逆行子役の下克上戦記

寿もと

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『ひまわり家族』 前編

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「あの子…ダメですよ」
 
 ため息を吐きながら、カラスの様に真っ黒な髪を一つにまとめた中年の女がため息混じりに、手元の資料をトントンと叩く。
 
「あなたが直々に見て欲しいって言われたから、しょうがなく引き受けたけれど…あれはない。」
 
 こちらを節目がちに睨む女に、口元が引きつるのを感じた
 
「…どういう意味だ」
 
 この女は、数々の名子役を指導したプロの講師…
 日本の芸能界を担う名子役は皆、この女の指導を受け巣立っていると言ってもいい程だ…。
 
 その女に、三嶋に…うちの期待の新人を、3ヶ月前に任せた筈だ。
 あの、『道野はな』を…。
 
 あの化け物的な存在を、『ない』というこの女の神経がわからない。
 
「新崎さんが連れてくる子だから、少なからず期待していたのに…、この3ヶ月、あの子を毎日の様に指導してきたけれど…なんの成長も見られなかったわ…そう、なんもね。」
 

 苦い顔をし、書類の『道野はな』の部分を指で叩き下へとスライドしていく。

 視線を指先へと動かすと、それは【成績表】と記されてあり、全ての項目において、『E -』と記入されている。
 
 思わず書類を掴み、引き寄せて食い入る様に視線を動かすと、やはり変わらず『E-』の文字。
 
「…う、そだろ」
 
 手元が震える
 
「…来週から、撮影なんでしょ?ニノマエ監督の…。。
 
 本当に使う気?」
 
 理解が追いつかない、何を言っているのか意味がわからない
 
「…指導中のテープは?」
 
 やはり信じられない、自分の目で確認するまでは納得出来ない
 
 
(あの道野はな…が?)
 
 あの園田グループの代表がスポンサーとなったばかりというのに、まさか、落第点をもらうなんて誰が思う?
 信じたくないというよりも、信じられない。
 

「…会社用のアドレスに送ってるはずよ」
 
 三嶋は面倒臭そうに頬をかき、すでに緩くなったであろうコーヒーを啜った。
 
「具体的に…説明しろ」

 目の前の三嶋が嘘を申告している可能性もある為、強めの口調で言うと、三嶋はため息を吐き手元の資料を引ったくった。
 
「まず、基礎が全てにおいて出来てない。」
 
 人差し指で机を叩き【発声】【抑揚】【表情】【仕草】の順にトントンと叩く。
 

「普通の三歳児と比べるなら、まぁ出来ているんだとは思うけれど、撮影で使えるかって聞かれたら…全力でNOよ。
 
 この子を使ったら作品自体が潰れるわ…。」
 
 背筋で嫌な汗が伝った。
 
「…だが、あの子は…あの『舞』だぞ?」
 
 苦しく狭まる喉を無理やり押し広げ発するが、三嶋は呆れた様に項垂れた。
 
「残念だけど…、全力は尽くしたわ…。私だってニノマエ作品に出るって聞いてたから最初からスパルタで指導していたし、なんなら手も出したわ…。それでもあの子は…いつも“オドオドとして”何を言っても成長なんてしなかった…。」
 
 悔しそうに顔を歪ませる三嶋は、昔からプライドの高い女だった。その分、指導者としての実力は本物で、確かな実績を残してこの業界を生き残ってきた。
 そんな三嶋が手に負えないと匙を投げたのが、まさかの『道野はな』なんて…。
 
「…台本はもう既に貰ってるんでしょ?出番は多いの?」
 
 厳しい顔の中に心配の色を見せて訪ねてくる三嶋。
 その言葉に、体が固まる。
 
「…え?」
 
 黙り込んでしまった俺の様子に、怪しそうに顔を歪める三嶋。
 
「…序盤に2カット…中盤に長回しで1カット…」
 
 オーディションで勝ち取ったと思えない役回りに、台本を受け取った当初はニノマエ監督に抗議さえもした…。
 
 だが、もともとニノマエ監督の反対を押し切り、なおかつ二次選考まであるオーディションを、道野はなは一次しか受けていない。
 
 だからこそなのか、ニノマエ監督の所業なのか…
 
 来週から撮影を開始する、定額動画サービスのオリジナルドラマ【ひまわり家族】…およそ二時間弱の品物となっていて、道野はなはその中で、なんとも言えない立ち位置の役柄に抜擢された。
 
