4 / 51
若頭は心配性
しおりを挟む
◇
空はのどかに晴れ渡り、柔らかな風と陽光が春の訪れを教えてくれる。まだまだ寒い日も多いが、三月に入ったばかりの気温にしては、今日は過ごしやすいほどに温かい日だった。
「昨夜はまた遅くまで遊んでいたのですか?」
雪成を後部座席に乗せた国産の高級車は、主要道路から離れ、郊外を走っている。窓に流れる景色も、ここが都会の中心部である事を忘れる程に、長閑な風景が広がっていた。そんなゆったりとした車内の空気をも壊して、少し咎めるような声が助手席から投げられる。
「〝また〟とは人聞きの悪い。遊んではいない。性欲処理だ」
「またと言われても仕方ないでしょう? 取っかえ引っ変え、男女問わずにアルファばかりを……」
「あのなぁ、中西。それはいつの話をしてるんだ。今は一人にしぼってる」
雪成が言い切ると、中西は一瞬黙る。その横でハンドルを握る若中の麻野は心配なのだろう、落ち着きなく中西と雪成へ視線をウロウロとさせている。
「おい麻野、しっかり前を見ろや」
「は、はいぃー! すいやせん!」
雪成を心酔しているベータの麻野は、雪成の叱責に背筋をビシッと伸ばして運転に集中する。
「それならまだいいのですが……。私は心配なのですよ。貴方は発情を今のところはしていませんが、いつなんどき発情してしまうか分からないのですよ? もしアルファの前で発情してしまったらどうするんですか?」
中西が心配するように、今のセフレである河東と出会う前は、男女問わずに性欲処理の目的で、アルファばかりを手当り次第に抱いてきた。もちろんアルファと合意の行為だが、自分が発情しない体質である事をいい事に、遊んできたことは事実だ。
「あぁ……まぁ、そうなっても大丈夫なように俺もちゃんと鍛えてる」
「正気を失ったアルファを甘く見てはいけません!」
珍しく声を上げる中西に、運転に集中していた麻野は驚き、肩を大きく跳ね上がらせた。
「ありがとな中西。今の相手とは月に一度程度会うだけだし、万が一のために抑制剤も持ってる」
「それならいいのですが……。申し訳ございません。つい声を荒らげるような真似を。ですが十分に気をつけて頂きたいです」
自分のしでかした事に沈む中西だが、雪成の口元はつい嬉しさで緩んでいた。
雪成は二年前に《青道会》の三代目会長として就いた。元《青道会》の二代目会長であった男が、雪成のことをとても可愛がっていた事もあり、その座を健康面の不調により、若頭ではなく雪成へと譲ったのだ。それも《青道会》の若頭と大半の組員が、会長が退くなら自分もという経緯があったことも大きい。
《青道会》は日本最大の組織《市松組》の二次団体だが、ベータだけで構成された珍しい組織でもあった。それだけに結束力も大きく、特に二代目を心から傾倒していた。
それでも雪成が会長へ就任するとき、半数の者が残ってくれたのは、二代目が自ら選んだ人間ということもあったからだ。だから雪成は、その期待を裏切らないよう、彼らを守っていかなければならない。
そして《市松組》に入った時から常に雪成の側に控えていたのは中西だ。きっかけは歳が近いということもあって《市松組》の組長が、雪成の世話役として中西を選んだことだった。
中西は雪成より三歳上ということもあり、兄のようでもあり、雪成の良き理解者でもあった。アルファでありながら、オメガの雪成を下に見ることは決してなく、常に雪成を立てている。しかも雪成が発情しても困らないようにと、二十歳のときには番を持つという徹底ぶりだ。
空はのどかに晴れ渡り、柔らかな風と陽光が春の訪れを教えてくれる。まだまだ寒い日も多いが、三月に入ったばかりの気温にしては、今日は過ごしやすいほどに温かい日だった。
「昨夜はまた遅くまで遊んでいたのですか?」
雪成を後部座席に乗せた国産の高級車は、主要道路から離れ、郊外を走っている。窓に流れる景色も、ここが都会の中心部である事を忘れる程に、長閑な風景が広がっていた。そんなゆったりとした車内の空気をも壊して、少し咎めるような声が助手席から投げられる。
「〝また〟とは人聞きの悪い。遊んではいない。性欲処理だ」
「またと言われても仕方ないでしょう? 取っかえ引っ変え、男女問わずにアルファばかりを……」
「あのなぁ、中西。それはいつの話をしてるんだ。今は一人にしぼってる」
雪成が言い切ると、中西は一瞬黙る。その横でハンドルを握る若中の麻野は心配なのだろう、落ち着きなく中西と雪成へ視線をウロウロとさせている。
「おい麻野、しっかり前を見ろや」
「は、はいぃー! すいやせん!」
雪成を心酔しているベータの麻野は、雪成の叱責に背筋をビシッと伸ばして運転に集中する。
「それならまだいいのですが……。私は心配なのですよ。貴方は発情を今のところはしていませんが、いつなんどき発情してしまうか分からないのですよ? もしアルファの前で発情してしまったらどうするんですか?」
中西が心配するように、今のセフレである河東と出会う前は、男女問わずに性欲処理の目的で、アルファばかりを手当り次第に抱いてきた。もちろんアルファと合意の行為だが、自分が発情しない体質である事をいい事に、遊んできたことは事実だ。
「あぁ……まぁ、そうなっても大丈夫なように俺もちゃんと鍛えてる」
「正気を失ったアルファを甘く見てはいけません!」
珍しく声を上げる中西に、運転に集中していた麻野は驚き、肩を大きく跳ね上がらせた。
「ありがとな中西。今の相手とは月に一度程度会うだけだし、万が一のために抑制剤も持ってる」
「それならいいのですが……。申し訳ございません。つい声を荒らげるような真似を。ですが十分に気をつけて頂きたいです」
自分のしでかした事に沈む中西だが、雪成の口元はつい嬉しさで緩んでいた。
雪成は二年前に《青道会》の三代目会長として就いた。元《青道会》の二代目会長であった男が、雪成のことをとても可愛がっていた事もあり、その座を健康面の不調により、若頭ではなく雪成へと譲ったのだ。それも《青道会》の若頭と大半の組員が、会長が退くなら自分もという経緯があったことも大きい。
《青道会》は日本最大の組織《市松組》の二次団体だが、ベータだけで構成された珍しい組織でもあった。それだけに結束力も大きく、特に二代目を心から傾倒していた。
それでも雪成が会長へ就任するとき、半数の者が残ってくれたのは、二代目が自ら選んだ人間ということもあったからだ。だから雪成は、その期待を裏切らないよう、彼らを守っていかなければならない。
そして《市松組》に入った時から常に雪成の側に控えていたのは中西だ。きっかけは歳が近いということもあって《市松組》の組長が、雪成の世話役として中西を選んだことだった。
中西は雪成より三歳上ということもあり、兄のようでもあり、雪成の良き理解者でもあった。アルファでありながら、オメガの雪成を下に見ることは決してなく、常に雪成を立てている。しかも雪成が発情しても困らないようにと、二十歳のときには番を持つという徹底ぶりだ。
0
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
【完結】雨降らしは、腕の中。
N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年
Special thanks
illustration by meadow(@into_ml79)
※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
大晦日あたりに出そうと思ったお話です。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿

傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

実はαだった俺、逃げることにした。
るるらら
BL
俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!
実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。
一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!
前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。
!注意!
初のオメガバース作品。
ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。
バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。
!ごめんなさい!
幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に
復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる