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14.私の天国と地獄(完結)
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それからしばらくして、サフィード様の邸にて。
「今では貴方の邸でもありますよ。私が死んだ時には、遺産として貴方の名義になるはずですしね」
「そういうことを話している場合じゃないんです、サフィード様」
私は、怒っていた。
目を吊り上げ、肩をいからせて、サフィード様に向き合う。邸の蔵書室は壁面から天井まで高い書物棚に覆われ、古びた紙の香りと得体の知れない古道具の匂いが入り混じっていて、普段の私であればすっかりくつろいで、この世の天国と言わんばかりに陰に入り込み、日がな一日のんびり過ごしていただろうが、今はそれどころではない。
サフィード様を問い詰めろ、私!
「……なんで、これがここにあるんですか」
片手には、魔導具。私が以前、自分の魔力を抽出したものに限りなくそっくりなものだ。敢えて言えば、私が作ったものより完成度が高い。
もう片手には、ずっしりと重い教本。魔術と魔導具に関する書物だ。ご丁寧にも、サフィード様宛てに、出版社からの手紙まで挟んである。
「……この本、私が魔導具を作った時、本当に参考になりました」
「それは何よりです。貴方がきちんと機能する魔導具を作り出せるよう、細心の注意を払って執筆しましたからね。役立てて頂けて嬉しいですよ」
「……どうしてそこまでして、私を嵌めないといけないんですか?!」
私はぎゅっと、胸元の黒いペンダントを握り締めた。
これが、サフィード様経由で戻ってきた理由を、私はもう少し考えてみるべきだったのだ。
サフィード様に嵌められるのには慣れている(慣れては駄目だ)。しかし、ここまで彼がやるとは思っていなかった。
私が婚約破棄を試みるよう、裏側で誘導する。その為には、分厚い教本執筆も厭わず、新しい魔導具の開発まで行う。その時点でおかしいけれど、その後、私が抱いた罪悪感と恐怖を利用して引っ張り回し、戦場やら異国やらに連れ歩いて深い印象を刻み付け、そこから一度手を離してからの優しい日常である。どうしたらそんな策略が思い付くのか。大物かつホンモノすぎる。私の手には負えない。
「そんなに絶望した顔をしないで下さい、ディルティーナ。これも愛ゆえですよ」
「なんで棒読みなんですか!」
私は、割とお花畑脳なのかもしれない。サフィード様がそこまで私のことを好きだというなら、これまでにあった諸々の所業も仕方ないか……みたいな思考に陥りかけていたのである。だが、これは、衝撃だった。
いや、これで心底腹を立てている時点で、私はもう駄目かもしれない。
「サフィード様。こういうことはもう止めて下さい」
「こういうことは止めましょう。他のことは知りませんが」
「この……サフィード様の鬼! 鬼畜!」
「そうやって毛を逆立てて威嚇する貴方も愛らしいですよ」
「有難うございます! でもサフィード様への好感度は下がりましたからね」
ぷんぷんしながら蔵書室を飛び出し、私は自分の部屋へ駆け戻った。私の趣味嗜好そのままに誂えられた部屋は、天井に青く光る魔石が星空のように穿たれ、床には銀糸を織り込んだカーペットが敷いてある。ソファに座り込むと、大きな背凭れがすっぽり私の背中を包み込んで、巣穴に籠ったように外の世界が見えなくなった。完璧だ。
(今日はもうここから一歩も出ないんだから……ああ、おやつを持ってくれば良かった)
後で厨房へ行って貰ってこよう、と思った時点で、これはやっぱり駄目だと気付いた。駄目かもしれない、とか言っている場合ではない。完全にアウトだ。骨抜きにされすぎではないか。
サフィード様の邸で過ごすようになってから、サフィード様はにこにこ微笑みながら、私にちくちくとストレスを与えた。その結果、サフィード様のお金で部屋の内装を豪華にしてやる! 好きなものを買ってやる! 好きな食べ物ばかり食べてやる! と、私が腹いせのように暴走した結果、私にとって最高に居心地のいい環境が出来上がったのである。どうして、誰の策略でこうなったか、途中で気が付いたのだが引き返せなかった。
そして今、サフィード様に腹を立てながら外に飛び出すでもなく、部屋に篭っておやつについて考えていた私である。もはや飼い犬並のプライドしかない。つらい。
サフィード様は、私を監禁する必要すらないのである。なぜなら、私は居心地のいい環境から一歩も外に出たくない習性の持ち主だからだ。
「ディルティーナ。忘れ物ですよ」
コンコンと扉が叩かれ、サフィード様がおやつの皿を持って現れた。何だろうか、この予定調和な感じ。
「……有難うございます」
「しょんぼりしないで下さい、ディルティーナ。貴方がまだまだ自分の状況を俯瞰して動揺するだけの余裕があって、私は楽しいですよ」
「楽しいですか……」
「そのうち、これが全て当たり前だと思って享受するようになりますからね。それが最終目標なわけですが」
「……怖すぎます」
真顔で答えながら、私はおやつの皿を受け取った。オレンジの入ったババロア。上に可愛らしくビオラの花が乗っている。
この分では、私がサフィード様に想いを告げることは当分ないだろう。それはそれでいいのかもしれない。そう思いながら、私は扉をさらに開いてサフィード様を通した。わざとそっけなく言う。
「お茶を淹れますから、サフィード様もどうぞ」
「今では貴方の邸でもありますよ。私が死んだ時には、遺産として貴方の名義になるはずですしね」
「そういうことを話している場合じゃないんです、サフィード様」
私は、怒っていた。
目を吊り上げ、肩をいからせて、サフィード様に向き合う。邸の蔵書室は壁面から天井まで高い書物棚に覆われ、古びた紙の香りと得体の知れない古道具の匂いが入り混じっていて、普段の私であればすっかりくつろいで、この世の天国と言わんばかりに陰に入り込み、日がな一日のんびり過ごしていただろうが、今はそれどころではない。
サフィード様を問い詰めろ、私!