 脇役…『るるか』
 
 主人公の妹と同じ幼稚園に通っている女児役だ。
 
 元々、小学1年生の年齢が規定であった為、3歳と半分の年齢しかない道野はなは必然的に主要登場人物からは外れてしまった。
 そのため急遽、用意された脇役が『るるか』である。
 
 『るるか』の家族構成や、性格は特に指示されず、本当に短いセリフのシーンと、中盤に主人公の妹と喧嘩するシーンがあるのだが、そのある程度の尺を確保出来るであろうシーンは、完全に『るるか』は『嫌なやつ』としての役回りとなっていた。
 
 主人公の妹役の5歳の『ユミ』と同じ幼稚園、同じ『ひまわり組』。
 
 『ユミ』は他の子と比べると、食べることが大好きな為、ぽよぽよとしたふくよかな体型らしく、それを『るるか』はいつもからかっていて、『ユミ』を何度も泣かしてしまう。
 偶然、主人公が親と一緒に『ユミ』を迎えに来た際、『るるか』が『ユミ』を泣かしている場面に遭遇し、主人公は怒りのあまり『るるか』を突き飛ばし泣かしてしまい、大事になってしまうが、主人公は『ユミ』に助けて貰ったことを感謝し、叱られながらも兄として実感が芽生える場面だ。
 
 主人公と『ユミ』は二つしか年齢差がないことから、今まで与えられてきた、親の愛情を妹に取られたと思い、妹に冷たく当たってしまうが、『るるか』の意地悪により、泣いている妹を見て、兄として妹を守らないとという使命感が芽生える物語の中盤の大事なシーン。

 その咬ませ犬が『るるか』だ。
 
 そのシーン以降、『るるか』の登場シーンはなく完全なる脇役で幕を閉じる。
 
 『ユミ』は早生まれの5歳設定で、『るるか』も同じ5歳設定だが、道野はな本来の年齢は3歳。
 
 道野はなが普通の3歳児よりも成長が早く確かに5歳と言われても、単体で見れば、まあまあ違和感はないかもしれない、が、本当の5歳児と並ぶと一目瞭然だ。
 見る側にしてみれば少し違和感を感じるかもしれない…。
 
 この【ひまわり家族】自体、よくある家族の物語で、特に山場も事件も起こらない、ほんわかとしたアットホームな作品だった
 
 通年のニノマエ作品となんら変哲の無い、可もなく不可もなくな作品…。
 元々、スポンサーの孫を起用するために作られた作品の為、特に力を入れているわけでもなければ、何かの賞を狙って作ったわけでもない。
 
 だからこそ、道野はなの踏み台にでもなってくれたらとでも思っていたのだが…。
 
 その道野はなに見込みが無いと、断言されてしまった。
 
 
「あの子、迎えの人が迎えに来る度に残念そうな顔をしているし、家庭環境で問題でもあるの?」
 
 苦い顔をしながら恐る恐る訪ねてくる三嶋に、道野はなの両親を思い出す。
 
「いや…あの子の両親は凄く良い人達だと思うぞ…子供の夢を応援したいと、言っていたし…」
 
 道野はなの父親は、優しそうな風貌の眼鏡が似合う人で、娘が芸能界に進出することに不安がっていたが、娘がやりたいことなら全力で応援すると言い、娘をよろしくお願いします。と頭を深く下げていたのが印象深かった。

 母親の方は、病弱な息子の世話で忙しく、あまり娘にかまってあげられないと目を逸らしながら言っていたので、母親との仲が良いかは少し怪しいが、まぁ…総合的に見たら良い両親だろう。 
 
(残念そうな顔…か。)
 
 一つ思い当たる節があるとすれば、前述したマネージャーの方だろう。
 道野はな地震が、須藤がマネージャーじゃないと嫌だと言った日から、須藤には何度も連絡を入れていた…が。
 
 
(須藤のやつ…部署移動しやがって。)

 前回、須藤が勝手に『合格』を辞退しようとした時があった。
 まぁ、今回のオーディションのことなんだがな…
 
 『合格』の辞退は一律、受けた子役に確認を必ず取らないといけないのは勿論、もし仮に勝手に辞退しようものなら、担当者は罰金の上即解雇だ。
 この業界じゃ絶対やってはならないタブーがいくつもあって、その中の一つを須藤は犯しかけた。
 須藤は元々、異常なまでに出世に拘っていて、最近の出世スピードも異常だった。
 頭もよく、仕事も出来るし人間関係も上手くやっていたかにも思えるが、側からしたら『壊れている』様にも見える。
 あいつは異常で、何かに操られているかにも見えるし、ふいに全く違う誰かだとも思うことがある。
 
