逆行子役の下克上戦記

寿もと

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『ひまわり家族』後編

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 カーテンから差し込む日の光と、耳に飛び込む鳥の囀りに、こんなにも吐き気を催したことはあっただろうか

 気怠く、意識も白濁としていて姿勢もいつも以上に悪くなっているのを感じる

 昨夜から一睡もしていないが、眠気は一切ない…。

「…はぁ」

 無意識にこぼれ落ちたため息

 重い体を引きずり、シャワールームへと足を運ぶ


 一人で住むには広すぎるこの家は、過去には結婚する予定だった恋人と住んでいたこともあったが、遠い過去の話で、今は自分ただ一人の住処

 既に建ってから10年は経つのに未だに新品同様に綺麗だが、インテリアには微かに埃がかぶっていて、閉店したてのインテリアショップの装いと言っても過言じゃないだろう

 牛歩の如く重い足取りで洗面台に着くと、大きな鏡が自分の惨めな姿を映し出していた

 ボサボサの髪は前髪が長く目を覆い隠していて、髭も伸びっぱなしで清潔感なんてありゃしない

 自分も歳を取ったのか、目尻に小皺がうっすら、眉間にも不機嫌そうに縦のシワが深く刻まれていた。

「…」

 鏡に映った自分と目が合い、酷く淀んで汚くなった自分の瞳が、なんだか虚しい気持ちにさせる。

(俺も、汚れたな…)

 過去の自分に教えてやりたい。
 お前が一番なりたくなかった人種に、お前はなるんだぞ。
 と…。

(成功した者が幸せになれるんだと思ってたあの頃の自分は、なんて馬鹿だったんだろう…。)

 過去のキラキラとした目をしていた自分はもういない。
 だからこそ、後悔するしか、今の俺の『罪悪感』から逃れる方法はなかった。

(俺は、また同じ過ちを繰り返すのか…『太陽』を潰したあの時の様に、また才能を潰すのか…)

 唇を噛み締めると、乾いた唇の皮膚がピリつき微かに鉄の味がした。

(…、太陽…)

 幼かった、あの子は…今何をしているのだろうか…

 今でも思い出す…あの子の無邪気な笑顔を… 

 俺は『少年』の名前すら知らなかった、ただただあの子が『太陽』という認識しかなかったから、演じてるんて噯気にも出さなかったから…当たり前の様にあの子が『太陽』だったから…

 俺は、本当のあの子を知ろうともしなかった。

 後から知った、少年の名前は芸名で…本当の名前は跡形もなく消え失せて、探そうにも探す手立てはなかった。

(いや…興信所や、探偵を雇えば、探し出せたかもしれない)

 だけど、それをしなかったのは…

 『太陽』に恨まれているのを実感するのが怖かったからだ…。

 
 あの子の優しい瞳と、無邪気な笑顔に何度助けられただろう…

 スランプに陥った俺を慰める様に、『太陽』は何度も俺に笑いかけた

 『「ニノマエ先生!俺、なんでも出来るから、安心して俺を『使って』よ!」』

 才能のある彼には、並大抵の演者では決して出来ないであろう難題すら、朝飯前とでもいう様にやってのける

 そんな彼に、俺は敬意と信頼を寄せていて、あの子には出来ないことなんて無いとも思っていた…

 まだ11歳の子供に、本気でそう思っていたのだ。

「っ!!!」

 脳裏に過ぎる、あの日見た『壊れた』太陽の姿を…

 眠る度に夢で苛まれる

 『太陽』に侵略させられた精神は、元の『あの子』を押し潰して、本当の『あの子』がわからなくなってしまった、あの日…

 自分を見失いかけ、これ以上『太陽』を演じたくないと号泣するあの子に、『太陽』を演じる様強要したのは…他でもない俺自身だ。
 狂った様に泣き叫び、暴れる『あの子』を、その場にいた関係者は取り押さえ、あの子の本当の名前を誰も呼ばなかった。

