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22.惨劇のピクニック(瀕死)
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「お前にとって、兄とは何か善きものを指す。それで話としては十分だろう。それより、クンケル」
終わった。
お兄様が一瞬で話を終わらせて、これで落着とばかり、洞窟の壁をくんくん嗅ぎ回っているクンケル君の方を振り返った。
(えっ……早い)
切り替えが早すぎる。
長々と続けたい話でもなかった、それは確かなのだけれど。それにしても、あっさりし過ぎなのでは? けれど、取り残されて呆然としているのは私だけのようで、
「さっきから何を嗅ぎ回っている? 目当てのものは見つけたか?」
「女神様の痕跡でも見つかったのかね?」
「壁の中に女神様がいるわけないと思います!」
「いや、勇者ちゃん、そういうことではなくてねぇ……?」
「火炎魔石の鉱脈を見つけたんですよ! ほら、この真っ赤な魔石! 魔素もたっぷりありますし、ここで火を起こしてキャンプするのもいいかなって」
「もう昼時を過ぎておりますね。皆様、ここで小休止と致しましょうか」
骸骨執事たちがてきぱきと動いて、ピクニックシートを敷き始めた。剥き出しの岩盤から伝わる冷気を防ぐ、厚めの羊毛の織物だ。その上にクッションを並べ(どこから出したのかは知らない)、即席の竈を組み、クンケル君から受け取った魔石で火を熾し始める。
一方、クンケル君は相変わらずだ。異次元収納鞄から皿を取り出して並べ、大量のサンドイッチを持ち出し、香草をまぶした肉の串を炙り、そのうち巨大な鍋まで取り出してシチューらしきものをぐつぐつ煮始めた。もはや世話役としての風格めいたものすら感じられる。どこの軍勢に加わっても、補給係として立派にやっていけそうだ。
「クンケル君、その具は何?」
「孔雀肉の包み団子ですよ。本当は定番のパイにしたかったんですけど」
クンケル君の尻尾が上機嫌に揺れる。
「え? 定番? 孔雀?」
「人間界では、誰もが孔雀のパイを食べるんですよね?」
「え?」
どこから来た情報なのそれは。
しかしそれを問うより早く、
「皆が大好きなドラゴンエッグも入れておきましたよ! 魔王様もお好きでしたよね」
「……ああ」
お兄様もお好きなドラゴンエッグ?
「卵? 本当に竜の卵?」
それは何となく怖い。つやつやした丸い団子の間に浮き沈みする、ぶつ切りされて煮込まれた卵。正確なところは分からないけれど、普通の鶏卵の四倍はありそうな気がする。
「鳥の祖先種となる非鳥類型羽毛竜だが、そうだな。竜かと問われれば、竜には違いないな」
お兄様が淡々と答える。
「ひちょうるいがたうもうりゅう……うん? なるほど?」
全然分からないながらも頷いておいた。薄々察するしかないのだけれど、まさか私、始祖鳥的なものの卵を食べさせられそうになっている……?
眉を顰め、深刻な眼差しで鍋の中をじっと見据えた。私の心の安全のために、もっと突っ込んだ情報を聞いてみたい気もしたのだけれど、「始祖鳥ですか?」「その通りだ」……駄目だ、聞いたところで幸せになれない。
(お兄様が、この場に私が食べられないものを持ち込ませるわけがないし。少なくとも毒ではないよね)
多分。
「はい、コカトリスの脚肉と冬草のサンドイッチですよ! それともこっちの、ベーコン、棗椰子、二角獣チーズのサンドイッチの方が良かったですかね?」
クンケル君がにこにこと皿を差し出してくる。「……ありがとう」と受け取ってから、私はしばし考え込んだ。魔界に来てから甘やかされていたというか、お兄様が導入した人間界の食物ばかりを与えられていたけれど、事ここに至って唐突に人間扱いされなくなった。どういうことかな?
もはや魔族同然、このぐらいは食べられるよね、って思われてる?
(……いや、そもそも。物を食べる魔族って少数だよね)
お兄様は人間に擬態している間は食事を摂るし、楽しみのために物を食べる魔族だって沢山いる。魔界にやってきて学んだことだけれど、それでも魔族全てが食事を摂るわけではない。
(骸骨族とか、食事はどうするの?)
骨の間から抜け落ちてしまうのでは? ……気になって見上げてみたけれど、向かいに端座した執事たちはひたすら給仕に従事するばかりで、何かを食べている様子はない。
(やっぱり食べないのかな?)
じっと見守っている私の前で、ふと、彼らが骨の手を伸ばした。業務の一環とばかりに事務的な仕草で、少し離れて控えていたバニーズの口に焼いた肉の串を突っ込む。
ごくっ。
バニーズが身動ぎもせず、口周りだけ動かして串を飲み込んだ。肉と串を。串ごと。
(えっ)
「あの者達は食人植物族だけあって、基本肉食だからな」
驚いて固まっている私に、横からお兄様の解説が飛んでくる。
「いや、串が気になって……丸ごと呑んだ……丸ごと……というか今、食人植物族って言いました?」
「ああ。無論野良ではない、魔王城の菜園から私が手ずから引き抜いた。ゆえに私が与えた命令に従う」
「マンイーターって、魔王城の菜園で栽培するものなんですか?」
「人間界の魔道士はしないのか? そういえば、人間界の軍勢に混じっているのを見たことがないな。気紛れな魔物が人間と契約することはままあるが、そもそも意思を持たないマンイーターが人に従うはずがない、か」
お兄様は何やら納得している。
もう、何が何だか。
私は「もはや何も聞かない」と心に決めて、手にしたサンドイッチをはむっとした。せっかくのピクニック(?)なのだから、これ以上悩まずに楽しみたい。噛み締めて、濃厚でジューシーな肉を味わった。微かにタンジェリンが混じったバターの香り。
……何の肉を食べているのかは考えない。考えないったら考えない。
「クンケル、これに何を入れた? 茸のような味がするが」
お兄様がスープを啜りながら尋ねる。
クンケル君はふわっと微笑んだ。
「洞窟貴腐茸ですよ~! さっき坑道を歩いていて見つけたんです。珍しいですよねえ、僕だって二回しか食べたことないのに。そのうちの一回は、雪虫どもが悪戯心を起こして、そっくりな洞窟邪腐茸と入れ替えてたせいで、コボルト族の半数が毒に当たって死に絶える瀬戸際で」
「クンケル」
「隠し味として一緒に煮込んだり、さっと茹でてサンドイッチの具に挟んだりすると最高ですよね~! 今も、せっかくだからあちこちに忍ばせてみました」
「そうか」
お兄様は一呼吸置いて、
「クンケル、聞け」
「はい」
「気を確かに持て」
「はい」
「残念だがこれは洞窟貴腐茸ではない。洞窟邪腐茸だ」
「「「「「は?!」」」」」
その場にいた全員が唱和した(お兄様とバニーズを除く)。
「下級魔族であれば致死している量の毒が蓄積されている。私も、さっきから片腕が動かせない」
お兄様が左の袖口を少したくし上げて見せた。青い。指先から少し見えている手首の先に至るまで、肌が不自然すぎる青色に染まっている。
「毒を受けるとこうなる。それで、全員ここで何かしらの食物を口に含んだな? 誰がどれだけ食べた? 他に症状が出ている者は?」
「わ、私は何も変わりないです」
私は震え声で言った。本当だ。舌がぴりぴりしたりとか、そういう僅かな兆候すら感じられない。
「お前と私は生命力を共有できるからな。お前に出た症状は全て私が肩代わりしている」
お兄様はあっさりと言うが、……それって、私がお兄様の役に立つどころか、体を張って庇われてる?
「お兄様…………え? 目が金色?」
震えながら見つめたお兄様は……その瞳が、鮮やかな金色に染まっていた。
「心配ない。ただの警戒色だ。激怒したり命の危険を感じたりするとこうなる」
滅茶苦茶深刻なのでは?!
「身体の一部が機能しなくなったりするかもしれんが……」
「ふむ。それで夫婦の営みが出来なくなったならば、遠慮することはない。淫魔族の我々を頼りたまえ! 見事性的に解決してみせよう!」
「滅びろ」
にこやかに口を差し挟んだシュテイゼルが、その瞬間に私の視界から消えた。残像は見えたかもしれない。さだかじゃない。
お兄様は眉一つ動かしていないけれど、どことなくしらっとした表情だ。(何も起きなかった、いいな?)という強い意思を感じる。
少し離れたところで、「まおう」というダイイングメッセージを指で書きながら倒れているシュテイゼルは放っておくとして、
「まあぁ?! これは酷いわ、せっかくの美形が台無しじゃない!」
セージャスが甲高く声を引き攣らせた。見ると、向かいの骸骨執事たちを凝視している。
(え?)