 須藤がタブーを犯そうとしていると、須藤の先輩にあたる俺の部下、久坂から連絡があり急いで駆け付けたが、そこにはいつもの須藤はいなく、犯罪者のように歪んだ顔をした男がいた。
 
 つい手が出てしまったのは、本当に悪かったとは思うが、あまり後悔はしていない。
 あいつの目は、それくらい異常だった…。
 
(…。)
 
 ぞわっと鳥肌が立つのを感じ、無意識に眉間にしわが寄っていたようで指先で解す。
 
 道野はなからの直接的な願いの為、担当者を須藤に戻そうと連絡を取ったが、最初の1ヶ月は連絡が一切取れず、電話すらも繋がらずだった。
 2ヶ月目に須藤の家まで訪れたが、すでにマンションはもぬけの殻で退出した後だった。
 
 ようやく須藤を見つけたかと思えば、部署移動が完全に移動した後で、『企画課』の一員となっていた。
 
 うちの会社の『企画課』は激務な分、優秀な人員を年中求めているが、思っている以上に離職率が高く、誰も行きたがらない。
 
 新人の須藤は仕事も出来て実績を数多く残している。
 そんな須藤が『企画課』に移動願を出したなら『企画課』が逃さない手はない。
 須藤の図らいなのか、完全に移動が完了した後に、ようやくその事が知らされ、須藤の居場所を知った。
 
『企画課』まで直接赴いたが、須藤を連れ戻されると思った『企画課』は頑なに須藤と会うことを邪魔され拒否された。
 
 執行部に事の経緯を説明し、なんとか取り持って貰おうともしたが、『企画課』で着実に功績を残している須藤と、まだ無名の新人子役のわがまま…。どちらを優先しているかなんて目に見えていた。
 
 
 道野はなにも、須藤をマネージャーに戻すことを約束し、すぐにでも担当にすると伝えたのに、この様だ。
 
(良い大人が…情けないな。)
 
 確かに、このまま俺が道野はなのマネージャーとして、功績を分捕るのも悪くないと思っていたし、なんなら乗り気でもあった。
 だが、わかってしまった。
 木を隠すなら森の中、『異常を隠すには異常者のそば』。
 
(お似合いだよ…道野はなと須藤は、。)
 
 俺には手に負えない。
 
 ふっ、鼻から息が抜けた
 
 
「ちょっと、新崎くん?」
 
 三嶋が不機嫌そうに睨んでくるので、そのとき初めて自分が笑っているのに気付いた。
 
 道野はなの成績表を手元に引き寄せ、スッと備考欄に目を向ける。
 
【まるで普通の幼稚園児のよう。特に秀でた才能はない。】
 
 指で文字をなぞり、口元を手で覆う。
 
「なるほど、な。」
 
 確信は持てないが、道野はなはやってくれると俺は思ってしまう。
 心臓が早めに脈打ち高潮して、指先が熱い。
 
 困惑したように俺の様子を伺う三嶋に、いつもの営業スマイルを向けると、更に顔を顰めた。
 
「三嶋…。」
 
 声をかけると、身構える三嶋
 
「安心しろ…。道野はなはお前が思っている以上の『怪物』だからな。」
 
 手元の成績表を思い切り握り締めると、ぐしゃっとひしゃげた音がした。
 
 
 
 
 
