逆行子役の下克上戦記

寿もと

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『雪と舞』

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「台本、最後のシーン、全部書き直す。」


 
 稲田孝作の言葉に、スタッフ陣はアングリと口を開けて固まった。



 
「は、はぁ!?ちょっと稲田さん!?」
 
「控室で書き直してくる。邪魔すんなよ。」
 
「ちょっ!!まずいですって!今日中にクランクアップしないと、間に合わないっすよ!!」
 
「今日中に間に合わせればいんだろ」
 
「ちょっと!稲田さん!?待ってください稲田さん!!」
 


 ガヤガヤと、うるさいスタッフ陣を尻目に、私は自分が抱えている『人形の頭』を見る。
 


 『雪』を模倣した人形は完成度が高く、引いて見れば人間のそれとなんら変わらない。


 
 血糊で真っ赤に染まった自身の服を見下ろし、ひとつため息をついた。



 
(疲れた。)
 
 

 もう何も考えられない。
 
 頭がぼーっとする。
 


 『雪』の頭を膝に乗っけながら、ぼぉっ、と茜色に染まった空を見上げた。
 



「はなちゃん…」
 
 誰かの名前が呼ばれている。
 
「はなちゃん?」
 
 私の近くに誰かいるのかな?
 
「はなちゃん!」
 
 はなちゃんって、だれだっけ


 
「っ、舞っ」
 

 あ、呼ばれた?
 


「え?」
 
 
(あれ、今、舞…って?)
 
 
 視線を上げるとそこには、ボロボロと涙を流す『泉さゆり』


 
「っ!!」
 


 バチっと目が合った瞬間、吸い込まれたかの様に私に飛びつき、力強く抱きしめられた。
 


「ごめんねっ、ごめんなさいっ」
 


 何に対しての謝罪かもわからなかったけど、抱きしめられた体はとても心地良くて、ついすり寄ってしまう。


 
 抱きしめ返す様に、彼女の背中に手を伸ばし、力の入らない手をそっと添えた。
 


 
(あー…。とっても眠たい。)
 



 与えられた温もりと優しい匂いに包まれて、もうまぶたをあげていることが出来なかった。
 


(どうしよう…まだワンシーン残ってるのに…。)
 



 でも、きっとその時になれば、誰か起こしてくれるよね…。
 


 だから、今だけは、少し…
 


「お、やすみ、なさい」
 


 眠らせて欲しいの。
 
 
 
 



 ☆雪



 初めてあの子を見た時、あの子の目に私が映った瞬間、三年前の悪夢を思い出した。



 
 キラキラと光るあの子の瞳は、今まで出会ってきた子役の誰よりも純粋で無垢でいて、それでいて強かった。


 
「道野はなっ!!さんさいです!!」
 
       
                          明るく元気な挨拶をする、はなちゃん。


 3歳と名乗りながらも、立てた指は2本でピースしているようにも見える。
 3歳、という年齢に言葉が出て来なくなり、つい顔をしかめてしまう。



「…っ、3歳なのね。」


 歪んだ顔のまま発した私の声はどれほど冷たく聞こえたのだろう。


 はなちゃんを見ることが出来ず口をつぐんでいると、はなちゃんは心配そうに眉を下げて私に向き直る。
 



「いずみさん、いたいいたい?」
 


 その言葉に、胸の痛みが増した。
 


「っえ?」
 
「いたそうな顔してるよ?だいじょーぶ?」
 


 涙の幕を張った大きな瞳が心配そうに私を見つめる。
 

「泉さん、顔いろ悪いですけど大丈夫ですか?」


 
 はなちゃんを抱っこしていた加藤くんも眉を下げて訪ねてくる。


 
 このままではダメね、気を持ち直さなければ。と唇を一度強く噛み、はなちゃんに目を向ける。



 
 安心させようと笑顔を作って見せようと口角に力を入れたが、どうしても、はなちゃんの無垢で綺麗な瞳に顔が歪んでしまう。
 



(やっぱり、私は…)
 


 これ以上、はなちゃんの顔を見ていたくはないみたい。


 
「平気よ。」
 


 突き放す様に言葉を吐いて、はなちゃんの瞳から逃げ出すかの様に、背を向ける。
 

 はなちゃんを見ていると、思い出してしまう。

 
 私の罪を…。
 


 あの子を殺した私の罪を…。
 もし、生きていれば、はなちゃんと同い年だったであろう。
 
 私の大事な…。
   
    





「おかあさん!!」 
 
 っ!!