 『太陽』

 彼に向けられて放たれた名前はそれだけで、そこで求められていたのも『あの子』ではなく『太陽』だった

  
 『「俺は、『太陽』じゃないっ!!」』

 真っ赤に充血した目で俺を睨みつけた『あの子』は、優しい瞳も、無邪気な笑顔も、何もなかった。



 あの子の気持ちを一番理解していたのは俺だったのに、俺はあの子を突き放した…

 『「俺たちに必要なのは『太陽』だ。お前じゃない。」』

 あの子の絶望に染まった表情は忘れられない…

 静まり返るあの場所で、撮影時間が押していて、ダメ元でカメラを回してみてば、そこにいたのはいつも通りの『太陽』だったから、俺も周りも、なんだただの駄々だったのかと安堵したが、あの日以降…

 『あの子』も『太陽』も消えた。 

 
 まだ、本当のラストシーンを撮っていなかったから、血眼になって『太陽』を探したけれど、結局クランクアップの期間までには間に合わなくて、撮影出来た箇所だけで繋ぎ合わせた未完成の作品が、世に出回ったのだ…。

 『太陽』に裏切られた失望感と怒り…

 そんな気持ちで、思わず『太陽』が所属していた事務所に問い合わせたが、そんなことしなければ良かったと、あの子の事務所の所長と話して後悔することになるなんて、その時の俺は知らなかった。

 
 『「あぁ、あの子ね…今精神病棟に隔離されてるらしいよ」』

 『「…は?せ、精神病棟?」』

 『「そうそう、なんか風呂場の鏡を頭で叩き割って、その破片で手首切って湯船に浮いてたんだってさ…、すぐに救急車に運ばれて命に別状はなかったけど、精神的におかしくなって精神病等行き決定だってさ。自殺未遂なんて本当、良い迷惑だよ」』

 『「じさ、つ未遂」』


 無邪気に笑う『太陽』の笑顔は、本物だったのか

 あれは、『本当の彼』 だったのか『太陽としての演技』だったのか…俺は今も何も理解出来ないでいる

 あの子が生きていれば、もう24…25歳くらいだろうか…

 太陽の年齢は小学五年生…だが、本当のあの子は何歳だったのだろう…

 俺が太陽を追い込まなければ、あの子は今でも演者として活躍していただろう

 その未来を踏み潰したのも壊しのも俺自身だ

 この十数年間、その事だけを考えて過ごしてきた…
 自分の罪を認めなければ、俺は人殺しも同然なのだから…

 贖罪の様に、俺は自分の本当に作りたい作品から目を背け狂った様にハッピーエンドの作品しか作らなくなっていた…
 太陽への後ろめたさと…『TSUBAKI』を完成出来なかった戒めとして。

 もう一度、太陽の様な天才を目の当たりにしたら…俺はもう一度同じ様な結末を引き起こすだろう…映画監督として…の俺ならば

 だからこそ、俺は天才を使わない…そんな思いで、惰性で続けた面白みのない作品と下手くそな役者をあえて使っていたのに…

 なんの因果なのか…太陽と同じく本物の天才が現れてしまった

 
 『舞』

 初めてあの子を見た時、容姿も身長も違うのに…太陽と被って見えた…。

 ああいう本物は醸し出すオーラが全く違うのが一瞬でわかる

 その場の雰囲気に合わせて変幻自在に色も匂いも姿も変えてしまう…常人では決して出来ない狂気の所業…

 あの子がオーディションを受けたと聞いて、怖くなった…

 『舞』にではなく、『俺自身』にだ…

 太陽の一件があり、天才を使わないと心に決めたものの、映画監督しての俺の心の中はヨダレをだらだらと溢し狂喜乱舞しているのを他人事の様に思い…心の中では既に『舞』を使うことを決めていたからだ…

