雨宮課長に甘えたい

トラブル

《6》

女性は望月先生のアシスタントだと言ったが、左薬指にある結婚指輪を見て確信した。この女性は先生の作品に出て来た「今日子」のヒロインのモデルだ。

身長167㎝、47キロぐらいの細身の体型に、眼鏡。地味な服装。小説に書かれていたヒロインの風貌がそのまま当てはまる。

スランプ中の小説家とそのアシスタントとの恋物語を描いた『今日子』という小説は望月先生の私小説だと何かの記事で目にした事があった。そして先生がアシスタントの方と再婚したという事も聞いた事がある。二つの事を合わせれば答えは自然と目の前の女性に結び付く。

「小説『今日子』のヒロインのモデルになった奥様ですよね？」

隣で土下座をしていた久保田が「えぇっ！」とびっくりして顔を上げた。
眼鏡の女性がふふっと笑みを浮かべる。

「望月今日子です」

やっぱり小説のモデルで先生の奥様だ。

「奥様とは知らず、昨日は大変失礼いたしました！！」

突然、久保田が大声を張り上げた。

久保田がさらに平謝りをする。
こいつは、奥様にも何かしたのか？

奥様が久保田を見て、不愉快な表情を浮かべた。ああ、まだ久保田に怒っている。久保田は何をやらかしたの？

「久保田が本当に大変、失礼いたしました。私と奥様の2人だけでお話しできないでしょうか？」

久保田と奥様が対面しているのは不味い気がする。

「奥様も胸の内にいろいろと抱えておられると思いますので、まずは私にお聞かせ願えないでしょうか？」

奥様の怒りを引き取る必要がある。きっと久保田がいては話せない事があるだろう。小説通りなら、今日子さんは内気な女性だから。

「久保田、とりあえず駅で待ってて」

久保田に耳打ちをする。

久保田が奥様に頭を下げて、「今日の所は失礼いたします」と菓子折りを奥様に渡して帰って行った。
奥様が困ったように「いりません」と私に菓子折りを返そうとする。かなり久保田にご立腹のようだ。