 
 胸を鷲掴みにされたかの様な錯覚が起きた。
 何かの引力に引っ張られているかの様に、私は勢いよく振り返る。
 
 

 振り返った先には、私が…
 
 
 私が、失った『宝物』が、いた。
 
 


 “「私の大事な…赤ちゃん。」”
 
 過去の声が
 
 “「ごめんねっ…。守ってあげられなくてっ」”
 
 私の罪が
 
 “「行きたいな、早く、あの子のもとへ」”
 
 


 『おかあさん』と、私を呼んだ、この子の声が
 
 【あの日】を思い起こさせる。
 
 



(やめてっ、あの日を、思い出させないでっ)  
 
 はなちゃんの瞳に映る私の姿はあまりにも惨めだろう。
 



 午後の日差しは、暖かかったのに私の体は芯まで冷えた。
 
 綺麗な瞳で私を見つめるはなちゃんに、私は怖くなる。



 
「私は、あなたの母親じゃないっ!」


 
 声が裏返り、思った以上に大きな声で怒鳴ってしまった。



 
 ハッ!と思わず、はなちゃんを見ると
 


 かわいそうな、道に捨てられた子供の様な、ショックと悲しみに溢れた表情をさせていた。


 
 胸が痛い。
 


 だから、子供は嫌いなの。


 
 子供を見るたびに胸が痛くなって堪らない。
 幸せそうに笑う子供を見ると、どうして?どうして私の赤ちゃんはいなくなってしまったの?
 


 どうして私だけがこんなに不幸なの?って、何度も考えてしまうの。
 


 どうせ、今日の撮影が終われば、はなちゃんとも、もう会うことはないだろうし、私も子役との共演をNGにすればいいだけのこと。
 


 今日が終われば、またなんでもない毎日が始まるのよね。
 
 だから、この胸の痛みも今日で終わりよ。きっと。
 
 
 私は、いまだに悲しそうな表情のはなちゃんを視界に入れない様に、次のシーンで使う、公園の方へ逃げ去った。
 



 このドラマに、最初から出たくなんてなかった。
 絶対に出たくなくて、監督から直々にオファーが来たときも最初は断った。


 それなのに、守銭奴の事務所は、私の気持ちより知名度を取ったのよね。
 


 一度、出演の承諾をしたからには断ることなんて出来ず、しょうがなく出演をすることに決めた。


 
 子供が地雷な私だったけれど、子役を起用するのは最終話のシーンのみ。
 


 だから、ここまで普通にやってこれたのに。それなのに。
 

 特大の地雷が現れてしまった。

 
 脚本家の稲田さんが、子役のキャスティングを急遽、起用することにしたせいで、オーディションも出来ず、ちょうど今日同局で撮影していた子供番組の子供を借りると言って連れてきたのが
 


 はなちゃんだった。




 
 テレビ映えする、愛らしく美しい顔と、金糸雀の様に美しい声。
 
 選ばれて当然の容姿に、私は納得した。
 
 それと同時に心配だった。
 
 稲田さんが、意図的に素人の子役を起用したことなんて誰もが知ってる。。
 
 稲田さんは、このドラマを最後の最後で潰そうとしていることも、わかる人にはわかる。
 
 だから、はなちゃんが使い潰されるようとしているのも察してしまった。




 
 まだ芸能界の黒い部分を一切知らない、はなちゃんが、その黒い部分の餌食になろうとしている。
 



 心の底で、ごめんなさい。と謝る自分に嫌悪感を抱く。
 
 それでも、それを知っているのに、止めない私は、同じ様に汚い大人の一員なんだろうな。
 


 
(はなちゃん。あなたはね、芸能界なんて汚いところに来てはいけないのよ。
 あなたは、普通の人生を歩んだ方が幸せだと思う。
 
 両親の愛を注がれながらのびのびと生きて欲しいの。
 
 私がしてあげられなかった『あの子』の分まで)
 




 だから。
 
 


(私は、あなたを助けない。)
 
 
 ごめんなさい、はなちゃん。
 
 あなたを使い捨ての道具にしてしまって。ごめんなさい。
 
 
 
 
 
 
 
 そう、思ってたのに。
 
 
 
 これは…、いったい何なの?
 





 
 つんざく様に泣き叫び、絶望に染まる顔。
 
 キラキラと綺麗に輝いていた瞳は、ドス黒く濁り光がない。
 
 母を呼ぶ子供の姿。
 
 

 私によく似た人形の頭を抱えて苦しそうに涙を流す。
 
 先程まで、血色良く頬を赤らめてコロコロと変わる愛らしい笑顔を向けていた彼女とは真逆で、血の気の失った顔は青く白い。
 
 狂った様に、おかあさん、おかあさん、と繰り返す姿は、
 
 何故だか、三年前の私に、よく似ていて…。








 大切で、何よりも愛おしい【我が子】
 
 その存在が、どれ程私を救ってくれたかなんて誰も知らない事でしょう。



 かわいい、かわいい、わたしの子、はやく、はやく、出てきてね

 そう口ずさみ歌いながら、お腹を撫でて日向ぼっこするのが大好きだった。



 早く、この子を胸に抱きしめたくて、生まれてきてからの事を想像する度に、毎日が本当に幸せで仕方なかった。 
 


 だけど、そんな想像、叶う日なんてこなかった。


 
 ほんの少し、よろめいただけなのに。


 
 ほんの少し、尻餅をついただけなのに。
 
 



 どろっとした血が、止まらなくて、履いていたオフホワイトのスカートを赤く染め上げて、血溜まりを作っていたの。
 
 
 お腹の張り裂ける様な痛みと、吐き気が襲い、意識を保ってなんていられなかった。
 


 冷たくなる体温を感じながら、遠のく意識と共に、撫でたお腹から、なんの温もりも感じなかったことを今でも覚えている。
 


 幸せを手放した瞬間を、忘れることなんて出来る?
 


 
 意識が戻った頃には、全て終わっていた。
 
 
 お腹にあった重みも、温もりも、幸せも。
 
 全て、無くなっていたの。
 
 わたしが殺したの。
 
 
 わたしが、あの子を…。
 
 ぼやけた視界は、いまだに泣き叫ぶはなちゃんを捉える。
 


「おかあさんっ」
 


 はなちゃんが、私を母と呼ぶ声に、どうしても…。
 
 
 どうしても、悲しくて、嬉しくて、仕方がない。
 
 
 私が、望んで想像した未来を、はなちゃんは、この数分で叶えてくれた。
 
 本当の、我が子の様に、私を『大好き』だ。とその瞳が雄弁に教えてくれるの。
 
 
 私に『母』としての、喜びを、与えてくれるの。
 
 私を『母』にしてくれた、はなちゃんが、『雪』の娘として、
 
 『舞』として、母を想って泣いている。
 
 血溜まりに沈む、『雪』に縋り、『雪』に救われた『舞』が
 
  


「救えたんだ…、私。」
 
  


 今度は、ちゃんと、救うことが、出来たのね…。
 
 
 
  
「ありが、とう、」
 
 目の奥が熱くて仕方がない。
 
 とめどなく溢れる涙を拭うことなんて出来ない。
 
 心の奥に、刺さった鉄錆の様な汚く鋭い感情が、ほんの少し、流された熱い涙で薄れた気がしたのは、きっと気のせいなんかじゃない。
 
 
 ほんの少し、私と『舞』は、本当の『親子』になれた。
 
 それだけで、私はまだ…生きていける。
 
 
 
 ありがとう、舞。おかあさん、頑張るね。
 
 
  
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