 
 ⭐︎
 
「『るるか』のシーン、必要か?」
 
 ピクッ
 
「いや、正直いらないよな…途中退場だろ?『るるか』って。」
 
 カメラを持つ手を硬く握ると、グリップが手汗で滑った。
 
「完全咬ませ犬の脇役のシーンに2カットも使うか?長回しの1カットだけでいいだろ。」
 
 撮影器具を準備しながら軽口を叩く同僚に、唇を噛みしめ耐える。
 
「染谷!」
 
 背中にバンっと衝撃が走り、口元が緩む。
 背中を叩いたであろう人物へと振り返ると、よく見知った同期だった。
 
「菅原…。」
 
 猫の様な目つきの菅原が脚立を肩に背負い顔を覗いてきた。
 
「染谷ぃ~!自慢のアフロが萎れてるぞ!元気ないな!」
 
 戯けた様に、俺の髪をいじる菅原に毒気が抜かれる
 
「…『るるか』役の子、もう到着したか?」            
 撮影が始まり三日が経つ。
 
 順調に進んでいる様にも見える撮影に、カメラマンとして映像を録画している俺と菅原と他の同期。
 
 ニノマエ監督の新作、【ひまわり家族】
 
 主人公は、やはりスポンサーの孫で、出来レースのオーディションはやはり意味がなかった。
 それでも、新たに加えられた登場人物『るるか』。
 
 それが、例の『道野はな』が受け持つ役だ。
 
 ニノマエ監督の反対を押し切り、合格となった為、ニノマエ監督の反感を買った。
 
 物語の中盤で離脱する『ちょい役』の立ち位置でしかなく、台本を見させて貰ったが、あまり良い役とは言えない。
 人物的な特徴もなく、台詞だけ見ると『嫌なやつ』でしかない。
 
「ん~?マネージャーの人ならさっきあったよ。」
 
 菅原が指先をこめかみに当て思い出す様に言うと、自然と背筋か伸びた。
 
「…そうか。」
 
 グリップを握り直し機材を担ぐ
 
「なんかクレヨン持ってたけど、『るるか』役の子に持ってくのか?」
 
 子供らしくて可愛いな~!と菅原が言うので、あの子がまだ子供なのを再認識したのと同時に、罪悪感が心中を占める。
 
「今日のラストにそのシーン撮って、明後日には長回しの1カットで最後だろ?出番もそんな無いし、移動時間の方が長いしでかわいそうだよな~。」
 
 機材を担いで歩き出すと、隣を菅原が同じ様に機材を担いで歩来ながら喋り始めるので、思わず足取りが早くなる。
 
「…。」
 
 空を仰ぐと、思いの外天気は悪く曇っていた。
 
「雨降らないといいな…、この撮影、ほぼ天気良い設定だろ?」
 
 指を真上に立てて空を指し、そう言う菅原に、確かにと頷いておく。
 
 【ひまわり家族】のあらすじは、主人公、日向 葵が妹の日向 ユミと兄弟喧嘩するところから始まる。
 
 妊娠中の母親が、よく晴れた空の下ベランダで洗濯物を干していて、喧嘩に気づかない。
 喧嘩の原因は、3時のおやつの二人分の大きめなケーキに乗っていた苺が一つしか乗っていなくて、取り合いになったことだった。
 
 ジャンケンで買った主人公が苺を獲得するが、我慢出来なかった、妹ユミが思わず食べてしまい喧嘩になる。
 
 そこに母親が現れ、お兄ちゃんなんだから、妹に優しくしてあげなさい。と、言うが、主人公葵は納得が行かず、妹の方が好きだから自分に優しくしてくれないんだと勘違いさえする様になる。
 
 妹ユミのことが必然的に嫌いになってしまう葵だったが、ある日の3時のおやつの時間、ユミはおやつを食べなかった。
 不思議に思った葵だが、ラッキーだと思い、その日は気にせず食べてしまう。
 
 次の日も、次の日も、ユミはおやつを食べない。
 心なしか元気もない。
 
 妊娠中の母親は、家事と悪阻で気づいていない様子。
 父親も、おやすみ前に子供たちにハグをするが、繁忙期のため疲れている様子ですぐ寝てしまう。
 
 ある日、小学校が開校記念日のため休みだった。
 母親は悪阻で起きあげられないほど具合が悪かったのか、ユミのお迎えの時間が30分も過ぎていた。
 歩いて5分の距離にある幼稚園までの道のりは、車の通る道路もないし安全な道だったので、葵は母親を気遣い、自分が迎えに行ってくると言う。
 母親は、一人で行かせるわけにはいかない、近所に住んでいる姉を呼ぶから待つ様言うが、葵はそれを遮り幼稚園へと向かう。
 
 幼稚園に行くと、ほとんどの園児が帰宅していて、残っているのは、ユミと夜間保育の児童達のみだった。
 
 ユミを見つけた葵は、走り出そうとするが、ユミが泣いているのに気づく。
 ユミに向かって悪態を吐く女児童、保育士の先生は席を外しているため、気づいているのは自分しかいない模様。
 悪態の内容を聞くと、デブなどと体型をいじる言葉多く、葵はその時、ユミが最近おやつを食べないことを思い出した。
 
 この女児のせいで、ユミが最近元気がない事に気づいた葵は、思わず駆け出し、その女児を突き飛ばす。
 
 妹をいじめるな!と怒鳴る葵に、女児は驚いて泣いてしまう。
 
 その騒ぎに駆けつけた保育士と、葵達の母親。
 
 女児を泣かせたことを、母親に叱られはするが、事情を知っていた母親に抱きしめられ、自慢の息子だと褒められる。
 
 それから、兄としての自覚が芽生え、率先的に母親の手伝いや、妹におやつをあげる葵の成長が描かれる。
 
 最後には、母親が出産し、庭にユミと共に植えたひまわりの前で晴天の空の下、家族5人で満面の笑顔で写真を撮り、終話。
 
 
 
 よくある、ヒューマンドラマ。
 
 綺麗にまとまった、家族の愛の物語だ。
 これといった山場もなく、普通の家族の何気ない日常でしかない。
 
(こんな普通の作品に、『舞』を使うなんて。)
 
 ニノマエ監督は確かに天才だが、最近の作品は堕勢でしか描いていないのも真実だ。
 
 つまらない訳ではない、ただ『普通』なのだ。
 
 ため息まじりに空を再度見上げれば、夕方だと言うのに、既に辺りが暗くなり、雨が今にも降り出しそうだった。
 
 
「お!噂をすれば!『るるか』が出て来たぞ!」
 
 菅原のその言葉に、視線を下げれば…
 
 生意気そうな顔の『るるか』がいた……。
 
 『舞』とは全く違う印象で、少し驚いた。
 
「…『るるか』の最初の登場シーンって…」
 
 無意識に声に出ていたのか、隣で菅原が台本のページを捲った音がした。
 
「母親が、ユミを迎えに来るシーンだ、その時、ユミのことを睨むんだっけか?」
 
 最初の『るるか』のシーンは台詞もなくただ5秒間、ユミを睨んで今日の撮影が終わる。
 
 『るるか』とユミが持ち場に着くと、思った以上に『るるか』が小さいことに気づく。
 
(それに…長袖?)
 
 幼稚園自体は、私服通園のため特に制服は用意されていない。
 数カットしか登場しない『るるか』には自分の私服を持ってくる様に伝えられていて、極力シンプルなものと伝えられてはいたが…。
 
 なんだか、今の『るるか』の格好には違和感がある。
 
 
「なんか、男の子もの?か、あれ。」
 
 思ってた以上にボーイッシュな格好だった為、少し驚いた。
 
(ああいう服が好みなのか?)
 
 持ち場についた『るるか』を観察しながらも、違和感の正体に気付けずにいる。
 
 観察を続けていると、スタッフ達が映像内から消え、本番が間近だと察する。
 
 
 台本の確認が終わり、本番へのチェックが入り、映し出された映像へと目を映すと、画面越しに、『るるか』と目が合い、何故だか心臓を掴まれた気がした。
 
 カメラテストが終わった様で、カメラマンの先輩がOKサインを監督に出すと、監督の、入山さんがカチンコを片手に眠たげな顔で腕をふった。
 

 
 カチン
 
 
 ☆
 
 
 
 
 るるか、あの子嫌い!
 
 太ってるし、いつもニコニコしてるし!
 
 お迎えに来てくれるお母さんも優しそうで、たまに見かけるお父さんも、すごくおめめが優しいの!
 
 でもお兄ちゃんとは仲良くないんだって!
 そこは、るるかと同じだから許してあげる!
 
「ユミ~!迎えに来たわよ」
 
 デブのユミのお母さんが来た。
 
 ずるい。
 
「ママ!まって!まだ遊びたいの!」
 
 デブのユミがわがまま言ってる…おかあさんにわがまま言うなんて、頭おかしいよ!!
 
 るるかだって、早くおかあさんに迎えに来て欲しいけど、いつもお迎えは夜遅く…。
 
 るるかだって早くおかあさんに会いたい。
 
「こらこら、お兄ちゃんにおやつ取られちゃうわよ」
 
 おやつ?家でおやつなんて出るの?
 
 なんで?るるか、家でおやつなんて食べたことないよ?
 
 ずるい、ずるいよ。
 
 悔しくて涙が出てきた、でもデブのユミは気付かないんでしょ?
 だって、デブのユミは太り過ぎて周りが見えないんだから。
 
 ギュッと長袖の上から握った腕が痛い。
 
 ずるい、ずるいよ。
 
 唇を噛みしめたら、なんだか本当に涙が溢れそうになって、咄嗟にデブのユミを睨みつけて涙が溢れるのを耐えた。
 
 嫌いだ、ユミなんて嫌い…
 
 
 大っ嫌い!!
 
 
 真っ黒な空から、ポツポツと雨が降ってきて、るるかの頬を濡らした。
 
 

 
 
 カチン
 
 
 
 ☆
 
 
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