 案の定…意思の弱い俺の意見は通らず、『舞』は起用された

 周りは『舞』の役柄を主要人物にしたがっていた様だが、それは全力で遮利、3カットしかない脇役を与え、収拾は着いたが…

 俺は撮影が始まっても、現場に行けないでいた…

 職務放棄と言っても過言ではないし、むしろ今の現状を見れば一番合っている言葉だろう。

 どうしても、『舞』の演技を見たくはなかった…

 映画監督としての本能が顔を出してきているのに、今『本物』を見てしまえば、俺はまた同じ過ちを繰り返すに決まってる…

 勢いよく蛇口を捻ったが、水はおしとやかにこぼれ落ちていく

 こぼれ落ちていく水を見ながら、先日話した演出家であり長い付き合いである、土井との会話を思い出した。

 
 『「お前…まだ生きてるか?」』

 言ってる意味が理解出来ず、土井が珍しく冗談を言ったのだと思い苦笑して見せたが、土井は至って真面目な顔をしていた

 『「生きていなかったら、目の前にいる俺はなんなんだ」』

 そう言い返したが、土井は表情を変えず、俺を審査するかの様な目で見ていた。

 『「映画監督としてのお前は生きているか?」』

 あまりにも真っ直ぐな問いかけに、何も答えられず仕舞いで、そんな俺を見て土井は背を向け、来週からは必ず撮影に出る様に言って、帰っていった。

(映画監督としての…俺か)

 『TSUBAKI』以降、俺は書きたい作品を書けずにいた…

 その度に、何度も土井に「本当にこれでいいんだな?」と念を押され、妥協した大衆向けの作品達

(これでいいんだよ…、もう)

 自嘲気味に鏡の中のくたびれた自分を嗤ってやると、心なしか怒っているかの様にも見えた

「…いくか」

  
 そろそろ、覚悟を決めて対峙しないとな…

 俺の苦手な『天才』と…

  
 …俺の頭の中の『太陽』と…

  

    



 ☆


「え!?ちょっと、あれ!」

 片手で口を覆い、もう片方で指差す若い20代前半の新人スタッフが口をアングリと開けながら突き刺した人差し指が震えている様子につられ視線をその先へと向けた

 
「…るるか」


 元々、ボブくらいの長さしかなかったのに、ザンバラに切られた頭髪は、かなり短くボサボサだ

「何考えてんだよ…」

 驚きを隠せず思わず呟き、るるかを観察すると…ある違和感に気づく。前回と同じ服装なのに…何だか雰囲気が違う

 髪型のせいにするのは…何だか違う気もするし…なんなんだ…。

「あ、入山副監…めっちゃ慌ててるじゃん」

 同期の菅原が哀れんだ顔をしながら、るるかに詰め寄る入山副監督を宥める様に付添人の熊の人が『るるか』から遠ざかっていく様子を他人事の様に見ているので思わずため息が出た

「どうすんだろうな…やっぱ外すのか…『るるか』」

 菅原が面白くなさそうに唇を尖らせる

「…その可能性もあるかもな…前回の1カットでアレだし。」

「…もったいないよなぁ…。」

 今日の撮影のラストに前回の『るるか』の登場シーンを撮り直しをすることはスタッフには全員通達済みのため、皆が皆今のるるかに対する現状をなんとなく理解していた…

「…でもよ、今日ニノマエ監督来るんだろ?『るるか』を起用するの反対だったみたいだし…もしかしたら『るるか』の登場シーンまた削られんじゃないか?」

「不吉なこと言うなよ…」

 冗談めかしく菅原は言うが、可能性的にはゼロではない

「にしても、この二日で何があったんだ?」

 やつれすぎだろ…。と菅原続けたので『るるか』へと視線を戻すと、確かにやつれていた。

「それに服装も前のと同じだし…」

 前回の撮影と全く同じダボダボのグレーのパーカーに丈の余ったズボンは膝の辺りが薄汚れていた

 パーカーの袖口は伸びきって弛んでいて、なんとも不格好である

「『るるか』の私服なのか、事務所の意向なのか…」

 呆れた様に菅原が苦笑いを溢し、冷たい視線を『るるか』の付添人に向けていた

  付添人は、体格が良くまるで熊の様な風貌だったが…なんとも弱々しい印象で、前回見かけた時と…また印象が異なった

(本当に…この二日間で何があったんだ?)

  口の中がカラカラに乾くのを唾を飲んで誤魔化すと、あまりにも凝視していたからか『るるか』がこちらへと顔を向けた

 
 「っ!!」

 飲み込まれる

   
『るるか』はすぐに顔を背けたが、俺は心臓が蛇にでも飲み込まれたかと思うほど、冷たくなるのを感じた

「…なんなんだ…あの『化け物』は」

 『天才』なんかじゃ生温いとでも言う様に、『るるか』は演じていなくても異様だ

「…むしろ、『るるか』ごと削減した方が…良いのかもしれないな」

 自嘲気味に笑って見せると、菅原が心底意外そうに顔を歪めた

「染谷…お前…あんなに『るるか』のことご執心だったのに、どうしたんだ?自慢のアフロでもぶつけたか?」

「アフロは関係ないだろ!」

 この後に及んでふざける菅原に毒気が抜ける

「お、『主人公』のお出ましたぞ」

 菅原は機材を肩に担ぎながら少し離れた所に停められた車から出てくる、今作の主人公『日向 葵』を指差した

 今年7歳になる、この少年は芸歴5年の子役で、この作品のスポンサーの孫だったりもする

 実力は、まぁ普通の子役よりは上手いだろうし、見た目も悪くないので、作品の主人公を張るには物足りないが及第点だろう…

「真田の坊ちゃんの登場じゃん…『るるか』とは初顔合わせだろ?」

 真田の坊ちゃん…『日向 葵』役の本名は、真田 雷人

 あの真田製薬の代表の実孫であり後継だ

「今日も真田節が出んのかな~」

 少し愉快そうにニヤつく菅原を肘で小突き、声のトーンを落とす様に促す

(わがままぼっちゃんと『るるか』の対面…不安要素しかないじゃないか…)

 そう思ったが瞬間、予想は当たった

「お、真田の坊ちゃん、『るるか』に接近したけど大丈夫か?あれ…」

 ニヤニヤ顔の真田雷人に『るるか』は話し掛けられている様に見えるが、るるかの反応は薄い…

 ぼーっと一点を見つめるかの様に、真田雷人の声が耳に入っていない様にも見える

 反応が薄いと言うより、無視してないか?

「真田の坊ちゃん相手にガン無視とは…流石だなぁ」

 菅原が苦い顔をして言うものだから、思わず頷いていた

『るるか』の反応が気に食わなかったのか、真田雷人は、俺たちのところにもはっきり聞こえてくる様に声をあげた

「脇役の癖に、調子乗んなよ!くそがき!!」

 若干舌足らずに怒鳴る真田雷人に物申したい

(お前もクソガキだぞ)

 『るるか』を指差し、眉と目を釣り上げる真田雷人を見向きもしない『るるか』

 るるかは俯きボソボソと何かを呟いているが、口の動きさえも小さく、全く何を呟いているのかわからない

「なんとか言えよ!この貧乏人が!!」

 頬を上気させ赤くさせる真田雷人の沸点は頂上に達したのか、強引にるるかの肩を掴んだ

 少し強めに掴んだのか、それとも爪を立てたのか、パーカーの肩ぐちに指が軽く食い込んでいる様にも見え…

 その瞬間…

「っぎい゛[#「い゛」は縦中横]っっつ!!!」

 昔、道路でネズミが車に潰された時に聞いた断末魔に似た悲鳴が聞こえた。

 一瞬にして周囲は静寂し、空白の時間が生まれた

 それを切り裂いたのは、やはり『るるか』
 カクン、、と掴まれた方の肩を押さえうずくまる『るるか』
 顔を真っ青にさせ顔にはいっぱいの脂汗をにじませ、声を押しつぶそうとしているのか唇を噛みしめ耐えていた

