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3.覚悟は決まった(キレている)

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 第二王子セグンドは、兄であるアルディール王子よりも優秀、勉学に優れ、剣の腕は立ち、口は滑らかに動く。顔立ちこそやや派手さを欠くが、がっしりとした体格が男らしく魅力的だ。

 と言われている。

 アルディール王子が婚約破棄を成し遂げた(?)後、彼は呆然と佇む元婚約者の令嬢の前に現れ、跪いて手を差し伸べた。

「兄に虐げられる貴女を見ていて、ずっとお慕いしていた。どうかこの手を取って欲しい」

 キラキラと輝くその瞳に気圧されるが如く、令嬢は第二王子の手を取った。それはまるで一幅の絵画のような光景で、一つの恋が叶った瞬間でもあった……



 ……はずなのだが、その場で遠巻きに見ていた貴族たちの目は、呆然としつつも完全に白けきっていたという。
 




第二王子あいつは、私の婚約者に納まる以前から、あの侯爵令嬢が好きだったんだ。私だって、それを知っていたから陛下に何度も抗弁したんだ。私と元婚約者殿は合わない、とな。だが、陛下は、出来の悪い私が国王の座を継ぐには優秀な王妃が必要だと仰って……」

 アルディール王子の言葉は止まらない。ギリ、とハンカチを噛み締めそうな形相である。

「何が優秀な王妃だ! 五ヶ国語が喋れるのは確かに優秀だとは思う、だが王妃自ら通訳をしなければならないほど我が国の人材は足りんのか?! マナーが優れているならマナー講師にでもなれ! 王家の存続に必要なのは優秀な人材を育てる、あるいは離反させないことだろう。それに、王族の最低要件は血筋だ。大体、八代前まで遡れば、王族など単なる傭兵上がりの簒奪者だったくせに。それが文官肌の天才令嬢の血を入れて、知的な王族になりましたアピールか? それで、他国の王族相手に見栄を張って、満足なさりたかったんだろうな。陛下は劣等感の塊だから」

「まあ、殿下……。そのようなこと、国王陛下のお耳に入りましたら」

 国王をはっきり批判するような物言いは、第一王子であっても不敬罪で鞭打ちされかねない。王子に対し、かなり同情的に傾いていた周囲は心配したが、もはやアルディール王子は怖いものなしのようだ。

「ふんっ」

 鼻を鳴らす王子は、二十という年齢よりも大分若く子供じみて見えた。

「無能な王子の元で耐え忍ぶご令嬢? 耐え忍んでいたのはどっちだ。弟の息が掛かった家庭教師どもに貶され、悪評を流され、それでも事を荒立てまいと四方八方に気を遣って、何を言われようと愛想笑いで流して……」
「殿下……」
「毎回、交流のためのお茶会でただ俯いてろくに話さない元婚約者殿に、『何か困ったことはないか』と聞いても、『はい』という返事しか返って来ず、何故か、私が頼りないからご令嬢が苦労しているのだと噂が立つばかりだ。その挙句、お前にはこの程度がお似合いだと言わんばかりに、頭の弱い女が次々と送り込まれて……それが十年だ。十年も耐えるだけだった私こそ、本当に馬鹿者だったな!」

 完全に呪詛のような叫びである。

 大体、どうしてあんなに婚約破棄の物語が流行ったと思ってるんだ。と睨むように言われ、周囲のご令嬢たちは目を逸らした。なんとなく、罪悪感を覚えさせられたような空気が立ち込める。


 そもそも、この平和な王国で、国政に深い関心を持つ令嬢などいない。彼女たちの興味は「王子のうち、誰が一番かっこいいか」「誰と誰が恋に落ちたか」程度のものでしかなく、「第一王子の出来が悪い」という噂について、深く考えて追及した者などいなかった。

 衝撃の土下座、婚約破棄劇、その後の暴露、と続いて、やたらと第一王子が脚光を浴びて初めて、「第一王子は言われるほど暗愚ではない」という事実が判明したのである。


 これまで、アルディール王子が王族としての務めを投げ出したことはない。常に生真面目に務めていた。婚約者を虐げたという話もない。当然、不貞を働いた事実もない。国政の場に於いてはむしろ穏健な態度を貫いており、対立する者たちをやんわりと取り成して和解させたり、根回しするような地道な作業を自ら買って出ていた。あれほど周囲に悪しざまに言われていたのにも関わらず、なんとかその場の状況を正して結論を導き出すだけの能力を持っていたのである。


「考えてみたら、すごいことなのではないか……?」
「学園で首席を獲ったり、狩猟大会で上位にならないだけで、全体的に見れば、相当優秀なお方なのでは」


 新たな噂が席巻し、状況がひっくり返されるのは一瞬のことであった。

 つまりそれだけ、アルディール王子の土下座は衝撃度が高かった、ということなのかもしれない。

 ちなみに、好意的な目が向けられるようになって、アルディール王子はどうなったかというと、ますます人間不信の度を強め、更にやさぐれている。


「全く無駄な十年を過ごしたものだ。国王陛下はカンカンに怒っておられるが、臣籍降下でも幽閉でも平民落ちでもどんとこいだ。それに、私がこれから毒殺されたら、あの弟の仕業だと誰しも思うだろうからな」

 
 
 完全に覚悟が決まった、あるいは開き直ったような態度で、アルディール王子が冷ややかな視線を向ける先に、第二王子セグンドと元婚約者の令嬢の姿がある。

 初恋、そして積年の想いが叶って、幸福の絶頂であるはずの二人は、この夜会で華々しく寄り添う姿を見せつけるつもりだったのだろう。

 ここぞとばかりに贅を凝らし、互いの色で染め上げた衣裳を纏って、広間中の視線を集めているが、きらめくシャンデリアの光を受けてもなお、その表情はどことなく冴えない。

 特に、元婚約者の侯爵令嬢の顔色は悪い。ともすれば俯きがちで、口数も少ない。


(でも、あの方って、アルディール王子の婚約者でいらしたときからいつもだったわ。つまりはそういう方だ、ということなのかしら)
(貞淑なご令嬢という評判だったけれど、簡単に次に靡いてはとても「貞淑」とは言えないでしょうに)


 露骨な声こそ上がっていないが、周囲の眼差しには厳しいものが含まれている。

 その空気を読み取ってか、アルディール王子が不愉快そうに顔を顰めた。

「元婚約者殿は、語学とマナーの天才で、なおかつ流される天才なんだ」

 アルディール王子はそれだけ言って、それきり侯爵令嬢の悪口を切り上げ、父王と弟王子の悪口に終始したが、周りは「確かに」と深く納得して頷いたのであった。

 
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