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2.ありがとう婚約破棄
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「ええと……それでは殿下は、真実の愛を見つけて婚約破棄したい、ということではないのですか」
「それはお前の方だろう!」
「え……」
「しらばっくれるな、お前は……いや、お前はどうせ何もしないんだったな……手を汚すのはあいつばかりだ。いや待て、こんなやり取りをしている間にあいつが来てしまう。頼む! 時間がないんだ、今すぐ婚約破棄してくれ!」
「はぁ……」
「はいと言ったな?! ありがとう!!!」
あまりにも前のめりな反応である。
若干の泥と、くっきりと筋になって残る草の痕を額につけながら、アルディール王子が立ち上がった。その碧眼がキラキラと輝いている。いつも「能力的に大したことはないが、顔だけは完璧」と言われてきた王子だ。それがまるで、捨てられて雨に打たれた挙句に心優しい人に拾われた子犬のように純真なきらめきを発している。
「ありがとう、ありがとう!! これでもう性格の悪い女を次々と送り込まれることもないし、劣等感を募らせろと言わんばかりに聞こえよがしな悪口を言われることもない! 葡萄酒に媚薬を仕込まれる心配もしなくていいし、魅了魔法を警戒する必要もないんだ! 助かった! 私は生き延びたんだ! よし、あいつが来る前に私は逃げるぞ!」
小躍りしながら、なおかつ物凄い速さでその場から逃走した第一王子の背を見送って。
ご令嬢がたは「どういうことですの……」と呟くしかなかったのである。
どういうことなのか。その真相が見えてきたのは、それから後の数週間のあいだであった。
第一王子が開き直ったかのように語り始めたのだ。茶会で、夜会で、話し掛けられれば何一つ隠さず、流れるように真実を、本音を暴露した。それはもう、積もり積もった鬱憤を晴らすがごとくである。
「黙って耐え抜いた結果、こそこそ悪口を言う連中がいっそう蔓延っただけだ。どのみち、この王宮に私の味方なんてどこにもいない。だったらやりたいようにやった方が幾分ましだ」
そう言うアルディール王子は、けだるげに葡萄ジュースの杯を傾けている。
これまで、彼は夜会の席でご婦人方に葡萄酒を勧められても、「王子たるもの、人前でみっともなく酔うわけにはいきませんので」と微笑みながら返していた。学業や武芸では第二王子に見劣りするけれど、生真面目な王子……という評判だったのである。
だが、今の彼は、「嫌々ながら夜会に来ている」という表情を全く隠さず顔に出している。さらに、構われ過ぎて神経過敏になった猫のごとく、「俺に触るな! 話し掛けるのはいいが、このツヤツヤした毛皮や尻尾に触れるな! 嘘じゃないぞ、引っ掻くからな!」というオーラを醸し出しているのだ。
「今の私は、聞かれたら何でも正直に答えるからな。毒を含んだ言葉を聞きたくなければ、遠巻きにしていた方が身の為だぞ」
ギロリと睨みながら、葡萄ジュースをちまちまと飲む王子。どうやら、酒に弱いのは品行方正アピールなどではなく、本当の話だったらしい。取り繕う気がなくなったので、堂々と「酒は苦手」と主張できるようになったのだ。
「まるで、傷付いた猫が必死に威嚇しているようですわ」
「何故でしょう……不思議とキュンとしますの」
すでに、数人の女性は王子によって新たな性癖に目覚めかけていた。早い。
「ほら見ろ、あいつが来ているだろう。獲物を捕まえた猛禽みたいに私の元婚約者をがっちり掴んで」
嫌そうな顔をしたアルディール王子が指差す方向に、元婚約者である侯爵令嬢と、その腰を抱いて歩く第二王子の姿があった。
「それはお前の方だろう!」
「え……」
「しらばっくれるな、お前は……いや、お前はどうせ何もしないんだったな……手を汚すのはあいつばかりだ。いや待て、こんなやり取りをしている間にあいつが来てしまう。頼む! 時間がないんだ、今すぐ婚約破棄してくれ!」
「はぁ……」
「はいと言ったな?! ありがとう!!!」
あまりにも前のめりな反応である。
若干の泥と、くっきりと筋になって残る草の痕を額につけながら、アルディール王子が立ち上がった。その碧眼がキラキラと輝いている。いつも「能力的に大したことはないが、顔だけは完璧」と言われてきた王子だ。それがまるで、捨てられて雨に打たれた挙句に心優しい人に拾われた子犬のように純真なきらめきを発している。
「ありがとう、ありがとう!! これでもう性格の悪い女を次々と送り込まれることもないし、劣等感を募らせろと言わんばかりに聞こえよがしな悪口を言われることもない! 葡萄酒に媚薬を仕込まれる心配もしなくていいし、魅了魔法を警戒する必要もないんだ! 助かった! 私は生き延びたんだ! よし、あいつが来る前に私は逃げるぞ!」
小躍りしながら、なおかつ物凄い速さでその場から逃走した第一王子の背を見送って。
ご令嬢がたは「どういうことですの……」と呟くしかなかったのである。
どういうことなのか。その真相が見えてきたのは、それから後の数週間のあいだであった。
第一王子が開き直ったかのように語り始めたのだ。茶会で、夜会で、話し掛けられれば何一つ隠さず、流れるように真実を、本音を暴露した。それはもう、積もり積もった鬱憤を晴らすがごとくである。
「黙って耐え抜いた結果、こそこそ悪口を言う連中がいっそう蔓延っただけだ。どのみち、この王宮に私の味方なんてどこにもいない。だったらやりたいようにやった方が幾分ましだ」
そう言うアルディール王子は、けだるげに葡萄ジュースの杯を傾けている。
これまで、彼は夜会の席でご婦人方に葡萄酒を勧められても、「王子たるもの、人前でみっともなく酔うわけにはいきませんので」と微笑みながら返していた。学業や武芸では第二王子に見劣りするけれど、生真面目な王子……という評判だったのである。
だが、今の彼は、「嫌々ながら夜会に来ている」という表情を全く隠さず顔に出している。さらに、構われ過ぎて神経過敏になった猫のごとく、「俺に触るな! 話し掛けるのはいいが、このツヤツヤした毛皮や尻尾に触れるな! 嘘じゃないぞ、引っ掻くからな!」というオーラを醸し出しているのだ。
「今の私は、聞かれたら何でも正直に答えるからな。毒を含んだ言葉を聞きたくなければ、遠巻きにしていた方が身の為だぞ」
ギロリと睨みながら、葡萄ジュースをちまちまと飲む王子。どうやら、酒に弱いのは品行方正アピールなどではなく、本当の話だったらしい。取り繕う気がなくなったので、堂々と「酒は苦手」と主張できるようになったのだ。
「まるで、傷付いた猫が必死に威嚇しているようですわ」
「何故でしょう……不思議とキュンとしますの」
すでに、数人の女性は王子によって新たな性癖に目覚めかけていた。早い。
「ほら見ろ、あいつが来ているだろう。獲物を捕まえた猛禽みたいに私の元婚約者をがっちり掴んで」
嫌そうな顔をしたアルディール王子が指差す方向に、元婚約者である侯爵令嬢と、その腰を抱いて歩く第二王子の姿があった。
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