何がどう変わったのだろう。せっかくの美形が? どう台無しに?
分からない。私には何一つ見て取れない。
それより、
(結局、この二人も食事摂ってたんだ……いつの間に? どうやって?)
「……」「……」
そしてふと気付いたのだけれど、バニーズには目に見える異変が生じている。長い耳の先が、やたらフサフサしているというか、モップのような形になっているのだ。あれは毒のせいなの? むしろ進化のようでは?
バニーズは黙っているし、誰も何も突っ込まないので言い出せない。
「私は身体が大きいから、毒の効果が出るのも遅いのかしらぁ。魔王様も人間の姿を辞めて変身したらぁ?」
ゆらゆらと灯りを揺らしながら、セージャスが言う。
「必要であればな」
「僕、急いで解毒薬を作りますよ! 待ってて下さい~」
クンケル君が鞄から砥石のようなものを取り出して、何かをゴリゴリと砕き始めた。解毒薬が作れるのなら安心だ。今すぐ、全員に行き渡るというわけにはいかなそうだけれど。
「大丈夫です! こんなときは、大量の汗を掻けば毒も抜けるはず! 俺、ちょっとこの辺走ってきます」
すっくと立ち上がって、勇者アカレイヤが宣言した。誰も止める間もなく、凄まじい勢いで走って見えなく……
ゴウン!
やっぱり毒のせいでふらついていたのか、走ることに全力すぎてブレーキが掛からなかったのか、洞窟の壁に打ち当たって重たい音を立てた。そこで倒れず、そのまま洞窟の壁をぶち抜いて……
(えっ?)
人型の穴を空けて、アカレイヤが奥の空洞に倒れ込む。漫画みたいだ。お兄様が掘削機なら(第9話参照)、アカレイヤも掘削ドリル。ひょっとして本当に前世は兄妹なのかもしれない。
ボフッ
砂埃と同時に、何か黒い毛玉のようなものが飛び出してきた。頼りなげに浮かび上がって、ふよふよと薄暗い坑道の中を舞う。手のひらに乗るぐらいの大きさの綿埃だ。
いかにも下級魔物のようで、意思無き生物のようで、切羽詰まっていた私たちは誰もが注意を払わなかった。
後にして思えば、そいつが色んな意味で要注意だったのだけれど。
終わった。
お兄様が一瞬で話を終わらせて、これで落着とばかり、洞窟の壁をくんくん嗅ぎ回っているクンケル君の方を振り返った。
(えっ……早い)
切り替えが早すぎる。
長々と続けたい話でもなかった、それは確かなのだけれど。それにしても、あっさりし過ぎなのでは? けれど、取り残されて呆然としているのは私だけのようで、
「さっきから何を嗅ぎ回っている? 目当てのものは見つけたか?」
「女神様の痕跡でも見つかったのかね?」
「壁の中に女神様がいるわけないと思います!」
「いや、勇者ちゃん、そういうことではなくてねぇ……?」
「火炎魔石の鉱脈を見つけたんですよ! ほら、この真っ赤な魔石! 魔素もたっぷりありますし、ここで火を起こしてキャンプするのもいいかなって」
「もう昼時を過ぎておりますね。皆様、ここで小休止と致しましょうか」
骸骨執事たちがてきぱきと動いて、ピクニックシートを敷き始めた。剥き出しの岩盤から伝わる冷気を防ぐ、厚めの羊毛の織物だ。その上にクッションを並べ(どこから出したのかは知らない)、即席の竈を組み、クンケル君から受け取った魔石で火を熾し始める。
一方、クンケル君は相変わらずだ。異次元収納鞄から皿を取り出して並べ、大量のサンドイッチを持ち出し、香草をまぶした肉の串を炙り、そのうち巨大な鍋まで取り出してシチューらしきものをぐつぐつ煮始めた。もはや世話役としての風格めいたものすら感じられる。どこの軍勢に加わっても、補給係として立派にやっていけそうだ。
「クンケル君、その具は何?」
「孔雀肉の包み団子ですよ。本当は定番のパイにしたかったんですけど」
クンケル君の尻尾が上機嫌に揺れる。
「え? 定番? 孔雀?」
「人間界では、誰もが孔雀のパイを食べるんですよね?」
「え?」
どこから来た情報なのそれは。
しかしそれを問うより早く、
「皆が大好きなドラゴンエッグも入れておきましたよ! 魔王様もお好きでしたよね」
「……ああ」
お兄様もお好きなドラゴンエッグ?
「卵? 本当に竜の卵?」
それは何となく怖い。つやつやした丸い団子の間に浮き沈みする、ぶつ切りされて煮込まれた卵。正確なところは分からないけれど、普通の鶏卵の四倍はありそうな気がする。
「鳥の祖先種となる非鳥類型羽毛竜だが、そうだな。竜かと問われれば、竜には違いないな」
お兄様が淡々と答える。
「ひちょうるいがたうもうりゅう……うん? なるほど?」
全然分からないながらも頷いておいた。薄々察するしかないのだけれど、まさか私、始祖鳥的なものの卵を食べさせられそうになっている……?
眉を顰め、深刻な眼差しで鍋の中をじっと見据えた。私の心の安全のために、もっと突っ込んだ情報を聞いてみたい気もしたのだけれど、「始祖鳥ですか?」「その通りだ」……駄目だ、聞いたところで幸せになれない。
(お兄様が、この場に私が食べられないものを持ち込ませるわけがないし。少なくとも毒ではないよね)
多分。
「はい、コカトリスの脚肉と冬草のサンドイッチですよ! それともこっちの、ベーコン、棗椰子、二角獣チーズのサンドイッチの方が良かったですかね?」
クンケル君がにこにこと皿を差し出してくる。「……ありがとう」と受け取ってから、私はしばし考え込んだ。魔界に来てから甘やかされていたというか、お兄様が導入した人間界の食物ばかりを与えられていたけれど、事ここに至って唐突に人間扱いされなくなった。どういうことかな?
もはや魔族同然、このぐらいは食べられるよね、って思われてる?
(……いや、そもそも。物を食べる魔族って少数だよね)
お兄様は人間に擬態している間は食事を摂るし、楽しみのために物を食べる魔族だって沢山いる。魔界にやってきて学んだことだけれど、それでも魔族全てが食事を摂るわけではない。
(骸骨族とか、食事はどうするの?)
骨の間から抜け落ちてしまうのでは? ……気になって見上げてみたけれど、向かいに端座した執事たちはひたすら給仕に従事するばかりで、何かを食べている様子はない。
(やっぱり食べないのかな?)
じっと見守っている私の前で、ふと、彼らが骨の手を伸ばした。業務の一環とばかりに事務的な仕草で、少し離れて控えていたバニーズの口に焼いた肉の串を突っ込む。
ごくっ。
バニーズが身動ぎもせず、口周りだけ動かして串を飲み込んだ。肉と串を。串ごと。
(えっ)
「あの者達は食人植物族だけあって、基本肉食だからな」
驚いて固まっている私に、横からお兄様の解説が飛んでくる。
「いや、串が気になって……丸ごと呑んだ……丸ごと……というか今、食人植物族って言いました?」
「ああ。無論野良ではない、魔王城の菜園から私が手ずから引き抜いた。ゆえに私が与えた命令に従う」
「マンイーターって、魔王城の菜園で栽培するものなんですか?」
「人間界の魔道士はしないのか? そういえば、人間界の軍勢に混じっているのを見たことがないな。気紛れな魔物が人間と契約することはままあるが、そもそも意思を持たないマンイーターが人に従うはずがない、か」
お兄様は何やら納得している。
もう、何が何だか。
私は「もはや何も聞かない」と心に決めて、手にしたサンドイッチをはむっとした。せっかくのピクニック(?)なのだから、これ以上悩まずに楽しみたい。噛み締めて、濃厚でジューシーな肉を味わった。微かにタンジェリンが混じったバターの香り。
……何の肉を食べているのかは考えない。考えないったら考えない。
「クンケル、これに何を入れた? 茸のような味がするが」
お兄様がスープを啜りながら尋ねる。
クンケル君はふわっと微笑んだ。
「洞窟貴腐茸ですよ~! さっき坑道を歩いていて見つけたんです。珍しいですよねえ、僕だって二回しか食べたことないのに。そのうちの一回は、雪虫どもが悪戯心を起こして、そっくりな洞窟邪腐茸と入れ替えてたせいで、コボルト族の半数が毒に当たって死に絶える瀬戸際で」
「クンケル」
「隠し味として一緒に煮込んだり、さっと茹でてサンドイッチの具に挟んだりすると最高ですよね~! 今も、せっかくだからあちこちに忍ばせてみました」
「そうか」
お兄様は一呼吸置いて、
「クンケル、聞け」
「はい」
「気を確かに持て」
「はい」
「残念だがこれは洞窟貴腐茸ではない。洞窟邪腐茸だ」
「「「「「は?!」」」」」
その場にいた全員が唱和した(お兄様とバニーズを除く)。
「下級魔族であれば致死している量の毒が蓄積されている。私も、さっきから片腕が動かせない」
お兄様が左の袖口を少したくし上げて見せた。青い。指先から少し見えている手首の先に至るまで、肌が不自然すぎる青色に染まっている。
「毒を受けるとこうなる。それで、全員ここで何かしらの食物を口に含んだな? 誰がどれだけ食べた? 他に症状が出ている者は?」
「わ、私は何も変わりないです」
私は震え声で言った。本当だ。舌がぴりぴりしたりとか、そういう僅かな兆候すら感じられない。
「お前と私は生命力を共有できるからな。お前に出た症状は全て私が肩代わりしている」
お兄様はあっさりと言うが、……それって、私がお兄様の役に立つどころか、体を張って庇われてる?
「お兄様…………え? 目が金色?」
震えながら見つめたお兄様は……その瞳が、鮮やかな金色に染まっていた。
「心配ない。ただの警戒色だ。激怒したり命の危険を感じたりするとこうなる」
滅茶苦茶深刻なのでは?!
「身体の一部が機能しなくなったりするかもしれんが……」
「ふむ。それで夫婦の営みが出来なくなったならば、遠慮することはない。淫魔族の我々を頼りたまえ! 見事性的に解決してみせよう!」
「滅びろ」
にこやかに口を差し挟んだシュテイゼルが、その瞬間に私の視界から消えた。残像は見えたかもしれない。さだかじゃない。
お兄様は眉一つ動かしていないけれど、どことなくしらっとした表情だ。(何も起きなかった、いいな?)という強い意思を感じる。
少し離れたところで、「まおう」というダイイングメッセージを指で書きながら倒れているシュテイゼルは放っておくとして、
「まあぁ?! これは酷いわ、せっかくの美形が台無しじゃない!」
セージャスが甲高く声を引き攣らせた。見ると、向かいの骸骨執事たちを凝視している。
(え?)
何がどう変わったのだろう。せっかくの美形が? どう台無しに?
分からない。私には何一つ見て取れない。
それより、
(結局、この二人も食事摂ってたんだ……いつの間に? どうやって?)
「……」「……」
そしてふと気付いたのだけれど、バニーズには目に見える異変が生じている。長い耳の先が、やたらフサフサしているというか、モップのような形になっているのだ。あれは毒のせいなの? むしろ進化のようでは?
バニーズは黙っているし、誰も何も突っ込まないので言い出せない。
「私は身体が大きいから、毒の効果が出るのも遅いのかしらぁ。魔王様も人間の姿を辞めて変身したらぁ?」
ゆらゆらと灯りを揺らしながら、セージャスが言う。
「必要であればな」
「僕、急いで解毒薬を作りますよ! 待ってて下さい~」
クンケル君が鞄から砥石のようなものを取り出して、何かをゴリゴリと砕き始めた。解毒薬が作れるのなら安心だ。今すぐ、全員に行き渡るというわけにはいかなそうだけれど。
「大丈夫です! こんなときは、大量の汗を掻けば毒も抜けるはず! 俺、ちょっとこの辺走ってきます」
すっくと立ち上がって、勇者アカレイヤが宣言した。誰も止める間もなく、凄まじい勢いで走って見えなく……
ゴウン!
やっぱり毒のせいでふらついていたのか、走ることに全力すぎてブレーキが掛からなかったのか、洞窟の壁に打ち当たって重たい音を立てた。そこで倒れず、そのまま洞窟の壁をぶち抜いて……
(えっ?)
人型の穴を空けて、アカレイヤが奥の空洞に倒れ込む。漫画みたいだ。お兄様が掘削機なら(第9話参照)、アカレイヤも掘削ドリル。ひょっとして本当に前世は兄妹なのかもしれない。
ボフッ
砂埃と同時に、何か黒い毛玉のようなものが飛び出してきた。頼りなげに浮かび上がって、ふよふよと薄暗い坑道の中を舞う。手のひらに乗るぐらいの大きさの綿埃だ。
いかにも下級魔物のようで、意思無き生物のようで、切羽詰まっていた私たちは誰もが注意を払わなかった。
後にして思えば、そいつが色んな意味で要注意だったのだけれど。
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