2 / 51
プロローグ
しおりを挟む
◇◇
初めて人の温もりというものを感じた十六歳の冬。
空からはらはらと、舞い踊るように落ちてくる銀華が、東京の街を白く染めていった時だった。
『儂と一緒に来んか?』
そう言って差し出された手は、年齢の割にはシワが少なく綺麗なものだった。とは言っても、正確な年齢は分からない。五十代にも見えるし、六十代にも見える。
ただこの男が纏う空気は、長閑やかに感じつつも、実際その裏に潜む真っ黒な闇が全く隠れてもいなかった。きっと隠そうともしていないのだろう。
少年は面白そうだとひっそりと笑む。
『俺はオメガだぞ?』
少年がわざと不遜に言い放つと、男は目尻のシワを深くする。
『あぁ、どうりで稀に見る美人だ。国宝級だな。だが、オメガが何の関係がある?』
男はチラリと少年の周囲に倒れている男らに目を向けた。
男たちは少年が倒した。まだまだ十代というあどけなさがある中で、少年は誰もが見惚れてしまう程に美しい顔立ちをしている。
眦が僅かに上がり、少し気の強そうな印象を受けるが、長い睫毛で縁取られた目の虹彩が、蜂蜜を溶かしたかのような澄んだ琥珀色をしている。そのため、角を取ったかのような柔らかさも見せていた。
鼻筋は綺麗に通っており、唇は女と見紛うほどに赤みを帯びていて、妙に蠱惑的で思わず生唾を飲んでしまう程だ。
そんな見た目から、まさか自分よりも大きな男を六人も倒すなど、誰が想像するだろうか。
『いい腕をしている』
男が少年を称えるが、そこに揶揄は感じられず、恐らく本音なのだろうと少年には伝わった。
少年はオメガという事を抜きにしても、この見た目のせいで男らに絡まれることが多かった。
いま倒れている男たちは、少年をレイプしようと、路地裏へと連れ込んだ輩たちだ。しかし、いとも簡単に倒されてしまうことになった。華奢な身体付きだった少年に、男らも容易いと高を括っていたのだろう。それがこうもあっさりと倒されてしまえば、男らの面子も形無しと言えよう。
『俺は目がいいんだよね。動体視力っての? 相手の動きが手に取るように分かるから、攻撃される前に急所を突くんだよ』
『ならほど。ますます気に入った。儂と来い』
〝来んか?〟が〝来い〟になった。いずれにしても少年の中ではもう決まっていた。
『行く』
再び差し出された男の手を、少年は迷いなく取った。
このまま帰ると言っても、少年にとって〝家〟と呼べる場所はない。オメガを腫れ物扱いする職員ばかりの児童養護施設で少年は育ち、人の温もりというものを一度も感じたことがなく過ごしてきた。だからこの時触れた男の手の温もりが、信じるに足ると少年の直感が働いたのだ。
この男がどんな男かも分からないのに。堅気ではないことは明確であるのに、少年には恐れが全くなかった。
オメガというだけで生きにくい社会で、自分を必要としてくれる人間がいる。だから自分も、この時ついて行かなければ良かったと、後悔しないための道を、切り開いていく必要がある。
だがそんな後悔が訪れることはないと、少年の中では妙な確信があった。
手を握り合う男の手と、闇を思わせる漆黒の目だが、真っ直ぐに向けられる眼光には、甚く貫禄があったからだ。
──俺は一生ついていくぜ。
繁華街の路地裏に上がる白い息が二つ。それは男を待つ、黒塗りの高級車へと消えていく。
少年の新たな人生が幕を開けたのだった──。
初めて人の温もりというものを感じた十六歳の冬。
空からはらはらと、舞い踊るように落ちてくる銀華が、東京の街を白く染めていった時だった。
『儂と一緒に来んか?』
そう言って差し出された手は、年齢の割にはシワが少なく綺麗なものだった。とは言っても、正確な年齢は分からない。五十代にも見えるし、六十代にも見える。
ただこの男が纏う空気は、長閑やかに感じつつも、実際その裏に潜む真っ黒な闇が全く隠れてもいなかった。きっと隠そうともしていないのだろう。
少年は面白そうだとひっそりと笑む。
『俺はオメガだぞ?』
少年がわざと不遜に言い放つと、男は目尻のシワを深くする。
『あぁ、どうりで稀に見る美人だ。国宝級だな。だが、オメガが何の関係がある?』
男はチラリと少年の周囲に倒れている男らに目を向けた。
男たちは少年が倒した。まだまだ十代というあどけなさがある中で、少年は誰もが見惚れてしまう程に美しい顔立ちをしている。
眦が僅かに上がり、少し気の強そうな印象を受けるが、長い睫毛で縁取られた目の虹彩が、蜂蜜を溶かしたかのような澄んだ琥珀色をしている。そのため、角を取ったかのような柔らかさも見せていた。
鼻筋は綺麗に通っており、唇は女と見紛うほどに赤みを帯びていて、妙に蠱惑的で思わず生唾を飲んでしまう程だ。
そんな見た目から、まさか自分よりも大きな男を六人も倒すなど、誰が想像するだろうか。
『いい腕をしている』
男が少年を称えるが、そこに揶揄は感じられず、恐らく本音なのだろうと少年には伝わった。
少年はオメガという事を抜きにしても、この見た目のせいで男らに絡まれることが多かった。
いま倒れている男たちは、少年をレイプしようと、路地裏へと連れ込んだ輩たちだ。しかし、いとも簡単に倒されてしまうことになった。華奢な身体付きだった少年に、男らも容易いと高を括っていたのだろう。それがこうもあっさりと倒されてしまえば、男らの面子も形無しと言えよう。
『俺は目がいいんだよね。動体視力っての? 相手の動きが手に取るように分かるから、攻撃される前に急所を突くんだよ』
『ならほど。ますます気に入った。儂と来い』
〝来んか?〟が〝来い〟になった。いずれにしても少年の中ではもう決まっていた。
『行く』
再び差し出された男の手を、少年は迷いなく取った。
このまま帰ると言っても、少年にとって〝家〟と呼べる場所はない。オメガを腫れ物扱いする職員ばかりの児童養護施設で少年は育ち、人の温もりというものを一度も感じたことがなく過ごしてきた。だからこの時触れた男の手の温もりが、信じるに足ると少年の直感が働いたのだ。
この男がどんな男かも分からないのに。堅気ではないことは明確であるのに、少年には恐れが全くなかった。
オメガというだけで生きにくい社会で、自分を必要としてくれる人間がいる。だから自分も、この時ついて行かなければ良かったと、後悔しないための道を、切り開いていく必要がある。
だがそんな後悔が訪れることはないと、少年の中では妙な確信があった。
手を握り合う男の手と、闇を思わせる漆黒の目だが、真っ直ぐに向けられる眼光には、甚く貫禄があったからだ。
──俺は一生ついていくぜ。
繁華街の路地裏に上がる白い息が二つ。それは男を待つ、黒塗りの高級車へと消えていく。
少年の新たな人生が幕を開けたのだった──。
0
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
【完結】雨降らしは、腕の中。
N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年
Special thanks
illustration by meadow(@into_ml79)
※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
大晦日あたりに出そうと思ったお話です。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿

実はαだった俺、逃げることにした。
るるらら
BL
俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!
実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。
一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!
前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。
!注意!
初のオメガバース作品。
ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。
バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。
!ごめんなさい!
幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に
復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる