣だった。見た目よりごく軽く、ただの剣ではないことが察せられる。
(魔法剣?)
総長クラスであっても容易に手に入るものではないが、今のグランは不死魔術師だ。魔剣を造り出すことぐらい可能……か?
「いい剣だな」
「私の方が良い剣です。どうです、今宵、こう……試してみませんか?」
「黙れ猥褻野郎。その話はもういいと言っただろうが」
剣の来歴を尋ねる気力さえ潰えて、剣帯を締めた私はそそくさと歩き始めた。廃墟のような部屋を出ると、鮮やかな青い絨毯を敷いた、手入れの行き届いた廊下に至る。大きな窓から、外の灯りが見えた。重たく圧するように広がっているのは、夜空だ。
(夜?)
先ほどまで、部屋の窓から白い光が差し込むのを見ていたはずだが、あれは月光だったらしい。もっとよく見てやろうと、私は廊下の突き当たりにある窓を押し開けた。
「おお……」
冷たい夜風が吹き抜ける。
高い塔の上から見下ろす風景に、私は目を見張った。同じような尖塔が幾つか、目の届く範囲に立ち並んでいる。
見上げた空は、墨を垂れ流したような闇だった。星も月も見えない。
暗い靄に覆われた下界では、人々の暮らす街の灯りがぽつぽつと覗いている。心細く、押し潰されそうに小さな光だ。だが、その範囲は思っていた以上に広い。
(地平まで、街並みが広がっている……?)
神聖都市レジハに、ここまでの広がりはない。せいぜいが、よく栄えた辺境都市というところだろう。あれから百二十年以上経っているとしても、この大陸で、ここまでの規模を誇る都市といえば──
「アルンダル王国、その首都のイズカザールか」
「その通りです」
私の背後に立つグランが答える。
「ただし、旧アルンダル王国です。百年ほど前に、私が手勢を率いて滅ぼしました」
さらりと告げられた言葉に、一瞬、喉が詰まった。
「……楽な戦いでは無かっただろう」
「楽ではありませんでしたね。総長閣下が欠けた戦は、苦楽共に無いただの消耗戦でしか無かった。ですが、総長閣下の仇を討たないという選択肢など、それこそあり得ませんでしたので」
どうやら、そうではないようだ。
「ここは一体、どこなんだ? ……この部屋は、見覚えがないな」
言いながら、寝台から降り立とうとして、ハッとした。まずは、一番緊急性の高い事案を片付けねばならぬようだ。
「おい、グラン、服だ」
私は露出狂ではない。ぶっきらぼうに命じて、小奇麗な服を用意させた。普通に、若い騎士が普段着にするような素朴なチュニックとズボンを持ってきたのは、予想外だが評価してやってもいい。こいつなら、もっとこう、ひらひらした服とか、露出度の高いものを持ってくるかと思っていたのだが……と、そこまで考えて、下着が用意されていないことに気付いた。
「……グラン、下着は?」
「私が用意しても宜しいのですか?」
……言質を取ろうとしているな、こいつは。
「……今はいい。後で、誰か他の奴に頼む」
「畏まりました」
あっさり引き下がったのは、これからしばらくの間、下着をつけていない私をあらゆる妄想、あらゆる角度から楽しむために違いない。……私も大概、グランの思考に慣れ親しみすぎている。不本意すぎる。
膝まで覆う長靴の紐をぐっと結び終えて、私は寝台から降り立った。降りた途端、ふらっとして、目眩のような感覚に襲われた。まさか百年以上、ずっと同じ寝台で眠っていたのか? そんなわけはないと思うものの、舫綱を解かれた舟のような頼りなさを感じる。
(早急に、鍛錬で身体を動かしてみないとな)
新品同様の身体、とグランは言っていたが。
鈍っている、というのとも少し違う。だが、すぐにはこの身体に馴染めそうもない。血が満ちていても、巡ることのない身体? 激しく動いた場合、心臓はどうなる? 汗や呼吸は?
「グラン、私の剣は?」
「ふむ。総長閣下に捧げた私の聖剣のことでしょうか」
「その聖剣じゃないしお前に捧げられた記憶もないぞ」
「いつでも捧げる覚悟です」
「おい、上品な顔で繰り出されるうすら寒い妄言はもういい。飽き飽きしたぞ。いいから剣だ。お前も私を変わらず総長と呼ぶ以上、非武装の総長なんてあり得ないと分かっているんだろうな?」
ここまで言って、ようやく私は武器を手に入れた。なんという苦に満ちた人生(不死者生)だろうか。
グランが持ってきたのは、飾り気はないが造りの良い長剣だった。見た目よりごく軽く、ただの剣ではないことが察せられる。
(魔法剣?)
総長クラスであっても容易に手に入るものではないが、今のグランは不死魔術師だ。魔剣を造り出すことぐらい可能……か?
「いい剣だな」
「私の方が良い剣です。どうです、今宵、こう……試してみませんか?」
「黙れ猥褻野郎。その話はもういいと言っただろうが」
剣の来歴を尋ねる気力さえ潰えて、剣帯を締めた私はそそくさと歩き始めた。廃墟のような部屋を出ると、鮮やかな青い絨毯を敷いた、手入れの行き届いた廊下に至る。大きな窓から、外の灯りが見えた。重たく圧するように広がっているのは、夜空だ。
(夜?)
先ほどまで、部屋の窓から白い光が差し込むのを見ていたはずだが、あれは月光だったらしい。もっとよく見てやろうと、私は廊下の突き当たりにある窓を押し開けた。
「おお……」
冷たい夜風が吹き抜ける。
高い塔の上から見下ろす風景に、私は目を見張った。同じような尖塔が幾つか、目の届く範囲に立ち並んでいる。
見上げた空は、墨を垂れ流したような闇だった。星も月も見えない。
暗い靄に覆われた下界では、人々の暮らす街の灯りがぽつぽつと覗いている。心細く、押し潰されそうに小さな光だ。だが、その範囲は思っていた以上に広い。
(地平まで、街並みが広がっている……?)
神聖都市レジハに、ここまでの広がりはない。せいぜいが、よく栄えた辺境都市というところだろう。あれから百二十年以上経っているとしても、この大陸で、ここまでの規模を誇る都市といえば──
「アルンダル王国、その首都のイズカザールか」
「その通りです」
私の背後に立つグランが答える。
「ただし、旧アルンダル王国です。百年ほど前に、私が手勢を率いて滅ぼしました」
さらりと告げられた言葉に、一瞬、喉が詰まった。
「……楽な戦いでは無かっただろう」
「楽ではありませんでしたね。総長閣下が欠けた戦は、苦楽共に無いただの消耗戦でしか無かった。ですが、総長閣下の仇を討たないという選択肢など、それこそあり得ませんでしたので」
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