「……なんで、これがここにあるんですか」
片手には、魔導具。私が以前、自分の魔力を抽出したものに限りなくそっくりなものだ。敢えて言えば、私が作ったものより完成度が高い。
もう片手には、ずっしりと重い教本。魔術と魔導具に関する書物だ。ご丁寧にも、サフィード様宛てに、出版社からの手紙まで挟んである。
「……この本、私が魔導具を作った時、本当に参考になりました」
「それは何よりです。貴方がきちんと機能する魔導具を作り出せるよう、細心の注意を払って執筆しましたからね。役立てて頂けて嬉しいですよ」
「……どうしてそこまでして、私を嵌めないといけないんですか?!」
私はぎゅっと、胸元の黒いペンダントを握り締めた。
これが、サフィード様経由で戻ってきた理由を、私はもう少し考えてみるべきだったのだ。
サフィード様に嵌められるのには慣れている(慣れては駄目だ)。しかし、ここまで彼がやるとは思っていなかった。
私が婚約破棄を試みるよう、裏側で誘導する。その為には、分厚い教本執筆も厭わず、新しい魔導具の開発まで行う。その時点でおかしいけれど、その後、私が抱いた罪悪感と恐怖を利用して引っ張り回し、戦場やら異国やらに連れ歩いて深い印象を刻み付け、そこから一度手を離してからの優しい日常である。どうしたらそんな策略が思い付くのか。大物かつホンモノすぎる。私の手には負えない。
「そんなに絶望した顔をしないで下さい、ディルティーナ。これも愛ゆえですよ」
「なんで棒読みなんですか!」
私は、割とお花畑脳なのかもしれない。サフィード様がそこまで私のことを好きだというなら、これまでにあった諸々の所業も仕方ないか……みたいな思考に陥りかけていたのである。だが、これは、衝撃だった。
いや、これで心底腹を立てている時点で、私はもう駄目かもしれない。
「サフィード様。こういうことはもう止めて下さい」
「こういうことは止めましょう。他のことは知りませんが」
「この……サフィード様の鬼! 鬼畜!」
「そうやって毛を逆立てて威嚇する貴方も愛らしいですよ」
「有難うございます! でもサフィード様への好感度は下がりましたからね」
ぷんぷんしながら蔵書室を飛び出し、私は自分の部屋へ駆け戻った。私の趣味嗜好そのままに誂えられた部屋は、天井に青く光る魔石が星空のように穿たれ、床には銀糸を織り込んだカーペットが敷いてある。ソファに座り込むと、大きな背凭れがすっぽり私の背中を包み込んで、巣穴に籠ったように外の世界が見えなくなった。完璧だ。
(今日はもうここから一歩も出ないんだから……ああ、おやつを持ってくれば良かった)
後で厨房へ行って貰ってこよう、と思った時点で、これはやっぱり駄目だと気付いた。駄目かもしれない、とか言っている場合ではない。完全にアウトだ。骨抜きにされすぎではないか。
サフィード様の邸で過ごすようになってから、サフィード様はにこにこ微笑みながら、私にちくちくとストレスを与えた。その結果、サフィード様のお金で部屋の内装を豪華にしてやる! 好きなものを買ってやる! 好きな食べ物ばかり食べてやる! と、私が腹いせのように暴走した結果、私にとって最高に居心地のいい環境が出来上がったのである。どうして、誰の策略でこうなったか、途中で気が付いたのだが引き返せなかった。
そして今、サフィード様に腹を立てながら外に飛び出すでもなく、部屋に篭っておやつについて考えていた私である。もはや飼い犬並のプライドしかない。つらい。
サフィード様は、私を監禁する必要すらないのである。なぜなら、私は居心地のいい環境から一歩も外に出たくない習性の持ち主だからだ。
「ディルティーナ。忘れ物ですよ」
コンコンと扉が叩かれ、サフィード様がおやつの皿を持って現れた。何だろうか、この予定調和な感じ。
「……有難うございます」
「しょんぼりしないで下さい、ディルティーナ。貴方がまだまだ自分の状況を俯瞰して動揺するだけの余裕があって、私は楽しいですよ」
「楽しいですか……」
「そのうち、これが全て当たり前だと思って享受するようになりますからね。それが最終目標なわけですが」
「……怖すぎます」
真顔で答えながら、私はおやつの皿を受け取った。オレンジの入ったババロア。上に可愛らしくビオラの花が乗っている。
この分では、私がサフィード様に想いを告げることは当分ないだろう。それはそれでいいのかもしれない。そう思いながら、私は扉をさらに開いてサフィード様を通した。わざとそっけなく言う。
「お茶を淹れますから、サフィード様もどうぞ」
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