「は?…え?え?」

 痛みに蹲る『るるか』を目の前に、るるかの肩を掴んだ方の手と『るるか』を見比べながら顔を徐々に青くさせる真田雷人

 フルフルと震える『るるか』に、周りが騒然とするが、誰も『るるか』を助けに行かない

 そう言う俺も、地面に足が縫い付けられたかの様に動かない

 肩で息をしながら震える手で肩を押さえる『るるか』

 襟元の布が伸び切っているせいか、首筋から肩が少し晒され、その肌の色に息を飲んだ

「…おい、アレ」

 るるかが押さえている指の隙間から、どす黒く変色した濃紺の土留色の皮膚が見えた

 青痣が酷く変色した、嫌な色だ

「あんな怪我してる状態で…」

 菅原の歪んだ顔を視界の隅で捉え、俺も顔の筋肉が硬っていくのを感じた

 これ以上、見ていられなくて『るるか』に向かって歩き出そうと足を動かすと、猛スピードで『るるか』を抱き上げる人物に足が止まった。

(あの人、さっきの付添人か)

 少しの間、『るるか』を置いて、副監督に挨拶と弁解をしていたのか、熊の様な付添人は顔面蒼白にしながら『るるか』を抱き抱え、周囲に会釈を一つ済ませると、近くに設置された簡易式の休憩所のスーパーハウスへと驚くべき速さで駆け込んでいた…

 

 
 ☆

(狂ってやがる)

 化粧台にクレヨンを並べ、ニヤニヤと笑みを浮かべる『化け物』

「…はなちゃん」

 声をかけると、にっこりと作られた笑顔をこちらへ向けた

「ん?なあに新崎さん」

 先程の『るるか』とは打って変わって表情に輝きを纏う幼子に鳥肌が止まらない

「…どう言うつもりだい」

 『るるか』の衣を脱いだ、はなちゃんに問いかけると、花ちゃんは貼り付けた笑顔のまま口を開いた

「だから言ったでしょ?『るるか』に意味を持たせましょうって」

「…はなちゃんの言う『意味』が…よくわからないんだが」

 はなちゃんは、大きなため息を着いて、紫色のクレヨンを片手に掴んだ

「…この作品に…『るるか』は必要?」

 化粧台の鏡にクレヨンを突き立てるはなちゃん

「…私は必要ないと思った…あの『台本』だとね」

 見た目にそぐわない流暢な喋りは、何度聞いても違和感があり更に不気味さが増す

「だからこそ『意味』を持たせないと…私が演じたくないの」

 グリグリと鏡にクレヨンを押しつけ大きな丸を描くはなちゃん

「私は演じたい『人』しか演じない…」

 吐き出す様に、紫のクレヨンを叩きつけると、新しく赤色のクレヨンを掴んだ

「…はなちゃん、そんなことばかりしていると…仕事来なくなるよ」

 苦言するつもりはないが、事務所からしても俺からしても『ワガママ』で使い辛い子役は、いくら有能でもありがた迷惑だ

「別に良いわよ…」

 赤色のクレヨンを同じ様に鏡に押し付けながら大きな円を描く

「まぁ…私を使いたくない作家は、『芸術家』として失格」

 赤のクレヨンがぼきんと二つに折れ、それも床に叩きつけると、更に黒のクレヨンを手にとった

「はな、すごいから」

 ニコッ

 大輪のひまわりが咲くような幻覚を纏う微笑みに、圧倒される

「だから、邪魔しないでね?」

 天使のような微笑みなのに、部屋の温度が冷たくなるような声色

「…あ、あぁ、わかったよ、はなちゃん」

 あまりにも気圧され、はなちゃんの目すら見れなくなり、情けない自分に悲しくなる

「ほら、もう少しで、『るるか』の時間だわ」

 時計を指差しながら、黒いクレヨンを二つに折ると、その手で紫、、黒で鏡に描いた円に、汚れた掌を添えた

 強く押しつけ、引きずるように掌をずらすと

 『土留色』したどす黒い色が、はなちゃんの掌にへばり付いていた…。

「ほら、急がないとね」

 その汚れた掌を、徐に自身の頬へと擦りつけると

 見事な『あざ』が出来ていた

 
「ほら…意地悪な『るるか』の出番よ」

 

 にっこりと笑う『化け物』に
   俺はただただ…口を噤んだ

 

 
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